映画と本の『たんぽぽ館』

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「10センチの空」 浅暮三文

2010年09月15日 | 本(その他)
飛ぶ能力を分かち合いながら人間社会ができた

10センチの空 (徳間文庫)
浅暮三文
徳間書店


            * * * * * * * *

この作品、国語の教科書(『現代の国語2』三省堂)に掲載されているそうです。
今時の教科書に載る作品って?
・・・と若干興味を持って読んでみました。

プロローグとして、原始、空を飛ぶ人々が翼竜を狩るシーンなどがあります。
太古の昔、人々は自由に空を飛ぶことができた。
しかしその能力は次第に失われていって、
今、その能力を継承する者はごくわずか・・・。


さてこの物語では大学生の敏也は、空を飛ぶことができる。
しかし、それは10センチの高さだけ。
10センチ飛べることになんの意味があるのだろう。
なんの役にもたたないじゃないか。
周りの皆は就活に忙しそうにしているけれど、
敏也は自分のやりたいことがわからず、就活自体に取り組む意欲もない。
そんな時、ラジオ番組にそういう悩みを投稿したことをきっかけに、
少年時代のある出会いを思い出すのです。

敏也はそもそもどういうきっかけで、いつから飛べるようになったのか記憶がない。
けれど、少年時代、ある少年との出会いがあって、
その少年から『飛ぶ』能力をわけてもらったのでした。
ところで、飛ぶ能力は人に分けると文字通り半減してしまうのです。
元々その少年は20センチほどの高さを飛ぶことができたのに、
敏也に分けたことによりお互い10センチほどまでしか飛べなくなってしまった。
けれども、敏也は思い出します。
初めてその10センチを飛べたとき、どんなにうれしかったか。
その高揚感。
たった10センチだけれど、気持ちは文字に書けば「高く揚がる」だ。
そしてまた、飛ぶ能力を分かち合うためには、
お互いの信頼感が不可欠ということ。
そんな大事なことをどうして忘れてしまっていたのか・・・。
そこのドラマも大事ですね。


「飛ぶ」というのは、幸福感を表すと思うのです。
または思い切って自らのやりたいことに踏み出すこと。
どうしたら飛べるのか。
それはつまり、どうしたら自分を生かして充実感を得ながら前進できるのか、
そういうことなのだろうなあ。
飛ぶ能力は、人から分けてもらうもの。
必要なのは信頼感。
とすれば、私たちは原始の昔から、
繰り返し人と人との信頼を結び、
飛ぶ能力を分かち合い、
社会を作り上げてきた。
その結果飛翔能力を失ったとも言えますね。
しかしそうなると逆に、人と人とのつながりが、
もうさほど必要でなくなってきてしまっているということか・・・。

けれど、敏也は人と人とのつながりの意味、
飛ぶことの意味をしっかりと思い出すのです。
大事なのは、決して一人では飛べないということなんです。
もちろん飛ぶという行為は一人のものなのですが、
どんなに自分の好きなことをしても、
そのことを認めてくれたり、励ましたり祝福してくれる人がいなければ意味がない。
つまり、そういうことがあれば私たちでも飛べるのかな?
10センチでなくてもいい。
3ミリくらいでも、飛べたらステキですね。

満足度★★★★☆