穴村久の書評ブログ

漫才哲学師(非国家資格)による小説と哲学書の書評ならびに試小説。新連載「失われし時を求めて」

26:排泄物処理 

2021-02-17 08:44:14 | 小説みたいなもの

全国の男性を奮い立たせる会の白井点詩でこざいます、と次の質問者の野太い女性の声が委員会室に響き渡った。質問に立ったのは自称第一看護師会会長で衆議院「全国の男性を奮い立たせる会」総裁の白井議員である。年のころなら六十くらいの固太りの巨漢、いや巨婢というべきか。大きな鼻柱から精力が脂となってにじみ出てくるような女性である。鼻の上に乗った金縁の眼鏡の奥には威圧するような目が二つある。

「首相、まず確認したいんですがね、宇宙船の乗組員は有機物なんですか」

「有機物というのはどういうことですか」と首相は反問した。

「つまり生命体ですか、我々のような」

「そのように思われますな」

「ロボットではありませんね」

首相は質問を解しかねて席に座ったままである。

「分かり易く質問してください」と議長が注意した。

「SFなんかだとロボットが人間に反抗して宇宙船を乗っ取る場合がありますね。宇宙船の船長ほか、船をコントロールしているのは人間のような有機体ですか、と聞いているのです」

ヤジが飛んだ。「あんた、SFの読みすぎだよ。あんたがSFのファンだったとは意外だな」

白井議員はヤジを無視して「首相、お答えください」と促した。

井伊首相はよっこらしょと掛け声をかけて椅子から立ち上がるとマイクに向かった。

「お答えします。我々との接触の状況から判断すると高い知性を有する有機体と思われます。おそらく他の天体で進化した生命の系統樹のてっぺんにある生物でしょう。地球上の進化の系統樹とは全く異なるというのが専門家の意見だそうです。これでご満足いただけますか」と首相は謙虚に答えたのである。

「まあ、今のところはそれでよしとしましょう」と白井女史は恩着せがましく言った。そして続けた。「次のことにはご同意いただけますか。つまり有機体であるからには、生命を維持するために外界から食物や栄養、水分などを摂取して同化し、またエネルギー源とする。そしてその代謝の過程で出た老廃物を体外に排出する、すなわち地球上の動物でいえば人間を含めて、おしっこをしウンコを放出するわけであります」と長々と弁じたてた蟒蛇級の彼女はここでグラスの水を取り上げると喉の渇きを癒したのである。

「卑猥な質問をするな。女はこれだから困るよ。露骨すぎるよ」と与党の男性議員がやじった。水を飲み終わった白井女史は振り向いて威圧的な目力でぎろりと野次馬をねめつけると「お前たちこそ女性蔑視ではないか。すぐに衆議院議員を辞職しろ」と大音声で一喝した。

そして首相のほうを向き直ると、一転して猫なで声で質問した。

「彼らが自分たちの排泄物をどう処理しているかご存じですか」

「そんな下品なことは詮索しないのが紳士のたしなみです」

「それそれ、それが女性蔑視なんですよ、困りますね。世評では彼らは自分たちの排泄物を地上にまき散らしているという噂があります。人間や地上の動物でも排泄物は適切に処理しないと環境や健康に悪影響を与えます。ましてまったく別の進化をした彼らの排泄物の中には地上の人間には全く免疫のない細菌やウィールスがうようよしているでしょう。これは恐ろしいことですよ」と彼女は首相を脅かした。

「また、彼らの宇宙船が九十九里沖や相模灘にしばしば着水することがあるようですが、その際に彼らの排泄物を投棄しているとの目撃情報も多数の漁船から報告されています。至急実態を調査しなさい」と首相を決めつけた。

「そんなことを彼らがするとは思われないが、確認はいたしましょう」

「最近の猖獗を極めるコロナの流行は宇宙船からの廃棄物のせいだといわれています。すぐに撃ち払うべきではありませんか」

首相は苦笑いを浮かべると、「まったく的外れの御議論のようです。彼らも地上でのコロナの蔓延には非常に懸念と同情を示しておりまして、自分たちに出来ることがあれば何でもすると申し出ているくらいです」

白井女史は質問を締めくくった。「信じられませんね。とにかく至急調査を行い次回の当委員会で報告してください」と言うと着席した。議場にはほっとしたような空気がながれた。同時になんだかもっと漫才を見ていたいような雰囲気も漂っていた。