daybreak 黎明の光

第78話 灯僥act.1-another,side story「陽はまた昇る」
なんて君はずるいんだろう、こんなに傷だらけなんて?
肩あわい擦過傷はザイル痕、警察学校の山岳訓練で滑落した自分を背負ったザイルが食いこんだ。
濡れた髪かきあげた額の生え際は小さな刺し傷、巡回していた鋸尾根の雪崩まきこまれ転落したときヘルメット割れた痕。
左腕の皮膚かすかな引き攣れは火傷、訓練の奥多摩山中に落雷した樹の発火元に濡れたウィンドブレーカーごと腕突っこんだ。
そして上気した時だけ現れる頬の傷、積雪期富士の救助中に雪崩から飛んだ氷塊が切りつけた。
『最高峰の竜の爪痕だな、俺の御守だよ?』
そう君は笑ってくれた、そんな全ては自分の為でもある。
だって君が山岳救助隊になったのは肩のザイル痕、自分を救けてくれたことだ。
『山の警察官っているのかな?』
そう訊いてくれた君に答えてしまったのは自分だ、そして君は山を選んだ。
この選択は山への憧憬だろう、けれど山に山岳救助隊に努力する根っこは自分が植えたのだと本当は自負している。
だから本当はずっと知っていた、君が誇りごと命も山に駈けるのは自分を救いたい願いがある、だから今も君を止めたいのに?
―だって英二、山は僕の為を超えて好きになったでしょう?だから山に生きて、
山に生きる君の笑顔が好きだ、そうテレビに見つめてしまった。
画面のなか雪深い山に救助活動する姿は眩しかった、だから今日、君の秘密を止めたかった。
雪けぶる青い登山ウェアの笑顔はどこまでも明るく綺麗だった、その変わらない笑顔に宝物だと思い知らされた。
だからこそ穢れてほしくない、そのために自分は孤独で構わない、だって唯ひとつの想いを自分こそ綺麗なまま抱いていたい。
だからどうか全てを話して?
そんな願いに見つめるソファ狭くて、傷痕まばゆい白皙の肌が近い。
まだ濡れた髪はランプに雫きらめかす、林檎ひとつと向き合う上半身裸の肌から石鹸が香る。
ビジネスホテル小さな一室に向きあった相手は自分の唯ひとり、この変わらない想いに周太は微笑んだ。
「英二、なぜ金曜日は本庁でボルダリングしてたの?」

今日、君に逢える?
そんな期待に目覚めた天井すこし明るみだす。
もう夜は明けてゆく、いま12月の遅い夜明でも太陽ゆっくり昇るだろう。
そうして迎えた今日はずっと待っていた、その刻限に覚悟そっと呼吸して周太は起きあがった。
「ん…発作だいじょうぶだね、」
ゆっくり呼吸して、けれど喉の噎せ返りは無い。
これなら今日一日も大丈夫だろう、その願いごとベッド降りてカーテン開いた。
「ん、きれい…」
微笑んだ窓は鉄格子に遮られて、けれど街の暁は輝きだす。
摩天楼はざま陽は昇る、まだ残る4日前の雪は街路樹の根元から朱色まばゆい。
光ゆるやかな薄紅から雲の薄墨は金色を輝かす、そうして今日になる空に不安の織られた吐息こぼれた。
「…ほんとのこと話してくれるかな、英二…」
なぜ金曜日、警視庁の外壁にスーツ姿はいたのだろう?
あれは自分の幻かもしれない、けれど現実の姿だとしたら一人だけいる。
それは誰より信じたい相手でいちばんの嘘吐き、それでも、嘘の真中が真実だとしたら?
『俺が帰りたいのは周太の隣だよ?周太、俺を信じて待っいて、』
帰りたい、その変わらない言葉が嬉しかった。
信じて待っていてと言われて泣きたかった、それでも「どうして?」は廻ってしまう。
どうして父の日記を隠すの、どうして父の友人に父の貌を見せたの?どうして自分と出逢ったの、なぜ自分に告白してくれたの、あなたは何が欲しい?
こんな問いかけたち廻って止まないまま。
あの秋が愛しくて信じたくて還れるのだと信じていたくて、信じたいほど唯ひとり逢いたい。
だからこそ14年追いかけてきた父の真実に解らなくなる、なぜ先回りして日記すら隠されるのか解らない。
解らなくて、それでも告げてくれた「帰りたい」の電話の声に4日前この大雪の夜、自分から今日を約束した。
『じゃあ水曜日にあのベンチで、』
あのベンチ、記憶が多すぎる。
あのベンチから全ては始まった、そんな記憶の夏から今は遠い。
けれど本当は近づいているのかもしれない?そう信じたい願いと窓離れてリモコンのスイッチ押した。
ぴっ、
微かな電子音にテレビ点いてニュース流れだす。
映されるのは今現在の風景、そこに見おぼえた町並も映される。
「奥多摩からの中継です、まだ残雪が多く道路状況も…晴れときどき曇りの予報、」
天気予報の町並は懐かしい、そして雪化粧に視線が止められる。
起きぬけのパジャマにカーディガン羽織りながら見つめて、その一瞬に止まった。
「先週末の大雪では警視庁と消防による除雪活動も行われ…遭難事故の救助活動も、」
今、映ったのは誰?
「…えいじ?」
青い登山ウェアにヘルメットたち吹雪を佇む、その背中ひとつ惹きつける。
あの長身あの肩、そしてヘルメットのぞく白皙の横顔は遠目も雪煙も間違えない。
だけど今この部屋の窓は雪止んでいる、それなのに吹雪くテレビに瞳ひとつ瞬き微笑んだ。
「ん…VTRだね、そうだよね…」
独りごと一人で納得しながら自分で可笑しい。
こんなふう結局はいつも追いかけてしまう、そんな本音に薬携え洗面所に行った。
『シムビコートタービュヘイラー』
そうラベル記されたプラスチック容器の蓋を外す。
底のダイヤル回転してセットすると息吐いて吸入口くわえこみ、思い切り吸い込んだ。
「っ、」
かすかな粉気に息ゆっくり吐きコップに水汲んで口濯ぐ。
うがいもして顔も洗うと薬の吸入口も軽く拭き、部屋に戻ると着替えた。
「…昨夜のごはんでお味噌汁と玉子焼き、かな?」
ひとりごとに献立を決めながらカットソーにカーディガン羽織りエプロン掛ける。
この朝食を済ませたら家すぐ出るつもり、今日せっかくの代休だから待ち合せ前まで時間きちんと使いたい。
「ん…大学で書籍部よって、図書館も出来れば少し…11時半だから10時半に出て、」
今日の予定を声にしながら鼓動そっと聞えだす。
いま6時半、あと5時間すれば再会してしまう、そのとき自分はどんな貌するのだろう?
「泣くとかだめ、だよ僕、」
声にして頬ひとつ軽く敲いてみる。
ぱちん、ちいさな音に微笑んで手を動かし玉子焼きしあげてゆく。
味噌汁も火を止め盛りつけながら今日この先に考えもう一度まとめる。
―まず警視庁の外壁のこと訊かないと、あんな危ないことしたなら止めなくちゃ、
金曜日、業務中なにげなく見た窓の外のスーツ姿をまず解きたい。
あんなふうに庁舎の外壁を登るなんて普通は考えないだろう、けれど英二なら可能性ゼロとも言えない。
それでも「庁舎の外壁をスーツ姿で登るないし降りる」理由は何だろう?これが解らないと質問すら危ぶまれる。
―普通に訊いたって答えないよね、核心から質問しないと…英二が外壁から移動する動機、
庁舎の外壁をスーツ姿で登るないし降りる、
その目的は「移動」それは移動した事実を隠す目的だろう。
それなら「移動したことを隠したい」その出発点と到達点には何がある?
あの場所で英二が行く必要ある場所はなんだろう、そんな思案ずっと廻らせた答え呟いた。
「…蒔田地域部長、の執務室だよね、」
たとえば、あの外壁移動は往路か復路だけの片道かもしれない?
それを復路だと仮定するなら出発点は「英二が出入りする可能性の部屋」そう考えると限定しやすい。
英二の所属は第七機動隊山岳レンジャー第2小隊、その前は青梅警察署山岳救助隊で御岳駐在所勤務、この経歴に答えすぐ解かる。
―警視庁山岳会での関係だもの、だったら蒔田さんだけど、
地域部長の蒔田徹警視長、もし彼の執務室が出発点だとしたら?
外壁を使い隠したかった「移動」ならばなぜ移動を「隠したい」のか。
それは出発点である場所への「目的」に理由がある、なにをするため蒔田の部屋に行ったのだろう?
だから蒔田の執務室で行う「目的」そこに「移動」を隠したい理由がある。
「…だけど何したのかなんて解らない、ね、」
ため息こぼれてしまう、それでも盆に食膳を整えテーブルに運ぶ。
根菜の味噌汁、雑穀入りご飯、漬物、納豆、玉子焼きは黄色あざやかに香も甘い。
どこにでもある朝食の膳、けれど自分には大切な記憶と俤たちに周太は微笑んだ。
「お父さんお母さん、いただきます…食べさせてあげたいね、英二、」
(to be continued)
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第78話 灯僥act.1-another,side story「陽はまた昇る」
なんて君はずるいんだろう、こんなに傷だらけなんて?
肩あわい擦過傷はザイル痕、警察学校の山岳訓練で滑落した自分を背負ったザイルが食いこんだ。
濡れた髪かきあげた額の生え際は小さな刺し傷、巡回していた鋸尾根の雪崩まきこまれ転落したときヘルメット割れた痕。
左腕の皮膚かすかな引き攣れは火傷、訓練の奥多摩山中に落雷した樹の発火元に濡れたウィンドブレーカーごと腕突っこんだ。
そして上気した時だけ現れる頬の傷、積雪期富士の救助中に雪崩から飛んだ氷塊が切りつけた。
『最高峰の竜の爪痕だな、俺の御守だよ?』
そう君は笑ってくれた、そんな全ては自分の為でもある。
だって君が山岳救助隊になったのは肩のザイル痕、自分を救けてくれたことだ。
『山の警察官っているのかな?』
そう訊いてくれた君に答えてしまったのは自分だ、そして君は山を選んだ。
この選択は山への憧憬だろう、けれど山に山岳救助隊に努力する根っこは自分が植えたのだと本当は自負している。
だから本当はずっと知っていた、君が誇りごと命も山に駈けるのは自分を救いたい願いがある、だから今も君を止めたいのに?
―だって英二、山は僕の為を超えて好きになったでしょう?だから山に生きて、
山に生きる君の笑顔が好きだ、そうテレビに見つめてしまった。
画面のなか雪深い山に救助活動する姿は眩しかった、だから今日、君の秘密を止めたかった。
雪けぶる青い登山ウェアの笑顔はどこまでも明るく綺麗だった、その変わらない笑顔に宝物だと思い知らされた。
だからこそ穢れてほしくない、そのために自分は孤独で構わない、だって唯ひとつの想いを自分こそ綺麗なまま抱いていたい。
だからどうか全てを話して?
そんな願いに見つめるソファ狭くて、傷痕まばゆい白皙の肌が近い。
まだ濡れた髪はランプに雫きらめかす、林檎ひとつと向き合う上半身裸の肌から石鹸が香る。
ビジネスホテル小さな一室に向きあった相手は自分の唯ひとり、この変わらない想いに周太は微笑んだ。
「英二、なぜ金曜日は本庁でボルダリングしてたの?」

今日、君に逢える?
そんな期待に目覚めた天井すこし明るみだす。
もう夜は明けてゆく、いま12月の遅い夜明でも太陽ゆっくり昇るだろう。
そうして迎えた今日はずっと待っていた、その刻限に覚悟そっと呼吸して周太は起きあがった。
「ん…発作だいじょうぶだね、」
ゆっくり呼吸して、けれど喉の噎せ返りは無い。
これなら今日一日も大丈夫だろう、その願いごとベッド降りてカーテン開いた。
「ん、きれい…」
微笑んだ窓は鉄格子に遮られて、けれど街の暁は輝きだす。
摩天楼はざま陽は昇る、まだ残る4日前の雪は街路樹の根元から朱色まばゆい。
光ゆるやかな薄紅から雲の薄墨は金色を輝かす、そうして今日になる空に不安の織られた吐息こぼれた。
「…ほんとのこと話してくれるかな、英二…」
なぜ金曜日、警視庁の外壁にスーツ姿はいたのだろう?
あれは自分の幻かもしれない、けれど現実の姿だとしたら一人だけいる。
それは誰より信じたい相手でいちばんの嘘吐き、それでも、嘘の真中が真実だとしたら?
『俺が帰りたいのは周太の隣だよ?周太、俺を信じて待っいて、』
帰りたい、その変わらない言葉が嬉しかった。
信じて待っていてと言われて泣きたかった、それでも「どうして?」は廻ってしまう。
どうして父の日記を隠すの、どうして父の友人に父の貌を見せたの?どうして自分と出逢ったの、なぜ自分に告白してくれたの、あなたは何が欲しい?
こんな問いかけたち廻って止まないまま。
あの秋が愛しくて信じたくて還れるのだと信じていたくて、信じたいほど唯ひとり逢いたい。
だからこそ14年追いかけてきた父の真実に解らなくなる、なぜ先回りして日記すら隠されるのか解らない。
解らなくて、それでも告げてくれた「帰りたい」の電話の声に4日前この大雪の夜、自分から今日を約束した。
『じゃあ水曜日にあのベンチで、』
あのベンチ、記憶が多すぎる。
あのベンチから全ては始まった、そんな記憶の夏から今は遠い。
けれど本当は近づいているのかもしれない?そう信じたい願いと窓離れてリモコンのスイッチ押した。
ぴっ、
微かな電子音にテレビ点いてニュース流れだす。
映されるのは今現在の風景、そこに見おぼえた町並も映される。
「奥多摩からの中継です、まだ残雪が多く道路状況も…晴れときどき曇りの予報、」
天気予報の町並は懐かしい、そして雪化粧に視線が止められる。
起きぬけのパジャマにカーディガン羽織りながら見つめて、その一瞬に止まった。
「先週末の大雪では警視庁と消防による除雪活動も行われ…遭難事故の救助活動も、」
今、映ったのは誰?
「…えいじ?」
青い登山ウェアにヘルメットたち吹雪を佇む、その背中ひとつ惹きつける。
あの長身あの肩、そしてヘルメットのぞく白皙の横顔は遠目も雪煙も間違えない。
だけど今この部屋の窓は雪止んでいる、それなのに吹雪くテレビに瞳ひとつ瞬き微笑んだ。
「ん…VTRだね、そうだよね…」
独りごと一人で納得しながら自分で可笑しい。
こんなふう結局はいつも追いかけてしまう、そんな本音に薬携え洗面所に行った。
『シムビコートタービュヘイラー』
そうラベル記されたプラスチック容器の蓋を外す。
底のダイヤル回転してセットすると息吐いて吸入口くわえこみ、思い切り吸い込んだ。
「っ、」
かすかな粉気に息ゆっくり吐きコップに水汲んで口濯ぐ。
うがいもして顔も洗うと薬の吸入口も軽く拭き、部屋に戻ると着替えた。
「…昨夜のごはんでお味噌汁と玉子焼き、かな?」
ひとりごとに献立を決めながらカットソーにカーディガン羽織りエプロン掛ける。
この朝食を済ませたら家すぐ出るつもり、今日せっかくの代休だから待ち合せ前まで時間きちんと使いたい。
「ん…大学で書籍部よって、図書館も出来れば少し…11時半だから10時半に出て、」
今日の予定を声にしながら鼓動そっと聞えだす。
いま6時半、あと5時間すれば再会してしまう、そのとき自分はどんな貌するのだろう?
「泣くとかだめ、だよ僕、」
声にして頬ひとつ軽く敲いてみる。
ぱちん、ちいさな音に微笑んで手を動かし玉子焼きしあげてゆく。
味噌汁も火を止め盛りつけながら今日この先に考えもう一度まとめる。
―まず警視庁の外壁のこと訊かないと、あんな危ないことしたなら止めなくちゃ、
金曜日、業務中なにげなく見た窓の外のスーツ姿をまず解きたい。
あんなふうに庁舎の外壁を登るなんて普通は考えないだろう、けれど英二なら可能性ゼロとも言えない。
それでも「庁舎の外壁をスーツ姿で登るないし降りる」理由は何だろう?これが解らないと質問すら危ぶまれる。
―普通に訊いたって答えないよね、核心から質問しないと…英二が外壁から移動する動機、
庁舎の外壁をスーツ姿で登るないし降りる、
その目的は「移動」それは移動した事実を隠す目的だろう。
それなら「移動したことを隠したい」その出発点と到達点には何がある?
あの場所で英二が行く必要ある場所はなんだろう、そんな思案ずっと廻らせた答え呟いた。
「…蒔田地域部長、の執務室だよね、」
たとえば、あの外壁移動は往路か復路だけの片道かもしれない?
それを復路だと仮定するなら出発点は「英二が出入りする可能性の部屋」そう考えると限定しやすい。
英二の所属は第七機動隊山岳レンジャー第2小隊、その前は青梅警察署山岳救助隊で御岳駐在所勤務、この経歴に答えすぐ解かる。
―警視庁山岳会での関係だもの、だったら蒔田さんだけど、
地域部長の蒔田徹警視長、もし彼の執務室が出発点だとしたら?
外壁を使い隠したかった「移動」ならばなぜ移動を「隠したい」のか。
それは出発点である場所への「目的」に理由がある、なにをするため蒔田の部屋に行ったのだろう?
だから蒔田の執務室で行う「目的」そこに「移動」を隠したい理由がある。
「…だけど何したのかなんて解らない、ね、」
ため息こぼれてしまう、それでも盆に食膳を整えテーブルに運ぶ。
根菜の味噌汁、雑穀入りご飯、漬物、納豆、玉子焼きは黄色あざやかに香も甘い。
どこにでもある朝食の膳、けれど自分には大切な記憶と俤たちに周太は微笑んだ。
「お父さんお母さん、いただきます…食べさせてあげたいね、英二、」
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