映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

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2018年03月13日 | 映画(は行)

家族の知らない父

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斎藤工さん長編監督デビュー作。
放送作家・はしもとこうじさんの実話をもとにしているとのこと。

父親の借金がかさみ、ガラの悪い取り立てに怯える妻と2人の子ども。
そんなある日、父親は逃げるように失踪してしまいます。
それから13年。
失踪した父(リリー・フランキー)の消息がわかったのですが、
父はガンに侵され余命3ヶ月の宣告を受けています。
父と家族の溝は埋まらないままに父は亡くなり、その葬儀の日。
参列したのはほんの僅かの人たちですが、
彼らがそれぞれの思い出を語り始めます。

斎藤工さんが兄で、高橋一生さんが弟。
うひゃ~、こんな兄弟の母に、私はなりたい!!


彼らが覚えている子供の頃の父親は、
借金取りに攻められて小さくなっている、そんな姿ばかり。
それでも弟は、父親とキャッチボールをしたことを忘れられないのです。
唯一の父親とのふれあいの思い出・・・。
だから、父親のお見舞にも行ってみるのですが、やはり全然気持ちが伝わらない。
第一、話すことがない・・・。





この物語だけに限らず、家族は案外、家の外の父親のことを知らないのかもしれません。
休みの日の父親はゴロゴロしているばかりでだらしがなくて、
お母さんに怒られていて・・・。
でも仕事をしている父親は、案外さっそうとかっこよかったりするものですよね。
中には仕事もダメで、家で威張り散らすという最悪の人もいないわけではないでしょうけれど。
だから、父親のことを語り始めるいろいろな人の思い、
というのはそれほど意外なことではないのかもしれません。
でも、これは確かに、知らないでいるよりは知ってよかった。
父はただダメなだけの存在ではなかった。
少しは人に親しまれもしたし、
家族としては最低だったけれど、お人好しで、誰かのためにはなっていた・・・
と知ることができたから・・・。


それにしても、本作70分。
せめてもう一つくらい何かのエピソードがあっても良かったかなあ、と。
それでせめて90分位にはしてほしい。
70分でも同じ一本分の料金って、なんだか損したような気がしてしまう、
セコい私なのでした・・・。



あ、ここの葬儀場のすぐ横で、同じ苗字の人の葬儀が行われていて、
こちらは、どこぞの社長らしく大勢の人が参列し、泣き声も聞こえますが、
実は・・・・、というエピソードは良かった!

<ディノスシネマズにて>
「blank13」
2017年/日本/70分
監督:斎藤工
出演:高橋一生、松岡茉優、斎藤工、リリー・フランキー、神野美鈴
家族の実態度★★★★☆
満足度★★★☆☆


恋妻家宮本

2018年03月12日 | 映画(か行)

2人だけに戻った夫婦に

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一人息子・正が結婚し、家を出たため、
夫婦二人きりとなった洋平(阿部寛)と美代子(天海祐希)。
2人は大学時代に出来ちゃった婚で結婚したため、
50歳にしてはじめて夫婦二人きりの生活を送ることになります。
そんなある日、洋平は美代子が隠し持っていた離婚届を見つけてしまい、激しく動揺します・・・。
果たして妻の真意は・・・?

息子が家を出た日、美代子はある提案をします。
もうお互いに「お父さん」「お母さん」と呼ぶのはやめにしよう。
名前で呼びあうことにしよう、と。
ああ、本当に。
我が家など未だにそうなので、どこかできっぱりけじめをつけるべきだなあ・・・などと思った次第。
でもこんな風にきちんと口にできる美代子さんはステキです。



さて、本作ではファミレス風景が多用されています。
大学時代の洋平(工藤阿須加)と美代子(早見あかり)が座っていた席に
現在の2人がまた座っていたりする。
中学校教師の洋平は優柔不断で、
盛りだくさんのファミレスのメニューの中から一品を決めるのがすごく苦手。
それは若い頃も今も同じ。
一方妻はしっかりもので、これまで家庭を守り通してきましたが、
一人息子がいなくなって、その心境はなんとなく想像がつきますが・・・。



洋平は学校の生徒には「教師に向いていない」と言われ、
妻からは「夫に向いていない」と言われてしまい、
また激しく落ち込むわけですが・・・。
けれど、相手に気持ちを言葉で伝えようとしてもなかなか言うことができないし、
言葉が見つからない。
そこで洋平は彼の唯一得意である「料理」を使うのです。
相手のことを思って作る調理には、心を溶かす魔法があるようです。
キザな言葉よりも、できる範囲での何かで心を伝えようとする、
そういうのもいいですね。
でもやはり、最後は言葉だ。
駅のホームのあちらとこちらで話を始める2人、
停電の待合室で、何故かろうそくを取り出して火を灯し、本音を語り始める2人。
電気がついた時には、2人だけだと思っていたのに周りに人がいて
聞き耳を立てていた、というのもおかしい。



そして本作で使われる吉田拓郎の「今日までそして明日から」は、
私も好きな曲なのでまた感慨もひとしお。
エンディングで皆さん勢揃いでこの歌を歌うシーンもいい。


子どもが独り立ちしたのを機会に、夫婦関係を見直してみるのはいいことだと思います。
それぞれがどこか我慢して自分らしさを置き去りにしてきたならば、
ここからそれぞれのやりたいことを始めるのもいいでしょう。
そんな時、同じ道ではないにしても一人で始めるよりも、
傍らにもう一人いるほうがいいのではないかな。

恋妻家宮本 DVD
阿部寛,天海祐希,菅野美穂,相武紗季,工藤阿須加
東宝



<WOWOW視聴にて>
「恋妻家宮本」
2017年/日本/117分
監督:遊川和彦
原作:重松清
出演:阿部寛、天海祐希、菅野美穂、工藤阿須加、早見あかり

共感度★★★★★
満足度★★★★☆


メッセージ・イン・ア・ボトル

2018年03月10日 | 映画(ま行)

大人の恋はめんどくさい・・・そして切ない

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夫と離婚し、シングルマザーとして息子と暮らすテリーサ(ロビン・ライト)。
息子が父親と過ごす間、休暇でやって来た海岸で、手紙の入ったボトルを拾います。
その手紙は、キャサリンという女性あてに書かれたもので、
誠実で切々とした愛の言葉が綴られていました。
テリーサはシカゴ・トリビューン紙で調査員として勤務しており、
この手紙のことが取り上げられて記事になります。
そしてそれは反響を呼び、他にも海岸に打ち上げられた手紙が新聞社に寄せられます。
タイプの文字や便箋から、その手紙を書いた人物を割り出すことができて、
テリーサは調査としてその男性・ギャレット・ブレイク(ケビン・コスナー)のもとを訪れます。
そして、その飾らない性格に次第に惹かれるようになりますが・・・。

大人のロマンスですねえ・・・。
ギャレットが愛したキャサリンは5年前に病死しています。
けれども彼はキャサリンを忘れることができない。
キャサリンが遺した画材や絵を手放すことも片付けることも、一センチ動かすこともしようとしません。
テリーサは、ギャレットが多少は自分を好いてくれていると思いながらも、
彼のキャサリンへの愛情があまりにも深いので、
自分の居場所がないように思えてしまうのです。


好きなだけでは進まない大人の恋愛。
これまで生きてきた過去が、そう簡単に自分たちを前に進めてはくれません。
そう、大人の恋は複雑でめんどくさいのです。


そしてまた、ギャレットはこの出会いを偶然だと思っているのですが、
テリーサは彼の手紙のことを知って、ここまで来ているわけですから、
この隠し事も面倒。
けれども、なんだかんだとあって、結局はハッピーエンドとなるのだろうと、
私は思っていました。しかし・・・・!
アメリカ映画らしからぬラストですが、それでまた深い余韻が残りました・・・。

メッセージ・イン・ア・ボトル [DVD]
ケビン・コスナー/ポール・ニューマン
ワーナー・ホーム・ビデオ



<WOWOW視聴にて>
「メッセージ・イン・ア・ボトル」
1999年/アメリカ/131分
監督:ルイス・マンドーキ
原作:ニコラス・スパークス
出演:ケビン・コスナー、ロビン・ライト、ポール・ニューマン、ジョン・サベージ、イリアナ・ダグラス
大人の恋度★★★★☆
満足度★★★★☆


15時17分、パリ行き

2018年03月09日 | クリント・イーストウッド

何者かに導かれるように・・・

 

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久しぶりの、ぴょこぴょこコンビ!
クリント・イーストウッド監督作品ですね!
 2015年8月、ヨーロッパで起きた無差別テロ「タリス銃乱射事件」で、
 現場に居合わせて、犯人を取り押さえた3人の若者の実話を映画化したもの。
しかもね、なんとその本人たちが出演しているというのが凄いんだよね。
そう。そして実際の事件の場面は最後の最後にあるだけで、
 映像はず~っとこの3人の子供時代から、事件に遭遇する直前の夏のバカンス旅行のことを映し出します。


ほとんど、青春ロードムービーだね。
そう、でもこの過程がなかなか興味深いわけなんだよ。
まずこの幼馴染の3人は、学校では落ちこぼれ。
 授業についていけていないとか、落ち着きがないとか・・・
 いつも校長室に呼び出されてお説教を食らっている。
 遊ぶのは戦闘サバイバルゲーム。
 けれど決して乱暴者というわけではない。
長じたスペンサーは、はじめて努力してダイエットし、トレーニングも積んで軍に入るのだけど、
 希望の部署にはつけなかった。
 そして、緊急時の行動を学んだり、
 軍の中では落ちこぼれの行くところと言われる部署で人命救助法を学んだり・・・。
まあ、これぞ天職とは思えてはいなかったわけだよね。



そんな中で、幼馴染の3人は久しぶりに揃ってヨーロッパ旅行に行くんだね。
イタリア、ドイツ、オランダ・・・。
 自撮り写真を撮ったり、遊覧ボートでナンパしたり、クラブで飲んだり踊ったり・・・。
 行き当たりばったりの気ままな旅・・・。
 いいなあ・・・。
そんな中で、スペンサーが言うんだよね。
「人生の大きな目的に向かって導かれているような気がする。」



せっかくだからやっぱりパリまで行こうと、
 3人はその日アムステルダム発パリ行きの高速列車タリスに乗り込んだんだね。
まさに運命に導かれて・・・ということかあ。
そして銃で武装したイスラム過激派の男が現れる。
が、ほとんど瞬発的に彼は行動を始めるよね。ほとんど迷いがない。
ホントに、ここで彼が今まで身につけたことがそのまま役に立つわけなのね。
 まるでこの日のために学んででもいたように・・・。
そこで、私たちはさっきのスペンサーの言葉を思い出して噛みしめるというわけなんだ。
 単なる偶然、というよりもやはり神の配剤のように思えてしまうなあ・・・。



登場人物はこの3人だけでなく、他の乗客たちも本人たちで、
 実際にこの列車で撮影されたんだね。
本人たちが演じるからリアルのはずと言う人もいるかもしれないけど、
 私は、そうじゃないと思う。
 だってねえ、普通の人が映画の撮影と言われてカメラを向けられたら、
 緊張して、普通のようには振る舞えないよ・・。
 というか、少なくとも私ならそうだ。
そこをいかにさり気なくリアルに動くようにするというのが監督の腕だったのじゃないかと思う。
 的確な指示とかカメラアングルとか・・・ね。
結末はわかっているのに、とてもスリリングで感動的。
 幸せな気持ちになる作品だったなあ・・・。
 誰もが、ヒーローになる瞬間があるってことかな。
何が役に立つかわからないのだから、なんでも真剣に吸収しろってことでもある。
そだね~。

そうそう、この3人の子供時代。
 見事にこの3人が大きくなったらこんな感じ、とおもわせるキャスティングだったよねえ。
はい、お見事でした!


<シネマフロンティアにて>
「15時17分、パリ行き」
2018年/アメリカ/94分
監督:クリント・イーストウッド
出演:スペンサー・ストーン、アレク・スカラトス、アンソニー・サドラー、ジェナ・フィッシャー、ジュディ・グリア

青春ロードムービー度★★★★☆
スリリング度★★★★☆
満足度★★★★★


「のりものづくし」池澤夏樹

2018年03月08日 | 本(エッセイ)

乗り物エッセイはすなわち旅のエッセイでもある

のりものづくし (中公文庫)
池澤 夏樹
中央公論新社

* * * * * * * * * *

これまでずいぶんいろいろな乗り物に乗ってきた…
汽車による初めての大移動、
ワープロを乗せてひとり車を飛ばした芥川賞受賞直後、娘と乗った新幹線、
札幌とチューリヒの市電の違い、
ヒマラヤで出会った頼れる愛馬、
念願かなった南極旅行日誌など。
バラエティ豊かな乗り物であっちこっち、愉快痛快うろうろ人生。

* * * * * * * * * *

池澤夏樹さんの、「のりもの」についてのエッセイ集。
さすがに世界中を旅して回っている方だけあって、
通常ではめったに乗れないようなもののこともあります。
電車。新幹線。インドの列車。砂漠の鉄路。
車。バス。
エレベーター!
フェリー。


池澤氏の推奨するエーゲ海の旅はステキです。
たっぷり1ヶ月以上の日程で、
まず、一つの島に行ってそこをぶらぶら歩いたり、教会をみたり。
何日でも居たいだけ居る。
そこに飽きたら、船に乗って別の島へ行く。
そんなことを繰り返しながら・・・。
エーゲ海は見た目も美しく、その奥には深い歴史が隠されていて、
そしてさり気なく日常生活がある。
いいですねえ・・・
そんな所に身をおいて、気ままに散歩したり本を読んだり、食事やお酒を楽しんだり・・・。
私も憧れます。

そして、馬やカヤック、飛行機のことが紹介されて、
最後には南極の旅のことに触れています。
南極は「氷山の南」を書く時に、取材ということで行ったのですね。
船で、海岸線を辿ったようです。
上陸のときにはゾディアック(ゴムボート)に乗る。
私は寒いところが苦手(良くこれで北海道に住んでいる!)なので、
南極に行きたいなどとは思わないですが、
その雄大で稀有な光景に対しての好奇心は、やっぱりあります。
池澤夏樹さん、基本的には冒険家なんだなあ・・・。

「のりものづくし」池澤夏樹 中公文庫
満足度★★★.5


アメリカン・バーニング

2018年03月07日 | 映画(あ行)

お金があっても、愛があっても・・・

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ユアン・マクレガーの長編監督デビュー作。


第二次大戦後、景気が向上し活気づくアメリカ。
手袋製造会社を経営するユダヤ系アメリカ人のシーモア(ユアン・マクレガー)は、
高校時代はスポーツの花形選手。
元ミス・ニュージャージーの美しい女性ドーン(ジェニファー・コネリー)を妻に迎え、
可愛い一人娘が生まれます。
誰もが羨むような明るく笑みに溢れた家庭。
この幸せがいつまでもつづくのだろうと誰もが思いました。

ところが、1960年代。
娘・メリー(ダコタ・ファニング)は思春期を迎え、
ベトナム戦争反対を掲げる過激なグループに加入してしまいます。
そしてメリーが関わったと思われる爆破事件直後から彼女は行方をくらませてしまいます。
シーモアはその後何年も愛する娘を探し続けますが・・・。



幼い頃から吃音であったメリーの、成長した後の両親に対して過度とも思える反抗の仕方がタダモノではありません。
両親からはもちろん、祖父母からも一心に愛を受けて育ったことは間違いないのに、
どうしてこうなってしまったのか・・・というのが、テーマの一つではあります。
メリーがまだ幼い時、彼女の吃音に関して精神科医はこんなふうに言います。
「完璧な両親を持つ子どもは、それだけで大変なストレスを持つものです。
吃音はそのストレスから自分を守ろうとするものかも知れない。」
そのようなことを言われても全く納得できないシーモアとドーンだったのですが。
しかしそれはまるで予言のように、後に彼らに返ってくるのです。



爆破事件では死者も出て、お尋ね者のようになってしまうメリー。
ドーンは心を病み、この結婚自体が誤りだったと言い、
過去を忘れ他の男と情を交わすことでようやく自分を取り戻します。
もはやメリーを探すことには何の関心もありません。
でもシーモアは娘を忘れることなどできない。
もしやり直すとしたら、いったいどの時点からやり直せばいいのか・・・と自問します。
確かに、愛し合って幸せな結婚をした。
可愛い娘を最大に愛した。
自分たちが「完璧」過ぎたと言われても、一体どうすればよかったというのか・・・。
答えのない問いを繰り返すばかりの日々。



お金があっても、愛があっても、こんなことは起こるものですよね・・・。
生きていくことの、家族の、難しさが
大海原のように目の前に横たわっているような気がします。



アメリカン・バーニング [DVD]
ユアン・マクレガー,ジェニファー・コネリー,ダコタ・ファニング
ソニー・ピクチャーズエンタテインメント



<J-COMオンデマンドにて>
「アメリカン・バーニング」
2016年/香港・アメリカ/108分
監督:ユアン・マクレガー
原作:フィリップ・ロス
出演:ユアン・マクレガー、ジェニファー・コネリー、ダコタ・ファニング、ピーター・リーガート、ルパート・エバンス

家族を考える度★★★★★
満足度★★★.5


シェイプ・オブ・ウォーター

2018年03月06日 | 映画(さ行)

祝 アカデミー作品賞受賞!!

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ちょうど、アカデミー賞授賞式の前日に見ました。
決まってから見ると、混むのでは・・・?などと思ったもので。
しかしなるほど、これはイケると思いました。

時代は1960年代。
米ソ冷戦下。
この時代は日本では「昭和」として懐かしがられる時代ですが、
それはアメリカでも似たような事情なのでしょう。
郷愁を呼ぶ少しレトロな時代背景がなんとも言えません。

政府の極秘研究所の清掃員として働くイライザ(サリー・ホーキンス)は、
研究所に密かに運び込まれた不思議な生き物を目撃します。
アマゾンで神のように崇拝されていたというその生き物は
担当官ストリックランド(マイケル・シャノン)の指を食いちぎってしまうという凶暴性を見せるのですが、
イライザにはそんなようには思えないのです。
イライザはこっそりその生き物に会いに行くようになります。
言葉の話せないイライザは、時には手話を用いてコミュニケーションをとりますが、
彼とはそもそも言葉など必要ない。
互いにそばにいれば気持ちが通じるようなのでした。
水中でも空気中でも呼吸ができるその生き物。
その生物的謎の解明のために、生体解剖されてしまうことをイライザは知ります。
そして、彼の救出のための計画を立てる・・・。



その生き物とはつまりは半魚人とでも言うべきもの。
これだけでなんだかB級作品のように思えるのですが、
見るうちに、この極上のファンタジー感にすっかり魅せられてしまいます。



イライザは、
「彼は私を『欠けたところのあるもの』として見ない」、
と言います。
通常の人から見ればイライザは障害者。
でも、彼から見れはイライザは「完全」。
なるほど、そうしたところが、愛へとつながっていく。
でも、イライザも孤独ではないんですよ。
不遇な画家ジャイルズ(リチャード・ジェンキンス)や
同僚の清掃員ゼルダ(オクタビア・スペンサー)は、
いつも彼女を気遣って、この救出作戦に協力したりもする。
この研究所に忍び込んだロシアのスパイの存在もまた、興味深い。



しかし何と言っても強烈な個性を発揮するのが、ストリックランド。
上昇志向がタダモノではなく、精力も絶倫。
このギラギラした「力」への願望が凄い。
嫌悪を通り越して、唖然として魅入られてしまうような・・・。
けどね、これはこの頃のほとんど多くの人が目指した方向なのだと思う。
というか、今もやはりそうなのでしょうか。
そうして経済が高度成長を遂げていったのも確かでしょう・・・。
そのためにマイノリティーを踏みつけにして。
つまりまあ、本作はそうした時の流れに対しての、ほんの少しの抵抗といえなくもありません。



最後の駐車場のシーンで、これは危ない・・・と思ったのですが、
案の定、彼の新車の高級車はぶつけられてボコボコになってしまいました・・・。
特にクルマ好きではない私にしてもモッタイナイ!と思ってしまった。


さて、この謎の生き物には、ある特別な力があったのです。
それがラストシーンへとつながる。
残酷なシーンも多々あるのですが、全体にたゆたうゆるいファンタジー感とユーモア。
私達も光が揺らめく水中にいざなわれているようでもあります。
本作をB級ホラーでなくファンタジーに仕上げる力、
これぞ監督の力なのだなあ・・と、納得。



所々に見られるテレビの映像で、一つ私にも見覚えがあったのが、喋る馬が主人公の話。
・・・エドという名前だったように思いますが、題名を思い出せない。
子供の頃に見ていました・・・。

<シアターキノにて>
「シェイプ・オブ・ウォーター」
2017年/アメリカ/124分
監督:ギレルモ・デル・トロ
出演:サリー・ホーキンス、マイケル・シャノン、リチャード・ジェンキンス、ダグ・ジョーンズ、マイケル・スタールバーグ、オクタビア・スペンサー

友情度★★★★★
ファンタジック度★★★★☆
満足度★★★★★

 


「キトラ・ボックス」池澤夏樹

2018年03月04日 | 本(その他)

1300年前の銅鏡が語ること

キトラ・ボックス
池澤 夏樹
KADOKAWA

 

* * * * * * * * * *


奈良天川村‐トルファン‐瀬戸内海大三島。
それぞれの土地で見つかった禽獣葡萄鏡が同じ鋳型で造られたと推理した藤波三次郎は、
国立民俗学博物館研究員の可敦に協力を求める。
新疆ウイグル自治区から赴任した彼女は、
天川村の神社の銅剣に象嵌された北斗が、キトラ古墳天文図と同じであると見抜いた。
なぜウイグルと西日本に同じ鏡があるのか。
剣はキトラ古墳からなんらかの形で持ち出されたものなのか。
謎を追って、大三島の大山祇神社を訪れた二人は、何者かの襲撃を受ける。
窮地を救った三次郎だったが、可敦は警察に電話をしないでくれと懇願する。
悪漢は、新疆ウイグル自治区分離独立運動に関わる兄を巡り、
北京が送り込んだ刺客ではないか。
三次郎は昔の恋人である美汐を通じ、元公安警部補・行田に協力を求め、
可敦に遺跡発掘現場へ身を隠すよう提案するが―。
1300年の時空を超える考古学ミステリ!

* * * * * * * * * *

池澤夏樹さん「アトミック・ボックス」の続編というよりも姉妹作と呼ぶべきでしょうか。
「アトミック・ボックス」の出来事より後の話で、
主人公は新たに、そして「アトミック・ボックス」でおなじみの人々がほぼオールキャストで登場するという、
ファンにはうれしい一作です。


主人公は新疆ウイグル地区から来た可敦(カトゥン)という若い女性。
国立民族学博物館研究員です。
新疆ウイグル地区といえば、ニュースなどでも時々耳にしますが、
独自の民族の暮らす地でありながら、中国の強力な支配に苦しんでいる地。
そんな彼女の出自が、本作の大きなテーマの流れの一つを作ります。


そしてまたもう一つのテーマとなる歴史ミステリ。
奈良天川村‐トルファン‐瀬戸内海大三島という3箇所から
同じ鋳型で作られたと思われる銅鏡が発見されるのです。
同じ時期に同じところで作られたと思われる3枚の銅鏡。
これがどのような経緯でこの3箇所に散ることになったのだろう・・・。
それは600年代壬申の乱などの時代・・・。
遠い遠い昔の歴史ロマンを楽しませてもらいました。
そんな時代にも海を超え国を超えた友情があって、
人々が精一杯に人生を歩んでいたのだなあ・・・。


それに重なるように、本作ではウイグルの可敦と日本人の皆が協力しあい、
友情を結んでいくのが嬉しい。
ストーリーは自在に時を行き来して、
可敦たちには想像しきれない過去の出来事をも語ってくれるのが楽しいのです。
古墳(キトラ古墳)から銅剣と銅鏡を盗んでしまう盗人たちという冒頭のシーンには
ちょっと戸惑いを感じるわけですが、
それこそが本作の歴史テーマにつながる重要なシーンだったんですね。


作中、可敦が誘拐・監禁されてしまうところがあるのですが、
この犯人たちがちょっとドジで全然憎めなくて、
すごくユーモラスなシーンになっているので、ここはお楽しみです。
そういう意味では「アトミック・ボックス」よりサスペンス感・危機感が薄いのですが、
私は大好きです!


図書館蔵書にて
「キトラ・ボックス」池澤夏樹 角川書店
満足度★★★★.5


MARS(マース)ただ、君を愛してる

2018年03月03日 | 映画(ま行)

何も言えね~

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コミック「MARS」がテレビドラマ化されたものを更に映画化したもの。
テレビドラマの方は見ていなかったのですが、
窪田正孝さん出演なので、見てみましたが・・・。

高校でスター的存在ながら怒ると手がつけられない凶暴性を持つ零(藤ヶ谷太輔)と、
目立たず引っ込み思案なキラが恋に落ちます。
そこへ零の中学時代の同級生霧島(窪田正孝)が転入してきます。
霧島は零の“負”の部分にひたすら惹かれていて、
零をダメにしてしまうキラを憎むようになるのです・・・。

窪田正孝さんの病的・変質的演技はともかくとして、
何やら全体的にのめり込めませんでした。



えーと、テレビドラマ版を見ていないせいだと思うのですが、
なぜにこんなにも違う零とキラが恋をするようになったのか、
そこがわからない。
本当は幾つかのエピソードがあったのでしょうね。
でも本作を見る限り、そこの説明はほんの出会いのシーンにあるだけで、
私には全然納得できませんでした。


「え~、長く付き合ってるのにセックスレスなの?」と、キラの友人が驚くシーンが初めの方にあって、
この子たちは大学生なのか?と思ったのですが、
いや、高校生なのでした。
(制服ではなく、私服の学校なんですね。)
しかし、高校生の「付き合う」という意味はセックスがあって当然なのか・・・。
スミマセン、今時のJKの感覚に全くついていけないオバサンなのでした・・・。


キラは義父に性的虐待を受けたというトラウマを抱えています。
・・・そうか本作の違和感は、こうした重い背景に比して、
タッチがロマコメ風ということに起因しているのかもしれません。
そうしたことに対して零は
「お前は俺が守る。守るものがあると強くなれる」
とかなんとか、いうのですが、
おいおい、親がかりの高校生が何を言うのか・・・と、笑えてしまいました。
どう見てもこいつは、キラとやったとたんにすぐに飽きて、別の女を作りそうに見えるし。



最後にはナイフで刺された零を抱えてキラが泣き叫ぶシーンがありますが、
私は、わめいてないで、早く救急車呼びなよ~・・・と思ってしまった。
ここまで入り込めない作品も珍しい。 
あ、でも原作は惣領冬実さんですか。
コミックの独特の雰囲気は想像がつきますけれど・・・。
映画で耐えられる作品ではない・・・。

 

MARS~ただ、君を愛してる~ [DVD]
藤ヶ谷太輔,窪田正孝
バップ


<WOWOW視聴にて>
「MARS(マース)ただ、君を愛してる」
2016年/日本/98分
監督:耶雲哉治
原作:惣領冬実
出演:藤ヶ谷太輔、窪田正孝、飯豊まりえ、山崎紘菜、稲葉友
満足度★☆☆☆☆


The Beguiled ビガイルド 欲望のめざめ

2018年03月02日 | 映画(は行)

意外な展開に呆然

 

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始め本作の題名をみたところでは、何やらいかがわしそうで、
パスするつもりだったのですが、
キャストがニコール・キッドマン、キルステン・ダンスト、エル・ファニングにコリン・ファレル。
な、なんと豪華な・・・。
ということで見る気になりました。
しかも本作、1971年「白い肌の異常な夜」というクリント・イーストウッド出演作を、
ソフィア・コッポラ監督が女性目線で再びの映画化をしたもの。
私、イーストウッド出演作品はかなり見たつもりですが、これは見ていなかったなあ・・・。
残念。

さて、舞台は南北戦争中のアメリカ南部。
ある女子寄宿学校に5人の生徒と園長、教師がひっそりと毎日を過ごしています。
戦火を逃れて、他の多くの生徒は家に帰っていて、
残っているのはこの7名の女性たちのみ。
ある日そこに、負傷した北軍兵が一人舞い込んできます。
すぐに南軍に引き渡せば、命を奪われるかもしれない。
キリストの慈悲の心が大切・・・と、彼女らは自らを納得させ、
彼・マクバニー伍長(コリン・ファレル)を介抱し、匿うことにします。
男は紳士的な態度で、しかもちょっといい男。
園長のミス・マーサ(ニコール・キッドマン)、教師エドウィナ(キルステン・ダンスト)をはじめ、
おませな生徒アリシア(エル・ファニング)たちも皆、彼に興味を持ち、
近づいて関心をひこうとします。

彼女らの中で、次第に大きくなっていく欲情、嫉妬・・・。
マクバニーの傷もほとんど癒えたある夜、事件は起こります・・・。

セピア調の落ち着いたトーンに沈んだ作品なのですが、
それに反して次第に事態は異様なものへと変わっていきます。
そもそもマクバニーは誰に対しても愛想が良くて気のある素振り。
これがいけません・・・。
しかし彼はここで生き延びるためには女たちに媚を売る必要があったとも言える。
戦争で、若い男が身の回りにいないというこの状況で、
女たちもどこか狂わされていたのかもしれません。

それにしても意外な展開で、呆然、唖然。
女は怖い、と男性は思うでしょうか。
女たちのこうした結束は、いかにもありそうなことだ、と私は思ってしまいましたが。
女の影の部分を鋭く描いた問題作。



<ディノスシネマズにて>
「The Beguiled ビガイルド 欲望のめざめ」
2017年/アメリカ/93分
監督:ソフィア・コッポラ
出演:コリン・ファレル、ニコール・キッドマン、キルステン・ダンスト、エル・ファニング、オオーナ・ローレンス
サスペンス度★★★★☆
満足度★★★★☆


「夜の底は柔らかな幻 上・下」恩田陸

2018年03月01日 | 本(SF・ファンタジー)

これぞ、恩田陸ファンタジー

夜の底は柔らかな幻〈上〉
恩田 陸
文藝春秋

 

夜の底は柔らかな幻〈下〉
恩田 陸
文藝春秋


* * * * * * * * * *

国家権力すら及ばぬ治外法権の地である〈途鎖国〉。
ここには在色者と呼ばれる特殊能力を持った者が多く、
暗殺者を養成しているとも噂されている。
自身も在色者である有元実邦は、警察官という身分を隠し、
ある目的を持って途鎖国に密入国を企てる。
闇月といわれるこの時期、在色者たちは途鎖に君臨する導師の地位をめぐって殺戮を繰り返し、
またある者は密かな目的を持って山深くを目指す。
密入国に成功した実邦だが、かつての実邦の婚約者で入国管理官として強権を揮う葛城や、
途鎖での同級生だったが何かを隠している黒塚と再会する。
さらに実邦の指導者だった屋島風塵、葛城の旧友で快楽殺人者となった青柳淳一など、
関係者がいっせいに闇月の山を目指しだす。
山の奥にひそむ導師の神山倖秀――実邦の元夫であり、葛城、青柳とともに幼少期を過ごした殺人者――と、
途鎖の山奥に隠された〈宝〉をめぐって、彼らの闘いが始まる。

* * * * * * * * * *

これぞ恩田陸さんの真骨頂とも言うべき、超能力者をめぐるギンギンのファンタジー。


本作の舞台がまたなかなか特殊です。
日本の治外法権の地"途鎖国"。
「とさ」、そうです、高知県をイメージすればよろしい。
ここには"在色者"と呼ばれる超能力者が多くいます。
ここで生まれ育ち、一旦国を捨てた在色者である実邦(みくに)は、
警察官という身分を隠し、凶悪犯罪者逮捕のため、この国に潜入します。


なぜ日本に"途鎖国"という一種の独立国ができたのか、
などというこの世界観の詳細は語られないのですが、
そんなことを疑問に思うまもなく、
次々に登場する魅力的な人物たちや想像を絶するできごとで、
すっかり物語に引き込まれてしまいます。
多くの彼女との対立者や協力者、それぞれの関係性が
なんとも心憎くもスリリングでもあります。
強烈な残虐性を放つ葛城ではありますが、どこか魅力的で、
多分恩田陸さんお気に入りの人物なのだろうと思わせる。
そして強い女性主人公は、なんともカッコイイ!!
陰惨でありながら、どこかカラッと明るい感じのする彼女のファンタジー世界観は、
やっぱり好きです。

さて、本作を読んだ後「蜜蜂と遠雷」をふと思い返してみる。
珍しくあれは「ファンタジー」ではないと思っていましたが、
いや、あれもやはりファンタジーだったのではないか。
音楽という世界に特化した恩田陸さんなりのファンタジー。
登場人物たちの演奏技術はほとんど超能力並だったしなあ・・・。

「夜の底は柔らかな幻 上・下」恩田陸 文春文庫
満足度★★★★☆