穴村久の書評ブログ

漫才哲学師(非国家資格)による小説と哲学書の書評ならびに試小説。新連載「失われし時を求めて」

73:聖なるタコはオンラインで参加

2021-07-02 07:34:41 | 小説みたいなもの

GHQの公安局からオブザーバーとして派遣された蛸の日本名は大錦である。蛸の世界の名前があるのであるが、ひどく長い名前でおまけに人間には正確に発音できない。それで日本名を持っているのである。皆分かり易いように相撲の四股名を付けている。なにしろ蛸は平均で身長三メートル、体重一トン以上であるから力士風の名前がぴったりなのである。

彼はテレスクリーンに登場している。何しろ人間に比べてとびぬけた巨体であるから、同じテーブルに座ると威圧感がすごいし浮き上がってしまう。そこで特に対面してこそこそ話をする必要があるとき以外はリモートで会議に参加するのである。日本人会議参加者の手元にあるパソコンの画面をみていると人間と同じサイズに見えて違和感がない。

「壊れているというと」と地上の参加者が問い返した。

「さあ、それは分かりませんがね」

「そうだなあ、まるでホモサピエンスが進化、いや退化というか分岐して新しい種と言うか類が発生したみただものな」と言ったものがいる。

不穏なうわさが蛸の間で囁かれているが、そのような憶測を人間たちに漏らしては大変なパニックになると思って言葉を濁した。最近では蛸が地球を放棄するという噂まで流れている。愛玩動物としては人間は手がかかりすぎるようになった。それに最近は狐族が支配している星座との間の緊張が高まっていて地球にかまっている余裕がなくなっているというのだ。大錦も対狐戦争にいつ動員されるか分からないらしい。

種の分岐と言うのはそう簡単に起こるものではないでしょう、と乙が言った。かねてから人間界のなかでは蛸族が人間の改造を試みているといううわさが流れている。蛸は善意で人間を進化させようとしているといううわさがある。人体の基盤部分を改良するという説もあり、人間のOSに手を入れようとしているという噂もある。

なぜ蛸が人間の進化に熱心だったかというと、分かり易く言うと、人間がペットの猫をかわいがっていたとする。飼い主は猫が人間の言葉を話せたらいいなと思のは村田紗耶香さんでなくても当然である。それと同じで人間がタコの言葉を話せたらもっとかわいくなるな、と思うわけである。

彼らは人間社会の進化のためにあらゆる知識を無償で惜しみなく与えてきた。コロナをはじめとして新薬や治療法を与えてきたので現在では病気で死ぬ人間はいなくなった。死ぬのは寿命が来たか交通事故や犯罪による場合しかない。しかし、現在にいたるまで人間がその知識を熱望しながら与えられない分野が二つある。

すなわち星座間の宇宙旅行と超長遠距離通信の技術である。何百光年も離れている間で電波で交信しようとすれば、百光年の向こうにある星と交信するには連絡を送って返事を受け取るまでに二百年はかかる。どうもタコはその通信を秒の単位で実現しているらしい。この二つの技術は人間に与えられていない。蛸側からいえば与えたくないのではなくて人間の知能では理解できない知識なのである。そこで気の毒に思って人間の知能を強化すべく人体改造試験が行われているという憶測があるのだが、その過程でとんでもない失敗があったのではないか、とタコ社会で非公式に流通している情報がある。そんな根拠の薄弱な憶測を人間たちに教えるわけにはいかない、と大錦は思っているので言葉を濁したのである。

 



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