仕方ないよな、雨降りだってやるしかないぜ、代掻き。苗も植え時だし、せめて田植えくらい晴れ間、いや、贅沢言わない、曇り空でもいい。と、なれば、ここで代掻き済ませちまうしかないんだ。終われば、四隅の均平作業や浮いて来る芥掬い、そして周囲ぐるりの波板張り、けっこうあるんだ、必須仕事が。
いいなぁ、近所の農家はみんな運転席個室タイプだぜ。空調ばっちり、音楽なんか聴きながら快適作業だ。屋根もない、むき出しの運転席、なんてここらじゃ希少価値?いや、価値はない。ただの貧乏農家ってだけだ。兼業で続けてきた米つくりだからさ、数百万円もするトラクターなんて、夢にだって出てこない。椅子はクッションはみ出し、バックミラーはひび割れで役に立たない。さらにはボンネットの溶接が壊れて辛うじて片側だけでつながってるって代物だ。
いやいや、文句は言っちゃいけねえよ!トラクターの本質は何ぞや?そりゃ耕すことだろ。だったら、立派に律義に役割果たしてるからな。バッテリーも買い替えて、気持ちよくエンジン始動するしな。
大きな田、1枚は昨日のうちに代掻き終わった。1昼夜、水出しっぱなしにすりゃ溜まるって、予期した通り、よしっ。が、もう一枚は、なんじゃこりゃぁぁぁ!水口近く10メートル半径にしか水届いてないよ。どうしたんだ、この田んぼ!?水漏れ?違うんだなぁ。こってり粘土質で水持ちどんどん良くなってるんだ。砂質土と違って、土の粒子が水をたっぷり吸着しちまうんじゃないだろうか。まっ、イネのためには悪かないんだが。
このまま放っておいたら、3日や4日かかっちまう。そんな悠長なことはしてられない。この井戸は他の人と共有なんだ。さっさと代掻き済ませて、水を譲らにゃならん。と、なると、水を引っ張る!しかない。水が到達した部分だけで代掻きして、粘土壁を作りその上を水が滑るようにしてやるんだ。やれやれ。
トラクターを乗り入れロータリー耕開始。いやぁ、なんて重いんだ。エンジンも目一杯力んでるぜ。深めに土を噛むと、おっとエンジンストップだ。その直前にロータリーをちょい上げ、右手でロータリー昇降レバー、左手でハンドル。手慣れたもんだぜ。グルグルと田んぼの中をかき混ぜる。時折、水が達していない部分に車輪を乗り入れ轍を付ける。こうすると、そこが水路となって、水が移動するんだ。こんな裏技、誰もしらんだろ。って、そんなバカな代掻きする奴はいねえってぇの。
水が届いた部分を鏡面のように磨きを掛けて、あとはまた明日。溜まるのを待つ。
その間に堰の流れを利用する上の田7枚に掛かる。こっちは流水利用だから、このところの雨、大いに結構、ほうらね。溜まってるぜ。ただ、1枚1枚がやたら小さいんでね、技術、って言うより根気がいる。もういいかこのくらいで、って投げやりの虫を叩き潰す忍耐力がね。特に四隅、これが難物なんだ。中古買いだから、サイズなんて選べない。やたら幅広のロータリーくっつけてるから、すぐに畔にぶつかり動きが取れない。しかも、4輪駆動じゃない!と来た。ハンドル切ったって、まるで言うこと聞かずに直進しやがる。
いい加減飽きて、うんざりして来たところで、最後の1枚!よしっ、雨の中、頑張ったぜ俺。
って、おっとぉぉ!水溜まってないじゃないか!なんてこっちゃ。なんと水口に置いた土嚢が水流で流されてた。こんなにどっどと流れてるのに、取水口を素通りしてやがる!あぁ、水のたまらない家の前以外、すべて完了、って思ったのに。
いやいや、雨もそれほど酷くなく、ずぶ濡れになることもなくここまで終われたんだ、ありがたい!幸せだ!ってポジティブに考えようぜ。天気やらなにやらかにやらと上手く折り合って行くのが農業なんだかさ。