自分で選択して、そこにいる

黎明、暁降 ― side story「陽はまた昇る」
まどろみの微かな後で、英二は目を開いた。
ぬくもりとゆるやかな鼓動が、この腕に抱きしめられている。
昨夜は、ほとんど眠れなかった。今この時が、最後かもしれない。今の一瞬を全て記憶したくて、眠ることも惜しかった。
顎をくすぐる髪がやわらかに、穏やかで潔い香をよせてくる。
暁の光が淡く照らして、腕のなかに眠る頬を、英二に見せた。
涙の軌跡が、なめらかな頬に描かれている。昨夜の全ては現実だと、思い知らされる。
6ヶ月間、躊躇い続けたリスクの重荷を、とうとう背負わせてしまった。
真直ぐ端正に生きてきた湯原を、引き擦り込んでしまった。その現実に胸裡が裂かれて傷む。
けれど、想いを伝えて享けとめられた、その幸せが温かくて、手放せないでいる。
―父が殉職した時、母とふたりで約束をしたんだ
これからは2人、助けあって生きよう
お互い、隠し事をしないと約束しよう 隠し事は、人の間に溝と壁を作ってしまうから
この約束のお蔭で、俺は母と向き合って、ここまで生きてこられた
湯原の母に、告げなくてはならない。
穏やかな彼女の、息子とよく似た、黒目がちの瞳が懐かしい。彼女はなんて言うのだろう。
腕に眠る温もりを、そっと抱きしめて頬寄せる。
肌と肌の間に、ぬくもりが穏やかに籠められて、ゆっくり心がほどけていく。
目の底に熱が生れて、眦から零れ落ちた。
ぬくもりが穏やかだと、知ってしまった。
もう二度と逢えないかもしれない、この隣の為に、知ってしまった。
自分はもう二度と、こんな幸せを抱きしめる事なんて、出来ないかもしれない。
きれど、きっともう、諦める事なんか出来ない。明日が解らないなら、尚更に出来ない。
警察官として現場に、もうすぐに立つ。
明日には英二は、初任地へと発たなくてはならない。
湯原はこの新宿に着任する。おなじ東京でも、英二は遠い山村の駐在所へ向かう。
のどかな田舎だが山岳救助の現場に立つ。危険の無い警察官の現場など、どこにも無い。
「山岳救助、」
呟いて、英二は山岳訓練の日を思い出した。崖から転落した湯原を、救助するために崖を降りた。
全身を泥と傷だらけにした湯原を、背負って崖を登った。湯原の重みを受けた、背中の記憶が、今も残っている。
あの重みが、今はこの腕のなかで眠っている。
こんなに近くに居るのに、腕の中に居るのに。あと数時間で、手放さなくてはならない。
もうこんなふうに、隣に寄り添う事は、出来ないかもしれない。
思うほど「今」がいとしくて、胸裡が裂かれる痛みすらも、穏やかだった。
腕のなかで、やわらかな髪が揺れた。
「…ん、」
かすかな吐息を零して、黒目がちの瞳が開いた。
おはようと、いつものように英二は笑った。
「…あ、おはよ、う?」
言いかけて、首筋が見る間に赤くなっていく。
昨夜を思い出して、状況に途惑い始めたのだろう。落ち着いた普段とのギャップがかわいくて、英二は微笑んだ。
黒目がちの瞳が揺れている。こういうの慣れていない、と呟きが聞こえそうだ。
困っていると解るけれど、どうするのか見てみたくて、英二はわざと黙っていた。
腕の中で、首筋も顔も、淡く赤く染める様子が、いとしかった。
知ってしまった湯原の想いが、6ヶ月間の逡巡を全て毀して、選んだ「今」。
容易ではない選択をした、そのリスクを解っているのに。 それでも「今」が、幸せで愛しくてならない。
それでも本当に、自分は手放す事が、出来るのだろうか。
「起きる」
ぼそっと湯原が言った。
そっと英二が腕をほどくと、身じろぎして湯原は背を向けた。首筋は、淡く赤くなっている。
いつも会話の合間に、湯原は首筋を赤く染めていた。かわいいなと、いつも見馴れた赤い首筋。
この隣にある淡く赤い色が、昨夜を越えた今は、眩しい。
もう一度だけ、抱きしめたい。
それでも英二の腕は動かなかった。未練をこれ以上、増やしたくなかった。
起き上がろうと、ゆっくり体を起しかけて、湯原は眉を顰めた。
「…痛い」
それでも起こした背中が、淡い暁の光にあらわになった。淡く赤い痕が、なめらかな肌に散っている。
刻み込んだ昨夜の記憶が、湯原の体に軌跡を残していた。
きれいだ、と見つめながら、負わせたリスクが、痛い。
けれど、その痛みにすら、微かな喜びが生れてしまう。
たとえ今が最後になって、離れてしまっても。この痛みの記憶は、湯原と共有できる。
痛みで繋がるなんて、愚かだと嗤われるだろう。けれど、この隣と繋がっていられるのなら、何だって構わない。
こんなふうに誰かを手に入れたいなんて、思った事はなかった。
勝手で残酷だと、自分を責めたくなる。
それでも、どうしても、この隣と少しでも繋がっていたいと求めてしまう。
―オペラ座は巨大なカラクリ箱なんだ
怪人は、自分諸共そこへ彼女を閉じ込める
昨日、湯原に訊いたあらすじは、怪人の恋愛に狂気を感じた。
けれど今、痛みで湯原と繋がろうとする自分と、どこが違うと言うのだろう。
もし違うと言えるなら、怪人は歌姫に求められなかったけれど、自分は湯原に求めてもらえた、その違い。
相手を傷つける痛みは同じでも、相手も望んでくれた、その喜びが、理性を少し麻痺させている。
それでも今は、麻痺されたままでいたい。
あと数時間で離れて、もう二度と逢えないかもしれない。
だから尚更、今だけは、愚かさも麻痺も、許してしまいたかった。
淡く赤い痕を刻まれた背中が、ぼんやりと気怠げに、座ったままで佇んでいる。
きっと途惑って、身動き出来なくている。背中を見ても、湯原の考えている事が解る。
英二は微笑んだ。いつもの調子で言ってみる。
「きれいだな、」
肩口から少しだけ、湯原が振り返った。黒目がちの瞳が、長い睫毛の翳で途惑っている。
それでも、いつもの口調で抑揚無く言い捨てた。
「…だから早く眼科行けよ馬鹿」
近所のパン屋で買ってきた、クロワッサンが予想外においしかった。
備付けのインスタントコーヒーを淹れて、簡素な朝食をとる部屋は、あたたかな朝の光が静かで、穏やかだった。
いつになく気怠げな隣は、時折ぼんやりと、英二を眺めている。冗談に英二は笑って言った。
「そんなに見つめる位、俺、かっこいいかな」
「…ん、」
生返事が返りかけて、黒目がちの瞳が焦点を取り戻した。
ふざけるな。と聞えそうな視線で跳ね返されて、英二は軽く首傾げて避けた。
素っ気ない口調で、湯原が言う。
「宮田、ほんとに馬鹿なんだな」
まあね馬鹿ですけど。笑って英二はコーヒーを啜った。
湯原は少し微笑んで、寂しげに呟いた。
「ほんと、ばかだ」
初めて聞く、寂しい悲しい声だった。
胸に刺さって、痛い。こんな声を、英二は聴いた事が無かった。
黒目がちの瞳が揺れて、眦に雫が浮かび上がる。
あふれあがる涙は、頬伝って顎で零れ、おちて砕ける。
長い睫毛が潤って、朝の光に縁どられて瞬いた。
両掌で湯原の顔を包んで、英二は見つめた。もう、こんなに近くで見つめる事も、出来ないかもしれない。
繊細で勁い視線が、涙の紗がかかって揺れている。
この一瞬の記憶を、全部覚えておきたい。英二は、ただ見つめていた。
黒目がちの瞳が、ゆっくり瞬いて、英二を真っ直ぐに見る。
繊細で勁い視線は、いつものように微笑んだ。
「あの公園で、母と待ち合わせするから」
普段通りの落着いた声で、湯原が言った。
あの公園で気付いた、居心地の良い隣。
あの日、あのベンチに座っていなかったら、今はどうなっていたのだろう。
今日、あの場所で、決断がひとつ、委ねられていく。
隣に居られないなら、それで終わる。
痛みと記憶を抱いたまま、時折それを眺めても、普通に警察官として生きていく。
けれどもし、隣に居ることが許されるのなら。普通ではない生き方を、選ぶ事になる。それは容易い道ではないだろう。
それでも、選んでいいのなら、この隣を居場所にしていたい。
「コーヒー淹れてくる」
ぼそっと言いながら、少し笑って、湯原が立ち上がった。
部屋に光が差し込んで、白い壁が淡くオレンジ色に彩られていく。
あたたかな湯気が、香ばしく立ち昇って、視界をすこし揺らして消えた。
無言でいても、ゆるやかな空気が寛いで、いつものように穏やかで温かい。
今のこの瞬間が、二度と逢えない別れになるかもしれない。
こんな時でも、この居心地が良い隣は、穏やかで静かで、優しい。
きっと、もう、諦めきれない。
どんな言い訳をしたら、自分を言い聞かせられるのだろう。
6ヶ月間と、昨夜と、刻み込んだ記憶。どうしたら、消す事が出来るというのだろう。
学生時代の懐かしかったこの場所が、今この時間に佇んでいる。
この隣と遠く離れた時。この場所の前を通ることすら、自分には出来ないだろう。
この新宿で勤務する湯原は、どう思うのだろう。訊いてみたいけれど、英二は訊けなかった。
この隣の時間を、いつものように穏やかに過ごしていたかった。
きっと何度も、今の瞬間を思い出す。
懐かしくて還りたくて、きっと何度も思うのだろう。


にほんブログ村
にほんブログ村

黎明、暁降 ― side story「陽はまた昇る」
まどろみの微かな後で、英二は目を開いた。
ぬくもりとゆるやかな鼓動が、この腕に抱きしめられている。
昨夜は、ほとんど眠れなかった。今この時が、最後かもしれない。今の一瞬を全て記憶したくて、眠ることも惜しかった。
顎をくすぐる髪がやわらかに、穏やかで潔い香をよせてくる。
暁の光が淡く照らして、腕のなかに眠る頬を、英二に見せた。
涙の軌跡が、なめらかな頬に描かれている。昨夜の全ては現実だと、思い知らされる。
6ヶ月間、躊躇い続けたリスクの重荷を、とうとう背負わせてしまった。
真直ぐ端正に生きてきた湯原を、引き擦り込んでしまった。その現実に胸裡が裂かれて傷む。
けれど、想いを伝えて享けとめられた、その幸せが温かくて、手放せないでいる。
―父が殉職した時、母とふたりで約束をしたんだ
これからは2人、助けあって生きよう
お互い、隠し事をしないと約束しよう 隠し事は、人の間に溝と壁を作ってしまうから
この約束のお蔭で、俺は母と向き合って、ここまで生きてこられた
湯原の母に、告げなくてはならない。
穏やかな彼女の、息子とよく似た、黒目がちの瞳が懐かしい。彼女はなんて言うのだろう。
腕に眠る温もりを、そっと抱きしめて頬寄せる。
肌と肌の間に、ぬくもりが穏やかに籠められて、ゆっくり心がほどけていく。
目の底に熱が生れて、眦から零れ落ちた。
ぬくもりが穏やかだと、知ってしまった。
もう二度と逢えないかもしれない、この隣の為に、知ってしまった。
自分はもう二度と、こんな幸せを抱きしめる事なんて、出来ないかもしれない。
きれど、きっともう、諦める事なんか出来ない。明日が解らないなら、尚更に出来ない。
警察官として現場に、もうすぐに立つ。
明日には英二は、初任地へと発たなくてはならない。
湯原はこの新宿に着任する。おなじ東京でも、英二は遠い山村の駐在所へ向かう。
のどかな田舎だが山岳救助の現場に立つ。危険の無い警察官の現場など、どこにも無い。
「山岳救助、」
呟いて、英二は山岳訓練の日を思い出した。崖から転落した湯原を、救助するために崖を降りた。
全身を泥と傷だらけにした湯原を、背負って崖を登った。湯原の重みを受けた、背中の記憶が、今も残っている。
あの重みが、今はこの腕のなかで眠っている。
こんなに近くに居るのに、腕の中に居るのに。あと数時間で、手放さなくてはならない。
もうこんなふうに、隣に寄り添う事は、出来ないかもしれない。
思うほど「今」がいとしくて、胸裡が裂かれる痛みすらも、穏やかだった。
腕のなかで、やわらかな髪が揺れた。
「…ん、」
かすかな吐息を零して、黒目がちの瞳が開いた。
おはようと、いつものように英二は笑った。
「…あ、おはよ、う?」
言いかけて、首筋が見る間に赤くなっていく。
昨夜を思い出して、状況に途惑い始めたのだろう。落ち着いた普段とのギャップがかわいくて、英二は微笑んだ。
黒目がちの瞳が揺れている。こういうの慣れていない、と呟きが聞こえそうだ。
困っていると解るけれど、どうするのか見てみたくて、英二はわざと黙っていた。
腕の中で、首筋も顔も、淡く赤く染める様子が、いとしかった。
知ってしまった湯原の想いが、6ヶ月間の逡巡を全て毀して、選んだ「今」。
容易ではない選択をした、そのリスクを解っているのに。 それでも「今」が、幸せで愛しくてならない。
それでも本当に、自分は手放す事が、出来るのだろうか。
「起きる」
ぼそっと湯原が言った。
そっと英二が腕をほどくと、身じろぎして湯原は背を向けた。首筋は、淡く赤くなっている。
いつも会話の合間に、湯原は首筋を赤く染めていた。かわいいなと、いつも見馴れた赤い首筋。
この隣にある淡く赤い色が、昨夜を越えた今は、眩しい。
もう一度だけ、抱きしめたい。
それでも英二の腕は動かなかった。未練をこれ以上、増やしたくなかった。
起き上がろうと、ゆっくり体を起しかけて、湯原は眉を顰めた。
「…痛い」
それでも起こした背中が、淡い暁の光にあらわになった。淡く赤い痕が、なめらかな肌に散っている。
刻み込んだ昨夜の記憶が、湯原の体に軌跡を残していた。
きれいだ、と見つめながら、負わせたリスクが、痛い。
けれど、その痛みにすら、微かな喜びが生れてしまう。
たとえ今が最後になって、離れてしまっても。この痛みの記憶は、湯原と共有できる。
痛みで繋がるなんて、愚かだと嗤われるだろう。けれど、この隣と繋がっていられるのなら、何だって構わない。
こんなふうに誰かを手に入れたいなんて、思った事はなかった。
勝手で残酷だと、自分を責めたくなる。
それでも、どうしても、この隣と少しでも繋がっていたいと求めてしまう。
―オペラ座は巨大なカラクリ箱なんだ
怪人は、自分諸共そこへ彼女を閉じ込める
昨日、湯原に訊いたあらすじは、怪人の恋愛に狂気を感じた。
けれど今、痛みで湯原と繋がろうとする自分と、どこが違うと言うのだろう。
もし違うと言えるなら、怪人は歌姫に求められなかったけれど、自分は湯原に求めてもらえた、その違い。
相手を傷つける痛みは同じでも、相手も望んでくれた、その喜びが、理性を少し麻痺させている。
それでも今は、麻痺されたままでいたい。
あと数時間で離れて、もう二度と逢えないかもしれない。
だから尚更、今だけは、愚かさも麻痺も、許してしまいたかった。
淡く赤い痕を刻まれた背中が、ぼんやりと気怠げに、座ったままで佇んでいる。
きっと途惑って、身動き出来なくている。背中を見ても、湯原の考えている事が解る。
英二は微笑んだ。いつもの調子で言ってみる。
「きれいだな、」
肩口から少しだけ、湯原が振り返った。黒目がちの瞳が、長い睫毛の翳で途惑っている。
それでも、いつもの口調で抑揚無く言い捨てた。
「…だから早く眼科行けよ馬鹿」
近所のパン屋で買ってきた、クロワッサンが予想外においしかった。
備付けのインスタントコーヒーを淹れて、簡素な朝食をとる部屋は、あたたかな朝の光が静かで、穏やかだった。
いつになく気怠げな隣は、時折ぼんやりと、英二を眺めている。冗談に英二は笑って言った。
「そんなに見つめる位、俺、かっこいいかな」
「…ん、」
生返事が返りかけて、黒目がちの瞳が焦点を取り戻した。
ふざけるな。と聞えそうな視線で跳ね返されて、英二は軽く首傾げて避けた。
素っ気ない口調で、湯原が言う。
「宮田、ほんとに馬鹿なんだな」
まあね馬鹿ですけど。笑って英二はコーヒーを啜った。
湯原は少し微笑んで、寂しげに呟いた。
「ほんと、ばかだ」
初めて聞く、寂しい悲しい声だった。
胸に刺さって、痛い。こんな声を、英二は聴いた事が無かった。
黒目がちの瞳が揺れて、眦に雫が浮かび上がる。
あふれあがる涙は、頬伝って顎で零れ、おちて砕ける。
長い睫毛が潤って、朝の光に縁どられて瞬いた。
両掌で湯原の顔を包んで、英二は見つめた。もう、こんなに近くで見つめる事も、出来ないかもしれない。
繊細で勁い視線が、涙の紗がかかって揺れている。
この一瞬の記憶を、全部覚えておきたい。英二は、ただ見つめていた。
黒目がちの瞳が、ゆっくり瞬いて、英二を真っ直ぐに見る。
繊細で勁い視線は、いつものように微笑んだ。
「あの公園で、母と待ち合わせするから」
普段通りの落着いた声で、湯原が言った。
あの公園で気付いた、居心地の良い隣。
あの日、あのベンチに座っていなかったら、今はどうなっていたのだろう。
今日、あの場所で、決断がひとつ、委ねられていく。
隣に居られないなら、それで終わる。
痛みと記憶を抱いたまま、時折それを眺めても、普通に警察官として生きていく。
けれどもし、隣に居ることが許されるのなら。普通ではない生き方を、選ぶ事になる。それは容易い道ではないだろう。
それでも、選んでいいのなら、この隣を居場所にしていたい。
「コーヒー淹れてくる」
ぼそっと言いながら、少し笑って、湯原が立ち上がった。
部屋に光が差し込んで、白い壁が淡くオレンジ色に彩られていく。
あたたかな湯気が、香ばしく立ち昇って、視界をすこし揺らして消えた。
無言でいても、ゆるやかな空気が寛いで、いつものように穏やかで温かい。
今のこの瞬間が、二度と逢えない別れになるかもしれない。
こんな時でも、この居心地が良い隣は、穏やかで静かで、優しい。
きっと、もう、諦めきれない。
どんな言い訳をしたら、自分を言い聞かせられるのだろう。
6ヶ月間と、昨夜と、刻み込んだ記憶。どうしたら、消す事が出来るというのだろう。
学生時代の懐かしかったこの場所が、今この時間に佇んでいる。
この隣と遠く離れた時。この場所の前を通ることすら、自分には出来ないだろう。
この新宿で勤務する湯原は、どう思うのだろう。訊いてみたいけれど、英二は訊けなかった。
この隣の時間を、いつものように穏やかに過ごしていたかった。
きっと何度も、今の瞬間を思い出す。
懐かしくて還りたくて、きっと何度も思うのだろう。



