穴村久の書評ブログ

漫才哲学師(非国家資格)による小説と哲学書の書評ならびに試小説。新連載「失われし時を求めて」

日本語はミステリーに向くか

2009-04-16 11:10:06 | ミステリー書評

また、変なことを書き出したと思うだろう。テンポ、スピード感のあるジャンルに日本語が向いているだろうか。たとえばハードボイルド、サスペンスなんか。

ホラーや本格物はニチャニチャやっていても不都合は起こらないんだろうがハードボイルドなんかどうだろう。正確な比較は出来ないのだが、同じことを表現するのに日本語は英語の倍のスペースを必要とする。英文で200ページの本は日本では大体400ページになる。

活字の大きさとか版の規格も違うから乱暴な議論なんだが、大体そんな感じだね。日本のハードボイルものに深く沈潜したことはないのだが、キレ、テンポがピンとこない。

翻訳でもそれが現れている。ハメットがいまいち日本で人気が出ないのは翻訳のせいだとは前にも書いた。前に誰かが思い切り伝法な口調で訳したのがあるが、それしか手が無いのかもしれない。相当の意訳、違訳(どっちでもいいが)になるだろう。たしか田中何とかさんだったと思うが、現在は出回っていない。

チャンドラーはハードボイルドといっても原文はそうとう伝統的な英文だし、完訳でもそれなりに読める。村上春樹氏の新訳のように。伝法調をだすならかなり意訳、抄訳の清水俊二ものがある。日本語でも読めるゆえんだろう。

ハードボイルド御三家、最後のロス・マクドナルドだが翻訳はかなり読むのに忍耐が必要だ。しかし、原文で読んでみるとそんなに抵抗感のないテンポのいいものだ。日本語に訳すのは難しいのだろう。意味を、と言うことではない。テンポ、文体を、ということだ。

それがロス・マクドナルドの翻訳者が定まらない理由だろう。