記憶の数だけ重ねて
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4e/03/b81b9e64777c13d7c1508b56741594ee.jpg)
黎明、不知夜月 ― side story「陽はまた昇る」
ダウンライトだけの部屋に、カーテンを透かした月明かりが淡い。
まだ、眠ってしまいたくない。今日の終わりを引き延ばしたくて、英二は目を瞑れなかった。
隣に眠る小柄な背中を、そっと抱きしめた。
あたたかな熱と、鼓動とが、白いシャツを越えて伝わってくる。湯原に掴まれたままの指が熱い。
体温が、穏やかで潔い香りを燻らせ、英二の髪に沁みていく。
こんなふうに穏やかな気持で、抱きしめるのは、きっと湯原が、最初で最後になる。
無言でも、眠っていても、居心地の良い隣。
ただ傍に居るだけで、穏やかさに満たされる。
それがどんなに得難いものか。この今も、蝕んでくる痛みに、思い知らされている。
6ヶ月、いつも当たり前に隣に居た。昨日までは。
いま抱きしめる体の白いシャツを、英二が詫びに渡したのは、もう遠い昔に思える。
殴られたことも、口論したことも、他愛ない会話も、時間の経過以上に遠い。
またこうして寄り添って、眠る事なんて出来るのだろうか。
明日があるか解らない、警察官の道を選んでしまった自分達に、どんな約束が出来るのだろう。
男女の仲なら「結婚」という約束ができる。共に生きる意思を、自分自身と相手と、家族や社会に示せる。
けれど男同士では、何の約束ができるのだろう。
どんなに一緒に居たいと願っても、隣に居たいと願っても。あがきたいけれど、約束すらできない。
制服を着る時、拳銃を持つ時、手錠を見るたびに、きっと湯原を思い出す。
警察学校で過ごした隣の、6ヶ月間の記憶は、警察官として生きる限り、毎日蘇るだろう。
きっともう、忘れる事も出来ない。
切長い英二の眦に、ふっと熱が浮かび上がった。
後から後から、熱はあふれて顔を横切って、頬伝って流れて行く。
このままだと、止まりそうにない。
顔でも洗って、夜風に当たろう。英二はそっと体を起しかけた。
「宮田?」
起き上がりかけた背中に、落着いた声が掛けられた。
掴まれたままだった指から、湯原の掌が離れる。去っていく温もりは、寂しさを募らせた。
今、振向いたらきっと、困らせてしまうだろう。英二は背を向けたまま、笑って言った。
「起こしたな、ごめん」
ちょっと風に当たろうかな、言いながらベッドを降りようとした時、眦に温かい感触がふれた。
視界の端で、指が涙を拭きとっていく。自分の長い指よりも小さな指。
さっきまで英二の手を掴んでいた指が、涙を拭いている。
「また泣いているのか、宮田」
いつもと同じ落着いた声。
わずかに濡れた髪が淡く光っている。入校時より伸びた、長めの前髪が額を覆って、最初に会った時を思い出させた。
入寮前に校門で会った、繊細で勁い、きれいな眼差し。あの時が、今この時に繋がるなど思っていなかった。
前髪の下で、瞳が繊細で勁い。すこし可笑しそうに、その瞳が英二の目を覗きこんだ。
「泣き虫。怖い夢でも見たのかよ」
怖い夢、そうかもしれない。
明日、この隣から、離れてしまう。田舎の駐在所とは言っても、危険が無いなんて事はない。新宿署の湯原は尚更だ。
警察官である以上、危険に身を晒す生き方しか選べない。
6ヶ月間、毎日を受け留めてくれた、穏やかな隣の空気。それが無くても自分は、そこに立っていられるのだろうか。
無言でただ、涙だけが英二の頬を伝っていく。
それでも湯原は促す事もしないで、そっと拭ってくれる。いつものように。
触れたい。想いは痛切に、英二の胸裏を裂いていく。
こんなに近くにいるのに、触れる事を許せない。明日からは、近くにさえ居られないのに。
言葉が溢せない代りの様に、涙だけが零れていく。
そっと湯原が動き、ぎこちなく英二の頭を抱きしめた。
白いシャツが頬に当たる。脱走した夜と同じように、シャツをハンカチ代わりに差し出してくれる。
あの夜に、この隣の居心地の良さを、初めて知った。
あの時、この隣の居た扉を叩かなかったら、こんなふうに泣かずに済んだのかもしれない。
けれどもし、この隣を知らないままだったら、英二は警察官の道を放りだしていただろう。
なによりも、無言でも居心地の良い隣を、知らないでいたくない。苦しくても泣いても、今の方がずっといい。
「言えよ、宮田」
ぼそりと湯原が言った。いつものように。
けれど、何を言えるというのだろう。ゆっくりと英二はシャツから顔を上げて、湯原を見た。
黒目がちの瞳が、ちゃんと聴くからと話しかけてくる。
言ったら、どうなるのだろう。
6ヶ月間ずっと隠しても、降り積もった想い。
一度口にしたら、きっと堰を切ってながれてしまう。自分を留める、自信なんて無い。
こんなふうに、誰かを想っても触れず、ただ想いだけを抱きしめた事は、英二には初めてだった。
― 誰かに、そんなふうに求められた事、ないから
午後の公園での会話が、胸を掠めた。安西の事件で、拘束された湯原を見た時の想いが、蘇る。
何も伝えないまま、湯原と別れたくない。
何も出来ないけれど。自分以上の幸せを願うほど、あなたを大切に想っている人間がいると、伝えたい。
警察官で男同士で。普通じゃないと言われても、文句は言えない。
嫌われるかもしれない、二度と会えなくなるかもしれない。
けれど、明日が解らないなら、今この時に、あなたを求める人間がいる事を伝えたい。
かるく瞑目して瞠いて、英二は湯原を真っ直ぐに見つめた。
「お前が、好きだ」
黒目がちの瞳が、一瞬で大きく瞠かれた。
きっと動揺して驚いて、混乱しているな。目だけでも英二には、湯原の心がわかる。
大きくなった瞳が、かわいいと思った。そして英二の肩の力が抜けた。
いつものように、英二は湯原に笑いかけた。
「お前の隣が好きだ。一緒に居る、穏やかな空気が大好きなんだ」
湯原は聴いてくれている。
いつもより少し驚いているけれど、穏やかな空気が普段通りに流れ始めた。
ああこういう所が好きだ。英二は穏やかな気持ちで、ゆっくり話し始めた。
「警察学校で男同士で。普通じゃない、そんな事は最初に気付いた。
こういう想いが、生き難いことだとも知っている。
けれど、諦める事も出来ない。気持を手放そうとしても、出来なかった。
ただ隣で、湯原の穏やかな空気に触れている。
それだけの事かもしれないけれど、俺には得難い居場所なんだ」
湯原は静かに聴いている。かすかな月明りが、正面の顔を白くうつしだす。
静かな表情が、とてもきれいだと英二は見つめた。
「ご両親を大切にする、湯原が好きだ。
辛い事にも目を背けない、戦う強い湯原が好きだ。
繊細で、不器用なほど優しい湯原が好きだ。
頑固だけれど端正な、真っ直ぐな湯原が、俺は好きだ」
少しずつ、目の前の黒目がちの瞳が、揺れていく。
きっと今、湯原を追い込んでいる、困らせている。
解っているけれど、口を吐いた言葉は、もう取り消す事も止める事もできない。
「俺はずっと、適当に生きていた。要領良く楽していた。
けれど本当は、誰かの役に立ちたかった。
誰かの為に何かできたら、どうして生きているのかも、分るかもしれない。
けれど、自分だけでは何もできなくて、警察学校に入って自分を追い込んだ」
そんなふうに甘い考えだから最初は脱走したし。
英二が笑うと、かすかに湯原も微笑んだ。こんな時でも、穏やかさが居心地良い。
ダウンライトと月の、やわらかい光の空間で、想いが言葉に変わっていく。
「警察学校で、どんなに辛い訓練や現実があっても、湯原が隣で受留めてくれた」
長い睫毛の向こうで黒目がちの瞳が迷っている。
かすかな明りに揺れる瞳が、きれいだと思いながら英二は言った。
「湯原の隣が俺の居場所だと思った。
けれど、真っ直ぐに生きている湯原を引き擦り込みたくないと思った、だから伝えないつもりだった。
けれど、安西に拘束された湯原を見て、明日は無いと思い知らされた。
警察官の俺には、明日があるのか分らない。だから、今この時を大切に重ねて、俺は生きたい。
湯原の隣で、俺は今を大切にしたい。
湯原の為に何が出来るかを見つけたい。そして少しでも多く、湯原の笑顔を隣で見ていたい」
ゆっくりだけれど、一息に言って英二は、ほっと息をついた。
6ヶ月間言いたかった想いが、やっと解放された。
想いを、届けたい人へ伝えられた。
嫌われるかもしれない恐怖はあるけれど、もどかしさは消えて、英二の心は穏やかだった。
湯原の白いシャツの肩が、かすかに震えている。
怖がらせたのだろうか。不安になった英二は、俯く顔をそっと覗きこんだ。
黒目がちの瞳から一滴、涙がこぼれた。
「宮田、」
ぼそりと湯原が呟いた。
触れても嫌われないだろうか、不安がすこし翳ったが、英二は長い指を頬に伸ばした。
そっと涙を拭って、どうしたと目だけで黙って問いかける。
湯原が口を開いた。
「俺は、母を、置き去りに出来ない」
悲しそうな声がこぼれ出した。
普段の湯原からは想像がつかないような、感情に揺れる声。
けれど英二は、これが本来の湯原なのだと、自然に受け留めていた。
「父が殉職した時、母とふたりで約束をしたんだ。
これからは2人、助けあって生きよう。
お互い、隠し事をしないと約束しよう。隠し事は、人の間に溝と壁を作ってしまうから。
この約束のお蔭で、俺は母と向き合って、ここまで生きてこられた」
湯原の母の、穏やかな微笑みが懐かしい。
英二は彼女の、湯原と同じように薫る穏やかな空気と、そっくりの瞳が好きだった。
微笑んで、英二は言った。
「湯原の母さんらしい、良い約束だな」
「…ん、」
頷いて湯原は、すこし安心したような瞳で英二を見つめた。
かすかに微笑んで、湯原は言葉を続けた。
「だから、母には宮田との事、隠せない。
警察官の道を選ぶ時、俺は母を泣かせてしまった。もう、泣かせられない。
だから、もし、宮田との事を母が拒絶したら、俺は母を選んでしまう」
黒目がちの瞳に、水の膜がうすく張っていく。
漲った瞳で、湯原は英二を見つめている。
「だから今、そうなったら、俺は明日すぐに母に話すだろう。
それで拒絶されたら、もう二度と宮田に、逢えなくなる。そうしたら、もう、隣に居られない」
頬伝って一滴、零れて砕けた。
「俺だって、宮田の隣で変われた。笑うことを、少しずつ取り戻せた。
誰かに、理解してもらえる事は嬉しいと、宮田が俺に教えてくれた。
誰かの隣が、居心地良いんだと、俺はお前の隣で、知ったんだ」
黒目がちの瞳が泣いている。
泣きながら、真っ直ぐに英二を見つめて、湯原は言った。
「お前の隣が、好きだ。
明日があるか解らないなら、今、俺は、宮田の隣に居たい」
カーテンの隙間から、淡い月の光が射しこんだ。
湯原の頬を白く映えさせて、涙の軌跡を英二の前に曝してみせた。
濡れた瞳が光って、黒目が際立っている。青みきれいな白が縁取って、瞳が映えて深い。
きれいだ
英二は目の前の顔が、いとしかった。
6ヶ月間、逡巡していたリスクを、とうとう湯原にも背負わせてしまう。英二の胸が軋んだ。
この痛みは、一生忘れられず、苦しむだろう。
それでも、どんな言い訳が、今この時を、諦めさせてくれるのだろう。
快活な姉の顔が、ふいに英二の心を掠めた。父と母の笑顔も思い出される。
罵られて、泣かれて、もう家族と呼んで貰えなくなるかもしれない。
それでも、今この時を手放す事なんて、出来なかった。
俺も明日家族に話すよと、英二は微笑んで言った。
「俺の場合は、報告であって許可じゃないけれど」
家族が反対しても、自分は諦められない事を、英二はよく知っている。
何度も考えて、考えて、それで出した答えには、嘘はつけない。
「明日、湯原の母さんが、どんな結論を出しても、俺は全部受け留める。
湯原の全部を大切に想う、湯原の隣が居心地良くて好きだ。
そういう湯原を育ててくれた人を、悲しませる事は俺には出来ない。俺は湯原の母さん、好きなんだ」
湯原が笑った。少し悲しそうで、きれいな明るい笑顔だった。
切長い目を少し細めて、英二は微笑んだ。
「どんな結論でも、俺はきっと、湯原を大切に想う事は止められない。
隣に居られなくても、何があっても。きっと、もう変えられない。
ただ、湯原には笑っていて欲しい。どんなに遠くに居ても、生きて、幸せでいてくれたら、それでいい」
その隣に、本当は自分が居たい。けれど、それを望む事は、欲張りすぎるかもしれない。
リスクだらけの中で、想いが通じた。それだけでも今は幸せだった。
男女なら子供が生まれて、そこから家庭も、幸せも、生れる可能性がある。
けれど男同士では、そこから何が生まれると言うのだろう。
まだ何も、解らない。リスクばかりを背負うのかもしれない。
それでも、この隣に居る今、この時を、触れないでいる事なんて、出来ない。
もう二度と、逢えないかもしれないのなら。尚更に今を、諦める事なんて出来ない。
英二は掌で、湯原の頬をつつんだ。長い指でそっと涙を拭いていく。
頬の温かみが、掌を幸せな感触で迎えてくれる。
長い睫毛が微かに震えても、湯原は目を伏せなかった。長めの前髪の下で、繊細で勁い視線は真っ直ぐだった。
静かに毀さないように、英二は呟いた。
「周太、」
初めて呼んだ、名前がかすかに震える。
額に掌をあてて、そっと前髪を掻きあげる。生際には、ちいさな傷痕があった。
扉の角でぶつけた小さな傷。初めてあの公園に行った日の、朝に出来た傷だった。
「俺が、つけた傷だ」
そっと英二は唇を寄せた。傷からは、あたたかな湯原の熱と、かすかな震えが伝わってくる。
黒目がちの瞳が、見つめている。この瞳がいつも隣にいた幸せを、これから幾度、思い知らされるのだろう。
覗きこんだ黒目がちの瞳は、すこし震えて、けれど決意と温かな想いが満ちている。
ずっと隣に居たい
長い指で、目の前の唇をなぞる。いつもただ見つめていた、すこし厚めで物言いたげな唇に、初めて触れた。
指の下で今は、震えを打ち消すようにすこし、結ばれている。
軽く目を瞑って、英二は唇を重ねた。
重ねた唇の向こうに、かすかに喘ぐような震えが生れた。
こういうの慣れてない―そんな呟きが聞こえそうで、英二はそっと顔を離した。
きれいな二重瞼がおりて、長い睫毛がふるえている。
しばらくじっと見詰めていると、ゆっくり黒目がちの瞳が見開いた。
「…こういうの、俺、慣れて、いないから」
らしくない、たどたどしい物言いが震えている。普段の素っ気ない物言いは、どこへ行ったのだろう。
微笑んで、英二はまた唇を指でなぞった。
「慣れていなくて、良かった」
俺が初めてで良かった。黒目がちの瞳へ呟いて、英二は自分の独占欲の強さに、胸が軋んだ。
もしも明日、湯原の母が拒絶をしたら、二度と逢わない。
そうしたらきっと、いつか誰かが、湯原の隣で同じ事をするかもしれない。
そうなったら自分は、耐えられるのだろうか。
「他人事だと、思っ、て」
かすかな震えに少し乱れた言葉が、目の前の唇から零れる。
いつものように英二は笑って、唇を重ねた。やわらかな震えが、英二の唇を受けとめる。
明日なんて、解らない。
今はただ、居心地の良い隣と、ひとつの時間と感覚を共にしたい。
今この腕に与えられた、穏やかな安らぎと切なさを、抱きしめて記憶したい。
もし明日から、二度とこの時間が与えられなくても、記憶だけは刻みつけてしまいたい。
記憶だけで生きていけるのか。
英二には解らないけれど、抱きしめる今この時を、後悔する事は決して無い。
諦める事も、手放す事も出来なかった。
離れなくてはいけないと、解っているから、尚更に「今」が欲しい。
鍛えられて華奢を隠した肩を、抱き寄せる。
ほのかな震えと、うまく出来ない呼吸の音が、英二に伝わってくる。
頬寄せた首筋の、熱が高い。
明りの下で見たら、きっときれいな赤に染まっているのだろう。
小柄な体を抱きしめたまま、そっとベッドに沈んだ。
ダウンライトに仄かに照らされた、周太の首筋は紅潮に染まっていた。
きれいだと呟いた唇が、淡く赤い肌へ惹きつけれられて、静かにふれる。
英二の両肩に、掌の感触がやわらかく降りた。周太の掌から伝わる熱が、熱い。
ひとの体温がこんなに幸せだと、今までは思わなかった。両肩の熱が、いとしかった。
白いシャツの胸元を、長い指がボタンをはずして降りて行く。指先に触れる肌が、なめらかで熱かった。
「…ぅっ、」
小さな声に、英二は周太の顔を見た。
乱れた前髪のふる顔は、紅潮した頬と熱っぽい瞳が、幼げで儚い。
愛しさが募った。
明日の結論次第では、手放さなくてはいけない。だのに、すこし触れただけで、愛しさが殊更に募っている。
このまま触れあってしまったら、離れる事が出来るのか、不安になる。
周太の瞳を英二は見つめた。真っ直ぐで繊細で勁い視線は、迷いなく英二を見つめ返してくれる。
黒目がちの瞳が微笑んだ。穏やかな空気が、重ねた肌の間に漂う。安らぎが英二を抱きとめていく。
こんな時でも、この隣は繊細で優しくて、勁くて穏やかだ。
この隣が、好きだ。
本当に本当に、ずっと、隣に居られたらいい。
唇をふれるように重ねる。
やわらかな唇の震えを押して、英二は深く重ねた。深く重ねた唇が、熱い。
長い指が、白いシャツを絡めとって、肌を淡い光にさらしていく。首筋と同じように、肌は淡い赤に染まっていた。
桜が咲いたみたいだな、英二は微笑んだ。
逞しさのある肩に、唇をよせて掌で抱き寄せる。華奢な骨柄が指先から曝される。
片手で拳銃を操るには、骨格は華奢にすぎて感じた。
繊細で快活で、華奢だった少年の、積みあげた努力と悲しみと、痛みが、英二の胸にそっと寄り添ってくる。
全てを抱きとめたい。そうしたら少しだけでも、痛みを分けられるのだろうか。
「周太は、きれいだ」
頬寄せて、英二は囁いた。
抱きとられていく体に、途惑ったままの瞳が瞬いて、眦から雫がこぼれた。
(to be continued)
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※後半1/3以降R18(露骨な表現はありませんが念の為)
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黎明、不知夜月 ― side story「陽はまた昇る」
ダウンライトだけの部屋に、カーテンを透かした月明かりが淡い。
まだ、眠ってしまいたくない。今日の終わりを引き延ばしたくて、英二は目を瞑れなかった。
隣に眠る小柄な背中を、そっと抱きしめた。
あたたかな熱と、鼓動とが、白いシャツを越えて伝わってくる。湯原に掴まれたままの指が熱い。
体温が、穏やかで潔い香りを燻らせ、英二の髪に沁みていく。
こんなふうに穏やかな気持で、抱きしめるのは、きっと湯原が、最初で最後になる。
無言でも、眠っていても、居心地の良い隣。
ただ傍に居るだけで、穏やかさに満たされる。
それがどんなに得難いものか。この今も、蝕んでくる痛みに、思い知らされている。
6ヶ月、いつも当たり前に隣に居た。昨日までは。
いま抱きしめる体の白いシャツを、英二が詫びに渡したのは、もう遠い昔に思える。
殴られたことも、口論したことも、他愛ない会話も、時間の経過以上に遠い。
またこうして寄り添って、眠る事なんて出来るのだろうか。
明日があるか解らない、警察官の道を選んでしまった自分達に、どんな約束が出来るのだろう。
男女の仲なら「結婚」という約束ができる。共に生きる意思を、自分自身と相手と、家族や社会に示せる。
けれど男同士では、何の約束ができるのだろう。
どんなに一緒に居たいと願っても、隣に居たいと願っても。あがきたいけれど、約束すらできない。
制服を着る時、拳銃を持つ時、手錠を見るたびに、きっと湯原を思い出す。
警察学校で過ごした隣の、6ヶ月間の記憶は、警察官として生きる限り、毎日蘇るだろう。
きっともう、忘れる事も出来ない。
切長い英二の眦に、ふっと熱が浮かび上がった。
後から後から、熱はあふれて顔を横切って、頬伝って流れて行く。
このままだと、止まりそうにない。
顔でも洗って、夜風に当たろう。英二はそっと体を起しかけた。
「宮田?」
起き上がりかけた背中に、落着いた声が掛けられた。
掴まれたままだった指から、湯原の掌が離れる。去っていく温もりは、寂しさを募らせた。
今、振向いたらきっと、困らせてしまうだろう。英二は背を向けたまま、笑って言った。
「起こしたな、ごめん」
ちょっと風に当たろうかな、言いながらベッドを降りようとした時、眦に温かい感触がふれた。
視界の端で、指が涙を拭きとっていく。自分の長い指よりも小さな指。
さっきまで英二の手を掴んでいた指が、涙を拭いている。
「また泣いているのか、宮田」
いつもと同じ落着いた声。
わずかに濡れた髪が淡く光っている。入校時より伸びた、長めの前髪が額を覆って、最初に会った時を思い出させた。
入寮前に校門で会った、繊細で勁い、きれいな眼差し。あの時が、今この時に繋がるなど思っていなかった。
前髪の下で、瞳が繊細で勁い。すこし可笑しそうに、その瞳が英二の目を覗きこんだ。
「泣き虫。怖い夢でも見たのかよ」
怖い夢、そうかもしれない。
明日、この隣から、離れてしまう。田舎の駐在所とは言っても、危険が無いなんて事はない。新宿署の湯原は尚更だ。
警察官である以上、危険に身を晒す生き方しか選べない。
6ヶ月間、毎日を受け留めてくれた、穏やかな隣の空気。それが無くても自分は、そこに立っていられるのだろうか。
無言でただ、涙だけが英二の頬を伝っていく。
それでも湯原は促す事もしないで、そっと拭ってくれる。いつものように。
触れたい。想いは痛切に、英二の胸裏を裂いていく。
こんなに近くにいるのに、触れる事を許せない。明日からは、近くにさえ居られないのに。
言葉が溢せない代りの様に、涙だけが零れていく。
そっと湯原が動き、ぎこちなく英二の頭を抱きしめた。
白いシャツが頬に当たる。脱走した夜と同じように、シャツをハンカチ代わりに差し出してくれる。
あの夜に、この隣の居心地の良さを、初めて知った。
あの時、この隣の居た扉を叩かなかったら、こんなふうに泣かずに済んだのかもしれない。
けれどもし、この隣を知らないままだったら、英二は警察官の道を放りだしていただろう。
なによりも、無言でも居心地の良い隣を、知らないでいたくない。苦しくても泣いても、今の方がずっといい。
「言えよ、宮田」
ぼそりと湯原が言った。いつものように。
けれど、何を言えるというのだろう。ゆっくりと英二はシャツから顔を上げて、湯原を見た。
黒目がちの瞳が、ちゃんと聴くからと話しかけてくる。
言ったら、どうなるのだろう。
6ヶ月間ずっと隠しても、降り積もった想い。
一度口にしたら、きっと堰を切ってながれてしまう。自分を留める、自信なんて無い。
こんなふうに、誰かを想っても触れず、ただ想いだけを抱きしめた事は、英二には初めてだった。
― 誰かに、そんなふうに求められた事、ないから
午後の公園での会話が、胸を掠めた。安西の事件で、拘束された湯原を見た時の想いが、蘇る。
何も伝えないまま、湯原と別れたくない。
何も出来ないけれど。自分以上の幸せを願うほど、あなたを大切に想っている人間がいると、伝えたい。
警察官で男同士で。普通じゃないと言われても、文句は言えない。
嫌われるかもしれない、二度と会えなくなるかもしれない。
けれど、明日が解らないなら、今この時に、あなたを求める人間がいる事を伝えたい。
かるく瞑目して瞠いて、英二は湯原を真っ直ぐに見つめた。
「お前が、好きだ」
黒目がちの瞳が、一瞬で大きく瞠かれた。
きっと動揺して驚いて、混乱しているな。目だけでも英二には、湯原の心がわかる。
大きくなった瞳が、かわいいと思った。そして英二の肩の力が抜けた。
いつものように、英二は湯原に笑いかけた。
「お前の隣が好きだ。一緒に居る、穏やかな空気が大好きなんだ」
湯原は聴いてくれている。
いつもより少し驚いているけれど、穏やかな空気が普段通りに流れ始めた。
ああこういう所が好きだ。英二は穏やかな気持ちで、ゆっくり話し始めた。
「警察学校で男同士で。普通じゃない、そんな事は最初に気付いた。
こういう想いが、生き難いことだとも知っている。
けれど、諦める事も出来ない。気持を手放そうとしても、出来なかった。
ただ隣で、湯原の穏やかな空気に触れている。
それだけの事かもしれないけれど、俺には得難い居場所なんだ」
湯原は静かに聴いている。かすかな月明りが、正面の顔を白くうつしだす。
静かな表情が、とてもきれいだと英二は見つめた。
「ご両親を大切にする、湯原が好きだ。
辛い事にも目を背けない、戦う強い湯原が好きだ。
繊細で、不器用なほど優しい湯原が好きだ。
頑固だけれど端正な、真っ直ぐな湯原が、俺は好きだ」
少しずつ、目の前の黒目がちの瞳が、揺れていく。
きっと今、湯原を追い込んでいる、困らせている。
解っているけれど、口を吐いた言葉は、もう取り消す事も止める事もできない。
「俺はずっと、適当に生きていた。要領良く楽していた。
けれど本当は、誰かの役に立ちたかった。
誰かの為に何かできたら、どうして生きているのかも、分るかもしれない。
けれど、自分だけでは何もできなくて、警察学校に入って自分を追い込んだ」
そんなふうに甘い考えだから最初は脱走したし。
英二が笑うと、かすかに湯原も微笑んだ。こんな時でも、穏やかさが居心地良い。
ダウンライトと月の、やわらかい光の空間で、想いが言葉に変わっていく。
「警察学校で、どんなに辛い訓練や現実があっても、湯原が隣で受留めてくれた」
長い睫毛の向こうで黒目がちの瞳が迷っている。
かすかな明りに揺れる瞳が、きれいだと思いながら英二は言った。
「湯原の隣が俺の居場所だと思った。
けれど、真っ直ぐに生きている湯原を引き擦り込みたくないと思った、だから伝えないつもりだった。
けれど、安西に拘束された湯原を見て、明日は無いと思い知らされた。
警察官の俺には、明日があるのか分らない。だから、今この時を大切に重ねて、俺は生きたい。
湯原の隣で、俺は今を大切にしたい。
湯原の為に何が出来るかを見つけたい。そして少しでも多く、湯原の笑顔を隣で見ていたい」
ゆっくりだけれど、一息に言って英二は、ほっと息をついた。
6ヶ月間言いたかった想いが、やっと解放された。
想いを、届けたい人へ伝えられた。
嫌われるかもしれない恐怖はあるけれど、もどかしさは消えて、英二の心は穏やかだった。
湯原の白いシャツの肩が、かすかに震えている。
怖がらせたのだろうか。不安になった英二は、俯く顔をそっと覗きこんだ。
黒目がちの瞳から一滴、涙がこぼれた。
「宮田、」
ぼそりと湯原が呟いた。
触れても嫌われないだろうか、不安がすこし翳ったが、英二は長い指を頬に伸ばした。
そっと涙を拭って、どうしたと目だけで黙って問いかける。
湯原が口を開いた。
「俺は、母を、置き去りに出来ない」
悲しそうな声がこぼれ出した。
普段の湯原からは想像がつかないような、感情に揺れる声。
けれど英二は、これが本来の湯原なのだと、自然に受け留めていた。
「父が殉職した時、母とふたりで約束をしたんだ。
これからは2人、助けあって生きよう。
お互い、隠し事をしないと約束しよう。隠し事は、人の間に溝と壁を作ってしまうから。
この約束のお蔭で、俺は母と向き合って、ここまで生きてこられた」
湯原の母の、穏やかな微笑みが懐かしい。
英二は彼女の、湯原と同じように薫る穏やかな空気と、そっくりの瞳が好きだった。
微笑んで、英二は言った。
「湯原の母さんらしい、良い約束だな」
「…ん、」
頷いて湯原は、すこし安心したような瞳で英二を見つめた。
かすかに微笑んで、湯原は言葉を続けた。
「だから、母には宮田との事、隠せない。
警察官の道を選ぶ時、俺は母を泣かせてしまった。もう、泣かせられない。
だから、もし、宮田との事を母が拒絶したら、俺は母を選んでしまう」
黒目がちの瞳に、水の膜がうすく張っていく。
漲った瞳で、湯原は英二を見つめている。
「だから今、そうなったら、俺は明日すぐに母に話すだろう。
それで拒絶されたら、もう二度と宮田に、逢えなくなる。そうしたら、もう、隣に居られない」
頬伝って一滴、零れて砕けた。
「俺だって、宮田の隣で変われた。笑うことを、少しずつ取り戻せた。
誰かに、理解してもらえる事は嬉しいと、宮田が俺に教えてくれた。
誰かの隣が、居心地良いんだと、俺はお前の隣で、知ったんだ」
黒目がちの瞳が泣いている。
泣きながら、真っ直ぐに英二を見つめて、湯原は言った。
「お前の隣が、好きだ。
明日があるか解らないなら、今、俺は、宮田の隣に居たい」
カーテンの隙間から、淡い月の光が射しこんだ。
湯原の頬を白く映えさせて、涙の軌跡を英二の前に曝してみせた。
濡れた瞳が光って、黒目が際立っている。青みきれいな白が縁取って、瞳が映えて深い。
きれいだ
英二は目の前の顔が、いとしかった。
6ヶ月間、逡巡していたリスクを、とうとう湯原にも背負わせてしまう。英二の胸が軋んだ。
この痛みは、一生忘れられず、苦しむだろう。
それでも、どんな言い訳が、今この時を、諦めさせてくれるのだろう。
快活な姉の顔が、ふいに英二の心を掠めた。父と母の笑顔も思い出される。
罵られて、泣かれて、もう家族と呼んで貰えなくなるかもしれない。
それでも、今この時を手放す事なんて、出来なかった。
俺も明日家族に話すよと、英二は微笑んで言った。
「俺の場合は、報告であって許可じゃないけれど」
家族が反対しても、自分は諦められない事を、英二はよく知っている。
何度も考えて、考えて、それで出した答えには、嘘はつけない。
「明日、湯原の母さんが、どんな結論を出しても、俺は全部受け留める。
湯原の全部を大切に想う、湯原の隣が居心地良くて好きだ。
そういう湯原を育ててくれた人を、悲しませる事は俺には出来ない。俺は湯原の母さん、好きなんだ」
湯原が笑った。少し悲しそうで、きれいな明るい笑顔だった。
切長い目を少し細めて、英二は微笑んだ。
「どんな結論でも、俺はきっと、湯原を大切に想う事は止められない。
隣に居られなくても、何があっても。きっと、もう変えられない。
ただ、湯原には笑っていて欲しい。どんなに遠くに居ても、生きて、幸せでいてくれたら、それでいい」
その隣に、本当は自分が居たい。けれど、それを望む事は、欲張りすぎるかもしれない。
リスクだらけの中で、想いが通じた。それだけでも今は幸せだった。
男女なら子供が生まれて、そこから家庭も、幸せも、生れる可能性がある。
けれど男同士では、そこから何が生まれると言うのだろう。
まだ何も、解らない。リスクばかりを背負うのかもしれない。
それでも、この隣に居る今、この時を、触れないでいる事なんて、出来ない。
もう二度と、逢えないかもしれないのなら。尚更に今を、諦める事なんて出来ない。
英二は掌で、湯原の頬をつつんだ。長い指でそっと涙を拭いていく。
頬の温かみが、掌を幸せな感触で迎えてくれる。
長い睫毛が微かに震えても、湯原は目を伏せなかった。長めの前髪の下で、繊細で勁い視線は真っ直ぐだった。
静かに毀さないように、英二は呟いた。
「周太、」
初めて呼んだ、名前がかすかに震える。
額に掌をあてて、そっと前髪を掻きあげる。生際には、ちいさな傷痕があった。
扉の角でぶつけた小さな傷。初めてあの公園に行った日の、朝に出来た傷だった。
「俺が、つけた傷だ」
そっと英二は唇を寄せた。傷からは、あたたかな湯原の熱と、かすかな震えが伝わってくる。
黒目がちの瞳が、見つめている。この瞳がいつも隣にいた幸せを、これから幾度、思い知らされるのだろう。
覗きこんだ黒目がちの瞳は、すこし震えて、けれど決意と温かな想いが満ちている。
ずっと隣に居たい
長い指で、目の前の唇をなぞる。いつもただ見つめていた、すこし厚めで物言いたげな唇に、初めて触れた。
指の下で今は、震えを打ち消すようにすこし、結ばれている。
軽く目を瞑って、英二は唇を重ねた。
重ねた唇の向こうに、かすかに喘ぐような震えが生れた。
こういうの慣れてない―そんな呟きが聞こえそうで、英二はそっと顔を離した。
きれいな二重瞼がおりて、長い睫毛がふるえている。
しばらくじっと見詰めていると、ゆっくり黒目がちの瞳が見開いた。
「…こういうの、俺、慣れて、いないから」
らしくない、たどたどしい物言いが震えている。普段の素っ気ない物言いは、どこへ行ったのだろう。
微笑んで、英二はまた唇を指でなぞった。
「慣れていなくて、良かった」
俺が初めてで良かった。黒目がちの瞳へ呟いて、英二は自分の独占欲の強さに、胸が軋んだ。
もしも明日、湯原の母が拒絶をしたら、二度と逢わない。
そうしたらきっと、いつか誰かが、湯原の隣で同じ事をするかもしれない。
そうなったら自分は、耐えられるのだろうか。
「他人事だと、思っ、て」
かすかな震えに少し乱れた言葉が、目の前の唇から零れる。
いつものように英二は笑って、唇を重ねた。やわらかな震えが、英二の唇を受けとめる。
明日なんて、解らない。
今はただ、居心地の良い隣と、ひとつの時間と感覚を共にしたい。
今この腕に与えられた、穏やかな安らぎと切なさを、抱きしめて記憶したい。
もし明日から、二度とこの時間が与えられなくても、記憶だけは刻みつけてしまいたい。
記憶だけで生きていけるのか。
英二には解らないけれど、抱きしめる今この時を、後悔する事は決して無い。
諦める事も、手放す事も出来なかった。
離れなくてはいけないと、解っているから、尚更に「今」が欲しい。
鍛えられて華奢を隠した肩を、抱き寄せる。
ほのかな震えと、うまく出来ない呼吸の音が、英二に伝わってくる。
頬寄せた首筋の、熱が高い。
明りの下で見たら、きっときれいな赤に染まっているのだろう。
小柄な体を抱きしめたまま、そっとベッドに沈んだ。
ダウンライトに仄かに照らされた、周太の首筋は紅潮に染まっていた。
きれいだと呟いた唇が、淡く赤い肌へ惹きつけれられて、静かにふれる。
英二の両肩に、掌の感触がやわらかく降りた。周太の掌から伝わる熱が、熱い。
ひとの体温がこんなに幸せだと、今までは思わなかった。両肩の熱が、いとしかった。
白いシャツの胸元を、長い指がボタンをはずして降りて行く。指先に触れる肌が、なめらかで熱かった。
「…ぅっ、」
小さな声に、英二は周太の顔を見た。
乱れた前髪のふる顔は、紅潮した頬と熱っぽい瞳が、幼げで儚い。
愛しさが募った。
明日の結論次第では、手放さなくてはいけない。だのに、すこし触れただけで、愛しさが殊更に募っている。
このまま触れあってしまったら、離れる事が出来るのか、不安になる。
周太の瞳を英二は見つめた。真っ直ぐで繊細で勁い視線は、迷いなく英二を見つめ返してくれる。
黒目がちの瞳が微笑んだ。穏やかな空気が、重ねた肌の間に漂う。安らぎが英二を抱きとめていく。
こんな時でも、この隣は繊細で優しくて、勁くて穏やかだ。
この隣が、好きだ。
本当に本当に、ずっと、隣に居られたらいい。
唇をふれるように重ねる。
やわらかな唇の震えを押して、英二は深く重ねた。深く重ねた唇が、熱い。
長い指が、白いシャツを絡めとって、肌を淡い光にさらしていく。首筋と同じように、肌は淡い赤に染まっていた。
桜が咲いたみたいだな、英二は微笑んだ。
逞しさのある肩に、唇をよせて掌で抱き寄せる。華奢な骨柄が指先から曝される。
片手で拳銃を操るには、骨格は華奢にすぎて感じた。
繊細で快活で、華奢だった少年の、積みあげた努力と悲しみと、痛みが、英二の胸にそっと寄り添ってくる。
全てを抱きとめたい。そうしたら少しだけでも、痛みを分けられるのだろうか。
「周太は、きれいだ」
頬寄せて、英二は囁いた。
抱きとられていく体に、途惑ったままの瞳が瞬いて、眦から雫がこぼれた。
(to be continued)
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