先日、西部邁氏が多摩川で死んだ。西部は若い頃、朝ナマ(「朝まで生テレビ」テレビ朝日)によく出ていた。よくしゃべる、理屈が長けた学者だった。しかし小綺麗な修辞学は極めていても、ひとの心に残る言葉は吐けなかった。大声をあげて、暴れていた、大島渚や野坂昭如はともかくも皆の記憶に残った。
彼ならばコンビニ行くように多摩川に入水したのだろう。でも、多摩川で死にたくない。理由はむかし東横線で通っていた時に、あの川が洗剤で泡が舞っていたのを知っていたからかも、いや違うな、普通に生きてきた自分にはそういう死に方は難しい。当たり前に病院のベッドで死ぬのだろう。
冬の湘南平より
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電波塔があったかどうかも記憶していません。クラスの一部の連中が湘南平が良いと言い張ったことを覚えています。
今なら、景色だとか、桜だとか、なにか感ずるところもあるでしょうけど。あのころは、まだ人間になりきっていなかった。