トロルお爺の”Satoyaman”林住記

生物生産緑地にて里山栗栄太が記す尻まくりワールド戯作帳

キッチンのお引越し

2023-08-31 | 遊び子は

 拠点広場に設えたキッチンセットは長らく人気で現在の物は二代目、いいえ二台目でもある。そうなのだが一昨年に「お前ら!煩いからここに来るな!」と一喝され追い出された事があってからは寄り付かなくなって放置状態だった。初夏の頃の水辺作業中、たまたま幼児が足を止め指さして来た事から若いママさんと子育ての話になってしばらく作業は中止となったのだがその折り「キッチンはもう使えないのですか?」と話があった。「何時でもどうぞ!」と言ったもののママさんは「はい」とは言わない。事情は知っているから「お子さんたちはよく遊びますもんね…」と話を変えたのだった。

 後日に駐車場でまたその話題になって「約束はしないけれど下に降ろしましょう」と言ったら「お願いします」と当然の成り行きだった。この日の気温は33℃、未明の降雨でフイールドは蒸し暑い。植生調整は後回しにしキッチンを引っ越しさせる事にした。二輪車に積み込み拠点から下ろしたのだが途中に段々がある。ロープを掛けなかったから2回ほど荷台から落としてしまった。そのせいでは無いけれどあちこち腐食が露わになってグリルや片開き戸は作り直しが必要だ。塗装も傷んでいるしどこかで1日再生作業をしなければならなくなったがとりあえずは設置すれば使えるしおチビちゃんたちは不便とも思わないだろう。

 新たな設置場所は水道の脇だから今度は水源が横にある事になる。拠点に設置しておいた時より環境的には良くなった。新しい設置場所にはこれまでステンレスの作業台を置いたのだがこれは芳香蒸留水作りの時に冷却水が必要なためで芳香蒸留水は「作らない」と決めた以上、この場所に台の必要は無く元の場所に戻したのだ。キッチンの水平を見ながら設置し、足元も朽ちかけてはいるがまだ使える厚板で床を設えた。ざっと行っただけのやっつけ仕事だけれど暑い最中でもあり当座はこれで十分である。作ってから10年は経過しているはずでさすがにくたびれて来たのが写真でもありありである。


気持ち悪いーっ!

2018-06-11 | 遊び子は
 今年も棚田の田植えにボーイスカウトの子ども達が体験に来た。カブ隊、ビーバー隊を含め親子総勢50人近くだったから今まで最大の人数となった。
 ボーイスカウトに入隊希望者が減少し隊員が少なくなっている話は伺っていたから、入隊児発掘に精を出したと思われる。

 棚田3枚に植え付けしてもらったが、二枚に関しては経験児なので手際が良く順調に進んだ。しかし初体験のグループは年齢も就学前が多かった事もあってか、田圃に入るまでが一苦労だった。世話役から「靴を脱ぎ裸足で入ります」と指示され靴を脱いだまでは良かったが、その先が進まない。

 「気持ち悪いーっ!」「ヌルヌルするー」「足が汚れたー」と言うばかりで田圃に入らない。なだめられすかされ田圃に入ったものの「ヤゴがいたー」「オタマジャクシー」「アメンボだー」と整列もならずグジャグジャで、それでも落ち着いてからは植え方の手本を見てから田植え開始したのだ。

 それでも二人ほどが途中、度々抜けて親の処へ行く。休憩らしかったけれど、それまで何株植えたのか両手で間に合う数だった。
 親も体験者が増えたから会友共々見物しているだけで終わったけれど、何時みても子ども達の行動は笑いを誘うし「こんなもんだったか…」とため息も出たりした。我々が同世代だった頃とは雲泥の差だ。
     田植え開始 ➡  半分まで来た ➡  終盤

おチビちゃん達の駒打ち

2018-02-05 | 遊び子は
 フイールドを活動の拠点にしている母子グループ、関わりはしないけれど場所が重なる事もあるから挨拶くらいはする。1月の定例会でヒラタケの菌打ちをしたエノキが余っているので「菌駒を購入して来ればホダギと道具は用意する」と声をかけてみた。仲間と相談するとの事で三日ほど後で「お願いします」との返事。

 この日、幼稚園帰りの子どもを待ってのスタートだったので午後三時頃から集まり出した。小生は準備をし手順を教えるだけで後は母親任せである。年齢は三歳未満児が半分、園児が半分と言う感じだったが年長さんはいない。

 電動工具を使うのでドリルには取っ手を装着した。ビットでの穴あけは大きな負荷がかかるものでもないけれど初心者には安全第一である。母子で穴あけする場面で要領を伝え修正すれば小生の出番は無く駒打ちのおチビちゃんを上からのぞく。
 二歳にならないおチビちゃんでもトンカチを両手で打ち付けていた。駒も入るはずもないけれど口出し無用で楽しんでいれば「それで良いのだ」。菌駒200個と先日の残り50個ほどを植えこんで終わったのが四時近く。
 年明けに比べれば随分と日が長くなったのを感じる。小生は用無しなので帰宅したがおチビちゃん達は五時頃まで遊ぶのだと言う。夕飯は作り置きなのかコンビニか。

 まあ、他家の食卓より自分のお膳を心配せにゃならぬ吾輩、人間の端くれにいる小生でも呼吸をしている限りは腹も減るのは自然の成り行きだが年金も減ったのは信義則さえ無視した詐欺だろう。考えてみるまでもなく好き勝手放題出鱈目を行っても責任など取らぬ公僕、おチビちゃん達の将来に明るさはあるのだろうか…。

      準備万端      寒中に熱中する駒打ち

氷近族の季節

2018-01-28 | 遊び子は
 最強寒波だとかで確かに寒い。この日の最低気温はマイナス3℃台だったがフールドの寒さはそれほど低くは感じなかった。とは言え先日融けた氷盤は大人が乗っても再び大丈夫な厚さになった。
 こんな日は自宅室内の方が寒く感じる。炬燵に潜っていても禿げ頭が寒い。せっせと薬を塗った事でようやく癒えた耳の霜焼けが再発し始め耳たぶが固くなってきた。またせっせと薬を塗らねばならない。

 それはともかく、この時期は氷目当ての来客が増える。先日は顔見知りの母子2組が早朝からフイールドに入り帰るところで出くわした。この寒さを当て込んでおチビちゃんと前の日に仕掛けをして置いたのだそうな。
 持っていたバケツを掲げるので覗くと氷の中に枯葉や木の実が閉じ込められている。台所の冷凍庫内に置いても出来る遊びだが「おいた」の方が圧倒的に楽しいし健康的である。ママも大変だなあが実感。

 先日、林内整備中に手ごろな根っ子を見つけたから池の沈木に使用と取りに入った帰り道、泥水池にNPOの活動で母子グループが入っていた。お目当ては氷なのだが、下に降り林道から見ていても氷盤に乗る親もいなければ乗せようとする親もいない。おチビちゃんも手は出すものの足までは出さない。総じて遊び方もおとなしくなっている。

 何時も思うのだが全員アウトドアグッツで身を包んでいる。お洒落と言えばお洒落なのだろうが、車をおりて数分の距離での活動である。小生の少年期は何時もお下がりで身を包んでいる着た切り雀だった。「雀百まで踊り忘れず」の諺通り、作業着は繕いつつ着ている。周りを見ても小生くらいだと認識はしているが捨てられない。
 まあ、普段現金収入などない米作農家ではそれが普通であったものの、豊かになったと思える一方で金が無ければその日から窮し自給自足さえ断たれた今の社会ははたして豊かなのだろうかとも思う。
 今、寝室PC周りは3℃だ。子ども時代、吹雪の夜は朝起きれば戸の隙間から雪が枕元まで入っている様な農家の作り、縁側を挟んでも座敷のガラスは氷の結晶で花盛りの日々だったから、室内3℃でも驚かないけれど、さすがに冷たく指が固まる。ひざ掛けを下半身に巻き半纏を羽織ればしのげるが手袋していてはキーは打てない。

 写真を眺めていて気が付いた。池に日差しが戻っている。お日様は春に向かって駆け足していると思うと嬉しい気分だ。郷里雪国の春は川明け、底雪崩、雪道に滲みてきた泥水で知った。凍み渡りを利用して猫柳を採りに行くのも少年期早春の楽しみだった。  
     
                    

暑さ寒さも育ちの力

2017-08-09 | 遊び子は
 春休み、夏休み、冬休みなどの長期休校ともなると小学生の入域が増えてくる。小生の子ども時代とは異なり、子ども同士で遊びに来るご時世ではなくなったから、親が連れてくるか参加料を払って参加するかのどっちかになっている。

 この日はNPOの募集に応じた小学生がやってきた。案内するのはアルバイトスタッフや環境教育指導員、あるいは森林インストラクターなどのサポートスタッフが多い。涼みながら見ていると、他の活動でもおおむねそうなのだけれど、引率者自身の子ども時代のコピーに見えてくる。
 
 参加している子ども達はと言うと、眼前の場面では乗り気であるようには見えなかった。説明していた指導員のおっさんは顔くらいは知っている間柄なので、暇そうに離れてぼったっている数人に補虫網で捕まえた蚋を見せたら食いついてきた。
 簡単に話をしてからアリの巣穴の近くに置くようにさせたら騒ぎながらも喰いつくように見ている。感動したのか残酷に感じたのかは知る気もないけれど、子ども達に活気が出たのは確かだ。

 参加する理由は本人の意思ばかりではなく親の希望も多いと聞くけれど、大局的に見れば必要な活動なのであろう。学校教育の現場で新聞に載るほどの熱中症患者が出る事などは異常事態と言わなければならない。
 小生の少年期、猛暑の時期でも畑や田んぼの草取りで直射光下で夕方まで作業することなど普通だったけれど熱中症など聞いたことはなかった。

 近所の幼児のいる家庭では一年中エヤコンが稼働していて、窓を開けて過ごす時期など見たことがないし、おチビちゃんが外遊びに出てくることもない。押しなべて聞こえてくるのは日中からの大泣き、夜泣きの連続なのだ。
 外出時に顔を見れば色白で日焼けもない腺病質に見える表情をしている。「日中1時間でも外遊びさせれば夜泣きも減るだろうに…」と思っているのだが、昨今の近所付き合いでは触れないのが暗黙のルールか…。

 話はぶっ飛ぶけれど、写真の木々の背景は活動を開始したころは徐竹した禿げ山だったのだ。今では小生が禿げ山、いや禿げ頭になり月日の移り変わり世代交代を嫌でも思い知らされた。
 まあ、小生でも「枯れ木も山の賑わい」で、まだ存在感はある!。

山の子、街の子

2017-07-16 | 遊び子は
 「ジージ」とは言ってくれず就学前でも名字で呼んでくるフイールドで出会うおチビちゃん達。なかには「カブトムシ欲しい…」と言う様な子等もいて、ようやく捕獲器を使おうと雨上がりの午後に餌を持って出かけた。小生の誘因物は果物クズに酒粕キャラメル大である。

 ところが既に会友のY氏とY氏が大量に採集していた。まさしく「ワーイ、ワーイ」だ。方法を尋ねたら「幼虫がいた場所を掘った」との事で、真昼間だったから竹粉腐食物の中で夜を待っていたのだろう。
 「その手があったか」と思ったものの一応はトラップに餌を投じ一晩待つことにしたのだが、Y氏が近所に貰い手がいれば譲ると言うのでもらってきた。

 帰路、銀行で通帳記入する間に子どもを連れたママさんに「カブトムシあげるけど…」と声掛けしたら、子どもに聞くより早く「怖がるから」と却下。自宅前を下校する小学生に声掛けしたら「要らない」のつれない返事ばかりだった。街中の子どもこそ飢えて目の色変え漁って行くだろうと想像していたのに腰砕けである。

 山に来る子ども達と何が違うのだろうと思いつつ浮かんできた歌が「山の子の歌」だった。ユースホステルを利用して山旅していた頃に覚えた歌なのだが「雨が降りてるてる坊主が泣いても 私たちは泣かないで山を見つめる 山の子は山の子はみんな強いよ」の歌詞が、豪雨による山間部の災害と重なってしまう。
 まあ、カブトムシを欲しがる子どもが強いと言う訳では無いものの、欲しがりもしないのも漁ってしまうのも、どちらも寂しい気分になる。
 災害復興には役立たずで迷惑至極だろうが、被災真っ只中の子ども達にはカブトムシでも笑顔を引きだせる力は持っていると思った暑い午後だった。 

今日のトンボ「やっぱり分からんもん…悶々」

2017-07-09 | 遊び子は
 シオヤトンボか?           ネキトンボかなあ?

 時折、一家総出でフイールドに来る家族。今日は小生より早くフイールドに入っていた。小生の車を目ざとく見つけて駆け寄ってきた倅君によるとカブトムシ狙いだったそうな。
 一応は捕獲の要領を伝えておいたが親の送迎が無ければ通いない距離だから早くても一週間後になるのだろう。

 小生はいつも通り水見回りをする途中で鮮やかなニホンアカガエルを見つけたから、トンボ池方面にいた御一行様を呼ぶ。小生が見せてあげようと思っての事だったものの、逆に見せてもらったのが上の写真二個体である。
 トンボの身近に徘徊しているとは言え、捕獲、ましては指で摘まんで観察など行わない小生なので、名前を尋ねられて答えに窮した。「シオカラトンボでは無い」とか「アカトンボに間違いない」とかそのレベルである。その場の第一印象は「初観察二種か!」と色めき立ったのだが、色極めて目立ったのはトンボだけだった。
 赤色のトンボ、その腹部の黒模様が新鮮で「初観測間違いない」と思って、家で図鑑と写真対照したのだが似たトンボバッカリで結論は「ガッカリ」で、まあ、いつも通りの展開と言え日本は平和である。

泥水池3で田植え

2017-07-01 | 遊び子は
 会の田植えは5月27日に終わったが、小生はマネキン丁稚中で不参加。その時の余りの苗が泥水池に届いていて、ようやく23日に田植えが済んだ。
 小生が行うのなら5月に済んでいたものの、母子グループに体験用として「何時でもどうぞ」と委ねた苗だから一応、利用しなくても6月中は待つ心算だった。
 そしてようやく23日に田植えが済んだのだ。小生は強制送水で隣沢で作業中だったから、おチビちゃん達の活躍ぶりは目撃する事は叶わなかった。

 昨年は「水田皮膚炎」の発症があったから、水域に入る時の注意は事前に伝えていたのだが、実際はどうしたのか不明だ。
 「植え方がバラバラですみません」とママ達は話していたけれど、水稲を植えると言うより環境植栽「虫の餌植え」が実態だから全く問題が無い。
 その折、水稲と水辺の持つ環境や生物との意義も簡単に話したけれど、一般的には泥水地は「田圃」、田圃は「米作り」、米作りは「整然と」と言う様な心象風景を有しているようだ。

クワの実も終わる頃

2017-06-14 | 遊び子は
 5月末頃から折に触れ摘まみ食べてきた桑の実も終盤になった。この日も桑の実目当てに母子何組かが採集にやってきたが、フイールド最大の実を実らすクワの木は大きくなり過ぎて手が届かない。

 そこで会友のM氏はブルーシートを広げ竹竿で叩いて落としていた。小生はと言うと、眺めていたのだが、たまたま車載してあった栗の実を落とす鉤竿を思い出し上部の枝を揺すってみたが、幾らも落下しない。最盛期に比べれば実の数は明らかに少ないのだから仕方がない。

 それでも大粒の実は実力で、若いママは掻き集め食べながら幼子を呼ぶ。幼子は道路から一段降りれなくM氏が面倒を見ている。まあ、好々爺である。

 この樹は水見回りする経路の途中にあり日々摘まんで食している実ではあるが、例年と異なる事は助っ人課業によるストレスを「緩和しなければならない」と自覚しつつポリフェノールを摂取し「負けない心身」の保持に努めた事 

おままごと、キッチンの更新

2017-05-14 | 遊び子は
 拠点に「キッチン」と呼ばれているままごとセットがある。これが長らく大人気で、おチビちゃん達のお目当ては、いの一番ここに走る。
 作ってから10年にもならんとするセットなので小道具や食材の木型模型のほとんどは失われてしまったが、それでも遊びは続いている。

 昨年初冬、「正月明けには新調したセットで遊ばせよう」と考えていたのだけれど、思わぬ助っ人課業が飛び込んで制作できず、ここにきてようやく重い腰を上げた。それと言うのも土嚢作りと土嚢積みで腰痛の兆しがあり、フイールド作業は休みにしたのである。

 とはいうものの、やり始めると抑制が効かぬ。昼食も工作を続けながらの立ち食いで、くたびれはててその日の工作を止める、と言う日が3日続いた。
 簡単なスケッチさえも無い、端材や古材から取れるだろう部材を案分しての、言わば行き当たりばったり、成り行き任せの工作である。

 任務終了➡  新装開店➡  ブラッシュアップ

 初代は在り合わせの端材を切り張りして作ったのでインドアサイズのガス台だった。今回は古材ながらベニア板1枚、新築現場からの端材など必要量があったから幅3尺の十分すぎるサイズで制作できた。
 腐食が進んだ初代のガス台は廃棄も考えたのだが、地面と接する部分だけ更新しペイントすれば見栄えは悪くないだろうと踏んで、流しに改造して並べてみた。いつもの爺我自賛になってしまうが、これほどのままごと遊びの遊具はそうは無いだろう。

 製作途中、ママさんグループ二組が遊びに来ていて「明日、新年度の歓迎会でここを使わせてもらいます」との連絡。そのために制作を急いだわけでも無いのだが、期せずしておチビちゃん達には大喜びのキッチンセットでウエルカムとなる。
 残念な事に、小生は野暮用があり盗み見も出来ないものの、まあ、何時かは感想を聞けるだろう。

 さて、一旦はキッチンを取り囲めるようにと写真の場所に置いた。これから暑くなるからと思い直しモチノキの木陰に移動させたのだったが、降雨後の土砂の飛び跳ねで汚れる事が判明したから元に戻した。何だ神田神保町、でなく何だかんだと心変わりする。
 まあ、ほぞを噛むより良いだろう…。

「わーっ King!」 Holiday

2017-04-24 | 遊び子は
 フイールドを活動拠点にしている母子グループは、この時期オタマジャクシが興味の中心で、水辺を一通り堪能するとタンポポ満開の原っぱ部でおチビちゃんを遊ばせるのが常である。
 この日、小生がクロスジギンヤンマの羽化体を撮影しているところに回ってきた。存在は秘密にしておきたいのだが拡散はしないだろうから「秘密だけど…」と羽化体を教えた。子どもより母親の方が感激していて、子どもそっちのけでスマホを突きだしている。
 そのうちにおチビちゃんがむずかりだして「ミルクの時間だから…」とか言いつつ二組の母子が授乳を始めてしまった。

 困るのは小生で目のやり場に困る。話をするにそっぽ向きも意識し過ぎかと普通に話を続ければ、目が合っても全く動じる様子も無く、まあ、小生の人生において動きながら授乳をしていた記憶は無く、古来、動じないものなのだろう。母は強しである。
 保育園、幼稚園の兄ちゃんや姉ちゃん用に抜け殻を渡したが、これにも感動している。初めての事はすごいのだろう。「すごーい!」がハモっている。まあ、おおむねママ達の「すごーい!」はハモるのである。

 小生が羽化体を撮影している間にシュレーゲルアオガエルの卵塊を教え、これも初めての様で大騒ぎして去った。小生は巡回の一環だったから台地のタンポポとススキの様子を見に行ったら1mを超えるシマヘビが居る。
 これは早速観察させねばと捕獲し丸太の滑り台で遊ぶグループに持っていった。「危なくないからさわってごらん」と安全安心を強調しつつ母親とおチビちゃんに触れさせる。
 大丈夫そうなので握り方を教えママさんに渡した。意外とすんなり握って、あとは大盛り上がり。もう小生はお邪魔虫なので「顔は写さないから使わせて!」と一枚ゲットが上の写真だ。

「立春」のプレゼント

2017-02-06 | 遊び子は
 助っ人先にベビーがいる。師走の助っ人開始早々に生まれた男児だから申年。関係的には義理もないのだけれど、どうしても爺の立場になってしまうようで「申年の男児」へ自分なりの縁起物なのだ。

 プルトイは猿は猿でも「シルバーバック」で「強く優しく賢い群れのリーダー」に育つよう、持ち手はオニグルミを使い「質実剛健」を象徴させた。
 幾何回転体は二種類、これにはそれほどの意味合いを込めてはいないがアクションプルトイと共に乳児期の遊びには珍しい玩具だと思っている。まあ、爺我自讃の典型だろうとも喜んで遊んでくれれば「それでいいのだ…」。ハイ、バカボンパパのパクリでーす。

 お婆ちゃんに渡したのだが、ママさんが挨拶にきて「感動しました。ヒノキの香りも素敵です」と言われたものの「お主は感動しなくてもベビーに喜んで欲しい」なんてことは言えないが木の香りに気付いてくれたのは嬉しい。
 終業時、パパさんとベビーを見せに来てくれたがグッスリ午睡中、まだ生後7週程では首は座らない時期だし、玩具を追うようになるには暖かくなってからだニャー。

もっぱらの氷盤

2017-01-25 | 遊び子は
 この日の最低気温はマイナス1℃ほど、寒中らしい冷え込みになった。シーズンでは無いとはいえ水見回りは一期一会ならぬ一週一度は欠かせない。
 一方、冷え込むシーズンの評判は「氷結」で、至近で希少な氷盤を求め里山保育の子ども達や母子グループのおチビちゃんらが集まっていた。

 寒いとはいえ暖冬傾向の今冬、大人が乗れるほどの氷盤には成らず幼児が乗って「ようやく」てな程度である。まあ「もっぱらの評判」は「おチビちゃん専用」であって大人は指を咥え見守るだけである。眺めていると「割り砕くのに夢中の子」や「氷盤を歩きたがる子」、「遠巻きの子」と様々であるのはいつも通りだ。

 二度わらしとは言え、孫の世代と一緒になって遊ぶわけにもいかず、遠巻きに眺め挨拶して通り過ぎるだけの関わりであるが、ポケットに手を突っ込み、立ち止まって遊ぶのを眺めていればしばし寒さを忘れ遠い記憶がよみがえる。
 多大な労力を費やし維持保全をしている水辺に、暑い頃も寒さの時期も小さな生物が溢れるのは喜ばしい。

芋虫ゴロゴロ、ひょうたんポックリコ

2016-09-09 | 遊び子は
 隣地の孟宗竹を破砕したチップの中にカブトムシの幼虫がたくさん生息していた。このままだとイノシシにすべて食べられてしまうだろうから、回収できる数に限りはあるものの、回収しレンジフードを活用した蓄養槽に移すことにした。
 現在は朽木を集積しクワガタの産卵場所として用意してあるのだが、急きょ切り替えることにする。クワガタでは生息しているかどうか割り砕かねば確認できないし、野ざらしでもクワガタよりはイノシシの被害には強いだろう。
 今日は3人で200匹くらいを回収しただろうか…。蓄養槽内に餌となる腐葉土が少ないから次は一輪車で生息地の竹粉を運び新居を整えねば…。暑い盛りに「二度わらし」が昼飯も忘れて遊んでしまった。なんともはやだが介護予防と思えば予算倹約に役立つかも…。

 ところで、破砕機で粉砕した孟宗竹粉は腐食堆肥化しなくとも程なく産卵してくれるのが不思議だった。米糠や油粕を配合しても落葉堆肥などは好まれているという印象が無く、当然ゴロゴロと群がって掘りだせる事も無かった。思うに栄養価と組成が作る物理的環境が好まれるのかなどと思ってみたものの、まあ、ほじくらなくても構わない事ではある。
 さて、話は変わり「芋虫ゴロゴロ」はわらべ歌だけれど「二度わらべ歌」になると「爺様ゴロゴロ、お迎えポックリコ」となるのだろうか?。小生、寡聞にして知らないがカブトムシは知っている。
 ここで閃いた事がある。それは「二度わらベ歌」を創作すると言う事で、きっとデイサービスやグループホーム、特養などで重宝されるし著作権収入ザックザックするに違いない。レクは柱なのであるから、年金切り下げを補って「三方一両損」でなく「三方一両得」になるはずだ。泣く人はいない…。

         二度わらし遊ぶ   ➡   芋虫ゴロゴロ
  

保育園行ってない…

2016-08-29 | 遊び子は
 小生が子育て世代だった頃も保育園は不足していて、産休は産前産後で6週8週だったか通しで8週だったかかの遠い記憶になってしまった。もちろん育児休暇などは無かった時代だし、無認可保育所や職場、保育園仲間でカバーしあいながら乗り切ってきた。それが未だに不足しているし、教育制度だって小生が義務教育世代だったころから「中教審答申」などあっても腰が定まった時期など有りはしなかった。行政は気楽だね…。
 愚痴はこの程度にして、少々気になっているのが育児環境だ。小生が子育て真っ最中の頃はご近所も同じ状況で子ども同士遊び友達になっていた。

 現在はと言うと、新たに分譲新築に引っ越ししてきた世代と借家になった家に越してきた世代が子育て世代である。その中で保育園、幼稚園に通っていない子どもの日常に気になる点がある。専業主婦で子育て世代の外遊びが無いのだ。車で外出する時くらいしかお目にかかれない。世代も異なるからご近所付き合いなど思ってもいないけれど、各々の家庭の幼児に共通するのは「よく泣く、泣き続ける」と言う事である。通りを隔てても把握できる日常もある。
 
 幼児虐待とは全く無縁の状況で大切にされているのは理解しているのだけれど、その原因も明確だ。昼夜年中、空調の効いた室内が生活空間の全てみたいで、専門家ではない小生でさえ「子どもは息が詰まっている」と察しはつく。保育園、幼稚園にかかわれない専業の親子関係では孤立と言う別の問題が顕在化してしまっているのが読み取れるし発達課題が空白になってしまった部分も多いはずだ。

 種としての子育て環境は「集団」が必須と言われながら、そんな理解さえ定着していず、育児支援制度などあっても行政にどれだけ意気地があるのか「育児知らん制度」みたいに実態は皆目皆無に近いのではと思うこの頃である。
 まあ、室内で母子だけで過ごさねばならない日々は「隔離」に近いだろうから「働けないから保育園を」では済まない国家の大事が隠れているのに、昔から「皆様の○○」と必死こいている輩、嘘も方便か見当もつかないのか、これは国民の一大事じゃ…。