break in 裂目の向こう
第78話 灯僥act.5-another,side story「陽はまた昇る」
ごとり、
自販機からペットボトル取り出して渡してくれる。
ひやり、冷たく掌にスポーツドリンクのラベル触れて低い声は微笑んだ。
「湯原、これで頬冷やしながら帰れ、すこしは腫れが防げる、」
ほら、この人は変わらず温かい。
この先輩は信じてもいいのだろうか、そんな想い周太は頭下げた。
「すみません伊達さん…ありがとうございます、」
「行くぞ、」
声かけて背中そっと押してくれる掌がニット透かして温かい。
もうアサルトスーツ脱いだ私服姿は廊下を歩きだす、そのミリタリーコートの裾黒くかろやかに翻る。
いつも通りすこし速い機敏な落着いた歩調にならんで歩いて、そして駐車場へ出ると周太は頭下げた。
「すみません、僕の所為で伊達さんまで、本当に申し訳ありません、」
「謹慎といっても代休の代わりだ、気にするな、」
低い声また応えてくれながら車の扉開けてくれる。
速く乗れ、そんな促し素直に助手席へ座ると低い声が訊いた。
「湯原、なぜ班長が殴ったのか解るか?」
さっき自分は上官に殴られた。
その理由に考えだして頬の熱じわり疼く、口の中まだ鉄の香ほろ苦い。
それでも思ったより腫れない頬にペットボトルあてた隣、ばたん、運転席の扉が閉じてエンジン音に動きだす。
―どうして伊達さん、殴った理由なんて訊くんだろう?
解らなくて見つめたフロントガラス越し、街路樹の空は青色まぶしくなる。
けれど夕暮すぐ来るだろう、そんな冬の空に殴りつけられた言葉を映す。
『なぜ射殺しなかった!狙撃手なら援護射撃の意味は解っているはずだ、人質の危険があったんだぞ?こんな命令違反どういうつもりだ湯原、』
命令は援護射撃だった、それは犯人射殺を意味している。
それでも自分は殺すことはしない、手首と足首を狙撃して行動不能に陥らせた。
それで充分だ、そう判断した理由と決めている覚悟に自分は口答えして、そして上官は言った。
『SAT隊員が捜査官として司法の執行者であることは死刑執行人でもあるということだ、特に狙撃手なら、』
狙撃手は死刑執行人、そんな現実は解かっている。
それでもSATの任務目的は死刑じゃない「誰も死なせない」ために創設された部隊のはず。
そう信じたいのは自分の為だけじゃない、だから反抗してしまった口噤んだまま運転席の微笑が告げた。
「班長のパートナーは殉職されている、狙撃を一瞬怯んだ隙の出来事だったそうだ、」
まさか?
「…え、」
まさか、そうなのだろうか?
そんな気づきに年齢と階級に考え始める、あの男は該当者だろうか?
考え始めて現実もまた見えてくる、きっと全て隠されたままに事実なのだろう。
だって「一瞬怯んだ」としても狙撃手が撃たれることは不名誉と言われる、だから父も何も無かった。
―お父さんは殉職なのに特進は1階級だけだった、不名誉だからって…でも僕は不名誉だなんて思わない、絶対に、
殉職した警察官には特進「特別昇進」の制度がある。
これは殉職者を在職階級から二段階昇進させる制度で名誉・叙勲・その他の遺族に対する補償も特進した階級に基づく。
たとえば拳銃強奪事件で殉職した巡査長は当日付で警部補に二階級特進した、そして東京都知事から知事顕彰として顕彰状と見舞金100万円が贈られている。
けれど父には何も無かった、階級が1つ上げられた事も温情であるように言われた。
『射撃のオリンピック選手でもあるから余計に外聞が悪いんです、納得してください、』
検案室を出た後、そう母に告げていたのは父の上官なのだろう。
あの言葉を憶えていたから自分は尚更に悔しくて、だから同じ道を選んでしまった。
この選択はもしかしたら「あの男」観碕征治の思惑通りかもしれない、それでも父を知りたい想いは嘘じゃない自分の約束だ。
―どうして拳銃を盗られた人が二階級特進してお父さんは違うの?お父さんは犯人に撃たれたけど、でも犯罪を防いだのにどうして、
ほら、疑問また無言のまま廻りだす。
1992年2月、現在は交番になっている警視庁の派出所で巡査長が刺殺された。
その巡査長の拳銃は奪われていた、それはS&Wチーフススペシャルで実包いわゆる実弾が5発入っていた。
その後も奪われた拳銃は使われた形跡が無いまま犯人の遺留品も見つからず、2007年2月に公訴時効を迎えてしまった。
そして今はもう殺人事件としての捜査は行われていない、けれど奪われた拳銃の捜索が継続されているのは「拳銃による犯罪」の可能性からだ。
だから殉職した巡査長は犯罪の可能性を遺してしまった、それでも彼は二階級特進して顕彰もされて、けれど父は何も無い。
「…どうして、」
つぶやき零れて解らなくなる、なぜ「殉職」など存在するのだろう?
あのとき自分は十歳になる春で何も解らなかった、それでも父の上官らしき男の「外聞が悪い」は今も突き刺さる。
あの言葉に抵抗したくて違うと叫びたくて自分は警察官になった、その叫び声はSAT狙撃手になった今こそ慟哭となって大きい。
だから今日の瞬間ほんとうは待っていた、人に銃口を向けることは怖くて不安で、それでも父の被弾の名誉を叫びたいから狙撃で救いたかった。
『僕たちが狙撃する任務は死刑の断罪ではありません、現場の救命と逮捕です、』
そんなふう上官に告げた「僕たち」は全ての狙撃手と自分と、そして父だ。
きっと父は狙撃命令のまま射殺している、それでも本当の願いは自分が叫んだ言葉のままだ。
そうじゃなかったら父はあの春の夜に射殺されなどしない、自殺じみた殉職など選ばなかった、あの父の死は不名誉なんかじゃない。
「湯原、」
呼ばれて振り向いた頬、そっとハンカチが拭ってくれる。
赤信号に停まった車内で精悍な瞳まっすぐ微笑んで、そして言ってくれた。
「班長が湯原の父親を知っている可能性はある、訓練用ビデオを変えたのもあの人だから、」
ほら、鍵を見つけられたかもしれない?
その期待を確かめたくて唇が動いた。
「…父らしき人が模範射撃しているビデオのことですよね、」
「そうだ、新しいものを用意させたのは班長だ、湯原が入隊テスト受けると決った時にな、」
低い透る声が告げてくれる、その言葉に気づかされてしまう。
もしかしてそうなのだろうか?また新しい事実に問いかけた。
「あの訓練用ビデオ、伊達さんの模範射撃なんですね?」
きっとそうだ、だってあの箭野も伊達のことは褒めている。
たぶん現役のSAT狙撃手で最高はこの人だ、そんな確信に精悍な瞳は笑った。
「俺は湯原には全て話すと約束したろ?」
ぽん、膝の手にハンカチ置いてくれると笑顔また前を向く。
そしてハンドル捌きだす横顔は実直が温かい、その眼差しを信じて訊いた。
「伊達さん、伊達さんは班長が僕の父のパートナーだったと考えているんですか?」
「今も言った通りだ、面識があるだけかもしれん、」
運転席から低い声が透る、その眼差しフロントガラス越しこちら見る。
いつも沈毅で怜悧な眼差し、けれど動じない強靭の底深く繊細な温もりに周太は口開いた。
「でも伊達さん、父の葬儀の芳名帳には班長の名前があったんです、警備部岩田嘉章って書いてありました…面識だけとは思えません、」
名前の記憶は夏の終わり入隊直前、もう4ヶ月近く前だ。
それでも憶えているフルネームに沈毅な瞳は静かに告げた。
「だから殴ったのかもしれんな、」
なぜ班長が殴ったのか解るか?
そう問いかけた続きを告げてくれる、その答えに信号また赤になる。
『なぜ班長が殴ったのか解るか?班長のパートナーは殉職されている、狙撃を一瞬怯んだ隙の出来事だったそうだ、』
やはり班長は父を知っている?
この可能性に扉へ手を掛けるて、けれどダッフルコートの腕そっと掴まれた。
「今日は止めておけ、どうせ今行っても話さんだろ?」
告げてくれる言葉ごし、かちり、機械音が鳴る。
きっと扉ロックされてしまった、そんな仕打ちに振り向いた先で沈毅な瞳は微笑んだ。
「駐屯地の訓練の時にしろ、俺も立会ってやる、」
「…え、」
言われた言葉に首傾げさせられる。
どういう意味で言っているのだろう、その思案に鋭敏な眼差しは低い声で笑った。
「駐屯地なら上官とも呑めるチャンスがある、だから酒は鍛えておけ、解かるな?」
酔わせて喋らせろ、そう言ってくれている?
(to be continued)
にほんブログ村 にほんブログ村
blogramランキング参加中! FC2 Blog Ranking
第78話 灯僥act.5-another,side story「陽はまた昇る」
ごとり、
自販機からペットボトル取り出して渡してくれる。
ひやり、冷たく掌にスポーツドリンクのラベル触れて低い声は微笑んだ。
「湯原、これで頬冷やしながら帰れ、すこしは腫れが防げる、」
ほら、この人は変わらず温かい。
この先輩は信じてもいいのだろうか、そんな想い周太は頭下げた。
「すみません伊達さん…ありがとうございます、」
「行くぞ、」
声かけて背中そっと押してくれる掌がニット透かして温かい。
もうアサルトスーツ脱いだ私服姿は廊下を歩きだす、そのミリタリーコートの裾黒くかろやかに翻る。
いつも通りすこし速い機敏な落着いた歩調にならんで歩いて、そして駐車場へ出ると周太は頭下げた。
「すみません、僕の所為で伊達さんまで、本当に申し訳ありません、」
「謹慎といっても代休の代わりだ、気にするな、」
低い声また応えてくれながら車の扉開けてくれる。
速く乗れ、そんな促し素直に助手席へ座ると低い声が訊いた。
「湯原、なぜ班長が殴ったのか解るか?」
さっき自分は上官に殴られた。
その理由に考えだして頬の熱じわり疼く、口の中まだ鉄の香ほろ苦い。
それでも思ったより腫れない頬にペットボトルあてた隣、ばたん、運転席の扉が閉じてエンジン音に動きだす。
―どうして伊達さん、殴った理由なんて訊くんだろう?
解らなくて見つめたフロントガラス越し、街路樹の空は青色まぶしくなる。
けれど夕暮すぐ来るだろう、そんな冬の空に殴りつけられた言葉を映す。
『なぜ射殺しなかった!狙撃手なら援護射撃の意味は解っているはずだ、人質の危険があったんだぞ?こんな命令違反どういうつもりだ湯原、』
命令は援護射撃だった、それは犯人射殺を意味している。
それでも自分は殺すことはしない、手首と足首を狙撃して行動不能に陥らせた。
それで充分だ、そう判断した理由と決めている覚悟に自分は口答えして、そして上官は言った。
『SAT隊員が捜査官として司法の執行者であることは死刑執行人でもあるということだ、特に狙撃手なら、』
狙撃手は死刑執行人、そんな現実は解かっている。
それでもSATの任務目的は死刑じゃない「誰も死なせない」ために創設された部隊のはず。
そう信じたいのは自分の為だけじゃない、だから反抗してしまった口噤んだまま運転席の微笑が告げた。
「班長のパートナーは殉職されている、狙撃を一瞬怯んだ隙の出来事だったそうだ、」
まさか?
「…え、」
まさか、そうなのだろうか?
そんな気づきに年齢と階級に考え始める、あの男は該当者だろうか?
考え始めて現実もまた見えてくる、きっと全て隠されたままに事実なのだろう。
だって「一瞬怯んだ」としても狙撃手が撃たれることは不名誉と言われる、だから父も何も無かった。
―お父さんは殉職なのに特進は1階級だけだった、不名誉だからって…でも僕は不名誉だなんて思わない、絶対に、
殉職した警察官には特進「特別昇進」の制度がある。
これは殉職者を在職階級から二段階昇進させる制度で名誉・叙勲・その他の遺族に対する補償も特進した階級に基づく。
たとえば拳銃強奪事件で殉職した巡査長は当日付で警部補に二階級特進した、そして東京都知事から知事顕彰として顕彰状と見舞金100万円が贈られている。
けれど父には何も無かった、階級が1つ上げられた事も温情であるように言われた。
『射撃のオリンピック選手でもあるから余計に外聞が悪いんです、納得してください、』
検案室を出た後、そう母に告げていたのは父の上官なのだろう。
あの言葉を憶えていたから自分は尚更に悔しくて、だから同じ道を選んでしまった。
この選択はもしかしたら「あの男」観碕征治の思惑通りかもしれない、それでも父を知りたい想いは嘘じゃない自分の約束だ。
―どうして拳銃を盗られた人が二階級特進してお父さんは違うの?お父さんは犯人に撃たれたけど、でも犯罪を防いだのにどうして、
ほら、疑問また無言のまま廻りだす。
1992年2月、現在は交番になっている警視庁の派出所で巡査長が刺殺された。
その巡査長の拳銃は奪われていた、それはS&Wチーフススペシャルで実包いわゆる実弾が5発入っていた。
その後も奪われた拳銃は使われた形跡が無いまま犯人の遺留品も見つからず、2007年2月に公訴時効を迎えてしまった。
そして今はもう殺人事件としての捜査は行われていない、けれど奪われた拳銃の捜索が継続されているのは「拳銃による犯罪」の可能性からだ。
だから殉職した巡査長は犯罪の可能性を遺してしまった、それでも彼は二階級特進して顕彰もされて、けれど父は何も無い。
「…どうして、」
つぶやき零れて解らなくなる、なぜ「殉職」など存在するのだろう?
あのとき自分は十歳になる春で何も解らなかった、それでも父の上官らしき男の「外聞が悪い」は今も突き刺さる。
あの言葉に抵抗したくて違うと叫びたくて自分は警察官になった、その叫び声はSAT狙撃手になった今こそ慟哭となって大きい。
だから今日の瞬間ほんとうは待っていた、人に銃口を向けることは怖くて不安で、それでも父の被弾の名誉を叫びたいから狙撃で救いたかった。
『僕たちが狙撃する任務は死刑の断罪ではありません、現場の救命と逮捕です、』
そんなふう上官に告げた「僕たち」は全ての狙撃手と自分と、そして父だ。
きっと父は狙撃命令のまま射殺している、それでも本当の願いは自分が叫んだ言葉のままだ。
そうじゃなかったら父はあの春の夜に射殺されなどしない、自殺じみた殉職など選ばなかった、あの父の死は不名誉なんかじゃない。
「湯原、」
呼ばれて振り向いた頬、そっとハンカチが拭ってくれる。
赤信号に停まった車内で精悍な瞳まっすぐ微笑んで、そして言ってくれた。
「班長が湯原の父親を知っている可能性はある、訓練用ビデオを変えたのもあの人だから、」
ほら、鍵を見つけられたかもしれない?
その期待を確かめたくて唇が動いた。
「…父らしき人が模範射撃しているビデオのことですよね、」
「そうだ、新しいものを用意させたのは班長だ、湯原が入隊テスト受けると決った時にな、」
低い透る声が告げてくれる、その言葉に気づかされてしまう。
もしかしてそうなのだろうか?また新しい事実に問いかけた。
「あの訓練用ビデオ、伊達さんの模範射撃なんですね?」
きっとそうだ、だってあの箭野も伊達のことは褒めている。
たぶん現役のSAT狙撃手で最高はこの人だ、そんな確信に精悍な瞳は笑った。
「俺は湯原には全て話すと約束したろ?」
ぽん、膝の手にハンカチ置いてくれると笑顔また前を向く。
そしてハンドル捌きだす横顔は実直が温かい、その眼差しを信じて訊いた。
「伊達さん、伊達さんは班長が僕の父のパートナーだったと考えているんですか?」
「今も言った通りだ、面識があるだけかもしれん、」
運転席から低い声が透る、その眼差しフロントガラス越しこちら見る。
いつも沈毅で怜悧な眼差し、けれど動じない強靭の底深く繊細な温もりに周太は口開いた。
「でも伊達さん、父の葬儀の芳名帳には班長の名前があったんです、警備部岩田嘉章って書いてありました…面識だけとは思えません、」
名前の記憶は夏の終わり入隊直前、もう4ヶ月近く前だ。
それでも憶えているフルネームに沈毅な瞳は静かに告げた。
「だから殴ったのかもしれんな、」
なぜ班長が殴ったのか解るか?
そう問いかけた続きを告げてくれる、その答えに信号また赤になる。
『なぜ班長が殴ったのか解るか?班長のパートナーは殉職されている、狙撃を一瞬怯んだ隙の出来事だったそうだ、』
やはり班長は父を知っている?
この可能性に扉へ手を掛けるて、けれどダッフルコートの腕そっと掴まれた。
「今日は止めておけ、どうせ今行っても話さんだろ?」
告げてくれる言葉ごし、かちり、機械音が鳴る。
きっと扉ロックされてしまった、そんな仕打ちに振り向いた先で沈毅な瞳は微笑んだ。
「駐屯地の訓練の時にしろ、俺も立会ってやる、」
「…え、」
言われた言葉に首傾げさせられる。
どういう意味で言っているのだろう、その思案に鋭敏な眼差しは低い声で笑った。
「駐屯地なら上官とも呑めるチャンスがある、だから酒は鍛えておけ、解かるな?」
酔わせて喋らせろ、そう言ってくれている?
(to be continued)
にほんブログ村 にほんブログ村
blogramランキング参加中! FC2 Blog Ranking