ペリーが持ってきたフィルモア大統領親書の冒頭に「日本國帝殿下」とある。英語では、imperial majestyとなっていた。英語→蘭語→漢語→日本語に翻訳されたのだろう。しかし、そこには「帝」(みかど)と記され、徳川幕府に手渡された訳である。教養ある人々は、帝が将軍だとは思わないだろう。尊攘志士はやはりこの國は皇尊(すめらみこと)の國との思いを強くしただろう。
やがてこの文書がボディーブローのようにゆっくり幕府体制に揺らぎを生じさせたのか。実は一片の文書が大砲よりも強烈なパンチがあったのか!ふと、そんな気がし始めた。(通航一覧続輯 第四巻)
芝増上寺