フム、と言うと本部長は思案に暮れたようにタコ頭をぴしゃぴしゃと叩いた。しかし、良い考えは叩いても頭から飛び出してこなかったらしく、彼はだれかいい知恵を出さないかなと円卓の一座を見渡した。彼の視線は髭を装飾庭園のように妙な形に刈り込んだ初老の男の上にとまった。
「教授、貴方のご意見は?」
「かたじけなくも本部長閣下の御指名にあずかりまして不肖己が考えまするに、この問題には多方面から検討を加えるべきではないかと愚考いたします」
「フム、それで」
「さればでござる、賢明なる本部長がまずご指摘されたようにアヘンの供給上のイレギュラリティが発生していないかは調べる必要があります」
厚生大臣が落ち着きなく体を動かした。
教授は続けた。「言うまでもなくアヘンは地球人が余計なことを考えて、不満を持たないように与えるものでありますが、病理学的に申し上げますと人間にアヘンに対する耐性が形成されつつあるのかもしれません」
「そんなことが考えられるのですか」と本部長が聞いた。
「さあどうですか。なにしろ二千年の長きにわたって与え続けているのですからそういう可能性もございますでしょう。アル中も大量に長年飲みすぎるといくら飲んでも酔えなくなりますからね」
それだけでも大仕事だな、と誰かが呟いた。
「しかしアヘンの耐性の問題だけに絞るのも危険です。我々は人間をその基板、OSそしてアプリケイションで完全に再構築し掌握したのでありますが、何らかの外的要因によって、それが効かなくなっている可能性もあります。なにしろ二千年ですからな、いろいろなことがあります。環境も変化しますしね。そういうわけで今一度、その人間システム、我々が大昔に構築したシステムを細部にわたって再点検する必要もあるでしょう」
かれはテーブルの上のペットボトルからニンジン茶を一口飲んだ。
「外的要因と言うと、どんな?」
「いろいろあるでしょう。それが特定できないのが問題でしてね。だからそれを特定しようというわけですが」と教授は禅問答のようなことを言った。
「何千回となく、遺伝情報のコピーをしているうちに、コピー・ミスもあるでしょうし、外的な要因で遺伝情報が破壊、あるいは変更されることがある」
「ふーん、たとえば、」
%「今年の新型コロナ・ウイールスが遺伝子を破壊することが報告されています。また、我々が有害であるとして前にマスクをかけた遺伝子配列が急にアクティブになることがあるでしょう」
本部長は思い出したように「待てよ、コロナはとうの昔に根絶されたのではないか。我々が地球人に強力な医薬を提供したはずだ。この効果に瞠目した人間が我々に対する認識を改めた契機になったのではないか」
「仰せのとおりですが、近年新種のコロナの変異種が蔓延しまして」
「うん、そうだったね。しかし、これも我々の医学で抑え込んだんじゃないか」
「その通りですが、一部に後遺症が残りまして、と言うよりか遺伝子に変化を与えている可能性があるのです」%
「そうして、今年のような一連の暴発を引き起こすと」
「そうですね」
本部長は思いついて確認するように甲に聞いた。「今年に入ってから通り魔による大量殺人事件はどのくらい発生しているのだね」
甲は起立すると「お答えいたします、本年はこれまでに五百三十八件発生しております」
「月に百件ちかくだな。それで犠牲者の数は」
「八千二百十八人であります」と甲は用意した報告書を確認しながら答弁した。
「この数字は日本だけですね、世界中ではどのくらいかわかりますか」
「国連の報告によると犠牲者は五十万人を超えております」