東京空襲についての「ハクチ」の描写は出色である。もっとも私は寡読であるから未読の作品も多いと思うが、読んでいるうちでは文句なく第一である。これは私小説なのか。場所は東京府蒲田区、現在の大田区の一部である。矢口小学校なんていまでもあるかな。畑が出てきたり林が出てくるので、どこだろうと読んでいると蒲田区と出てきた。当時は住宅と田園、山林のミックスした地域だったのだろ。
終戦の翌年の作だそうである。東京都は東京府とも書かれている。調べなければいけないが終戦直前か直後に東京府から東京都になっている。安吾は昭和二十一年に書いたが同じ作品中で東京府とか東京都とか書いている。もし彼が私小説作家らしく、事実に基づいて書いているなら東京府から東京都に行政単位が変わったのは昭和二十年終戦直前ということになるが、どうだろうか。調べればすぐに分かることだが。時期は明記してあり、昭和二十年四月十五日の空襲前後の話である。
国民のほぼ全員が書かれているような空襲すなわち民間人の大量無差別焼殺攻撃をアメリカ軍からほぼ毎日受けていたから、坂口が全くの空想で書いたとは言わない。しかし、すべてが実体験かどうか。
白痴の女の出てくる意味が小説の前半では分からない。ところが彼女は見事なトリックスターなのである。後半の空襲描写あたりから俄然生きいきとしてくる。今風に言えばキャラが立っている。そこまではつまらない。ハクチの前に掲載されている短編「いずこへ」と同様奇をてらうだけの観念小説かな、と読んでいると俄然迫力を増す。
この短編にはアメリカの非人道的なホロコーストについての言及はない。また、福田の解説(昭和二十三年記)にも内容の言及はない。ただ代表作だとかいてある。おそらく、推測だがアメリカ占領軍のてまえをはばかったのであろう。そのようなことに言及すればアメリカ軍によって、作品は発禁、著者や解説者は公職追放あるいはレドパージを食らうからであろう。