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2024年から贖いの業の2000周年(33 - 2033)のノベナの年(2024-2033)が始まります

今日の東京でのマーチフォーライフの写真 Some photos of the March for Life in Tokyo today

2020年07月23日 | プロライフ
アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様!

マーチフォーライフお疲れ様でした!マーチのほんの一部の写真ですが、いくつか写真をいただきましたので、ご紹介いたします。













第七回目のマーチフォーライフ(東京)は無事に行なわれました!感謝します!

2020年07月23日 | プロライフ

アヴェ・マリア・インマクラータ!

 
愛する兄弟姉妹の皆様!
 
今日、生みの日の東京都のマーチフォーライフは、予定通り、行なわれました!
 
私たちの母親であるマリア様と一緒にマーチができて、心から感謝いたします。
 
マーチを準備してくださった多くの兄弟姉妹の皆様に感謝いたします。
 
雨がパラパラ降る中をマーチに参加してくださった兄弟姉妹の方々、特に、小さなお友達に深く感謝いたします。一年ぶりにマーチで再会することができた方々、新しく出会うことができた方々と、出会いの喜びを分かち合うことができました。
 
本来ならば参加したかった方々も多くいらっしゃったと思います。東京に移動することができなかったり、その他の事情で行進に来ることが難しかった方々のことに思いを馳せます。赤ちゃんを守りたいというお心に感謝いたします。
 
交通整理をしてマーチが安全に行なわれるように保護してくださった警察の方々に心からお礼を申し上げます。
 
明日は、大阪でも、マーチフォーライフが行なわれます。感謝いたします。
 
天主様の祝福が豊かにありますように!
 
トマス小野田神父
 






「助産婦の手記」4章『嫁入支度をせねばならぬような女の子は、まっぴらだ。そうだとも。』

2020年07月23日 | プロライフ
「助産婦の手記」

4章

十二月のある嵐の陰気な夜中に、私の家の呼リンが、けたたましく鳴りひびいた。私は熟睡していたに違いない。そう急には、意識がはっきりしなかった。火事の警報か……どこが燃えているのだろう……そのとき、またもや引き紐がちぎれるくらい引っぱられたので、小さな呼リンは、引っくり返って落っこちそうになった。『早く起きなさい』と母が叫んだ。『あれは確かにお前に用なのだよ!こんな真夜中に呼びに来るようだと、どこかで何か大変なことが起ったに違いない。』 私はすぐ窓を引き明けた。『下にいるのは、どなた?』
『ベーレンホーフヘ来て下さい、すぐにです。奥さんが大変な陣痛なんです!』
『百姓さんの若奥さん? 初めてのお子さん? どうして、もっと早くお使いを下さらなかったの?』
『ああ、きのうはまだちっとも何でもなかったんですよ』下男はブツブツ言った。『今夜はこんなに天気が悪いのに……シベリヤのように寒い……』
『あんた、どうして乗り物をもつて来なかったの? 殆んど半時間もの道のりなのに。』……私は閂(かんぬき)を取りはずして、彼を部屋へ入れ、そしてストーヴに少しばかり火を燃やした。私の雨長靴は、一階に置いてあったが、それを素早く履いた……
『乗り物ですって? あなたは、あの百姓をよく知らないんですよ。こんな寒さと夜中だと、馬に何か害が起こるかも知れないんだ……』
『そう、そして私は? 私には、決して害がないって言うの?』
『私とあなたと……ハハハ、我々二人は、ベーレンホーフの家畜の頭数の中には、はいらないんですよ。我々が倒れようが、どうしようが、あの百姓には同じことなんだ……あの人には何の損得もないんだ。それでは……』

そこで私たちは、断然出発した。私たちが村を離れて国道へ来たとき、ちょうど教会の時計が一つ鳴った。おお、そのとき、東風が畑を越えて、ヒュッと吹いて来た。頭巾を通して、私の耳と鼻とは殆んど凍りつきそうだった。細かい氷雨(ひさめ)が、降りはじめた。幸いにも、私たちは、間もなく森の中にはいった。真闇な夜なので、ちっとも気持のよいものではなかった。しかし樅(もみ)の木は、幾らか風と氷雨とを防いでくれた。下男は提燈を首にブラ下げて、手をポケットに突っこんでいた。で、そのようにして私たちは、並んで歩いて行ったが、どちらも話をする気にはならなかった。口を開けば、風が肺の中に吹き込んで来るような感じがした。私たちが森を拔け出たときには、国道はもうガラスのように透明な氷で被われていた。国道が登り坂になっているところでは、私たちは一歩々々踏みしめて歩いて行かねばならなかった。進んだかと思うと、それ以上後ろへ滑った。それから私たちは、ある畑道にまがって行った。 そこでは、 ゴッゴツした土塊が、氷で滑るのを幾分ふせいでくれた。そして、とうとう番犬が吠えだした。ベーレンホーフの塀が、私たちの前に高くそびえていた。闇夜だと、それにぶつかったかも知れない。庭へは光が一つもさし込んでいなかった。

家の中の居間は、寒かった。私が着くまでに、誰も火を入れてはいなかった。寝室では、弱い燈火の光がゆらいでいた。一本の蝋燭の燃え残りが、ベッドのそばの化粧台の上で仄かに燃えていた。私が石油ランプをともすと、細君と並んでベッドに横たわっていた百姓が、怒鳴りはじめた。『値段の高いともし火を、燃やさなくちゃならんのかね……』
『もし、あなたが私を呼びによこさなかったなら、それをつけなくてもすんだでしょう。けれども私は、仕事をするためには、物を見なければならないんです。』
それは、私がまさに想像していた通りで、二十四時間も必要以上に早く、私を迎えによこしたのであった。初産のときは、婦人たちは大抵、非常に心配するものだ。さてしかし、この場合は、万事好調だった。そこで私は、若い母親を慰め、そしてよく辛抱し、かつ睡眠をとるように努めねばなりませんよと言った。そして私は、この暗い夜中に、一時間の道のりを、も一度自宅へ帰りたくはなかったので、居間で火をかき起し、そのそばに坐った。寝室では、百姓がものすごい鼾(いびき)をかきながらも、その合い間、合い間に、しょっちゅうブツブツ言っていた。私の居間から、戸の隙間を通して燈火の光線が洩れたり、または私がストーヴをゆすぶったりすると、その都度、寝室では物凄い怒鳴り声が起った。こんな事には、私たちは、もう慣れっこになっていて、ちっとも気にはしない。そんな詰らぬことを気に病むのは、助産婦稼業の小児病に属することで、これは開業第一年のうちに、打ち勝ってしまわなければならない。そのようにして、私たちは、段々と面の皮が厚くなるのである。

夜が明けたとき、私は百姓のお上さんを見に行った。『まだ相当、間がありますよ。初めてのお産の時は、普通、そう早くはゆかないものです。ですから、私は一寸ほかのお母さんたちのところへ行って、お昼ごろ帰って来ることにします。』
『あらまあ、やっとお昼ごろですって! 私を見捨てちゃいけませんよ、リスベートさん。あなたは、もうよほど以前から来てやると約束して置いて下さったのに……もし、その間に何か起ったら……』
『奥さん、何も起りやしませんよ。いですか、私はもう今では三年も助産婦の仕事をしていて、二百人近い赤ちゃんを取りあげたのです。ですから、よく判っているんですよ。』
『でも、長い時間のあいだ、何をしていたら、よいんでしようか……』
『少しばかり起き上って、居間をブラブラし、赤ちゃんのために、小さなベッドをきちんと整え、そして、下着や、その他、何やかやを。すると時間は、ずっと早く経って、お産を待っているのもそう辛くはなくなります。喜ばしい顔をし、そして歌をうたって……』

下女が、居間にコーヒーを運んで来ていた。百姓と下男下女は、食卓の廻りに腰をかけた。そこで下女は言った。『リスベートさん、お出掛けの前にコーヒーを一ぱいお上りになりませんか。一晩中、何も召し上らなかったのですから……』百姓は、何かわけの判らぬことをつぶやいた。同意なのか、反対なのか、私には理解できなかった。そして私は、コーヒーを飲んで出かけた。

私が十一時頃に、仕事を済ませ、そして昼御飯を食べに、自宅に帰って見ると、ベーレンホーフの馬係りの若者が、もうまた家の前に立っていた。もちろん、その若者だけで――馬は、いなかった。
『どうか早く来て下さい!』と、彼は早くも遠方から大声で私に呼びかけた。
私は、急ぐ必要のないことをよく知っていたが、間もなく彼と一緒に行った。若い母親がそんなに心配して困っているのなら、何でもしてやらないわけには行かない。
『赤児は、嫡男でなければならないんだ! この家の相続人だよ!』と私が、その家へ帰って行ったとき、百姓が言った。
『でも、もしも女の子だったとしても、それもまたいいものですよ』と私は、反対して言った。『そんなことは、誰も決めることはできませんし、また生れて来るものは、それを受け取らねばならないのです。』
『万一、雌だったら、消え去(う)せてしまえ! 嫁入支度をせねばならぬような女の子は、まっぴらだ。そうだとも。』
『お百姓さん、罪なことをなさらないでね。女の子でも、男の子と同じように、あんたの子供ですよ。そして、娘をもっていれば、あんたは多分いつかは喜ぶことがあるでしよう。もう今までも多くの人たちが、そうだったのですよ。』
すると、またもや、訳の分らぬ唸り声が起った。彼は、皿を乱暴に横に押しやって立ち上り、そして家畜小屋の方へ行った。下男と下女は、彼を見送って笑った。それから、下女が突然、まじめになって言った。『どうかほんとに女の子でなければいいですが。もし女の子だったら、あの考えの汚い、陰険な人のところでは、愉快な日を過すわけには行かないでしょう……』
百姓のお上さんは、もはや私をそばから離れさせようとはしなかった。まだよほど長い間、その必要はなかったのであったが、私は彼女のそばにいてやらねばならなかった。彼女は、胸の中にまだ悩みが非常に沢山あり、それを打ち明けられる人は誰もいなかったのである。彼女は、かつて、結婚というものを、いかに今のとは違ったものに考えていたことか。そして今や――無である。彼が見合いに来たときには、いかに調子よく振舞うことができたことか! 今では彼女は彼にとっては、牛小屋にいる牝牛以上のものではなかった。彼は、彼女を労働させるために必要とした――世帯の面でも、彼は家事をやって行く女を持たねばならなかった。そして……今や……そして……
『あなたは、結婚後すぐ数週間のうちに、御主人を牛耳るようにせねばならなかったのでした、奥さん。今では、もう遅すぎますよ。』
『そうです、リスベートさん、どうすることもできません……』 ああ、私は何度、どうすることもできないという言葉を聞かねばならなかったことであろう。私は別の機会に、それが、どんなものであるかについて話すこととしよう。
長い午後に次いで、また非常に長い夜が来た。それから、やっと子供が生れた。百姓は、それまでに、十回くらい居間にやって来て、『もういよいよ終っちゃったろう。』 と言い言いした。
三十分後には、彼は、もうまた、やって来ていた。
『まだまだ終っちゃいない! ああ、お前さんたち女というものは……』
やっと赤ちゃんが生れた。もちろん、女の子。一体、親が女の子を絕対に欲しない場合には、大抵そうなるように。自然というものは、人間をからかうものだと、時々思えるぐらいである。
『男の子かね?』と百姓が叫んだ。
『いえ、女の子です。』 彼は私を信じないで、赤ちゃんを私の手からもぎ取り、そしてプンプンしながら、それをベッドの母親に投げやったので、赤ちゃんは脊骨が折れそうだった。『一緒に失せてしまえ!』そして走り去った。
数週間もの長い間、その百姓は、毎日泥酔した。お上さんの姉妹と私とが、赤ちゃんを洗礼に連れて行ったが、彼はそれを知らなかった。誰も洗礼のコーヒー会へ招待された者はなかった。母親は、落胆した父親の怒りを恐れて、誰も招待しなかった。それからというものは、私はもはやベーレンホーフには行かなかった。私の仕事は今回はそれだけであった。私が料金を百姓に請求したところ――料金は当時十二マルクだった――彼は長い間、口やかましくブッブツ言いながら八マルク支払った。というのは、私が、期待された事を何もしなかったのだから、八マルクでも高すぎるというわけだった。
その子は、生長して行った。だが、その子は一体お上さんの子か、下女の子か、誰にも見分けのつかないような育て方をされた。
ところで、それから早くも十ヶ月後には、熱望された男の子が、ほんとに生れた。その子供を見たとき、私は驚いた。私たちの眼が狂っているのでなければ、その子は本当の白痴であった。泥醉と怒りのうちに作られたもの! 既にその子が 母胎に宿る前に、父親は、その打ちつづく酩酊によって、子種に毒を入れていたのだ。それとも違うだろうか?——

さて、彼は嫡男を得たわけであるが、それは、どんな子であったことか! 彼は学校に行かなかった。彼の知能は、最も簡単なものをまともにいうにも足りなかった。そして彼が生長して思春期の年齢に達すると、情欲が非常な力をもって彼をつかんだので、どんな下女でも、もはや彼の前には安全ではなかった。情欲にブレーキをかけることは、精神薄弱な彼には出来なかった。そして遂には、彼をある収容施設に入れて保護せねばならぬこととなった。

最初の男の子に続いて、なお三人男の子が生れた。成程、それらの子もやはり、利巧な子ではなかったが、しかし、百姓が、吝嗇のため深酒をのむことを止めていたので、その子たちは平均知能のやや下ぐらいには達することが出来た。
しかし、その男たちが成長したとき、世界戦争が起った。彼等のうち、二人は、二度と再び帰還しなかった。そして末の子は、憐れな盲目の不具者として帰って来たに過ぎなかった。






ヴィガノ大司教のマジステル氏への回答「公会議を強く批判する意見をあえて表明したことが、異端審問的な精神を呼び起こすに十分であったことは承知しています」

2020年07月23日 | カトリック・ニュースなど
アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様、

有名なバチカン専門のジャーナリストであるサンドロ・マジステル氏は、第二バチカン公会議の批判をしたヴィガノ大司教に対して厳しい批判の記事を書きました。マジステル氏は、ヴィガノ大司教をあたかも異端審問するかのように、酷い言葉で「離教の瀬戸際」であるとしました。

それに対してヴィガノ大司教は、強く非難するマジステル氏に礼儀正しく、知的に鋭く同時に皮肉交じりに返答しています。マジステル氏に対する答えの行間からは、ヴィガノ大司教の怒り心頭の様子さえもうかがえます。その背後には分かってもらえない悲しさとあわれみがあるのかもしれません。

要点を列挙するのをお許しください。

* 誰かが批判意見をしても、まともな考えを持った人なら、その批判意見に異端審問のような発言は決してしない。しかし、公会議を強く批判する人にだけは、異端審問のような酷い非難がなされる。[だからあなたもそうしたのだろう。]

* 公会議を批判したことを非難する人は、議論の根拠を吟味もせずに「離教の瀬戸際」と悪口を言うだけだ。しかし「離教ぎりぎり」という悪口を受けるに値する進歩主義の司教や枢機卿らは他に多くいる。[あなたは非難の相手を間違えている。]

* 進歩主義者たちは首位権を主張し、自分の敵を劣ったものとし、注意を払ったり応答したりせず、ルフェーブル派、ファシスト、とレッテルを張って粛正する。しかし彼らには議論がないので、議論のルールを指示したり、誰が発言できるかを決める正当性はない。[あなたは、進歩主義者と同じ態度を取っている。]

* あなたの「離教の瀬戸際」という記事は、最初は、バチカン宮殿やあなたのオフィスにその肖像が飾ってある君主[フランシスコ教皇]について書いた記事だと思った。それならごもっともな"賛辞"だと思った。しかしヴィガノ大司教のことであるなら、それは"不正確"だ。

* 公会議を「器」として、公会議の本来の目的を歪めて、利用した人々によって、私たちは全員がだまされた。公会議の中心で組織化された少数の「陰謀家たち」が教会を内部から破壊するためにこの公会議を利用したりすることなど、またその陰謀家たちが、教会の権威者の沈黙や無為を当てにしてそのような陰謀ができたなど、私たちは教会と教皇制を愛するがゆえに、想像すらできなかった。

* 公会議を伝統的に意味においての再解釈を行うというベネディクト十六世の最近の立場は、1970年代の神学者ヨゼフ・ラッツィンガーの立場とはまったく異なっていた。ラッツィンガー自身が公会議に悪意の存在を認めている。諸文書中の意図的なあいまいさが存在する目的は、対立して相容れないビジョンを保持し、啓示された真理を損なうことであった。

* 第二バチカン公会議の支持者らは、第二バチカン公会議以前のカトリック教会があたかも存在していなかったかのようにその痕跡を抹消した。記憶の抹殺である。あたかも、第二バチカン公会議が"新しい教会"の最初の公会議で、第二バチカン公会議により"古い宗教"と"古いミサ"は終わったかのようになった。

* あなたが「第二バチカン公会議は途切れることのない一連の出来事の最新のもので、聖霊は第二バチカン公会議を通して語る」と言いたいのなら、なぜ、新しい典礼と新しい暦、新しい教理、「新しい祈りの法は、新しい信仰の法」が与えられ、過去を軽蔑して距離を置いたのか?

* 第二バチカン公会議の正しい解釈とはいったい何なのか?第二バチカン公会議は、対立する解釈や逆の解釈を正当化することができるように不明瞭にした言葉をわざと採用したので、その解釈は数えきれない。つまり誤謬が支配している。誤謬のある所には愛徳はありえない。この大混乱から、凍りついた実りのない例の"公会議の春"が起こった。

* 解釈法とは"おとぎ話"だ。教会を貶める罠に「公会議」という権威を与えようとする試みの一つだ。公会議を神聖化しようとして、公会議を開催した教皇たちが「公会議の教皇」であったことを理由に、次々に列聖されている程だ。

* マリア・グァリーニ博士の言うとおり、第二バチカン公会議は言葉の意味を変え、同じ単語に別の意味が与えたので、進歩派と保守派が何かについて話をしようとしても、言葉自体の意味が違うので会話にならない。今の教皇や枢機卿たちは新しい主張をするときにいわば問答無用で宣言するので、その新しい主張がどうしてそうなのかを説明しようとさえしないし、議論をしようとしても話にさえならない。伝統的な教えは固定しているが、新しい教えは液体のようでとらえどころがなく、議論のしようがない。

* 公会議という触れてはならない偶像に触れるようなことを言ったからこそ、あなたはこのように無礼な批判をする訳だが、一応、そうではないことを望むと言っておこう。

* ドイツの司教たちは『離教の瀬戸際』どころか、とっくに離教している。しかも、狂ったイデオロギーや行為を奨励して、恥ずかしげもなく全世界の教会に押し付けようとしている。

* ちなみにわたしは決して離教などするつもりはないのでご心配なく。親愛なるサンドロ、あなたの最善を祈る、頑張ってくれ給え。

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親愛なるマジステル様

6月29日にブログ「Settimo Cielo(第七天)」に掲載されたあなたの記事「ヴィガノ大司教、離教の瀬戸際に」に回答することをお許しください。

私が公会議を強く批判する意見をあえて表明したことが、異端審問的な精神を呼び起こすに十分であったことは承知しています。もし他の場合であれば、そのような精神はまともな考えを持った人々による憎悪の対象である筈ですが。それでも、聖職者と能力ある平信徒との間の敬意をもった論議において、今日まで未解決のままの諸問題を提起することが不適切だとは思いません。そのような問題の最たるものは、第二バチカン公会議以来教会を苦しめ、今や荒廃の段階にまで到達した危機です。

公会議の「虚偽の説明」ということを語る人々がいます。また、公会議を聖伝との継続のうちに読むことに戻る必要性ということを語る人々もいます。また、公会議に含まれているあらゆる誤謬を訂正したり、あるいはそのあいまいな諸点をカトリック的な意味で解釈したりする機会ということを語る人々もいます。一方その反対の立場からは、第二バチカン公会議のことを、教会を、時代に合わせてまったく新しく現代的な組織へと変化・変換するという「革命」を押し進めるための「青写真」ととらえる人々にも事欠きません。これは「対話」の普通のメカニズムの一部ですが、そのような「対話」は、いつも想定されているだけでほとんど実現することがありません。私が述べてきたことについてこれまで反対意見を表明した人々は、決してその議論の根拠に立ち入ることがなく、私の悪口を言うだけにとどまっていますが、そのような悪口を受けるに値するような、私よりずっと著名で敬うべき司教職に着く兄弟たちは他にいます。興味深いことは、教理的な場においても政治的な場においても、進歩主義者たちは自分たちが選挙の結果という首位権をもっていると主張することです。そしてその論理的帰結として、敵は存在論的に劣ったものであり、注意を払ったり応答したりするには値せず、教会の場においてはルフェーブル派、また社会政治の場においてはファシスト、と単純化して粛正できるとするのです。しかし、彼らは議論をしないため、彼らには議論のルールを指示したり、誰に発言する権利があるのかを決めたりする正当性がありません。とりわけ、欺瞞がどこにあるのか、その欺瞞の立案者は誰なのか、そしてその目的は何なのかについて、信仰以前に、理性がそれを証明した場合にはそれがあてはまります。

当初、あなたの記事の内容は、その肖像がバチカン宮殿第三開廊のフレスコ画で飾られたサロンや、編集者であるあなたのおしゃれなオフィスにあるような君主への、ある意味ごもっともな賛辞ととるべきであるかのように思えたのです。ところが、あなたが私の主張だとされる部分を読むうちに、あえて言うならば、ある不正確さ、を見つけました。これは誤解の結果だと願っています。ですから、私があなたのブログ「Settimo Cielo」でお答えする場を与えてくださるようお願いします。

あなたは、ベネディクト十六世について、「第二バチカン公会議が異端の影響を受けておらず、さらに、まことの永続的な教理との完全なる継続性のうちに解釈されるべきだということを教会全体に信じ込ませることによって、教会全体を『欺いた』」、として私が彼を非難しているかのように述べられています。私は、この教皇についてそのようなことを書いた覚えは一切ありません。そうではなく、私が述べたこと、そしていま一度再確認したいことは、この公会議を、公会議自体の暗黙の権威および公会議に参加した教父たちの権威性を備えた「器」として、その目的を歪めつつ利用した人々によって、私たちは全員、あるいはほとんど全員が、だまされたということです。そして、このように人々がこの欺瞞に陥ってしまったのは、教会と教皇制を愛するがゆえに、第二バチカン公会議の中心で、非常に組織化された少数の「陰謀家たち」が教会を内部から破壊するためにこの公会議を利用したり、またその陰謀家たちが、教会の権威者の共謀があったわけではないにせよ、沈黙したり無為であったりすることを当てにしてそのような行動をとることができる、などということを想像すらできなかったからです。これらは歴史的事実であり、それについて私は自分で個人的な解釈をしていますが、他の人も同じ解釈をしておられるものと思います。

また次の事実も、その必要さえないかもしれませんが、あなたに思い起こしていただきたいのです。それは、公会議の控えめに批判的な、伝統的に意味においての再解釈を行うというベネディクト十六世の立場は最近の賞賛に値する出来事ですが、一方で、恐るべき1970年代には、当時の神学者ヨゼフ・ラッツィンガーの立場はまったく異なっていたということです。権威ある研究によれば、このチュービンゲンの教授であったヨゼフ・ラッツィンガーはその同じことを認めていましたし、それが名誉教皇による部分的な悔い改めの証拠です。

「ベネディクト十六世による『継続の解釈法を用いて公会議の行き過ぎを正そうとする試みの失敗』を理由としてヴィガノがベネディクト十六世に対して行った無謀な告発」を私がした覚えはありません。なぜなら、これは保守派の間だけでなく、とりわけ進歩派の間でも広く共有されている意見だからです。また言っておかなくてはいけないのは、革新主義者たちが欺瞞、狡猾さ、脅迫によって獲得に成功したその中身は、後に使徒的勧告「アモーリス・レティチア」というベルゴリオ流「教導権」において最大限に適用されたビジョンの結果だということです。ラッツィンガー自身が悪意の存在を認めています。「教会の中には今や不動なものは何もなく、すべてが修正される余地があるという印象が着実に強まっていきました。ますます公会議は、自分たちの望みに従ってすべてを変え、すべてを再構築することができる、教会の大きな議会のように見えてきたのです」(ヨゼフ・ラッツィンガー『わが信仰の歩み』英訳 Milestones, Ignatius Press, San Francisco, 1997, p. 132参照, イタリア語 "La mia vita", Edizioni San Paolo, 1997, pp. 99)。しかし、ドミニコ会士エドワード・スキレベークスの次の言葉では、その悪意がさらにはっきりと認められています。「われわれはそれを外交的に表現しているが、公会議の後には、その暗示している結論を引き出すことになる」(De Bazuin, n.16, 1965)。

諸文書中の意図的なあいまいさの目的が、有用性の評価の名の下に、対立して相容れないビジョンを保持し、啓示された真理を損なうことであったことを私たちは確認しました。真理は、それが完全に宣言されるとき、分裂をもたらさざるを得ません。それは、私たちの主が分裂をもたらされるのと同じです。「あなたは、私が地上に平和をもたらすために来たと思っているのか? むしろ分裂である」(ルカ12章51節)。

私たちは第二バチカン公会議を忘れるべきだと提案することに、非難されるべきところは全くないと私は思います。公会議の支持者たちはこの「ダムナチオ・メモリエ(damnatio memoriae)」【記憶の断罪:あたかも存在していなかったかのようにあらゆる痕跡を抹消すること】を、公会議によってだけでなく、すべてのことによって、自信を持って行使するすべを知っていました。それはさらに、彼らの公会議が新しい教会の最初の公会議であり、そしてこの公会議から始まって古い宗教と古いミサとが終わったことを断言するほどにまで達していたのです。

あなたは私にこうおっしゃるでしょう。それは過激論者の立場であり、徳は中庸にある、すなわち、第二バチカン公会議は途切れることのない一連の出来事の最新のものに過ぎず、聖霊は唯一無二にして不可謬の教導権の口を通して語ると考える人たちの内にこそ徳がある、と。もしそうだとすれば、なぜ公会議の教会には新しい典礼と新しい暦が与えられ、その結果として新しい教理、つまり「新しい祈りの法は、新しい信仰の法(nova lex orandi, nova lex credendi)」が与えられ、自らの過去を軽蔑してそこから距離を置いたのか、が説明されねばなりません。

この公会議を捨てる、というアイディアそれ自体が、あなたのように、近年の危機を認識しながらも第二バチカン公会議とその論理的かつ必然的な影響との間の因果関係を認識することを望まないと言い続ける人々にさえ、つまずきを引き起こすのです。あなたはこう書いておられます。「注意:悪い解釈をされた公会議ではなく、公会議として全体を一括して【忘れ去る】」と。

では、あなたにお尋ねします。この公会議の正しい解釈とはいったい何なのでしょうか? あなたが与える解釈でしょうか、それとも公会議の企画をした勤勉な人たちが教令や宣言を書いているときに与えた解釈でしょうか? それともひょっとしてドイツの司教団の解釈でしょうか? それとも教皇庁立大学で教え、世界で最も人気のあるカトリックの定期刊行物に掲載されている神学者たちの解釈でしょうか? それともヨゼフ・ラッツィンガーの解釈でしょうか? それともシュナイダー司教の解釈でしょうか? それともベルゴリオの解釈でしょうか? 対立する解釈や逆の解釈を正当化することができるように不明瞭にした言葉をわざと採用したことで、どれだけひどい害が引き起こされたか、そしてそれに基づいて有名な"公会議の春"が起こったことを理解するには、これで十分でしょう。その集会を「公会議として全体を一括して」忘れ去らねばならない、と私は躊躇することなく言うのは、また、教会の一致を攻撃することによる離教行為の罪に陥ることなしにそれを表明する権利が私にある、と私が主張するのも、この理由からです。教会の一致は愛徳と真理において分かちがたく存しており、誤謬が支配しているところ、あるいはただ一つの誤謬でも入り込んでいるところには、愛徳はありえないのです。

解釈法という"おとぎ話"は、たとえその作者のゆえに権威あるものだとしても、それでも、教会に対する真の固有の意味の待ち伏せ攻撃そのものに、公会議という尊厳を与えんとする試みであることに変わりはありません。そのような試みは、その公会議自体に加えて、その公会議を望み、強制し、再提案した教皇たちの信用を落とさないようにするためです。それが進んだ結果、その同じ教皇たちが次々と「公会議の教皇」であったことを理由に祭壇のほまれに上がる【列聖される】までになっています。

マリア・グァリーニ博士が、「Settimo Cielo」に掲載されたあなたの記事に答えて6月29日にブログ「Chiesa e postconcilio(教会と公会議後)」に発表された、「ヴィガノ大司教が離教の瀬戸際にいるのではなく、多くの罪が表に現れつつある」と題された記事から引用させてください。彼女はこう書いておられます。

「そしてまさにここから生まれ、この理由のために(これまでのところ、ヴィガノ大司教によって引き起こされた議論を除いて)成果のないまま、継続しているのは、耳の聞こえない人同士の対話であり、それは対話の相手方同士が異なる現実の枠組みを用いているからです。第二バチカン公会議は言葉を変えることによって、現実へのアプローチの枠組みをも変えたのです。ですから、私たちが同じものごとについて話すときも、そのもの自体にまったく異なる意味が与えられている、ということが起こるのです。とりわけ、今の高位聖職者たちの主な特徴は、議論を許さない断言をしますが、それらを証明しようともせず、あるいはしたとしても誤った詭弁によって証明だけです。いえ、新しいアプローチと新しい言葉が最初からすべてを破壊転覆してしまっているので、彼らには証明する必要すらないのです。そして、定義された神学的原則に全く欠ける、異常な「司牧性」が何なのかは証明されることがないために、まさに議論の対象となる内容が取り去られてしまうのです。それは、明確で、曖昧さがなく、定義された真の構築物に代えて、形のない、変化し続け、溶解していく液体が進んでいくようなものです。これが、光り輝く永遠の堅固さを持った教義と、汚水やうつろう砂のように移り行く新教導権の違いです。」

教会の組織内における多くの、あまりにも多くの人々が、教会の歴史の中での唯一無二のもの(unicum)、ほとんど手を触れることさえできない偶像のようにみなしているこの公会議についての議論を私があえて再開する、というただその事実によって、あなたの記事の論調が決められてしまったのではないことを願い続けています。

ドイツのシノドスの道の司教たちのように、すでに離教の瀬戸際をはるかに超えて、常軌を逸したイデオロギーや行為を奨励し、恥ずかしげもなくそれらを全世界の教会に押し付けようとしている多くの司教たちとは違って、私は母なる教会から離れるつもりはまったくありませんのでご安心ください。私は母なる教会を賞賛するため、自分の人生の奉献を毎日更新しています。

Deus refugium nostrum et virtus,
populum ad Te clamantem propitius respice;
Et intercedente Gloriosa et Immaculata Virgine Dei Genitrice Maria,
cum Beato Ioseph, ejus Sponso,
ac Beatis Apostolis Tuis, Petro et Paulo, et omnibus Sanctis,
quas pro conversione peccatorum,
pro libertate et exaltatione Sanctae Matris Ecclesiae,
preces effundimus, misericors et benignus exaudi.

われらの依り頼みと力とにまします天主、
御あわれみを垂れ、主に叫ぶこの民を顧み給え。
永福にして原罪なき童貞天主の聖母マリア、
その浄配聖ヨゼフ、
使徒聖ペトロ、聖パウロおよび諸聖人のとりなしにより、
罪人の改心、
および、母なる公教会の自由と栄えとのために
捧げまつるわれらの祈りを御慈悲をもって聴き容れ給え。

親愛なるサンドロ、キリスト・イエズスにおいて、最高のご多幸を祈って、私の祝福とあいさつをお送りします。







【再掲】ベネディクト十六世:堕胎は人権であり得ない。まさに人権に反対している。

2020年07月23日 | カトリック・ニュースなど
アヴェ・マリア!

堕胎は人権であり得ない。まさに人権に反対している。
Abortion cannot be a human right -- it is the very opposite



兄弟姉妹の皆様、
オーストリア訪問中に言われたベネディクト十六世教皇様の言葉を引用します。

「その他の多くの権利の前提である基本的人権は、生命それ自身への権利である。」

「これは受胎の瞬間からその自然な終わりまでの生命に関して真である。」

「従って、堕胎は人権であり得ない。まさに人権に反対している。」

"The fundamental human right, the presupposition of every other right, is the right to life itself," the pope told members of the government and the diplomatic corps at the Hofburg, the seat of the Austrian presidency.

"This is true of life from the moment of conception until its natural end," he said in German

"Abortion, consequently, cannot be a human right -- it is the very opposite."

From Pope Benedict XVI slams abortion on Austria visit

聖母の汚れ無き御心よ、私たちのために祈り給え!

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今日、生みの日、東京ではマーチフォーライフがあります!

2020年07月23日 | 聖伝のミサの予定
アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様!

おはようございます!

今日、東京ではマーチフォーライフがあります。常盤公園を午後四時出発です!雨天決行します。😊👶☺️

ミサは、東京のいつもの曙町会館で、午前11時00分、12時30分の二回あります。(午前9時00分はありませんのでご注意ください!)

7月24日(金)海(生み)の日 ミサがニ回捧げられます

11:00 ミサ聖祭 

12:30 ミサ聖祭

16:00 マーチフォーライフ

7月26日(日)主日ミサが三回捧げられます。

09:00 ミサ聖祭 歌ミサ(ライブ中継をいたします)Facebook live

https://www.facebook.com/arata.nunobe
11:00 ミサ聖祭 読誦ミサ
12:30 ミサ聖祭 読誦ミサ

【お互いに社会的距離を取ることができるように、分散してミサにあずかっていただければ幸いです。】

Ave Maria Immaculata!

My dearest Brethren!

On this Thursday, July 23 (Marine Day), there will be two masses at 11:00 and 12:30 (but not at 09:00).

There will also be March for Life in Tokyo, starting at 4:00 p.m. (please see below for details).

Mass location (we are now back at Akebonocho Kaikan):
Akebonocho Kaikan
Address: 1-12-5, Bunkyo-ku, Tokyo 113-0021

Mass times:
11:00 - Sung mass
12:30 - Low mass

March for Life in Tokyo (July 23)

March for Life in Tokyo : on Thursday July 23rd, 2020 "Marine Day" at 4 PM

The march is about 3km from Tokiwa Park (Nihonbashi) up to Hibiya Park

Assembly at Tokiwa Park in Nihonbashi
Location for Assembly : 4-4-3 Nihonbashi Hongokucho, Chuo-ku, Tokyo

* 5 minutes walk from Otemachi Station on the Tokyo Metro Line

* 4 minutes walk from Kanda Station on JR Yamanote Line, Keihin Tohoku Line and Chuo Line.

* 4 minutes walk from Kanda Station on Tokyo Metro Ginza Line







--このブログを聖マリアの汚れなき御心に捧げます--

アヴェ・マリア・インマクラータ!
愛する兄弟姉妹の皆様をお待ちしております
【最新情報はこちら、年間予定一覧はこちらをご覧ください。】