穴村久の書評ブログ

漫才哲学師(非国家資格)による小説と哲学書の書評ならびに試小説。新連載「失われし時を求めて」

23:予算委員会始まる

2021-02-11 19:53:36 | 小説みたいなもの

  数日後徳川虎之介からメールが入った。電話番号はあるが住所がない。河野はさっそく電話をかけてみたが通話中でつながらない。しばらくしてから再度かけてみると呼び出し音は聞こえるが応答がない。しょうがないからメール受領の旨を返信して新しい住所を知らせてほしいと伝えた。

 相手はメールだけはまめにチェックしているらしくしばらくして彼から返信が入った。住所はまだ決まっていないと妙なことが書いてあって、最後に今日午後一時からの衆議院の予算委員会のテレビ中継を見てほしいと不可解なことが書いてあった。なぜそんなことを言うのか理解できなかったが、一応広報室に行った。

「今日の予算委員会でなにかわが社に関する質問が野党から出ているのか」と河野は広報室長に聞いた。

「いや、なにも」と彼はびっくりした。「とにかくテレビをつけてみよう」、と彼は受像機に火を入れた。丁度国会での質疑が始まったところで野党のハイエナのような女性議員が社会保障費の問題で怒鳴り声をあげていた。議題はそれからそれへと移っていくが製薬業界に関係するような問題は出てこない。

 二時時過ぎに連立を組んでいる与党の議員が質問にたった。彼は週刊誌を手にして、その記事について質問を開始した。「この記事によると政府は宇宙船団との交渉を秘密裏にしているというが本当か。この記事いよると秘密条約まで締結したとあるが本当か」

 額の禿げあがった井伊直三首相はよっこらしょと老人らしい緩慢さで席を立つとマイクの前まで二、三メートル歩き「条約を締結したという事実はありません」とおどおどした声で答弁した。戻って席に座る間もなく質問者は「接触したことはあるのですか」と追いかけて聞いた。

 首相は後ろに控えている官僚たちとひそひそ相談していたが、のろのろと立ち上がると「接触は試みております」と短く答弁した。

委員会室の中はどよめきが広がった。

「接触は成功したのですか」と畳みかける。

「それは申し上げられません」

「どうしてですか」

「交渉事ですからすべてを開示することは出来ません」

非難の声が室内の野党側の席から起こった。与党議員のあいだにも驚きの声があがった。

「この週刊誌によると政府は秘密理に条約を締結したとある。世間では疑勅だという非難もある。はっきりとしてください。条約はあるのか、ないのか」

「何度も申し上げた通り条約はありません。相手は国家ではありませんしね」と首相は馬鹿にしたように答えた。

「なぜ国民に報告しないでことを進めるのか」

 再度取り巻きの高級官僚たちとひそひそと打ち合わせた井伊首相はのろのろと大儀そうにマイクの前に立つと、「国民の安寧にかかわる重大事態です。交渉するのは当たり前でしょう」と彼一流の人を馬鹿にしたように口調で答えた。「いちいち手の内を明かしていたら相手にいいようにあしらわれるだけだよ」と捨て台詞を残して短気な老人らしくゾンザイに質問者を決めつけた。