バス停に群れる若さや日の盛り
短大の歩道埋めたり傘と脚
今時はミニもデニムも群れてあり
本持たぬ学生スマホで何学ぶ
たまさかの笑顔と視線知る若さ
外に蚊がいなくて嬉しと思う冬灯り落とせば家蚊ささやく
蚊が消えて嬉しつかの間曇り日は蚋付きまとい目に角が立ち
夜な夜なにウフーンと寄せるアカイエカ女子とは言え嬉しくはなし
夏至の日を前に強いらる夜な夜なの蚊との逢瀬ははや白々と
剃り上げた頭部で血吸う憎き蚊へ滑って落ちてしまえと掻く夜
ハルジオンお花畑と蝶競う
春の野も真ん丸綿毛に埋もれけり
クローバは人型つけて野はみどり
フッと飛びまた戻りくるトンボかな
ハナムグリ花食べ放題の堤なり
産卵のアゲハうらぶる翅の縁
作業していた前で、シオカラトンボが空中で絡み合い、そのまま削っていた斜面に降りた。思わず「えーっ!」と声を上げたのは、雄同士?の交尾だったから…。
これは「世界初」、「昆虫界にも大異変」、「トンボも同性婚」と、次々に新聞の見出しまで妄想してしまった。世紀の大発見を記録に残さなくてはと、立ち位置から一枚撮影したのが左の写真。
ケータイではこれ以上アップに出来ず、同じ方向からだけでは検証に耐えないと思って、後方の堤に移動する途中で離れてしまった。地面に止まったままの個体を見たら、何のことは無いムギワラトンボだった…。いつもと言うわけではないが、交尾の後、メスはしばし休息を取るケースがある。オスはと言えば上空で留まっている。
結局、メスが産卵を終えるまで上空で守っていた。律儀な虫である。見届けた小生は暇な虫である。
トンボ池の小島の草刈りをしていたら水に飛び込んだカエルがいた。アマガエルとおもったのだが、大きさでモリアオガエルと判った。水辺でモリアオガエルを見る事も、メスの姿を確認することも、なおかつ交尾の体勢を見る事も、どれも珍しいのである。メスの大きさは小生の手の平大だった。こんなに大きいとは、ビックリした。
撮影するために、静かに茎をより分けて後姿をようやく一枚撮った。水中から出た姿も撮影したいから「出るまで待とうこのカエル」とばかり待ったのだが、およそ10分待たされてしまった。両生類は水中の皮膚呼吸が可能なのだろうか…。
それはともかく、待つ身の一人と二匹 は両者とも辛かったと思うが、このメスのカエル、左太腿にヤンマのヤゴが這い回っても微動だにしない(写真中)。メダカが寄ってきて皮膚を突っついても動かない。水面とカエルの間の水中には微生物が動いているのが判る。メダカの稚魚も寄ってきたりして陸にいる小生は暇つぶしが出来たが、最初にモゾモゾ始めたのは背中のオスだった。
どの世界でもオスは甲斐性が無い。10分が経過して鼻先を水面に出したのを見て「カエルの恋路を邪魔する奴は蛭に吸われて死んじまえ}の諺を思い出し、そっと離れたのだが、堤の葦を切り取ってから覗いたら、まだその姿勢のままだった。熱い身体をさましていたのだろうか、まことにもって「フン!」である。小生は憤慨る。
『孟宗を伐る身玉汗消えもせず』
今日はこの冬一番の冷え込みだったとか…。日中も曇りで気温もようやく二桁だ。こんな日は夏の暑さが恋しくなる。
夏場は日陰の多い作業場所を選びたいが夏草は伸び放題だし必然的に炎天下の作業が増えてしまう。林内の作業となると風が通りにくいため別の暑さが周りに充満する。
混み入った放置竹は根元を伐っただけでは倒れてくれない。倒す空間を確保するまではロープを掛けて引きずり落とすのが通例だ。
不整地の斜面でこれを繰り返しているとズボンまで汗でビッショリになる。膝が痛み出す契機はこんな時が多い。水分補給も午前で1リットルは容易に消費する。
今日この頃は、こんな夏の日が恋しい。ハイビスカスを飾りムームーで歌っていた歌手がいたが日野なんとか。まっ、「ひ」が付くのを思い出しても暖かくはならないが連想と妄想の境界はあいまいのようだ。
「六十にして耳従う」と言われるが耳は従わないし身体はもっと従わなくなってきた。とは言え、しばし孟宗で山塊に遊び、時に妄想で奇怪に遊ぶのも一興だろう。