昔、こういう言葉が一般常識用語だった。米・国鉄・健保の赤字のことだった。あの頃はまだこの国の政府にいくらかの信用があった。一般会計だけで、それを見せられて国民は国の借金を心配したものだ。建設国債とか、赤字国債とかの分類もされていた。
米は国の補助から脱して、普通に商品として流通することになった。
昨年のことだが、北海道の米がうまくなったのは地球温暖化のお陰と言った政治家がいた。彼は滑り芸を得意とする芸人なのか、ただ言葉だけを覚えて知ったかぶりする政治屋なのか、判別はつかない。どちらにせよ、名が残るヒトではなさそうだ。
ただ、この国はカロリーベースで食料自給率を論議する。それはリベラル系マスコミも同じ。この辺が何となく信用できない。
国鉄が民営化したら、地方は廃線が増えて過疎の町と村が残った。儲け過ぎたのがJR東海で、技術屋の夢なのか、人の移動の必要性が減少したのにリニア新幹線をやるという。
しかも公費を投入したいらしい。環境問題を考えると、望んでいる者は少ないだろう。
健保の赤字は未だ常態化している。元々一般会計から投入すべき福祉分野と考えるべきではないか、と思っている。
3K赤字の問題は、田舎の米利権を守り、国鉄労組の力を剥ぎ、老人を筆頭に社会弱者を庇護する政策とも言える。
これはそのまま自民党の票の確保につながり、自民党の存続の為の政策誘導だったことが半世紀たって何となく辻褄があってきた。
この世には振り返ると、結局解らないこと、結果として嘘だったことが多い。
戦後の経済をリードしてきたのは確かに自民党政治だったが、しかし、近頃はミス・リードがあまりに多い。
夕暮れ時は淋しそう、…という歌の一節があったような、…。