第九はテレビをつけた。ダイヤモンド・プリンセスというくだんのクルーズ船が大写しになっている。どうみてもその船体は異様な印象を与える。バベルの塔じゃないか。バベルの塔が五階建てだったかどうかはしらないが、まともなつくりではない。呪われた船だな、宿命の船だな、と彼は思った。
そういえば船長は一度も顔を見せないな、妙だなと思った。当事者だろう、船の最高責任者なら顔を見せるべきだろう。いるのかいないのかまるで分らない。
五十六か国の乗客がのっているそうだ。バベルだな。そういえばこの船は建造中から呪われていたのではないか。たしか、日本で建造された船だ。佐世保だったかな。施主はイギリスで同様の船を何隻か注文建造していた。その建造中にダイヤモンド・プリンセスは火災をおこした。納期に間に合わないというので同時に建造していてサファイア・プリンセスというクルーズ船を急遽ダイヤモンド・プリンセスと改名して納入したはずである。
火災が発生した旧ダイヤモンド・プリンセスはサファイア・プリンセスと改名した。こちらのほうは現在北米のほうでやはりクルーズ船として就航している。要するにだ、形状からしても、火災を蒙って急遽改名した経緯からしても、呪われた宿命を担った船なのだろう。
彼はテレビを消すと昼飯を食いに外出した。駅ビルであまり客の入っていないさびれた店を選んで中に入った。込んでいる店に入るのは危険だ。新型コロナに罹患する可能性が高い。これからは、流行が収まるまではなるだけ外食は避けたほうがいい。外出もしないほうがいいだろう。近所を散歩するくらいにしておいたほうが無難なんだろう。彼は昼は大体外で食事をしていたが、これからは昼も自炊したほうがいい。帰りに食材を多めに仕入れよう。
メトロの駅を出るときに構内の無料印刷物のラックに「東京23区住み心地ランキング」という雑誌があった。さる不動産会社が発行していた。一冊取ってみると新規分譲住宅だけの特集らしい。まあ、何かの参考になるだろうと彼は一冊持って行った。
「ダウンタウン」に入ると気のせいかいつもよりか閑散としている。ウェイトレスは全員マスクをしていた。