もし憲法九条を変えたら、敗戦国日本の反省を込めた憲法ではなくなる。単なる欧米を真似たありふれた近代的憲法でしかなくなるだろう。
日本は大東亜戦争によって、天皇の赤子と呼んだ臣民を310万人以上死亡させ、周辺諸国においては、約1900万人以上の命が亡くなった、と云われている。(吉田裕『アジア・太平洋戦争』岩波新書)その無言の謝罪の意味で、無理しても、この九条がある平和憲法を維持しなくてはならない。
もっとも、勝者アメリカは、敗者ニッポンに首輪を掛けるつもりで 九条を設けたのだろう。
屈辱的だから、どうしても憲法改正をしたいというのは、朴訥だが直球の反発でしかない。結果としてアメリカの術中に嵌まってしまうのだ。
今のアメリカは、日本に自分で掛けた首輪を外させ、自国の忠犬にして他国との紛争や戦闘に利用したいと思っている。それが、集団的自衛権という名のもとに行われる。
不思議なことに、アメリカの犬になるのを、憲法改正派は簡単に受け入れ反発をしないのが、全く理解できない。
稲穂の国