□ ジュビリー・セレブレイション(ER)の開花です。
◇ 昨日の朝、そして今朝、ひんやりとした空気に秋の深まりを感じました。
画像はありませんが、庭の「ハナミズキ」の幼木が、一人前に紅葉しています。
そして自分だけの秋を確かめるかのように、じわりと薔薇の花が咲いています。
今朝はジュビリー・セレブレイション(ER)、確かこの秋最初の花のはずです。
□ イングリッシュローズ唯一のサーモンピンクの色彩に惹かれて。
蕾がたくさん控えているんですよ。
◇ 当たり前のことですが、9月くらいまでの暑い時季に咲いていたのとは、
比べ物にならないほどの花もちのよさです。
土曜、日曜と、かなり強風の時間帯がありましたが、ハラハラと散り行く花は
一つもありませんでした。
□ アイスバーグ(FL) 真白き富士の嶺、あくまで純粋な敬虔な白
□ グラミス・キャッスル(ER) 白い花に濃厚さ(?)が加わりました。
□ ウィンチェスター・キャシードラル(ER) ややあっさりとしたホワイト。
我が道を行くような薔薇。風に吹かれて♪
◇ 咲いては散り、また咲いては散り、少しずつ変わり行く薔薇の姿。
こちらが咲けば、負けじとあちらも、でもどの薔薇も春とは違って、ほんにゆったりと。
□ アブラハム・ダービー(ER) ピアノ、ピアーノ!
□ フローランス・ドゥラートル(FL) 紫陽花の葉っぱの上で咲いています。
◇ 春とは違って小振りでも、その分濃い色合いが多いようで、その分だけ
暑い夏を越してきた「たくましさ」さえ感じます。
□ エグランタイン(ER) 咲き続けながら次第に大きくなります。
□ ヘリテージ(ER)の蕾
□ シャルロット(ER)の蕾
◇ 二日連続、最低気温が10℃を切った朝。
仕事始めに先立って、ラジオ体操をしています。
私は一人、いつも桜の大木の前で、大きく腕を伸ばして背伸びの運動から~♪
強風の影響で、まるで桜の枯葉の洪水を踏みしめて・・・。
葉っぱは違うのに、こんな短歌を思い出していました。
(una poesia di oggi)
おりたちて今朝の寒さを驚きぬ 露しとしとと柿の落ち葉深く 伊藤左千夫
(1864-1913)
※ 「驚きぬ」以外は、すべて「自分」のまわりの自然(現象)をありのまま、
淡々と表現しているだけ。
写実派の歌は、万葉人のそれと千年以上の時を経て、確実につながっている
ようにさえ感じます。
内気は私(!?)は、このような素朴な歌も好きです。
でも言葉による表現の技巧も多様性も好きですから、新古今集の深山のような、
どこまでも入り込める世界にあこがれてしまいます。
□ 香りの薔薇 コントゥ・ドゥ・シャンボール(OD)
少しずつ、花びらの形が変化していきます。
◇ 昨日の朝、そして今朝、ひんやりとした空気に秋の深まりを感じました。
画像はありませんが、庭の「ハナミズキ」の幼木が、一人前に紅葉しています。
そして自分だけの秋を確かめるかのように、じわりと薔薇の花が咲いています。
今朝はジュビリー・セレブレイション(ER)、確かこの秋最初の花のはずです。
□ イングリッシュローズ唯一のサーモンピンクの色彩に惹かれて。
蕾がたくさん控えているんですよ。
◇ 当たり前のことですが、9月くらいまでの暑い時季に咲いていたのとは、
比べ物にならないほどの花もちのよさです。
土曜、日曜と、かなり強風の時間帯がありましたが、ハラハラと散り行く花は
一つもありませんでした。
□ アイスバーグ(FL) 真白き富士の嶺、あくまで純粋な敬虔な白
□ グラミス・キャッスル(ER) 白い花に濃厚さ(?)が加わりました。
□ ウィンチェスター・キャシードラル(ER) ややあっさりとしたホワイト。
我が道を行くような薔薇。風に吹かれて♪
◇ 咲いては散り、また咲いては散り、少しずつ変わり行く薔薇の姿。
こちらが咲けば、負けじとあちらも、でもどの薔薇も春とは違って、ほんにゆったりと。
□ アブラハム・ダービー(ER) ピアノ、ピアーノ!
□ フローランス・ドゥラートル(FL) 紫陽花の葉っぱの上で咲いています。
◇ 春とは違って小振りでも、その分濃い色合いが多いようで、その分だけ
暑い夏を越してきた「たくましさ」さえ感じます。
□ エグランタイン(ER) 咲き続けながら次第に大きくなります。
□ ヘリテージ(ER)の蕾
□ シャルロット(ER)の蕾
◇ 二日連続、最低気温が10℃を切った朝。
仕事始めに先立って、ラジオ体操をしています。
私は一人、いつも桜の大木の前で、大きく腕を伸ばして背伸びの運動から~♪
強風の影響で、まるで桜の枯葉の洪水を踏みしめて・・・。
葉っぱは違うのに、こんな短歌を思い出していました。
(una poesia di oggi)
おりたちて今朝の寒さを驚きぬ 露しとしとと柿の落ち葉深く 伊藤左千夫
(1864-1913)
※ 「驚きぬ」以外は、すべて「自分」のまわりの自然(現象)をありのまま、
淡々と表現しているだけ。
写実派の歌は、万葉人のそれと千年以上の時を経て、確実につながっている
ようにさえ感じます。
内気は私(!?)は、このような素朴な歌も好きです。
でも言葉による表現の技巧も多様性も好きですから、新古今集の深山のような、
どこまでも入り込める世界にあこがれてしまいます。
□ 香りの薔薇 コントゥ・ドゥ・シャンボール(OD)
少しずつ、花びらの形が変化していきます。