映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

「溺れる人魚」 島田荘司

2007年09月04日 | 本(ミステリ)

「溺れる人魚」 島田荘司 原書房

これは、ミタライシリーズといっていいのでしょうか。
直接彼が出てこないものもありますが彼を取り巻く人物たちがつづる物語でもあります。
この本は、ミステリ短編集というよりは・・・そうですね、いわば博物学の本といったほうがいいかも知れません。
島田氏の作品にはよくありますが、薀蓄というよりは、むしろ一つの講義ですね。
この世界のあらゆることに焦点を向けて、語られるその講義を、私は嫌いではありません。

この本で語られるのは・・・
ポルトガルにかつていた、アディーノ・シルバという天才スウィマーのこと。
 PSAS(持続性性喚起症候群)という病のこと。
 ロボトミー手術のこと。

ベルリンの地下空間のこと
 ナチの医学実験のこと
 生物の発生に関すること

モンゴルの西方遠征のこと
 タタール人差別のこと

横浜の街のこと・・・・・

世界を形作るもろもろの知識。
どの話も、学校では教えてくれないことばかり。
けれど、どれも大変興味深いです。

特に、チンギス・ハーン率いるモンゴル帝国がヨーロッパへ進出し、支配した時期があった、というのは確かに世界史の教科書で学んだことではありますが、このようにしっかり語られてみれば、すごいことだと改めて思ってしまいます。
教科書で語られるのはほんの1・2行。
同じアジアの国がこのようなことを成し遂げたというのに、私たちはあまりにも無知のように思います。
たとえばヨーロッパやイスラムが他国を侵略する時には、まずその土地の宗教をねこぞぎ、自分たちの宗教にすり変えた。
敵の兵は皆殺し。
ところがモンゴルは、その土地の宗教・習慣には寛大でおかまいなし。
投降するものは受け入れて、自国の兵として取り入れていく。
税を徴収することだけを目的としたという。
モンゴルはたちまち道路網を整備し、領土を広げていく。
今、ロシアがあのように広大な地を領土としているのは、モンゴルの広大な支配地を受け継ぐ形になったから・・・。
モンゴルが勢いをなくし、収縮していく時にその地に残ったモンゴルの末裔が、今、東ヨーロッパでタタール人と呼ばれている人たちらしい。
なんだか、はっとさせられることばかりです。
馬を駆ることに長けた彼ら。
とうとう日本を手中にできなかったのは、彼らにとってあまり得意でない「海」がそこにあったからに違いありません。
この、偉大なるモンゴル帝国の末裔の朝青龍には、だからもう少し威厳を持って横綱として実戦復帰してほしい・・・と、おっと、これは余計なことでした・・・。

・・・ということで、なかなか楽しめた一冊でした。

満足度 ★★★★