cicatrix 傷と誇り

第78話 灯僥act.4-another,side story「陽はまた昇る」
頬が冷たい、風また冷えてきた。
吹きさらす屋上のコンクリートは伏せる体を凍えさす。
潜っている灰色のシェラフの下はビニールシートに毛布重ねて敷いて、それでも冷える。
午後の陽も凍てつき砂袋に支える銃身も冷たい、そのトリガーから掛ける指の素肌が凍る。
冷えたマスクから見るスコープ150m先は窓、そこに人影ときおり映っては消えて定まらない。
「1名確認、一瞬です、」
低い声すぐ隣で報告する、その声が無線から流れこむ。
共に伏せながら観測手を務める横顔は双眼鏡を構え、革グローブの手すこし動く。
そんな気配が微かな体温の揺れに伝わらす、それほど凍てついた空気に沈毅な声が訊いた。
「大丈夫か?」
何が大丈夫なのか、たぶん今ふたつある。
緊張と体調、どちらも気遣う問いかけに周太はすこし微笑んだ。
「はい、」
「来たら替われ、」
言ってくれる言葉また気遣いが見える。
何が「来たら」なのか、それが解かるから答えた。
「今日は落着いています、」
口動かして頬の強張り気づかされる。
この場所での待機まだ1時間、それでも凍え始めた頬に口許に体感温度は低い。
いま午後の陽まだ高くて、けれど下がり始める気温は冬が深まってゆく。
―2月はもっと寒いけど発作は大丈夫かな、
12月の屋上でも凍える、これが冬の底になればどうなるだろう?
この相談にまた奥多摩へ行った方が良い、きっと主治医も待っているだろう。
だって先月の診察で悪化を言われたばかりだ、その不安にもクリアな意識へ伊達が微笑んだ。
「耐寒訓練の時はカイロもっと貼れよ、」
ほら、気遣いまた優しい。
こんな現場でも伊達は変わらない、この勁い優しさに緊張すこし救われる。
こういう人なら信じても良い?そんな自問とスコープ見つめながら小さく頷いた。
「はい、」
頷きながら三十数年前を見つめてしまう、こんな人が父の隣にも居たろうか?
―僕よりお父さんの方が不安だったかもしれない、警察官になった自体が急で、
自分は父が亡くなって以来ずっと覚悟してきた、けれど父は違う。
祖父の死から急に進路変更して2年も経たず現場にいた、そんな父と自分の14年は違い過ぎる。
そこで父は何を見つめ何を想ったろう?その過去たどらす屋上の狙撃ポイント無線を聴きながら沈毅な声が告げた。
「封鎖が完了したな、交渉が動くぞ、」
立籠り事件での配備は完全封鎖から動く。
それは犯人に特殊警察との接点が無ければ現状改善は不可能だと犯人に認識させ、交渉に持ちこむ為の心理戦の基本となる。
そのため犯人・現場を完全に孤立させる目的で現場の建物に通ずる道路から情報すべて封鎖し、同時に各チームが配備される。
現場を統括する指揮班、犯人と交渉する人質交渉チーム、言動から心理状態を把握し危険度と今後を予測する心理分析チーム。
情報から犯人を隔離するため報道管制を行う広報チーム、現場へ侵入し制圧する制圧班、偵察用機材の設置・突入支援を行う技術支援班。
狙撃班は現場四方から監視し、二人一組で交互に狙撃手と無線担当の観測手を行い偵察状況を随時報告していく。
そして緊急事態発生時にはマニュアルに従い犯人へ狙撃、その判断は狙撃チーム各二人に任せられる。
こうした緊急度は人質の有無により作戦も違う。
そして今は人質がいる、だから積極的に交渉は進められ最終手段には突入するだろう。
この突入スタートさせる起爆は「援護射撃」犯人射殺命令が狙撃手に下される場合もある、それは今回も同じだ。
―怖い、今ほんとうは僕は、
生殺与奪が自分の指ひとつに託されてしまう、それが怖い。
いまトリガー掛けた人差し指、あと1cmも動かせば150m向こうの命ひとつ消えてしまう。
それが如何なる立場に行使するのか解っている、それでも凍えていく指に低く響く声そっと告げた。
「湯原…俺たちは兵隊じゃない、捜査官だ、いいな?」
捜査官と兵隊、この単語ふたつ意味は大きく違う。
司法の執行者である捜査官、その資質と意識が警視庁特殊急襲部隊SATの隊員に求められる。
法執行のプロフェッショナルとしてトリガー引き、犯人の頭部に銃弾を撃ちこむ信念は揺らいではいけない。
その結末にあるのは「死」そして連鎖反応してゆく憎悪も悲嘆も後悔も全てに責任を負う覚悟と精神力が求められる。
けれど自分は違う、この約束に周太は微笑んだ。
「伊達さん、僕は捜査官です…でも、」
でも、
その続きに笑顔ひとつ意識から映りこむ。
あの笑顔に今も自分は自分でいられる、あのひとが待っているから自分を棄てない。
こんなこと厳罰対象になると解っている、それでも願い続ける約束は祈りのよう静かで温かい。
―英二、僕は英二を絶対に裏切らないから、だから信じて…このまま逢えなくても信じていて、
スコープ見つめる意識の片隅ずっと祈っている。
どうか唯ひとりは信じてほしい、自分が兵隊じゃないのだと解って信じてほしい。
そして殺人者じゃない自分だと信じ続けてほしい、今ここに自分がいる意味どうか君だけは見つけて?
「動くぞ、」
低い声が隣から告げる、その声に無線の声が響く。
かすかなノイズ、そして告げられる。
「Y、射撃準備、」
声に視点と指先が反応する、その隣で低い沈毅な声が告げた。
「射撃準備完了、」
ほら、瞬間が来る。
もう自分は引金を弾くだろう、けれど狙撃の選択権は自分の人差し指にある。
だって自分は捜査官だ、そしてもう一つの自分のために照準ひとつ選んだ瞬間、無線は命令した。
「援護射撃開始!」
英二、どうか君だけは僕を信じて

頬から熱が蝕んでいく、こんな痛みは初めてだ。
「湯原、なぜ射殺しなかった!」
上官の怒声にひっぱたかれて叩かれた痕また傷む。
今日まで手を上げられたことは一度もなかった、警察学校でも殴られることは無かった。
それくらい「優等生」だった自分がいる、だけど上官に呼びだされ殴られた今からは優等生ですら無い。
「狙撃手なら援護射撃の意味は解っているはずだ、人質の危険があったんだぞ?こんな命令違反どういうつもりだ湯原、答えろ、」
淡々と怒鳴られながら金属の香ほろ苦く塩辛い。
きっと口のなか切れてしまった、この痛覚の味に周太は静かに口開いた。
「犯人の動きを封じることが援護射撃です、だから利き手と足首を狙撃して行動の自由を奪いました、」
自分の声いつものよう響く、そんな室内は上官と自分とパートナーの伊達だけがいる。
自分が狙撃した事実知る3人だけの空間、呼吸ひとつ周太は続けた。
「任務の目的は人質に危害が及ばないこと、犯人が自殺しないことです。だから銃を弾き飛ばしてから脚の自由を奪うことで逃走と抵抗を防ぎました、
また犯人を死なせないことで事情聴取が出来ます、それは次の事件を未然に防ぐ材料です。治安を護る司法の捜査官として僕は命令に背いていません、」
自分は規律を乱してなどいない、そして任務ふたつ遂げたはず。
そんな事実と信念に上官は問いかけた。
「それも正論だろう、だが勝手に持ち場を離れたのは完全な命令違反だ、犯人の応急処置に駈けつけるなど有得ない、なぜ動くなと命令するか解かるか?」
問われる言葉に厳罰もう予想される。
その理由にあるリスク管理を上官は言葉にした。
「犯人との接触は報復の可能性を作ることだ、応急処置などすれば声を憶えられる、おまえは犯人に報復されるかもしれんのだぞ?」
報復、そんな可能性を考えていない訳じゃない。
それでも自分は救たい約束がある、その俤ふたつ見つめ応えた。
「報復はただの可能性です、でも命はあの瞬間しか救えません、」
また言い返して上官の眼差し突き刺さる。
きっと何かしら処分下される、そう解っていても真直ぐ見つめて続けた。
「警察官は人命救助が任務の第一です、そして犯人も命の重さは違いません、死なせたら償いも刑罰の執行もできません、だから応急処置もしました、」
死んだら、何も出来ない。
だからこそ犯人は殺されてはいけない、それを自分は知っている。
だってラーメン屋の主は殺されなかったから罪を知り自責に泣いた、それを見たから救いたい。
だって人は必ず可能性がある、たとえ殺人犯でも希望がある、そう信じている約束へ厳格な声は静かに告げた。
「だが湯原、SAT隊員が捜査官として司法の執行者であることは死刑執行人でもあるということだ、特に狙撃手なら、」
ほら、告げられた現実に父の貌が見えてくる。
なぜ「司法の執行者」であると言われるのか、その現実が言葉として告げられる。
こんなふうに父も言われたのだろうか?そのとき父は何を想ったのだろう、そんなトレースに静かな声は続けた。
「湯原、おまえは狙撃手の任務を何だと思っている?」
咎めながら宥める口調、その眼差しは冷徹でも敏く問いかける。
本音から聴かせてみろ?そんなトーンに周太は14年の答えを告げた。
「生きて罪に服させることが司法の執行者として捜査官の任務だと思います、僕たちが狙撃する任務は死刑の断罪ではありません、現場の救命と逮捕です、」
こんな答弁は反抗的だと言われて仕方ない、たとえ真実でも否定されるだろう。
それくらい解かっている、このまま自分は懲罰を与えられ除隊となるかもしれない。
そう解っていても曲げることは絶対に嫌だ、だって父が本当に願ったのはきっと償いの希望だ。
『犯人を救けてほしい、生きて償う機会を与えてほしい、彼に温かな心を教えてほしい、』
それが父から安本への最後の願いだった、そして最期に息子の自分を呼んで絶命した。
そんな父の聲を聴きたくて今ここにいる、だから頬を叩かれても退かない、処罰にも俯かない。
そして絶対に間違いだとは嘘でも認めない、そう信じると決めた14年の約束に沈毅な声が響いた。
「班長、責任は湯原の指導係でパートナーである私にあります。同じ処分を私に下さい、」
声につい振り向いた先、落着いた横顔は姿勢そのまま揺るがない。
アサルトスーツ端正な立ち姿はいつものまま佇む、そんな先輩に上官は告げた。
「伊達巡査部長と湯原巡査に謹慎を命じる、明後日の正午ここに出頭しろ、」
巻きこんでしまった?
そう気づかされて愕然とする、この先輩は何も悪くないのに?
それでも宣告された上官の言葉に伊達は微笑んで頭下げてくれる。
「はい、」
ただ一言に了解を示す、その声も礼する姿勢も端正に揺るがない。
いつもと変わらず生真面目な沈毅は命令に応える、その姿に現実また響く。
―ここは連帯責任なんだ、パートナーだから処分まで一緒に、
この男が自分のパートナー、だから処分も運命も死線すら共有する。
その現実に立ち尽くす真中で黒い短髪が頭を上げ、そして精悍な眼差し微笑んだ。
「では失礼します、行くぞ湯原、」
呼んで背中そっと押し出してくれる、その横顔は沈毅だけれど温かい。
アサルトスーツ透かす掌も大らかに温かで、だから信じられるとまた想ってしまう。
だって今このひとは自分に頭下げさせないでくれた、自分の誇りを庇い支えてくれた、この篤実にこそ自分は頭下げたい。
(to be continued)
【資料出典:毛利元貞『図解特殊警察』/伊藤鋼一『警視庁・特殊部隊の真実』】
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第78話 灯僥act.4-another,side story「陽はまた昇る」
頬が冷たい、風また冷えてきた。
吹きさらす屋上のコンクリートは伏せる体を凍えさす。
潜っている灰色のシェラフの下はビニールシートに毛布重ねて敷いて、それでも冷える。
午後の陽も凍てつき砂袋に支える銃身も冷たい、そのトリガーから掛ける指の素肌が凍る。
冷えたマスクから見るスコープ150m先は窓、そこに人影ときおり映っては消えて定まらない。
「1名確認、一瞬です、」
低い声すぐ隣で報告する、その声が無線から流れこむ。
共に伏せながら観測手を務める横顔は双眼鏡を構え、革グローブの手すこし動く。
そんな気配が微かな体温の揺れに伝わらす、それほど凍てついた空気に沈毅な声が訊いた。
「大丈夫か?」
何が大丈夫なのか、たぶん今ふたつある。
緊張と体調、どちらも気遣う問いかけに周太はすこし微笑んだ。
「はい、」
「来たら替われ、」
言ってくれる言葉また気遣いが見える。
何が「来たら」なのか、それが解かるから答えた。
「今日は落着いています、」
口動かして頬の強張り気づかされる。
この場所での待機まだ1時間、それでも凍え始めた頬に口許に体感温度は低い。
いま午後の陽まだ高くて、けれど下がり始める気温は冬が深まってゆく。
―2月はもっと寒いけど発作は大丈夫かな、
12月の屋上でも凍える、これが冬の底になればどうなるだろう?
この相談にまた奥多摩へ行った方が良い、きっと主治医も待っているだろう。
だって先月の診察で悪化を言われたばかりだ、その不安にもクリアな意識へ伊達が微笑んだ。
「耐寒訓練の時はカイロもっと貼れよ、」
ほら、気遣いまた優しい。
こんな現場でも伊達は変わらない、この勁い優しさに緊張すこし救われる。
こういう人なら信じても良い?そんな自問とスコープ見つめながら小さく頷いた。
「はい、」
頷きながら三十数年前を見つめてしまう、こんな人が父の隣にも居たろうか?
―僕よりお父さんの方が不安だったかもしれない、警察官になった自体が急で、
自分は父が亡くなって以来ずっと覚悟してきた、けれど父は違う。
祖父の死から急に進路変更して2年も経たず現場にいた、そんな父と自分の14年は違い過ぎる。
そこで父は何を見つめ何を想ったろう?その過去たどらす屋上の狙撃ポイント無線を聴きながら沈毅な声が告げた。
「封鎖が完了したな、交渉が動くぞ、」
立籠り事件での配備は完全封鎖から動く。
それは犯人に特殊警察との接点が無ければ現状改善は不可能だと犯人に認識させ、交渉に持ちこむ為の心理戦の基本となる。
そのため犯人・現場を完全に孤立させる目的で現場の建物に通ずる道路から情報すべて封鎖し、同時に各チームが配備される。
現場を統括する指揮班、犯人と交渉する人質交渉チーム、言動から心理状態を把握し危険度と今後を予測する心理分析チーム。
情報から犯人を隔離するため報道管制を行う広報チーム、現場へ侵入し制圧する制圧班、偵察用機材の設置・突入支援を行う技術支援班。
狙撃班は現場四方から監視し、二人一組で交互に狙撃手と無線担当の観測手を行い偵察状況を随時報告していく。
そして緊急事態発生時にはマニュアルに従い犯人へ狙撃、その判断は狙撃チーム各二人に任せられる。
こうした緊急度は人質の有無により作戦も違う。
そして今は人質がいる、だから積極的に交渉は進められ最終手段には突入するだろう。
この突入スタートさせる起爆は「援護射撃」犯人射殺命令が狙撃手に下される場合もある、それは今回も同じだ。
―怖い、今ほんとうは僕は、
生殺与奪が自分の指ひとつに託されてしまう、それが怖い。
いまトリガー掛けた人差し指、あと1cmも動かせば150m向こうの命ひとつ消えてしまう。
それが如何なる立場に行使するのか解っている、それでも凍えていく指に低く響く声そっと告げた。
「湯原…俺たちは兵隊じゃない、捜査官だ、いいな?」
捜査官と兵隊、この単語ふたつ意味は大きく違う。
司法の執行者である捜査官、その資質と意識が警視庁特殊急襲部隊SATの隊員に求められる。
法執行のプロフェッショナルとしてトリガー引き、犯人の頭部に銃弾を撃ちこむ信念は揺らいではいけない。
その結末にあるのは「死」そして連鎖反応してゆく憎悪も悲嘆も後悔も全てに責任を負う覚悟と精神力が求められる。
けれど自分は違う、この約束に周太は微笑んだ。
「伊達さん、僕は捜査官です…でも、」
でも、
その続きに笑顔ひとつ意識から映りこむ。
あの笑顔に今も自分は自分でいられる、あのひとが待っているから自分を棄てない。
こんなこと厳罰対象になると解っている、それでも願い続ける約束は祈りのよう静かで温かい。
―英二、僕は英二を絶対に裏切らないから、だから信じて…このまま逢えなくても信じていて、
スコープ見つめる意識の片隅ずっと祈っている。
どうか唯ひとりは信じてほしい、自分が兵隊じゃないのだと解って信じてほしい。
そして殺人者じゃない自分だと信じ続けてほしい、今ここに自分がいる意味どうか君だけは見つけて?
「動くぞ、」
低い声が隣から告げる、その声に無線の声が響く。
かすかなノイズ、そして告げられる。
「Y、射撃準備、」
声に視点と指先が反応する、その隣で低い沈毅な声が告げた。
「射撃準備完了、」
ほら、瞬間が来る。
もう自分は引金を弾くだろう、けれど狙撃の選択権は自分の人差し指にある。
だって自分は捜査官だ、そしてもう一つの自分のために照準ひとつ選んだ瞬間、無線は命令した。
「援護射撃開始!」
英二、どうか君だけは僕を信じて

頬から熱が蝕んでいく、こんな痛みは初めてだ。
「湯原、なぜ射殺しなかった!」
上官の怒声にひっぱたかれて叩かれた痕また傷む。
今日まで手を上げられたことは一度もなかった、警察学校でも殴られることは無かった。
それくらい「優等生」だった自分がいる、だけど上官に呼びだされ殴られた今からは優等生ですら無い。
「狙撃手なら援護射撃の意味は解っているはずだ、人質の危険があったんだぞ?こんな命令違反どういうつもりだ湯原、答えろ、」
淡々と怒鳴られながら金属の香ほろ苦く塩辛い。
きっと口のなか切れてしまった、この痛覚の味に周太は静かに口開いた。
「犯人の動きを封じることが援護射撃です、だから利き手と足首を狙撃して行動の自由を奪いました、」
自分の声いつものよう響く、そんな室内は上官と自分とパートナーの伊達だけがいる。
自分が狙撃した事実知る3人だけの空間、呼吸ひとつ周太は続けた。
「任務の目的は人質に危害が及ばないこと、犯人が自殺しないことです。だから銃を弾き飛ばしてから脚の自由を奪うことで逃走と抵抗を防ぎました、
また犯人を死なせないことで事情聴取が出来ます、それは次の事件を未然に防ぐ材料です。治安を護る司法の捜査官として僕は命令に背いていません、」
自分は規律を乱してなどいない、そして任務ふたつ遂げたはず。
そんな事実と信念に上官は問いかけた。
「それも正論だろう、だが勝手に持ち場を離れたのは完全な命令違反だ、犯人の応急処置に駈けつけるなど有得ない、なぜ動くなと命令するか解かるか?」
問われる言葉に厳罰もう予想される。
その理由にあるリスク管理を上官は言葉にした。
「犯人との接触は報復の可能性を作ることだ、応急処置などすれば声を憶えられる、おまえは犯人に報復されるかもしれんのだぞ?」
報復、そんな可能性を考えていない訳じゃない。
それでも自分は救たい約束がある、その俤ふたつ見つめ応えた。
「報復はただの可能性です、でも命はあの瞬間しか救えません、」
また言い返して上官の眼差し突き刺さる。
きっと何かしら処分下される、そう解っていても真直ぐ見つめて続けた。
「警察官は人命救助が任務の第一です、そして犯人も命の重さは違いません、死なせたら償いも刑罰の執行もできません、だから応急処置もしました、」
死んだら、何も出来ない。
だからこそ犯人は殺されてはいけない、それを自分は知っている。
だってラーメン屋の主は殺されなかったから罪を知り自責に泣いた、それを見たから救いたい。
だって人は必ず可能性がある、たとえ殺人犯でも希望がある、そう信じている約束へ厳格な声は静かに告げた。
「だが湯原、SAT隊員が捜査官として司法の執行者であることは死刑執行人でもあるということだ、特に狙撃手なら、」
ほら、告げられた現実に父の貌が見えてくる。
なぜ「司法の執行者」であると言われるのか、その現実が言葉として告げられる。
こんなふうに父も言われたのだろうか?そのとき父は何を想ったのだろう、そんなトレースに静かな声は続けた。
「湯原、おまえは狙撃手の任務を何だと思っている?」
咎めながら宥める口調、その眼差しは冷徹でも敏く問いかける。
本音から聴かせてみろ?そんなトーンに周太は14年の答えを告げた。
「生きて罪に服させることが司法の執行者として捜査官の任務だと思います、僕たちが狙撃する任務は死刑の断罪ではありません、現場の救命と逮捕です、」
こんな答弁は反抗的だと言われて仕方ない、たとえ真実でも否定されるだろう。
それくらい解かっている、このまま自分は懲罰を与えられ除隊となるかもしれない。
そう解っていても曲げることは絶対に嫌だ、だって父が本当に願ったのはきっと償いの希望だ。
『犯人を救けてほしい、生きて償う機会を与えてほしい、彼に温かな心を教えてほしい、』
それが父から安本への最後の願いだった、そして最期に息子の自分を呼んで絶命した。
そんな父の聲を聴きたくて今ここにいる、だから頬を叩かれても退かない、処罰にも俯かない。
そして絶対に間違いだとは嘘でも認めない、そう信じると決めた14年の約束に沈毅な声が響いた。
「班長、責任は湯原の指導係でパートナーである私にあります。同じ処分を私に下さい、」
声につい振り向いた先、落着いた横顔は姿勢そのまま揺るがない。
アサルトスーツ端正な立ち姿はいつものまま佇む、そんな先輩に上官は告げた。
「伊達巡査部長と湯原巡査に謹慎を命じる、明後日の正午ここに出頭しろ、」
巻きこんでしまった?
そう気づかされて愕然とする、この先輩は何も悪くないのに?
それでも宣告された上官の言葉に伊達は微笑んで頭下げてくれる。
「はい、」
ただ一言に了解を示す、その声も礼する姿勢も端正に揺るがない。
いつもと変わらず生真面目な沈毅は命令に応える、その姿に現実また響く。
―ここは連帯責任なんだ、パートナーだから処分まで一緒に、
この男が自分のパートナー、だから処分も運命も死線すら共有する。
その現実に立ち尽くす真中で黒い短髪が頭を上げ、そして精悍な眼差し微笑んだ。
「では失礼します、行くぞ湯原、」
呼んで背中そっと押し出してくれる、その横顔は沈毅だけれど温かい。
アサルトスーツ透かす掌も大らかに温かで、だから信じられるとまた想ってしまう。
だって今このひとは自分に頭下げさせないでくれた、自分の誇りを庇い支えてくれた、この篤実にこそ自分は頭下げたい。
(to be continued)
【資料出典:毛利元貞『図解特殊警察』/伊藤鋼一『警視庁・特殊部隊の真実』】


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