■SF界の巨匠 アーサー・C・クラークSP 『楽園の泉』@100分 de 名著
SF界の巨匠 アーサー・C・クラークSP 『都市と星』@100分 de 名著
後半生に残した傑作長編 技術者への賛歌
地上3万6000 km
壮大な宇宙エレベーターの建設に挑む天才技術者の奮闘を描いた作品
生涯を通して宇宙に行きたいと強く願い続けたクラークの到達点を読み解きます
(宇宙エレベーターも実際建設計画があるけれども
これを読んでやろうとしたのかな
予言者としての側面もあるかもしれないけれども
彼の本を読んで、実現したい!と切磋琢磨して現実化した人間がいるとも言える
特徴
前回の『都市と星』から23年後くらいに書かれた円熟期の作品で、61歳で発表した
すごく手応えを感じたらしくて、引退してもいいとすら思った作品
今までは宇宙とか遠い未来が舞台というのが多かったんですけど
2世紀ほどしか先の近い未来が舞台で
共感しやすい感じの作品になっている
【内容抜粋メモ】
赤道直下のインド洋に浮かぶ島タプロバニー
かつてそこには父を殺し、異母兄弟を追放して
王位についたカーリダーサという男がいました
強大な力を持つ王でしたが
多くの僧侶が寺を守る霊峰スリカンダだけは征服できず
やがて復讐に戻ってきた弟に敗れることになります
山の麓に生息する金色の蝶はカーリダーサの兵士たちの霊魂と考えられ
もし山頂まで蝶が登ったら僧侶たちは山を降りなければならない
そんな伝説が語り継がれていきました
22世紀
タプロバニーの引退した政治家のもとに
地球建設公社の技術部長ヴァニーヴァー・モーガンがやってきます
モーガンはこの時代に発明された超繊維と呼ばれる素材を使って
ある建造物を作る夢を語ります
朗読
この材料に多くの応用の道があるだろうというお考えはまったくその通りで
我々はその一部を今やっと予感し始めたところです
そしてその一つが、あなたの静かな小さな島を
否応なく世界の中心にしようとしているのです
我々はついに宇宙エレベーターを建造できるようになったのです
宇宙エレベーターとは、地上と3万6000 km 上空の
宇宙ステーションとをエレベーターで結んだもの
ロケットに頼ることなく低コストで宇宙に出られる画期的なアイデアでした
ところがそこには大きな問題が
建設に最も適した場所が霊峰スリカンダだったのです
高僧マハナヤケ・テーロ、秘書パーラカルマたちはこの計画を拒絶
「もし宇宙エレベーターが倒壊したらどうするのだ」と問う彼らに対し
「倒壊しません」と言い張ります
しかしこの時彼は、1940年にアメリカで起きた橋の倒壊事故を思い浮かべていました
(ものすごい勢いで揺れてる!!
どんなに科学が進歩しようと絶対確実なことはない
これはそれを伝える歴史的教訓だったのです
それでもモーガンは世界司法裁判所で議員側と争います
一度は敗訴しますが、その後、
火星に宇宙エレベーターを作るためのテストという名目で実験が可能になります
ところが待っていたのは大事故でした
ワイヤーを宇宙からおろす途中
全く予測されなかった強い風が吹き
切断されてしまったのです
光:
ちょっと古代っぽい話から入ったと思ったら
未来に飛んで、土地の問題みたいなリアルな話
瀬名:
ちょっと人間くさいところが書かれている
そこが奥行きを見せている
さっと作れるわけじゃない現実味が出てきてますね
宇宙エレベーターというのは
実際の研究者は古くから構想を練っていたものです
ロシアの宇宙科学者ツォルコフスキーという人が静止軌道というところまで
塔を作ってロケットを使わずに行けるじゃないかという説を作った
その後、旧ソ連の技師アル・ツターノフという人が逆のことを考えて
まず宇宙ステーションを作って
釣り紐のように垂らして電車を走らせる感覚で宇宙にいけるだろうと言った
クラークは技術者から話を聞いて
これを小説に使おうじゃないかということで
光:大手ゼネコンのホームページに結構マジで書いてありますよね
アナ:冒頭に出てくる神話の描写が見事ですよね
瀬名:
第3回で船の旅をした話をしましたが
クラークはスリランカに初めて寄ったんです
東洋の文化に触れてすごく感銘を受けて
その後住むようになるんです
仏教があり、いろんな民族が同居している
多様性を尊重する
それがこの作品の中に象徴的に入っているような気がして
最後の作品として読むのにふさわしいのではないか
光:
初期作品では宇宙に行くために
人類が進化するためには基本的に皆賛成でしょ?
ってところとちょっと違いますよね
瀬名:
人には人の価値観があるし
守らなきゃならないものがあるということを
受け入れた上でないと物事はできないんだという
前提がちゃんと書かれているのが素晴らしい
宇宙エレベーターの実験が失敗に終わった直後、予想外のことが起きます
強い風が金色の蝶を山頂に運んだのです
伝説に従って僧侶たちはスリカンダの山を明け渡し
宇宙エレベーターの建設は可能となりました
モーガンはまず宇宙ステーションと
超繊維を生産するコンビナートを静止軌道に配置
4本の超繊維のテープがそれぞれ50人乗りのカプセル4基を動かし
正方形の塔が支柱となる仕組みです
しかしモーガンは心臓の病にかかり
警告を発する装置を身に付けることを余儀なくされます
それでも手を緩めることなく人類史上初の宇宙エレベーターの実現に邁進していきました
ところがそんな時大事件が
オーロラ観測のために物理学者と学生たちが
建造途中の宇宙エレベーターで移動していたところ、ブレーキが故障
彼らは塔の一番下に当たる地階に避難しますが
酸素の欠乏と寒さによって死を待つばかりの状態
この緊急事態に自ら動いたのがモーガンでした
小柄な体の彼はスパイダーと呼ばれる自走式の乗り物で
地上から救出に向かうのに最適だったのです
高度を上げていくと目の前にオーロラが広がりました
それは緊急事態にもかかわらず思わず見るほどの美しさでした
朗読
何年も前に熱帯の夜を遊航する観光船に乗って
他の乗客たちと一緒に船尾に集まり
生物発光で光る航跡の美しさと不思議さとに見とれたことを覚えていた
彼は消えかかったオーロラの輪や
網目模様の下に隠された惑星の上に
一切の気苦労を置いてきたような気分だった
光:
僕はどうしても商売柄、ちょっとコント的だと思ってしまう
あんなに一生懸命説得してダメだったのに
アクシデントの副産物であっさり立ち退くという
彼の持ってるイギリスコントっぽいところを尊敬します
瀬名:
人間のコントロールを超えたものが世の中の未来を作ることもあるんだという
クラークの眼差しが込められている気もします
光:
緻密な説得力のある計画を提示して、それはうまくいかないが
人智を超えた力でうまくいくというところに
クラークが科学に対して、宇宙に対して
ちゃんと畏敬の念を持っている気がします
宇宙エレベーターの図解
瀬名:
だいたいこんな感じであろうと
今の宇宙エレベーターの構造はより洗練されているので
ちょっと違った書かれ方をしていますが
これは本当に一番初期の頃にクラークが考えた
宇宙エレベーターだと思ってください
コンビナートを作って超繊維を製造する
塔は地球にまだ届いていない
一番下の「地階」と呼ばれる塔の先端部分に避難場所があるんですが、ここに一時的に避難した
でも空気がちょっと漏れ始めているので
この600 km をなんとかスパイダーで上がって
救援物資を送り届けるということになる
ハラハラドキドキの連続場面になります
そういう中でモーガンがオーロラを見るシーンがものすごく印象的ですね
光:
これだけ緊迫する種をまいておいて
ワクワクしているモーガンの気持ちみたいなものまで入れて
褒め言葉としての「宇宙バカ」なところ
瀬名:
クラークが本当に美しいものを美しいと書けたから
「自分も宇宙に行ってみたいな」という人が読書の中にたくさんできて
それで本当に宇宙飛行士になった人
物理学者、天文学者になった人たちがたくさんいるわけです
クラークの作家としての文章力が世界を動かしたんじゃないかなと思います
物語のクライマックス
スパイダーで救出に向かったモーガンですが、地上400 km の時点でアクシデントが発生します
補助電池を切り離して重量を軽くし
残りは内蔵電池で進む計画でしたが
補助電池を固定する帯金が外れないのです
モーガンは宇宙服を着て、指でナットを外しますが、それでも電池は落下しません
心臓病の苦しさが襲う中、モーガンは超繊維の糸を使ってボルトを切り
なんとか電池を落とすことに成功します
ところが残り2 km
今度は内蔵電池が尽きてしまいます
それでもモーガンは電池を10分ずつ休めながら動かして距離を縮めていきます
(アクシデントだらけすぎ!!
朗読
今こそ決定的瞬間なのだ
最後のひとふんばりの時だ
目標にこれだけ近づいた今、失敗はあるわけがないのだ
あとわずか数百メートルという時に運命がそれほど意地悪いはずがない
しかし残りわずか20 m
地階を目前にスパイダーは完全に停止
悔しさのあまりスクリーンを睨みつけるモーガン
できることはもう何一つ残されていませんでした
モーガンが諦めかけたその時
地上から技術サポートをしていたウォーレン・キングズリーから
思わぬ問いかけが送られてきました
朗読
もう一度残りの距離を教えてくれ
塔から正確にどれだけ離れているんだ?
それによって天地雲泥の違いになるんだよ
20 m といったか?
うん まあそのくらいだ
信じがたいことに、聞き間違いようもなく
ウォーレンははっきりと聞こえるほどの安堵の溜息をついたのである
全ては相対性の問題だった
彼は塔に到達できない
しかし塔は彼に到達するのだ
1日2 km という不変の速度で
宇宙エレベーターの塔の部分は建造を続けており、地上に向けて伸び続けていました
計算によると15分ほど待てば、地階とスパイダーがドッキングできるというのです
こうして閉じ込められた7人の人命が無事救出されました
その後モーガンは塔の状態を確認するために外に出ます
眼下に広がる地球を眺めて宇宙遊泳したのです
朗読
エアロックの開いた扉まで戻ってくると
彼は遥か下界のスリカンダの山頂から跳び上がってくる
光の噴水を全身に浴びながら
ガードレールのそばに最後のわずかな瞬間を惜しんで立っていた
その光は彼自身の長い長い影を
塔に沿ってまっすぐ上へ遠く星の彼方へ投げかけていた
その影は数千キロに及んでいるに違いなかった
しかしモーガンの肉体は限界を迎えていました
地上に戻る途中、心臓病の悪化を告げる警告音が鳴り響きます
女性の機械音声「助けて これを聞いた方は直ちに来てください」
モーガンは命を落としてしまうのです(泣ける
アナ:この救出劇をどう捉えていますか?
瀬名:
僕は日本人なので、どうしても小惑星探査機のはやぶさの活躍を思い出しますけれども
あの時のドキドキワクワク感がここに既に書かれているような感じもして
モーガン頑張れ!という風に思います
最後の最後に地球を見下ろすシーン
あの時クラークとモーガンは一体になる
地球の光を見て、それを浴びながら
俺はようやく宇宙に来られたよ
そういう達成感や多幸感が文章から伝わってくる感じがします
モーガンは亡くなってしまいますが
やりきった、達成した、ハッピーエンドのような終わり方に感じるんです
エピローグ
宇宙エレベーターの完成から1500年後
スターホルム人という異星人が地球に訪れます
彼らは地球の子どもたちとの交流を楽しみながら
壮大な宇宙エレベーターを見て感銘を受けました
その頃、人や物を運ぶだけではなく
エレベーターをいくつも繋げてリング都市を形成
大きな発展を遂げていました
異星人は宇宙エレベーターの名前に
技術者モーガンの名前がないことを疑問に思い、子どもたちに尋ねます
朗読
どうして君たちは、あの柱をカーリダーサの塔と呼ぶのかね?
塔の名前の理由
瀬名:
技術者というのは安全に人の役に立つものを作りたいという気持ちから作るんですけど
多分自分は裏方でいいんだという気持ちもきっとあると思うんです
技術者の勝利だけで終わる話ではなくて
土地とひとつになって、塔が新しい光景になったんだということですね
アナ:
15世紀経った時に異星人がやってくるところですが
あれは第1回の『太陽系最後の日』と同じですよね
瀬名:
結局、第1回に言った「人類スゲー小説」の進化でも
今回のスゲーはちょっと違う
みんなの力を集められる人類スゲー
光:
『太陽系最後の日』の人類スゲーは
「俺たち地球人スゲーだろ?」っていう話で、逆サイドはヤバいと思ってる
これは、異星人がある意味感謝と尊敬をもって
人類スゲーだから、めちゃくちゃ進化してますよね
改めてセンスのいい好奇心について
瀬名:
科学と芸術と哲学というものが世の中にあって
その3つのバランスがうまくとれた状態の時が
センスのいい好奇心なんじゃないかなと思うんです
科学だけに偏り過ぎても思いやりとかを置き去りにしているかもしれないし
クラークも多分その中で揺れていた人だと思うんですけれども
このくらいのバランスかなと思いながら考えられるようになれば
より良い未来を作っていけるのではないか
光:
僕は今日の最後の作品で頭に浮かんだクラークのスゲー筆力だと思ったシーンは
モーガンの影が3万6000 kmになる宇宙とつながるのがすごいなと思って
小柄だからスパイダーに乗れたボロボロのおじさんが宇宙の果てまで行ってる
この作品があることでクラークは
本当だったら宇宙船に乗せてあげたかったけれども
いい生涯だったなと思いますね
瀬名:こういう小説を読んで楽しめる人生っていいなと思いますね
SF界の巨匠 アーサー・C・クラークSP 『都市と星』@100分 de 名著
後半生に残した傑作長編 技術者への賛歌
地上3万6000 km
壮大な宇宙エレベーターの建設に挑む天才技術者の奮闘を描いた作品
生涯を通して宇宙に行きたいと強く願い続けたクラークの到達点を読み解きます
(宇宙エレベーターも実際建設計画があるけれども
これを読んでやろうとしたのかな
予言者としての側面もあるかもしれないけれども
彼の本を読んで、実現したい!と切磋琢磨して現実化した人間がいるとも言える
特徴
前回の『都市と星』から23年後くらいに書かれた円熟期の作品で、61歳で発表した
すごく手応えを感じたらしくて、引退してもいいとすら思った作品
今までは宇宙とか遠い未来が舞台というのが多かったんですけど
2世紀ほどしか先の近い未来が舞台で
共感しやすい感じの作品になっている
【内容抜粋メモ】
赤道直下のインド洋に浮かぶ島タプロバニー
かつてそこには父を殺し、異母兄弟を追放して
王位についたカーリダーサという男がいました
強大な力を持つ王でしたが
多くの僧侶が寺を守る霊峰スリカンダだけは征服できず
やがて復讐に戻ってきた弟に敗れることになります
山の麓に生息する金色の蝶はカーリダーサの兵士たちの霊魂と考えられ
もし山頂まで蝶が登ったら僧侶たちは山を降りなければならない
そんな伝説が語り継がれていきました
22世紀
タプロバニーの引退した政治家のもとに
地球建設公社の技術部長ヴァニーヴァー・モーガンがやってきます
モーガンはこの時代に発明された超繊維と呼ばれる素材を使って
ある建造物を作る夢を語ります
朗読
この材料に多くの応用の道があるだろうというお考えはまったくその通りで
我々はその一部を今やっと予感し始めたところです
そしてその一つが、あなたの静かな小さな島を
否応なく世界の中心にしようとしているのです
我々はついに宇宙エレベーターを建造できるようになったのです
宇宙エレベーターとは、地上と3万6000 km 上空の
宇宙ステーションとをエレベーターで結んだもの
ロケットに頼ることなく低コストで宇宙に出られる画期的なアイデアでした
ところがそこには大きな問題が
建設に最も適した場所が霊峰スリカンダだったのです
高僧マハナヤケ・テーロ、秘書パーラカルマたちはこの計画を拒絶
「もし宇宙エレベーターが倒壊したらどうするのだ」と問う彼らに対し
「倒壊しません」と言い張ります
しかしこの時彼は、1940年にアメリカで起きた橋の倒壊事故を思い浮かべていました
(ものすごい勢いで揺れてる!!
どんなに科学が進歩しようと絶対確実なことはない
これはそれを伝える歴史的教訓だったのです
それでもモーガンは世界司法裁判所で議員側と争います
一度は敗訴しますが、その後、
火星に宇宙エレベーターを作るためのテストという名目で実験が可能になります
ところが待っていたのは大事故でした
ワイヤーを宇宙からおろす途中
全く予測されなかった強い風が吹き
切断されてしまったのです
光:
ちょっと古代っぽい話から入ったと思ったら
未来に飛んで、土地の問題みたいなリアルな話
瀬名:
ちょっと人間くさいところが書かれている
そこが奥行きを見せている
さっと作れるわけじゃない現実味が出てきてますね
宇宙エレベーターというのは
実際の研究者は古くから構想を練っていたものです
ロシアの宇宙科学者ツォルコフスキーという人が静止軌道というところまで
塔を作ってロケットを使わずに行けるじゃないかという説を作った
その後、旧ソ連の技師アル・ツターノフという人が逆のことを考えて
まず宇宙ステーションを作って
釣り紐のように垂らして電車を走らせる感覚で宇宙にいけるだろうと言った
クラークは技術者から話を聞いて
これを小説に使おうじゃないかということで
光:大手ゼネコンのホームページに結構マジで書いてありますよね
アナ:冒頭に出てくる神話の描写が見事ですよね
瀬名:
第3回で船の旅をした話をしましたが
クラークはスリランカに初めて寄ったんです
東洋の文化に触れてすごく感銘を受けて
その後住むようになるんです
仏教があり、いろんな民族が同居している
多様性を尊重する
それがこの作品の中に象徴的に入っているような気がして
最後の作品として読むのにふさわしいのではないか
光:
初期作品では宇宙に行くために
人類が進化するためには基本的に皆賛成でしょ?
ってところとちょっと違いますよね
瀬名:
人には人の価値観があるし
守らなきゃならないものがあるということを
受け入れた上でないと物事はできないんだという
前提がちゃんと書かれているのが素晴らしい
宇宙エレベーターの実験が失敗に終わった直後、予想外のことが起きます
強い風が金色の蝶を山頂に運んだのです
伝説に従って僧侶たちはスリカンダの山を明け渡し
宇宙エレベーターの建設は可能となりました
モーガンはまず宇宙ステーションと
超繊維を生産するコンビナートを静止軌道に配置
4本の超繊維のテープがそれぞれ50人乗りのカプセル4基を動かし
正方形の塔が支柱となる仕組みです
しかしモーガンは心臓の病にかかり
警告を発する装置を身に付けることを余儀なくされます
それでも手を緩めることなく人類史上初の宇宙エレベーターの実現に邁進していきました
ところがそんな時大事件が
オーロラ観測のために物理学者と学生たちが
建造途中の宇宙エレベーターで移動していたところ、ブレーキが故障
彼らは塔の一番下に当たる地階に避難しますが
酸素の欠乏と寒さによって死を待つばかりの状態
この緊急事態に自ら動いたのがモーガンでした
小柄な体の彼はスパイダーと呼ばれる自走式の乗り物で
地上から救出に向かうのに最適だったのです
高度を上げていくと目の前にオーロラが広がりました
それは緊急事態にもかかわらず思わず見るほどの美しさでした
朗読
何年も前に熱帯の夜を遊航する観光船に乗って
他の乗客たちと一緒に船尾に集まり
生物発光で光る航跡の美しさと不思議さとに見とれたことを覚えていた
彼は消えかかったオーロラの輪や
網目模様の下に隠された惑星の上に
一切の気苦労を置いてきたような気分だった
光:
僕はどうしても商売柄、ちょっとコント的だと思ってしまう
あんなに一生懸命説得してダメだったのに
アクシデントの副産物であっさり立ち退くという
彼の持ってるイギリスコントっぽいところを尊敬します
瀬名:
人間のコントロールを超えたものが世の中の未来を作ることもあるんだという
クラークの眼差しが込められている気もします
光:
緻密な説得力のある計画を提示して、それはうまくいかないが
人智を超えた力でうまくいくというところに
クラークが科学に対して、宇宙に対して
ちゃんと畏敬の念を持っている気がします
宇宙エレベーターの図解
瀬名:
だいたいこんな感じであろうと
今の宇宙エレベーターの構造はより洗練されているので
ちょっと違った書かれ方をしていますが
これは本当に一番初期の頃にクラークが考えた
宇宙エレベーターだと思ってください
コンビナートを作って超繊維を製造する
塔は地球にまだ届いていない
一番下の「地階」と呼ばれる塔の先端部分に避難場所があるんですが、ここに一時的に避難した
でも空気がちょっと漏れ始めているので
この600 km をなんとかスパイダーで上がって
救援物資を送り届けるということになる
ハラハラドキドキの連続場面になります
そういう中でモーガンがオーロラを見るシーンがものすごく印象的ですね
光:
これだけ緊迫する種をまいておいて
ワクワクしているモーガンの気持ちみたいなものまで入れて
褒め言葉としての「宇宙バカ」なところ
瀬名:
クラークが本当に美しいものを美しいと書けたから
「自分も宇宙に行ってみたいな」という人が読書の中にたくさんできて
それで本当に宇宙飛行士になった人
物理学者、天文学者になった人たちがたくさんいるわけです
クラークの作家としての文章力が世界を動かしたんじゃないかなと思います
物語のクライマックス
スパイダーで救出に向かったモーガンですが、地上400 km の時点でアクシデントが発生します
補助電池を切り離して重量を軽くし
残りは内蔵電池で進む計画でしたが
補助電池を固定する帯金が外れないのです
モーガンは宇宙服を着て、指でナットを外しますが、それでも電池は落下しません
心臓病の苦しさが襲う中、モーガンは超繊維の糸を使ってボルトを切り
なんとか電池を落とすことに成功します
ところが残り2 km
今度は内蔵電池が尽きてしまいます
それでもモーガンは電池を10分ずつ休めながら動かして距離を縮めていきます
(アクシデントだらけすぎ!!
朗読
今こそ決定的瞬間なのだ
最後のひとふんばりの時だ
目標にこれだけ近づいた今、失敗はあるわけがないのだ
あとわずか数百メートルという時に運命がそれほど意地悪いはずがない
しかし残りわずか20 m
地階を目前にスパイダーは完全に停止
悔しさのあまりスクリーンを睨みつけるモーガン
できることはもう何一つ残されていませんでした
モーガンが諦めかけたその時
地上から技術サポートをしていたウォーレン・キングズリーから
思わぬ問いかけが送られてきました
朗読
もう一度残りの距離を教えてくれ
塔から正確にどれだけ離れているんだ?
それによって天地雲泥の違いになるんだよ
20 m といったか?
うん まあそのくらいだ
信じがたいことに、聞き間違いようもなく
ウォーレンははっきりと聞こえるほどの安堵の溜息をついたのである
全ては相対性の問題だった
彼は塔に到達できない
しかし塔は彼に到達するのだ
1日2 km という不変の速度で
宇宙エレベーターの塔の部分は建造を続けており、地上に向けて伸び続けていました
計算によると15分ほど待てば、地階とスパイダーがドッキングできるというのです
こうして閉じ込められた7人の人命が無事救出されました
その後モーガンは塔の状態を確認するために外に出ます
眼下に広がる地球を眺めて宇宙遊泳したのです
朗読
エアロックの開いた扉まで戻ってくると
彼は遥か下界のスリカンダの山頂から跳び上がってくる
光の噴水を全身に浴びながら
ガードレールのそばに最後のわずかな瞬間を惜しんで立っていた
その光は彼自身の長い長い影を
塔に沿ってまっすぐ上へ遠く星の彼方へ投げかけていた
その影は数千キロに及んでいるに違いなかった
しかしモーガンの肉体は限界を迎えていました
地上に戻る途中、心臓病の悪化を告げる警告音が鳴り響きます
女性の機械音声「助けて これを聞いた方は直ちに来てください」
モーガンは命を落としてしまうのです(泣ける
アナ:この救出劇をどう捉えていますか?
瀬名:
僕は日本人なので、どうしても小惑星探査機のはやぶさの活躍を思い出しますけれども
あの時のドキドキワクワク感がここに既に書かれているような感じもして
モーガン頑張れ!という風に思います
最後の最後に地球を見下ろすシーン
あの時クラークとモーガンは一体になる
地球の光を見て、それを浴びながら
俺はようやく宇宙に来られたよ
そういう達成感や多幸感が文章から伝わってくる感じがします
モーガンは亡くなってしまいますが
やりきった、達成した、ハッピーエンドのような終わり方に感じるんです
エピローグ
宇宙エレベーターの完成から1500年後
スターホルム人という異星人が地球に訪れます
彼らは地球の子どもたちとの交流を楽しみながら
壮大な宇宙エレベーターを見て感銘を受けました
その頃、人や物を運ぶだけではなく
エレベーターをいくつも繋げてリング都市を形成
大きな発展を遂げていました
異星人は宇宙エレベーターの名前に
技術者モーガンの名前がないことを疑問に思い、子どもたちに尋ねます
朗読
どうして君たちは、あの柱をカーリダーサの塔と呼ぶのかね?
塔の名前の理由
瀬名:
技術者というのは安全に人の役に立つものを作りたいという気持ちから作るんですけど
多分自分は裏方でいいんだという気持ちもきっとあると思うんです
技術者の勝利だけで終わる話ではなくて
土地とひとつになって、塔が新しい光景になったんだということですね
アナ:
15世紀経った時に異星人がやってくるところですが
あれは第1回の『太陽系最後の日』と同じですよね
瀬名:
結局、第1回に言った「人類スゲー小説」の進化でも
今回のスゲーはちょっと違う
みんなの力を集められる人類スゲー
光:
『太陽系最後の日』の人類スゲーは
「俺たち地球人スゲーだろ?」っていう話で、逆サイドはヤバいと思ってる
これは、異星人がある意味感謝と尊敬をもって
人類スゲーだから、めちゃくちゃ進化してますよね
改めてセンスのいい好奇心について
瀬名:
科学と芸術と哲学というものが世の中にあって
その3つのバランスがうまくとれた状態の時が
センスのいい好奇心なんじゃないかなと思うんです
科学だけに偏り過ぎても思いやりとかを置き去りにしているかもしれないし
クラークも多分その中で揺れていた人だと思うんですけれども
このくらいのバランスかなと思いながら考えられるようになれば
より良い未来を作っていけるのではないか
光:
僕は今日の最後の作品で頭に浮かんだクラークのスゲー筆力だと思ったシーンは
モーガンの影が3万6000 kmになる宇宙とつながるのがすごいなと思って
小柄だからスパイダーに乗れたボロボロのおじさんが宇宙の果てまで行ってる
この作品があることでクラークは
本当だったら宇宙船に乗せてあげたかったけれども
いい生涯だったなと思いますね
瀬名:こういう小説を読んで楽しめる人生っていいなと思いますね