まほろ駅前多田便利軒三浦 しをん文藝春秋このアイテムの詳細を見る |
第135回直木賞受賞作であるこの本。
以前に読んだのですが、このたびこの続巻が出ていまして、
再度、始めから読み直してみました。
庭掃除に、老人の見舞い等々、ほそぼそと便利屋を営む多田。
そんな彼のところに、高校時代の同級生行天(ぎょうてん)が居候として居着いてしまう。
この行天を一言で言えば変人。
しかし、愛すべき変人であります。
そもそも、この2人は同級であったというだけで、ちっとも親しかったわけではないのです。
何故か行天は、当時全く言葉を発したことがなかった。
ただ一度発したのは「痛い!」のひとこと。
これは聞くだけでも青ざめる教室内の事故による怪我だったのですが・・・・。
密かにその怪我の責任を感じている多田は、
行き場のない行天をやむなく彼の事務所件住居に居候させることに。
いろいろな便利屋の仕事をするうちに、
事件に巻き込まれたり、様々な人との交流が生まれたり。
そして行天のまさに仰天するような結婚生活の秘密が明らかに。
次第に彼の謎の性格とそうなってしまった原因の一端がわかってきます。
とんでもないお荷物。
厄介者。
友人とも呼べない関係・・・。
行天をそのように認識していた多田ですが、
いつの間にか彼の生活に行天の存在が溶け込んでくる。
多田自身も結婚に失敗した過去があり、その傷を引きずったまま過ごしていたのです。
作品中、家族と「血」に関わるストーリーがありまして、
ここがこの本の核になるのだと思います。
家族=血のつながり=癒し合い助け合うもの。
無意識のうちに私たちにはこういう構図があります。
けれども、考えてみれば便利屋の仕事は、その家族に頼れない部分の埋め合わせなのです。
自分の親の見舞い。
子供の塾の送り迎え。
現代においては前記構図は崩壊寸前。
そもそも、血のつながりが癒し合い助け合いを約束するものだというのも幻想なのではないか。
だったら始めから単に人と人としてのつながりの中に、それを求める方がいい。
子供に見放された老母。
親に放置されている小学生。
麻薬の売人。
風俗のオネーサンたち。
なかなか殺伐とした状況の登場人物たちでありながら、
それぞれが愛すべき人たちで、なんだか心が温まってくる。
はい、二度目でも十分に楽しく読み応えのある作品でした。
まずは行天の変人ぶりをお楽しみください。
・・・でも、きっと彼が好きになりますよ。
思うに、行天は子犬みたいなもんですね。
何となく多田になついてくっついてきちゃった。
無口で無邪気。
かと思えば人の思惑無視でとんでもないことをやらかす。
でも、悪びれずけろっとしていて・・・。
こちらの心の奥底まで見えているくせに、気づかないふり。
実に興味深い存在なのでした。
※番外編へつづきます!
満足度★★★★★