「サウスバウンド上・下」 奥田英朗 角川文庫
「税金など払わん!!」豪語する父の背中に、少年二郎は何をみるのか。
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痛快に面白い、とでもいいましょうか。
「面白い」とは月並みな表現かもしれませんが、これほど奥田作品にぴったりの形容はないと思います。
ただただ、ストーリー展開と登場人物の配置の妙に引き込まれ、一気に読んでしまう。
めちゃくちゃ面白い。
主人公は小学校6年の二郎。
彼の悩みは彼の父親一郎のこと。
父は元過激派とかいうものだっだらしく、今もフリーライターと称して家でごろごろしてばかり。
国民年金の督促に来た役所の人は、大声でやりこめた末、追い返す。
学校には修学旅行の経費が怪しいと怒鳴り込む。
息子としては肩身が狭い。
普通のサラリーマンならよかったのに、と、ため息をつく。
上巻は、こんな父を描写しつつ、さらに二郎に降りかかった困難の物語が語られます。
つまらないことから不良中学生のカツに目をつけられ、逃げ出したい気分ながらしだいに立ち向かってゆく、そんな少年の心の成長。
ここまでの舞台は東京。
そんな二郎の友人たちもなかなかユニーク。
不倫をしているらしき姉。
おませな妹。
そしてなぜこんな父と結婚したのか謎の、喫茶店経営で生活を支える母。
ここまでも十分に面白いのですが、下巻、舞台を沖縄に移していよいよ物語りは息づいてきます。
父が巻き起こした騒ぎで、東京に見切りをつけ、一家は父一郎の故郷である沖縄で暮らすことになりました。
それも西表島。
しかも、わざわざ森の中に打ち捨てられた廃屋で、電気もない。
水道もないので井戸水。
二郎と妹は、こんなところになんか住めないと、悲しくなってしまう。
しかし、その土地の人たちのなんとおおらかなこと。
みんなで家の手入れをし、不用品や食べ物も持ってくる。
夜になれば集まって宴会。
そもそも内と外の仕切りがなく、家とはいえ入り放題。
戸棚も押し入れも勝手に覗く。
つまりは、「共有」という意識であるようだ。
そしてまた驚いたことに、あのいつもごろごろして何もしない父が働くこと働くこと!
大工仕事、畑仕事。
片付けるべき仕事も多いけれど難なくこなす。
二郎は頼もしいその父を少し見直すのです。
ところが、この父がこんな穏やかな話で終わるわけがない。
家族が暮らすその家、その土地は、実はリゾート開発会社の所有するもので、たちまち立ち退け立ち退かないの騒ぎが勃発。
西表島の自然に憧れ、都会から移り住んでいる人たちもいて、彼らはリゾート開発反対の市民運動を繰り広げ、二郎の父にも協力を呼びかけます。
しかし、この父は権力も嫌いだけれど、徒党を組むのも大嫌い。
学生運動で散々いやな思いをした挙句、組織に属することをやめ、一匹狼となっていたわけですね。
この立ち退き騒動はマスコミ受けして、日本中が興味本位で注目。
ブルドーザーが押し寄せる中、家を守ろうとする父と母。
本当にやめられない面白さです。
この日本中隅から隅まで誰かの土地、何で勝手にそんなこと決めたのだ・・・と、思いますね。それはイコール税金対象ですし。誰のものでもない、自由な土地、そんなのがあってもいいと、ほんとに思ってしまいました。
徒党を組まず、あくまでも個人として国家と立ち向かう。
それはとてつもなく無謀なことではありますが、その強さに、二郎だけでなく読者も圧倒されるのです。かっこいいです。
自然ばかりで他には何もなく、家族で力を合わせなければどうにもならない、そんな生活の中で、絆を深めていく家族。わくわくさせられました。
さて、この本はまもなく映画として公開されますね。
父一郎はトヨエツ!母が天海祐希らしい。これは見逃せません。
満足度★★★★★