なごりの時

第9話 朝靄act.1名残 ― side story「陽はまた昇る」
車窓を街並みが流れていく。ぼんやりと英二は扉の窓に凭れて、外へ視線を向けていた。
公園に向かう湯原とは、駅でわかれた。
「じゃあ」
短く、それだけを湯原は言った。再会の言葉も、別れの言葉も無かった。
微笑みがただ、透ける様にきれいだった。
どんな結論が出るのかは、まだ解らない。
あまり考えたくも無かった。
窓に頭を、ごつっとぶつけた。ふっと穏やかで潔い香りが、頬を撫でる。
残り香が、英二の髪から肌から、かすかに滲んでのぼっていた。
朝は腕の中にあった、穏やかな温もり。今は切ない痛みになって、胸裡で未練と一緒に蹲っている。
人の記憶は、どのくらい保存が効くのだろう。
けれど拳銃を見る度、制服に袖を通す度、湯原の記憶は何度も再生されるだろう。
毎日再生されていたら、記憶はきっと消えてはくれない。
ときおり、横顔に視線が掠めていく。
女の子たちの視線を浴びる事に、英二は慣れている。
普段なら微笑み返す位はするけれど、今はとてもそんな気分になれない。
想いが通じても、一緒に居れない事もある。そんな事は、昔は知らなかった。
かわいいなと思って微笑めば、大概の女の子と恋愛が出来た。
こんな容貌だから、老若男女から視線を受けるけれど、本当に受け止めたい視線には、出会えなかった。
無言でも居心地の良い隣。それがどんなに得難いものか、英二はよく知っていた。
けれど、想いが通じたのに、その隣とは一緒に居られない。
6ヶ月間ずっと考えて、納得して、覚悟してきた。それでも、なせ、どうしてと思ってしまう。
車窓に、なつかしい駅舎が見えてきた。降りて、改札を抜けると、見慣れた景色が待っている。
けれど今までとは、なんだか違う景色に見えた。
昨夜はほとんど眠っていない。けれど、その所為じゃない事は、英二には解っている。
満たされたものと、それと同じ位の喪失感が、心も感覚も、変えてしまった。
瀟洒な住宅街を、ぼんやり歩く。木洩日さす街路樹の、葉が淡く黄色い。
昨日、あの公園で見上げた梢も、こんな色になっていた。
その下で座っていた、湯原の横顔が、きれいだった。
英二はため息をついた。こんなところにも、あの隣が佇んでしまう。
もう何を見ても、自分の想いから逃げられないと、思い知らされる。
「ただいま」
一声かけて、玄関で靴を脱ぐ。見馴れた色の煉瓦敷きに、見慣れた家族の靴が並んでいる。
日常の風景だけれど、今は何を見ても非現実に感じる。
昨夜の事が、腕に髪に残っている。その記憶を手放したくなくて、目に映る現実を、心が拒絶してしまう。
こんなことでは駄目だと、解っているのに。胸の底から、ため息が吐かれた。
玄関先に座り込んだまま、今、閉めたばかりの扉を眺める。
ここを開いて、あの隣へと戻りたい。ぼんやりと思いながら、身動きが出来ない。
「おかえり、英二」
明るい声が頭から降って、英二は見上げた。快活な姉の笑顔が、隣に立って見下ろしている。
見馴れた姉の笑顔は、ほっとする。英二はすこし笑った。
「ただいま、姉ちゃん」
自分とよく似た笑顔で、姉が微笑んでいる。その瞳がすこし考え、また笑った。
姉は、何かを気付いたのかもしれない。それも今は、どうでも良かった。
今の自分はどんな顔をしているのだろう。
「お茶の支度して、父さんも母さんも待ってるよ」
「おう、ありがと」
微笑んで、英二は立ち上った。
湯原は今頃、母親に真実を告げているだろう。自分も、家族に向き合わなくてはならない。
拒絶され泣かれても、考えを変えられない自分を、よく知っている。だからこそ、家族に拒絶される事が怖い。
拒絶されたら、考えを変えなければ、家族には受け入れてもらえない。
けれど自分に嘘をつく事は、英二には出来ない。家族の許へ二度と、帰れなくなるかもしれない。
独りになるかな、俺は
湯原の母にも拒絶され、家族にも拒絶されたら。英二の隣には誰もいなくなるだろう。
それでも、家族に真実を告げたい。
黙っていれば済む事かもしれない、けれど、湯原は母親と向き合っている。
湯原と同じように、英二も向き合いたかった。
6ヶ月間、躊躇い続けたリスク。
そのリスクを湯原は、昨夜共に背負おってくれた。
今、家族に真実を告げる痛みと、湯原は向き合っている。だから英二も向き合いたい。
もう二度と湯原に逢えないかもしれない。ならばせめて、リスクも痛みも、共に背負いたかった。
リスクと痛みだけの繋がりなんて、不幸だと嗤われるかもしれない。
独りになるかもしれない。
それでも英二は、湯原と繋がっていたかった。
荷物を自室に置いて、スーツのままで英二はリビングに降りた。
扉を開けると、淹れたてのコーヒーの香が頬を撫でた。
「おかえりなさい、英二」
卒業おめでとうと母が微笑んだ。自分と似た、きれいな母の笑顔に、英二は胸が痛んだ。
この笑顔を、きっと自分は壊すだろう。まだ何も知らない母の笑顔が、眩しかった。
ありがとうと微笑み返して、いつもの席に座る。父は先に座って待っていた。
実直な笑顔を向けて、おめでとうと言いながら、英二を見た。そして少し怪訝な顔で、また笑った。
「スーツのジャケットくらい、脱いで来ればいいだろうに」
英二は黙って笑った。
これから真実を話さなくてはならない。そうしたらもう、この家に二度と帰れないかもしれない。
今が家族と、最後に会う時になるかもしれない。自分のきちんとした姿を今、見ておいて欲しかった。
母がコーヒーを運んでくる。勧められて口元へ運ぶと、芳香が漂う。
今朝のインスタントのドリップコーヒーとは、比べ物にならない良い品だろう。
けれど、湯原が淹れてくれた今朝のコーヒーが、英二には懐かしかった。
コーヒーの一杯にも、あの隣が佇んでしまう。朝には抱きしめていた、穏やかな空気の記憶が、今、胸を裂いていく。
あいたい 会いたい 今、逢いたい
きれいな切長い眦に熱がうかぶ。零れて一滴、頬を伝っていく。
涙が、軌跡を一筋、描いて顎へ伝い、落ちて砕けた。
自分がこんな風に泣くなんて、英二は思っていなかった。こんな事は、初めてだった。
目を上げると、父も母も、隣に座る姉も、驚いて自分の顔を見つめている。
今、自分はどんな顔をして、家族の前で座っているのだろう。
当たり前のように居ると思っていた、家族だった。でも今はもう「当たり前」だと思えない。
本当はずっと、この家族の許を、帰る場所にしておきたい。
それでも自分の心には、嘘は吐けない。英二は、口を開いた。
「俺、大切な人が出来た」
父も母も、驚いた顔になった。そしてすぐに笑った。
でもまだ、半分しか英二は話していない。ひとつ息を吸って口を開こうとした時、母が微笑んだ。
「どんなお嬢さんかしら。英二がこんなに真剣に話すなんて、本当に素敵な方なのでしょう?」
どんなお嬢さん―
そう思うのが普通だろう。母の嬉しそうな顔が、胸に、突き刺すように痛い。
それでも、真実を告げたい。
あの公園で今、たった一人の家族と向き合う湯原の痛みを、自分も分かち合って、繋がっていたい。
ゆっくり瞑目して、英二は目を上げた。
目の前で、両親が楽しそうに笑っている。隣の姉の顔は見えないけれど、笑顔だろうか。
すこし唇引き結んでから、英二は静かに口を開いた。
「警察学校の同期で、首席卒業した男なんだ」
空気が止まった、と思った。
きれいな母の笑顔が、強張って消えていく。実直な父の笑顔が少し険しくなった。
目の前で、端正な母の唇が震えるように開いた。
「冗談、でしょう?英二」
怯えるような、救いを求めるような、母の目。こんな母の表情を、英二は初めて見た。
沢山の彼女を次々と連れてきても、いつも笑顔で迎えてくれていた。
母の目が、痛い。これからきっと泣かせてしまう。
冗談だよと言えば、全て上手くいくのかもしれない。
けれど家族を「当たり前」では無いと気付いた今は、真っ直ぐに家族と向き合っていたい。
何よりも、自分の気持ちを偽る事など、出来ない。
真直ぐ母の目を見て英二は、静かに言った。
「本気だよ」
強く鈍い音がして、英二の頬が叩かれた。
初めて、母に手を上げられた。
叩いた手を上げたまま、母が泣いている。
頬に鈍い痛みが広がっていく。その衝撃以上に、叩かれた現実が痛い。
「不潔よ…っ」
初めて聞く母の叫び声が、痛い。
いつも美しい母の顔が冷たく強張っている、こんな貌は初めて見た。
ただ「人に迷惑さえ掛けなければ良い」と「手元にいれば良い」、この2つを守って母の理想に逸れないこと。
それが母を喜ばすと知っているから、刃向わないで生きてきた。
母に嫌われることが怖かったから。
美しい賢い息子、自慢の息子。
そう言って母は英二を愛してくれる。
けれどそれは「理想通り」を英二が演じてきたからだと、自分が一番知っている。
ただ母が喜ぶように、要領良いフリしてただ笑って生きていた。だから拒絶されなかったことは当然だ。
その母が今、全身で英二を拒絶している。
―責められて当然だ、
英二は唇をかみしめた。
ずっと嘘を吐いていた、この母に本音を言ったこともなかった。
それが今、突然に本音を告げた。それだけでも母に拒絶され責められても仕方ない。
しかもこの本音は「母の理想」と真逆のこと、それどころか世間的にも受容れられ難いこと。
この母が受容れてくれる訳が無い、そんなこと解っていた。
このことはずっと考えていた、湯原への想いを自覚した時から。
そして昨夜、選択をした瞬間に覚悟は肚に落とされた。そのまま今も帰省の道で考えてきた。
6ヶ月考え続けたリスクは、現実に今、この目の前で、哀しんでいる。
解ってはいたこと、けれど痛い。
覚悟は出来ている、それでも今、現実になれば哀しい。
とっくに諦めていた「受容」けれど本当は微かな望みを持っていたから、今、母の声が痛い。
「どうして、なぜ、そんな事を言うの?英二あなた、いつも女の子を沢山連れてきていたじゃない?」
震える母の声が、沈黙の上に圧し掛かる。
父はただ黙って座っていた。隣の姉は、どんな顔を今しているのだろう?
震える声は次々と、母の唇から溢れだしていく。
「あなたちょっと疲れているのよ、英二。
きっと警察学校で男だけの生活だったから、自分で勘違いしているだけよ。
ねえ、きっとそうに決まっているわ。だからもう、忘れましょうよ、英二」
独り決めした母の顔が、悲しい自己満足の笑顔を浮かべている。
こんな母の顔は見たくなかった、けれどこれは、自分が追い込んだ顔だった。
どんなふうに自分が愛されてきたのか?それが今もう逃げられない現実に思い知らされる。
「英二?私の言うことを聴いて頂戴、今までずっと、言うこと聴いてくれたじゃないの?それで笑顔を見せて?」
言うこと聴いてきた、今までは。
でも納得して聴いていたわけじゃない、本当は言いたいことが一杯あり過ぎた。
それなのに、こんな時にまで、こんなふうに言われたらもう、諦めるかしかない。
どうして、俺の言葉を聴かないで、母の言うことだけを聴いてと言うの?
こんなところから解ってしまう、母の愛は独善的でしかない。
この独善に嫌われたくなくて、要領良いフリして自分は生きることを選んでいた。
けれど、もう戻れない。もう今の自分は素顔で生きることを選んだから。
叩かれた頬のままで、英二は母の瞳を静かに見つめ、言った。
「6ヶ月間考えた。自分には、嘘は吐けない」
息子の真っ直ぐな目に、母の瞳が引き攣ったように怯えた。
ああこの母を苦しめている。罪悪感が、重たく英二の胸裡に座り込んでいく。それでも自分は、偽れない。
「親戚にご近所に、なんて言い訳すればいいの?
お願いよ英二、今ならまだ間に合うわ。そんなおかしな事、気持ち悪い事、もう止めて」
不潔、気持悪い―母の言葉が、心を刺していく。
何度も自分で考えた事だった。普通じゃない、おかしいと思おうとした。
けれど、日を重ねるごとに、あの隣の居心地は穏やかで、安らいでいった。
自分の感覚を、安らいでいく心を、誤魔化す事なんて出来なかった。
一体、どんな言い訳と言葉が、諦めさせてくれるのだろう。
「気持ち悪いとは、思えないよ、私」
静かに隣から声が響いた。振向くと、姉が微笑んでいた。
自分とよく似た姉の、微笑みが温かい。姉は言葉を続けた。
「私、英二の気持ち、わかるから。私のいま好きな人、妻子持ち。好きって言っても、憧れみたいなものだけど」
父と母が呆気にとられている。
予想外な援護射撃だと、英二も姉の横顔を見つめた。
「好きになろうなんて、思わなくても、好きになってしまうでしょう?
恋に堕ちるなんて、相手を選んで出来るものじゃないわ。
どんなに気持を誤魔化したって、自分に嘘なんてつけない。惹かれてしまったら、もう、不可抗力だわ」
自分とそっくりな、切長い目が真直ぐに両親を見つめている。
明朗で快活な姉の、知らない一面。不思議な、けれど納得出来る、姉の一面だった。
力無い目で、母が顔を上げた。
「どうして、ふたりともそんな事を言うの?
どうして普通に、相手を選んでくれないの?
子供が家庭を持って、普通に幸せになることを願って、何が悪いの?私は間違っているかしら」
姉の目がすうっと細くなった。穏やかで優しい、けれど強い眼差しは、英二も初めて見る姉の表情だった。
静かだけれど強い声で、姉は言った。
「お母さん、私は普通に結婚したいわ。
今の相手はそんな事、出来はしない。彼は何も知らないし、知らせるつもりもないの。
でも、もし彼が独身だったら、ちょっと頑張りたかったけどね。英二の様に」
落ち着いた姉の声が、静かにリビングに響く。
父は黙って座っている。その隣で母の目がすこし、落ち着きを取り戻し始めた。
正直に言うとね、と姉は言葉を続けた。
「英二が、誰かをそこまで大切に想うなんて、意外だった。
ちょっと手を伸ばせば、簡単に恋愛も出来る。英二は要領が良いから、そんな冷たさもあったでしょう?
けれど、それでは相手だって、本気で英二を大切にしないわ。あのままだったら、女遊びが好きな独身男で一生終わったと思う」
母の目が途惑ったように、隣の父の顔を見上げた。父は黙って、姉の顔を見つめ聴いている。
二人を見つめ返しながら、姉は笑った。
「英二が、本気で誰かを想える方が奇跡。幸運だわ。
このまま女遊び好きな独り者になるより、身持ちが固くなる分、ずっとマシね」
姉の言うとおりだと、我ながら英二は思う。あのままだったら、きっといい加減な人生だった。
この姉は自分とそっくりの顔だけど、よく見てくれている。姉の気持ちが、ありがたかった。
姉は、やわらかく微笑んだ。
「警察学校に行ってから英二、ずっと良い男になった。
英二を変えてくれたのは、その彼なのでしょう?だからきっと、彼は英二には必要なパートナーだと、私は思うわ」
父がため息を吐いた。実直なその顔は、すこし疲れて見えた。
外資系の自動車会社に法務のエリートとして、真面目に勤め続けている父。普通の常識に生きる父には自分はどう映るのだろう。
すこし寡黙だけれど、温かい懐を持つ父が、英二は好きだった。けれどもう、呆れられたかもしれない。
母は真っ赤な目をして、姉と英二を見つめて、言った。
「私には今は、わからない」
母のこんな姿は、本当は見たくなかった。それでも自分は選んで、家族と向き合った。
やさしい嘘を吐いて、家族を欺き続けるよりも、真実で向き合う方が、ずっといい。
大切な家族だからこそ、英二は嘘を吐きたくなかった。もう仮面の自分で接することは止めたい。
目の前の両親を、英二は見つめた。もう二度と会えないかもしれない。きちんと顔を記憶して、言った。
「ごめん、父さん、母さん」
二人とも黙っている。
寡黙なままの父の目と、泣き腫らした母の目。自分はこれから、この目と向き合っていく。
辛い、と思う。それでも、あの隣でみつけた想いを、裏切る事は出来ない自分を知っている。
もう選んでしまった。けれど両親に伝えたい事がある、英二は口を開いた。
「警察官の俺には、明日があるのか分らない。危険に身を晒していく仕事だから」
母の目が瞠かれて、漲り、涙があふれる。父の眉間が顰められ、真剣な視線が英二を見つめ返した。
ふたりだけの親の目を真直ぐ受け留めて、英二は言葉を続けた。
「明日があるか分らないなら、今この時を大切に重ねて、俺は生きたい。
いつかなんて約束は、俺には出来ない。
だから、大切な人に出会えたなら、俺は今、その人を見つめていたい」
リビングの窓から風が吹き込んだ。風は英二の髪を撫で、かすかに、穏やかで潔い香がこぼれた。
静かで穏やかな空気が、ふっと英二の隣に寄り添った。今きっと、湯原も母と向き合っている。
離れていても、同じ時を共有できる事が嬉しいと思った。
「警察官として、男として。生きる事に、誇りと意味を教えてくれた人だよ」
落ち着いた声が、ゆっくりと話す。
叩かれた頬のままで、英二は微笑んだ。
「無言でいても居心地の良い、そういう相手なんだ。
あいつの笑顔の為に何かしたい、生きていてよかったと思えた。
初めて、誰かの為に、何かしたいと、出来るかもしれないと、そう思えた」
静かな午後の太陽が、リビングを暖かく照らしだした。いつの間にか昼時も過ぎている。
黙ったままの両親へ、英二は微笑んだ。
「俺を生んでくれて、育ててくれて。ありがとう」
母は両手で顔を覆って、肩を震わせた。
その白い掌から、とめどなく涙が零れていく。
―やっぱり泣かせてしまった、
自分の為に母が泣いたのを見たのは、英二は初めてだった。
今までは母の機嫌を壊さないことが、母を大切にすることだと想っていた。
だから当然、母が英二の為に泣くことなどある訳が無い。
この涙の意味は多分、普通の母親の愛情ではないと知っている。
この母が自分をどう想って接してきたのか、自分が一番知っているから。
だから解かっている、もう母は英二を赦すことは無い。
この母は理想の息子という「美しい人形」を愛している。
だから今日も、受け容れては貰えないと最初から解っていた。
それでも本当は、すこしだけ期待していた。
それでもやっぱり与えられたのは「拒絶」だけだった。
最後に母を抱きしめたい。けれど今はもう、触れる事も許してくれないだろう。
きっと母は、息子を赦さない。
もうこれで、この家には帰れない。ここは自分の帰るべき場所では無くなった。
この確信は苦い、孤独の寂寥感が痛い。
それでも嘘を吐いて、都合よく騙し続けるよりもずっと良い。
本当の自分を少しでも両親に示せた、その正直な喜びと伝えられた勇気が温かい。
大切な存在だからこそ、偽りのまま終わりたくないから。
(to be continued)



