トロルお爺の”Satoyaman”林住記

生物生産緑地にて里山栗栄太が記す尻まくりワールド戯作帳

今日のトンボ「打空産卵飛行」

2021-08-31 | 小父のお隣さん
 第二トンボ池と食草園の境界、低草部を連結したままで産卵飛行していたカップルがいくつかいたのだ。突っ立って見ていると小生を避ける風もなく気ままに飛翔しながら産卵を続けていく。小生は立ったままカメラを構えシャッター半押し状態で待つ身になっている。
 それで何枚か撮影したのだがスポーツモードでも鮮明な写真は無理だった。どだいバカチョンでは無理だという事なのだろう。何で水面に産卵せず低い草地に産卵するのか「馬ッ鹿じゃないの!」と思うけれど、彼らには彼らなりの生き方があるのは肯定しなければならない。繁殖戦略として水域より湿った低草地を選ぶ理由は書いてなかった。

 「トンボ図鑑」で探した限りでは連結打空産卵するアカトンボは「ナツアカネ」と「ノシメトンボ」しか見いだせなかった。ノシメにすると赤すぎるしナツアカネにすると赤みが不足する。サイズが同等のマユタテアカネは打泥産卵なので全く別物になる。結局、今回も種の判別は出来なかった。長年不達成の事に拘っていてはいけない。すべてが報われる訳では無いのだから「居る」という事だけを楽しみにすれば良いものを、と何時も思いながら図鑑を手にする。

 別の日の別種の打空産卵なのだが種が不明だ。写真そのものが不鮮明は別として「トンボ図鑑」で「単独・打空産卵」を目安にページを繰ってみたものの見いだせなかったのだ。ホント、分かりかねる事が満ちていて頭髪が満ちる訳が無い!。「スートレス」ではなく中年より「スートフル」したままなのだ。
 
 「実際、視認しているのに・・・」とすっきりせず、今度はネット情報を漁ってみたら単独打空産卵するのは10種ほど記録されているのが分かったものの写真に該当するような種が出てこない。更に探していたら「リスアカネ」が単独打空産卵するとあった。「トンボ図鑑」の記述は「…打水産卵します。メスの単独産卵もあります。」だったから打水ばかりだと思っていた。
 前掲、ネット情報の産卵個体写真と「トンボ図鑑」のメスの写真、我がボケた写真の雰囲気などを見比べると同種で良い様に思えた。撮影する時に翅端斑が見えていればきっかけにはなったはずなのだが記憶には無いし写真ではブレていて分からない。でもまあ、すっきりはしたのだった。
 しかしながらコガタスズメバチに刺された甲が膨れて指使いが出来難いし、何よりも猛烈な痛痒さが堪らない。あーあ、痒い痒い・・・。


**今日の都々逸

2021-08-31 | 性向有毒の翁なれば
                 ニッチだけかい お偉い様は
                         盛りは見つめる 危は見ない ハアコリャコリャ

忙中寒あり、刺苦蜂苦、飛蜂ショー

2021-08-31 | 小人閑居して憮然
 飛蚊症は老化現象だが飛蜂ショーは恐怖現象である。この日34℃台、突端台地の斜面を刈り払い中に突然始まったショーだった。ツバキの横枝が煩わしく暑さもありいささかうんざりしながら半分ほど刈り進んだところで右手の甲に激しい痛みが発生したのだ。一瞬「エッ何っ!」と思ったのも束の間、視野一杯に黒い飛翔体が見えたのだ。
 ここではっきりと「スズメバチ襲来」を知って逃げるしかない。しかし斜面で平坦方向はツバキの樹列で逃げられない。足場のない斜面を下るしかなく刈り払い機は両肩ベルトで吊っていて樹列が邪魔で方向転換が出来ず、やむなく刈り刃を振り回しつつ後退。結局は横倒しになりながら下にずり落ちたのだった。
 刈り払い機のエンジン音で羽音は聞こえず刈り刃の先と足元にだけ注意を向けていたから巣に気付くはずも無し。振り返れば毎年ではないもののツバキの枝はコガタスズメバチの好んで営巣する場所でもあった。過去に学んでいないのか耄碌したのか、全ては我が身に帰すことなのだろう。

 突然の襲来でエンジンを止める時間も意識も無く刈り刃はアイドリング程度だったものの回転させたまま下でひっくり返ったのだった。刺された直後にスズメバチの大群、と言っても巣の大きさから20~30匹前後だと推測したのだが右手だけの蜂刺されで済んだのはヘルメットにフエースガードを装着していたからに他ならない。フエースガードが無ければ顔面を複数さされていたはずだった。何しろフエースガード越しに至近距離に蜂が群れブォンブォンと羽音を立て眼前に居たのは認知出来ていた。

 とりあえず安全圏まで後退し現場を伺うと地表近くを多くの蜂が飛んでいる。「あの辺に巣があるのか⁉」と見当は付いたが特定できない。このままでは刈り払い作業の続行は出来ないから排除する必要が出来て、拠点道具小屋まで「蜂用殺虫剤」を取りに戻る。10m近く噴射出来るので安全圏から飛翔する蜂群めがけて噴射して地上に落とした。この時点まで巣を離れて活動している蜂もいるはずで帰巣すれば小生と名実とともに蜂合わせになる。
 巣穴を探すために鎌の先で地上部を刈り払いながら露出させてみたが巣穴が見えない。ツバキの枝にも巣は無かったし少しばかり??だったものの、ほどなく刈り払った草の中に埋もれていたのを発見した。地中の巣では無かったからオオスズメバチではない。

 鎌で捕虫網に入れて安全圏まで下がって撮影したのだが、そのあと籠に入れておいた捕虫網から離れない個体がいた。巣の臭いを感じての行動だったのかどうか。まあ、余計な殺生をしてしまったが刺された時から夕方の今でも甲が痛い。帰路、ハンドルを握る甲に送風の風が当たるとそれも痛かった。腫れは皮膚の皺が消えた程度で、まだパンパンにはならないけれど明日はどうなるか・・・。
 巣は大小の二段。外殻は大きい巣の周りだけ覆っていたのだが、刈り払い機で落としているのでその時点で破壊したのかどうかまでは確認しなかった。甲の痛み疼きと比較すれば些末なのである。あーあ、痛痒い!。我が初恋もこんな疼きだったのだろうか・・あの頃刺されていたのはアシナガバチとキュービットだけだったのにぃ。まぁまっ、姥捨て山では社会から干されている⁉。

    

**今日の都々逸

2021-08-30 | 性向有毒の翁なれば
            周年流行 常在無辺
            変異時無し 要接種 ハアコリャコリャ

寄るな大樹の下・寄れよ生物多様性暴露

2021-08-30 | 感じるままの回り道
 作業を行うのに道具は必須だが私物の携行品もある。たいていの場合は飲料水やタオル、時期的には塩飴など量的には少なくても手提げ籠だったりバックだったりで持ち歩く。移動的作業でも無い限り作業に携行する必要もないから置いてあるのだが、これは活動範囲の「どこでもDo」という訳では無く、好む場所や選択した場所などと特定される場合が多いのだ。小生の場合は概ね立ち木の根元に置いて、夏場だと日陰になる場所を選ぶ。途中で水分補給や一服する場所に好都合なのだ。諺にもある「寄らば大樹の陰」であろう。

 ところが今回、何気なく手提げを置き、ひとしきり作業を行って汗みどろで木陰に入り麦茶を飲み顔を拭いたりして休憩していたのだが、どうも足元が煩いし周りに時折はスズメバチの羽音がするのだった。そろそろ攻撃的になる季節に入る程度の承知はしているし羽音も偵察に来ている羽音でも無いので静かに過ぎるのを待っていたのだが間欠的に続くのだった。「どうもおかしい」と背後のコナラをみながら視線を木元に落としたら、それが見えたのだ。つい先日「それが見えたら終わり」とか言うのだったか怖い映画を放映していた。この手の内容は笑いも情緒もペーソスも無い無機質なのがほとんどなので見たことが無い。

 ところがである、現実世界で自分に起こってしまった、と言うには大げさすぎるがオオスズメバチ五匹が足元に居たのだ。概ね食事中は攻撃性が無いので恐れる事も無いものの「万が一」もありうるので休息場所には不適だった。と言うより他者の恋路や食事は邪魔をしてはいけないのである。礼を失するから「俺にも権利が…」なんて意固地はいけない。
 冬眠から目覚めた女王バチが巣材を取りに樹皮に来るのはよく見かけるし樹液に昆虫が群がるのも普通の事なものの、ここまで地表に近い低い位置だと発見し難い。働きバチはさすがに女王様とは異なり小型だ。巣材を運ぶ女王様には敬礼、脱毛、いいえ、脱帽したくなる。小生の場合はほっかむりを禿から外すだけだが…。

 さて、たまたま読書中の=ロブ・ダン著「家は生態系」白揚社=を読んでいて、その中の下りに「蜂は酵母の香りを頼りに蜜源を見つける」云々とあった。樹液にも酵母は存在しているはずで「そうなのかぁ」と思ってみた次第。
 ところでこの書籍、日夜「殺菌・消毒・無菌」と恐怖をまき散らされオタオタふためいている諸氏に読んでもらいたい本でもあるのだが、ほとんど信仰に近い潔癖・無菌と恐怖を煽るだけのガッチリ側には理解・関心の片鱗さえ無いでしょうね。常在微生物を失うのがどれほど身を危うくするのかが分かり易い。

 「へぇー!」と思ったのはチョウ類が減少している地域では「免疫暴走系」の疾患が増していたという記述。類似の点では「寄生虫を駆逐したからアレルギーが増した」とか「東南アジア川沿いの人たちにはアレルギー疾患が少ない」とか「ヨーロッパで家畜と生活している子どもたちにはアレルギーが少ない」とか、かなり以前から複数の書籍で読んだ記憶がある。まあ、ある意味、多様な動的平衡を破壊してはいけない、と言っているのだろう。てなもんや三度笠。

           

**今日の都々逸

2021-08-29 | 性向有毒の翁なれば
              コロナコロナと 騒いでみても
                     年中無休の 頃は無し ハアコリャコリャ
                    

洗堀プール部の拡幅

2021-08-29 | 水辺環境の保全
 上の池のオーバーフロー部の漏水穴を潰しても昼までにはちと早かった。そこで落込み部の水溜りを広げるべく近くに放置されていた除伐材の残りを運んで据え付けてみる。「やってもやらなくても良い範疇」「あればあったで少しは有意義」とまあ、こんな程度の作業なのだ。秘密裏に誰にも言わない懺悔告白すれば小生の姥捨て山での日々はその体現でしかない。

 出水時に洗堀され水溜りになった丸太ダム基部が今以上に洗堀されぬよう水を貯めて抵抗体とする意味もあるものの、基本は「少しでも水域面積を広げたい」に尽きる。もとより少ない水資源なので放流されるまではそれぞれの小環境下で溜まっていたほうが資源の有効活用になるだろう。
 当初からこの流路は「オニヤンマのパトロール路」として整備した場所なのだが、整備当初は確かにオニヤンマがパトロールする姿を度々見ていたのだが年々観察されなくなった。理由は不明なものの下流域に水域を増やした結果かもしれない。

 この丸太ダムの内部は隙間が多々あって両脇の基盤と接している部分は生物や水流での浸食は続いており、その空間の中にガマガエルが多数いる事も確認できているし水溜りにはモエビやメダカ、その他もろもろの水域に生息する生物が存在する。今回生みだした水面面積は畳三枚程度だけれど「無いよりは良い」と言えるだろう。
 まあ、水は貯めても金は貯まらん我が人生・・・。溜息は五月雨のごとし。

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今日のトンボ「ハグロトンボ初見」

2021-08-28 | 小父のお隣さん
 ハグロトンボは今期全くの初見と言う訳でも無いものの、普段活動している範囲では初見と言って良い。駐車場から拠点へ沢を渡るところで出会ったのだ。流路は浸食され背丈ほど下がった位置にあるから生垣替わりと言うべきか見切りに樹木を植えた当時は日当たりが良くてカワトンボ類は毎日観察できたのだが、樹木が成長し全くの暗い流路になってからはトンボ類は現れなくなった。
 そんな場所に飛来してくれただけでも感謝である。フイールド産と言うより下流の母川Y川産なのでろう。撮影するために少しばかり身体を動かすとすぐに移動する神経質な個体で、小生も引きずられ慌てたせいかボケ気味写真。まあ、とりあえずの初見である。

**今日の一歌

2021-08-28 | 温故痴新
                 人に告ぐる悲しみならず秋草に
                             息白じろと吐きにけるかも        島木赤彦

                 人に告げる悲しみならずネコジャラシ
                            息絶え絶えに吐くや陽性

今日のトンボ「フイールド最小のイトトンボ」

2021-08-28 | 小父のお隣さん
 冒頭の写真、貼っても役には立たない代物なのは十分理解しているが「見た!」だけでは信頼性が無い。今期も何回か遭遇し撮影してはいるのだが鮮明な画像を得られたことが無いのだ。
 その理由は単純で「スポット焦点」に設定していてもトンボ本体に焦点が合うのは全くなく背景に合焦してしまう事に由る。だからいつも撮影した画像は合掌するしかなかった。

 今回も機種の撮影方法の選択をしながら行っては見たものの貼り付けた画像が10枚ほどの中で良好だったに過ぎない。まだ若い個体で飛翔力も弱い。飛翔すると言うより浮き上がっていくという感じだった。撮影場所はトンボ池だったが泥水池1、2あたりで見かける頻度が高く、隣接池や二つ池周辺でも認めた事があったので、発生数は少なくとも水域に行きわたってきた感じはする。水域で最初に視認してから十数年は経過していても数が増えないトンボでもあるが、時折は姿を見せるので細々と命脈は繋がっているのだろう。「アジアイトトンボ」と思ってみているけれど、このサイズで朱色の個体を見たこともあった。最近は見ていない。

 数日後、ボケた写真だけしか得られていない小型トンボの鮮明な写真をようやく得られた。これは泥水池4で撮影できた個体だ。いつも通りの水見回りでチョロ水は流入しているものの減水している泥水池4は「多分漏水孔がどこかに⁉」と思って池に入り護岸丸太の近くを指先で濁して水流を発見しようとしていた矢先だった。眼前から飛び立って再び止まってくれたから接近しやすい位置関係も幸いしてピントの合い難いモードを捨てて鏡胴をトンボいっぱいまで近づけ撮影出来た結果である。

 同じ水域に飛翔しているクロイトトンボの三分の二ほどの体長で腹部などは短めの縫い針のようにしか見えない華奢なトンボだ。せいぜい体長は30mm前後と言って良いだろう。捕獲しスケールを当てて撮影すればより確かな記録にはなるだろうが、それは小生の範疇では無い作業である。やっぱり「アジアイトトンボ」であろうか。

   

 

バタフライガーデンの除草

2021-08-28 | 蝶の食草園
 突端台地に今期設えたバタフライガーデンの草取りをしてきた。竹粉堆肥や落ち葉堆肥、刈り取ったカサスゲなどを敷き詰めた結果、多少は野草の発生を抑えられていると思われるものの、適期に除草しなければフジバカマやオミナエシ、ノアザミ等々、野生種に近い植物でも席巻されてしまうのが人工的に植え付けた弱点である。

 しばらく肌寒い陽気だったのが前日から真夏日復活し湿度も高いので汗ボロボロの手太楽での作業になった。自宅の庭から移植したフジバカマには蕾が見えて開花確実だ。今春、播種してポット育苗後に定植した一期生は背丈一尺まで育ち、10月まで成長すれば開花見込みになれる感じがするものの、その後に播種育成したフジバカマとノアザミは成長促進させても今期の開花は無理な育ちである。まあ、これが自然条件下の育ち具合に近いのだろう。でも、このまま維持できれば来季は「お花畑出現」と皮算用してしまう。

 耕転した場所なのでイネ科一年草は容易に引き抜けるが、地下茎などでで温存されたネザサやクズ、カズラの類はチョンチョン鍬で地中で切断して排除した。根茎を掘り起こし撤去したいけれど定植した株が被害を被るからここが折衷点と言うか妥協点である。写真は「事前・事後」の二枚だが撮影位置が180度異なるから少々分かり難いか。定植一期生と二期生の育ちの違いは見て取れるだろう。

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**今日の一歌

2021-08-27 | 温故痴新
                いつまでか此のたそがれの鐘はひびく
                             物皆うつりくだかるる世に         佐佐木信綱

                いつまでかコロナの猛威ビビる日々
                            皆うつり砕かるる生活

今日のトンボ「目の付け所」

2021-08-27 | 小父のお隣さん
 イトトンボのハート形はよく見かけるものの中型種のハート形姿勢はイトトンボ類ほどの機会は無い。てなことで秋波を送ってみたのだが応えてくれる訳もなく撮影して遁走。余談だが、こういう行動は「盗撮」に当たるのだろうか、ネットに上げるのは不適切映像を流すに等しいのだろうか、その正しい範疇の境目が分からなくなってきた小生なのだが、苦情も無いし削除にもあわないから「自己判断・自己規制」は継続中。
 拘りのついでにもう一つの疑問「大型種はハート型姿勢を作るのだろうか⁉」と未だに愛の行動、深淵は解けておらん。

 写真のカップルは小柄なので「マユタテアカネ」かと観ていたものの面の確認が出来なくてついに分からなかった。小生の目利きは「この程度」と言えばその通りなのだが、遠視に乱視、読書量が多いせいか最近とみに視力の乱れがある。目利きが悪いのはそのせいに違いない。
 まあ、世迷言はこれくらいにして迷った一因にメスの翅もあった。基部に着色が見られるからで、翅端斑のあるメスはまま出現しているが「マユタテアカネのメス、基部の着色」という材料は小生の辞書には無い。不可能は幾つもあった。

 写真をみていて気付いた事なのだが「縁紋」は航空機の「航行灯」に当たるのではないかという事だ。群れて飛んだり空中戦を演ずる必要のある立場としては命綱の翅は傷める訳にはいかない「お互い様」な機能と装備に違いない。まあ、視力は衰えても思考認知は衰えてはいない感じがしてきた。よーし、明日も蜻蛉を写して遁走する!。が線路は走らない・・・。

          



漏水穴潰し

2021-08-27 | 水辺環境の保全
 上の池、オーバーフロー部の漏水穴の補修が済んだ。当初は流れた土砂の部分を土嚢で詰めようと考えたのだが敷き詰めるだけで30袋は必要でストックが無い。漏水部の穴を埋めるだけでも12袋要したし、それだけで汗身泥の状態になって戦闘意欲は萎むばかりだった。その上、アブの襲来が煩くてこめかみに止まったのを一発バシッとやったのだが逃げられ、おまけは眼鏡のツルが広がってしまい不便な事、不便な事。ホント、やってらんない!気分になる。

 半割橋を外し台木になっていた丸太を動かしてから漏水穴の掘り下げと成形を行い、ようやく土嚢を詰めることが出来るのだ。先日に流入水を止めていたものの、オーバーフロー部のどこからか滲んでくる水までは阻止できなくて、一回に一輪車で運べる土嚢の数3袋を作っては押し込み、作っては押し込みしている間に水が溜まったしまった。それでもオーバーフロー部から溢れさせるよりは作業はし易い。

 今回は土の投入はしなかったから水だまりが出来ていても不都合ではなかったと思えるものの、作業の邪魔になる流水は止まっていたほうがありがたい。
 土嚢の数は最小限の12袋だったのだが地盤の成形を行ったことで半割丸太の橋を据える場所が無くなって土嚢の上に据えた形になった。これはこれで致し方が無い。
 池の湛水に着手した当時、オーバーフロー部はまだなくて流れのままで水面も低く沈殿泥も浅かったものの、オーバーフロー部を設置し水位を維持するようになってから泥が堆積し始め、その都度オーバーフロー部を上げてきた。その結果、用土も無い事もあって丸太を積み上げ両端を土嚢で押さえる工法を続けたのだが、丸太の隙間はいかんともしがたく、今になれば漏水の元凶でもある。

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**今日の一歌

2021-08-26 | 温故痴新
                人皆の箱根伊香保と遊ぶ日を
                             庵にこもりて蠅殺すわれは        正岡子規

                人そっと遊興飲食綴る日を
                           室にこもりて鼻毛切る我