Tは再び行列の後ろに並んだ。彼の番が来てどうしたものかと立ち竦んでいるとゲートの横にいた四角いえらの張った顔の女が手荷物をわきの移動ベルトの上に置いてゲートをくぐるようにと身振りで指示をした。彼がゲートを潜るとたちまち赤いランプが点滅して百舌が鳴くような鋭い音の警報が鳴り響いた。係の女性はポケットの中身をすべて出すように指示した。
はて、なにかまずいものを捨て忘れたかなと彼は思った。わきにあるトレーにまず鍵束を左右のズボンのポケットから出した。それからコインの詰まった財布を出す。クリップで留めた数枚の札、手帳、テッシュー、ポールペン、腕時計が出てきた。後は何枚かの領収書それで全部だった。検査員の目は鍵束に釘付けになった。ずしりと重い鍵束を取り上げると一つ一つチェックした。
「鍵は15個あるわね。なんの鍵なの」と検査員は聞いた。
「家の鍵ですよ」
「そのほかには」と検査員は疑わしい目を彼に向けた。
「全部家の鍵です」というと彼女はますます声を尖らせた。
「沢山の家を持っているんだ」と鍵束をかぼちゃの重さをはかるように手の中でもてあそんだ。
「全部俺のうちのだよ」と腹の立ってきた彼はおもわず乱暴な口調になった。険悪なやり取りに気が付いた周りの検査員たちも寄ってきた。彼の家はマンションではない。マンションなら鍵は一つか二つでいいのだろうが、築90年で祖父が建てた家である。今では倒壊寸前のあばら家である。建付けはひん曲がってしまっていて扉はいくつも鍵をつけておかないと簡単に蹴破られてしまう。二階家で建坪は100平米以上あるが、裏口も玄関とにたような状態である。庭に囲まれた昔風の日本家屋というのは勝手口、窓、縁側どこからでも簡単に侵入できる作りになっている。そんなことをTは集まってきた検査員たちに説明したが彼らは理解できないようであった。しかし、鍵を沢山持っているというだけで搭乗を拒否できないのだろう。彼女は最後に彼の体中を洋服の上から触った。内腿の上まで撫で上げられたうえ、ようやくTは検問所を通過した。危なかったぜ、と彼は独り言ちた。催涙スプレーを捨てなければ別の部屋に連れていかれてさらに尋問されたに相違ない。