原作本を読んだときに好きだったシーンは、合宿の夜。
寝付けないさおりが、部屋を抜け出して談話室へいく。
そこのソファに寝転がったユッコが、さおりの書いた台本を読んでいる。
~ 私はユッコの横に座った。ユッコはそのままの変な姿勢で、
「ありがとう」
と言った。
「え、なにが?」
「言いたい台詞ばっかりだよ」 (平田オリザ『幕が上がる』講談社) ~
映画では、談話室ではなく、部屋のなかだった。
ベッドに横たわるさおりの隣に、ユッコが潜り込んでくる。
上からのカメラが二人を撮る。
ユ「ありがとう」
さ「えっ」
ユ「ぜんぶ言いたい台詞ばっかりだよ。」
ユ「ごめん、あたし、中西さんに嫉妬してた」
ユ「中西さんとあたしとどっちが好き? う~ん、ていうか、どっちと共演したい。役者として」
さ「ユッコはユッコ、中西さんは中西さん」
ユ「優等生」
さ「あたしは、いちばん役者のいいところを出す人」
ユ「あたしは、さおりのセリフを一番うまく言う人。それから、共演者を一番引き立てる人」
さ「そんなことも言えるようになったんだ」
ユ「もおぉ」
やば。思い出してると、泣きそうだ。
原作を二時間をおさめるために、割愛されているエピソードや設定もあるが、同時に、台詞の中にうまく埋め込まれているものもある。たぶん、気づいてないだけで、けっこう工夫されているにちがいない。
必要な台詞はけっこう足されていて、映像の力で人間関係の変化を一瞬にして描ききっているシーンもある。
キャラの濃い脇役陣が多数出ていることを、全国高文連理事のマンドリン顧問から聞いてて、じゃまになってないのかなと危惧してたのは杞憂だった。
みなほどよく溶け込んでいた。それだけ原作の強さがあるのだろう。
原作の深さが、映像化によってさらに鮮やかになり、アイドルももくろの映画というよりも、部活を題材にした青春映画として、歴史に残るものになってることは論を待たない。
愛おしい場面はたくさんある。
制服で自転車を漕ぐシーン。
「本気で指導させてください」って吉岡先生が言うところ。
中西さんの腕をつかむさおり。
西新宿の住友ビルの階段から高層ビル街の夜景を見上げるところ。
「あなたの演出する作品に出てみたいです」と、吉岡先生からさおりへの手紙に書いてあるところ。
吉岡先生がいなくなった後の部活ミーティング。
愛おしいわけではないが、しょっちゅう出てくる畑澤聖悟先生の存在感。
「もしイタ」「原子力ロボ」「修学旅行」の上演風景。
参宮橋のオリンピックセンター、こまばアゴラ劇場 … 。
ムロツヨシ先生が彼女たちにおごっていたハンバーグは静岡名物「さわやかハンバーグ」。
モノノフたちはきっと、あの二人のやりとりにはこんな意味があるとか、背景に流れるあの曲は … とか語るだろうが、こっちは別方面でもっと語れるぜ。
冒頭シーンで燃やして大道具小道具に「~マシンブルース」って書いてあるのは、本広監督が昔、無名の上野樹里主演で撮った「サマータイムマシンブルース」だ、とか。
あと特筆すべきなのは、教師役のムロツヨシと黒木華のお芝居だ。
さすがに、ももくろメンバーとは格のちがいを見せつけるような、若者風にいえば「神」の仕事だった。
もう、今年はこれが邦画のベストでいいんじゃないだろうか。
高校生が部活に取り組む姿は、見てる分にはほんとに心打たれ、素敵だ。
ところが当事者だとねえ … 、そうもいかないことも多々ある。
だからこそ、現実は映画よりももっと心打たれることもある(はずだ。だから皆さんんがんばりましょう!)。