ふぶきの部屋

皇室問題を中心に、政治から宝塚まで。
毎日更新しています。

雅子にとって愛子にとって外国訪問が・・4

2014-02-23 17:46:52 | 皇室報道

 皇室と政治の関わりについて

日本国憲法には「天皇は,この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ,

国政に関する権能を有しない。」と規定されております。

今日の日本は,戦後,日本国憲法を基礎として築き上げられ,

現在,我が国は,平和と繁栄を享受しております。今後とも,

憲法を遵守する立場に立って,必要な助言を得ながら,

事に当たっていくことが大切だと考えております」

 な・・何なのでしょう?「事に当たる」とは。

  とても皇族の言葉とは思えません。

 この「憲法順守」は本当に左翼的というか。

  まるで社民党とか民主党の主張を聞いているような気がします。

  一言「政治に関わる事は許されておりません」でよかったのでは?

  まあ、そういう本人が習近平夫人に会うやら水問題に関わるやら

  十分政治的な活動をしているのですが。

  自ら憲法違反をしておいて「憲法順守」とは・・・・でも、左翼的な思想を

  持っているなら、今やってる事は「違反」にはならないと思っているんでしょう。

 皇太子がこのような思想に至ったのは、本人だけの責任ではないと

  思います。

  今上が受けてきた教育、皇后が受けてきた教育、そして皇太子自身が

  受けてきた教育の結果なのだと思います。

  その点、秋篠宮は少し色が違います。社会的経験の中で皇室の意義を

  見直したのか、どちらかといえば保守的な考えと思います。

   そこには祖父である昭和天皇やその回りの方々とのふれあいがそう

  させて来たのではないかと思います。

  皇室の藩屏を敵に回した天皇と皇后。その溝を埋めて来たのが秋篠宮

  なのです。

 

 火葬について

天皇陛下には,皇室の歴史の中に,御陵の造営や葬儀に関し,

人々に過重な負担を課することを望まないとの考え方

古くよりあったことに思いを致され,御陵や御葬送全体についても,

極力国民生活への影響の少ないものとすることが望ましいとのお気持ちをお持ちであり,

同時に,これまで長きにわたる従来の皇室のしきたりはできるだけ変えずに,

その中で今という時代の要請も取り入れていくことを心掛けていらっしゃいます。

火葬の導入や御陵の縮小についてもこうしたお考えを踏まえたものであり,

このような両陛下のお気持ちについては,以前より伺っており,

私も秋篠宮も両陛下のお気持ちを尊重しておりますし,ま

た,私も両陛下と同じように考えております」

 「人々に過重な負担を課することを望まない考え」これを

  皇太子が言うといかにも嘘っぽいというか。全くの嘘にしか聞こえません。

  警備やお遊びに関して言えば、常に「国民に過重の負担」を押し付けてきたのに。

  どの口が言うかです。

 火葬については、はっきり言ってそこまで深く考えていないのではないかと。

  「来世」の方が重要ですものね。

 

 人とせっする時に心掛けていること

様々な場面で,様々な方と,小さいお子さんから年配の方まで年齢も様々で,

またそれぞれやっていらっしゃることも異なる皆さんとお会いする機会が

私もありますけれども,やはり皆さんがどのような活動をされているか,

そしてその活動に対してどういうふうな思いを持っておられるか,

そういうことをできるだけ克明に伺うことができればといつも思っておりまして,

そのような観点からできるだけ多くのことが伺えればと,

常に思ってそのことを心掛けてはおります。ともかく,皆さんお会いする方々は,

お会いする時間もまちまちですけれども,その限られた時間の中で,

できるだけ多くのことを一人一人の方から引き出していくことができれば,

それは最終的には私自身にとっても大変大きな糧となると思っております」

 この一文は完全に雅子妃が作ったものと言えます。

  雅子妃の文章の特徴は「言いたい事がわからなくなる」ので「あれも

  言わなくちゃ。これも言わないと」状態になり支離滅裂になるんですね。

  文章力と言うのは学歴とは関係がないようで

 要約すると「様々な立場の、様々な年代の方々と限られた時間の中で

  出来るだけ意義深い出会いを持ちたいと思うし、皆さんの思いを

  知りたいです」という事でしょうか。

 

 海外訪問について

確かにおっしゃるように,雅子の状況も少しずつ良い方向には

向いてきていると思います。

それから愛子もこの4月からは中学に進むように,だんだん

大きくなってきております。

やはり雅子にとっても外国訪問が治療上も良いのであれば,

そしてまた,愛子にとっても視野を広めるという意味で外国の地を

見ておくことが良いのであれば,様々なことを考えて,

今後ともどのような外国訪問ができるかということをいろいろ考えていく

必要があると思います。実際,私たちもそのようなことをいろいろ

考えているところではあります」

 全く・・・税金を使って妻の治療の為に外国訪問する?

  娘の視野を広める?

  ついさっき「国民に過重な負担をかけない」主義だって言ったのでは

  なかったかと。

  皇太子にとって「外国訪問」とは自分のステイタスを高める事であり

  妻が機嫌よくなる事なんでしょうね。

 「実際、私達もそのような事をいろいろ考えている・・・」という部分は

  色々「画策」しているに聞こえます。これが将来の天皇の言葉です。

 

全体的に皇太子の発言はより一層政治色を深め、左翼風味になってきました。

この事を問題視しないマスコミと政府には疑問を持ちます。

小和田家による洗脳が着々と進んでいるんでしょうが、「戦後の教育」という

下地があったればこその話。仕方ないのかなという諦めも。

自国の国民を通り越して「国際交流」に精を出す皇太子。

私達国民は彼を決して認めてはいけないのです。

 

 

 

 

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雅子にとって愛子にとって外国訪問が・・皇太子54歳 3

2014-02-23 17:21:45 | 皇室報道

 公務の引き継ぎについて

公務についての考えにつきましては,以前にも申しましたけれども,

過去の天皇が歩んでこられた道と,天皇は日本国,そして国民統合の

象徴であるとの日本国憲法の規定に思いを致して国民の幸せを願い,

国民と苦楽を共にしながら,象徴とはどうあるべきか,

その望ましい在り方を求め続けるということが大切であると思います。

 何だか左翼っぽい・・・と思いました。

  「日本国の規定」などという言葉をなぜここで出すのでしょうか?

  現在、皇太子である彼がすでに「天皇」であるかのような発言にも

  聞こえますし、わざわざ「日本国憲法の規定」という言葉を出す事によって

  政治的配慮をしたように見えます。

 はっきりいって、「公務」と「象徴天皇」である事は違うんじゃないでしょうか?

 「天皇」というのはそこにいるだけで「天皇」なのです。そして天皇として

  一番大事な役割は「祭祀」を通して国家の安寧を祈る事。

 それが「国民の幸せを願い、国民と苦楽を共にする」事になるのです。

 憲法には「象徴」と書かれていますが、この「象徴」という言葉に深い意味はないと

 私は考えます。ただ「天皇」という存在をどういう言葉で表現したらいいか

 わからないので、あえて「象徴」という言葉にしたのだろうと。

 そんな戦後の混乱期に作られた「憲法の規定」に思いを致すという事は

  「憲法改正」という問題をかかえる現政権へのけん制でしょうか?

  むしろ「憲法」ではなく「皇室典範の規定による男系の男子」である事に

  思いをはせ・・・となるべきだったのではないかと思います。

 この一文は非常に問題があると思います。

  多分、作ったのは小和田氏でしょうね。

  というのも「国民の幸せを願い」「国民と苦楽を共にする」という言葉は

  女性週刊誌などで散々使い古されてきた「皇室のイメージ」なんです。

  天皇がそういった・・・という事ではなく、今上陛下の在り方が「そう見える」

  という事に他ならないのです。

 この二語を見て真っ先に思い出したのは、例の「皇后バッシング」

  です。あの時、元ふ育官の浜尾さんは「天皇は国民の幸せを願い、国民と

  苦楽を共にする筈なのに、今は楽ばっかりだ」と言った、あの発言です。

  つまり、小和田氏の中の「皇室」イメージは雑誌の受け売りにすぎないという

  事です。

 望ましいあり方を求め続けるというのは聞こえがいいのですが、

  皇太子がやっている事は真逆であるという事がわからないのでしょうか?

  また、質問では「傘寿を迎えた今上の公務を受け継ぐ」事についてだったのに

  いきなりここで「象徴天皇の在り方」を持ち出す事自体、おかしいです。

 

同時に,これまで行われてきている公務を踏まえつつ,

将来にわたり生じる日本社会の変化に応じて,公務に対する社会の

要請に応えていくことが,重要であると考えております。

 「人格否定発言」では「やりがいのある公務」と言っていたのに

  「社会の要請に応えていく」と変化していますね。

  とはいえ、社会の要請とは何でしょうか?

  「天皇はいらない」と言われたら「わかりました」と答える事でしょうか?

 

天皇皇后両陛下には,これまで,毎年,こどもの日,敬老の日及び障害者週間の

前後には,関連施設をご訪問になり,入所者に心を寄せられ,

また,多くの関係者をねぎらってこられました。

このような両陛下のお気持ちを体して,私たちも心を込めて,

この施設訪問を受け継がせていただきたいと考えております。

 つまり、施設訪問はやる・・・という事ですか?

  陛下、将来的に施設訪問はなくなりますよ。

 

我が国社会は,少子高齢化,地方の活性化,環境・エネルギー問題や

防災対策を始め様々な課題に直面しています。

私としては,高齢者や障害者の方々,子どもたちを取り巻く環境や日本が直面してきた

災害の歴史やそれに対する対応などを始めとして日本社会が抱える

諸課題やそれに応じた社会の変化を知り,国民の皆さんが日々どのような苦労をし,

また,それらを克服するためにどのように取り組んでいるかを

学ぶように心掛けております

その際,そうした多くの方々の苦労を心に留(とど)めるとともに

課題を抱えながらも前向きに努力されている方々を少しでも励ますことができればと

思っております。

また,同時に,世界各国との相互理解を深めていくことが大切だと思いますので,

文化交流や国際親善の面でもお役に立てればと思っております

今後とも,常に学ぶ姿勢を忘れずに,世の中のためにできることを

心掛けてやっていきたいと思います。

 「文化交流」「国際親善」・・・・まるで故高円宮のようではありませんか。

  つまりそういう事をやりたいという事ですね。

  外務省と関わりを深くして、韓国へも行って。

  国内の事は「学ぶように心掛け」「心をにとめおく」

  一方、外国に関しては「お役に立てれば」

  はっきりしてますね。

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雅子にとって愛子にとって外国訪問が・・皇太子54歳  2

2014-02-23 17:02:50 | 皇室報道

 雅子妃と愛子内親王について

この10年を振り返ると,雅子は,病気の治療を続ける中で,

体調をその都度整えながら,公私にわたってできる限りの活動をするための

努力を続けてきました

そうした中で,昨年4月末に行われたオランダのウィレム・アレキサンダー国王陛下の

即位式への参列のため,二人そろってオランダを訪問できたこと,

また,昨年後半には,宮城県,福島県,岩手県の被災地を一緒に

訪問できたことを大変嬉(うれ)しく思っております。

雅子は,訪問と現地での行事出席の実現に向けて,

体調の調整にとても気を遣ったと思います。

しかし,本人の努力も実り,無事に訪問を終えることができました。

以前にもお話ししましたが,オランダ王室からのご配慮も頂き,

こうした訪問を実現できたことは,雅子にとっても一つの自信になったように思います。

このほか,昨年は,東京で行われた障害者スポーツ大会の開会式

皇居宮殿での文化勲章のお茶会などにも二人そろって出席することができました。

 一言でいうと「無理して行ってやったんだよ」感がつきまとう、ひどい文章です。

誰も皇太子妃にオランダへなんか行って欲しいと思わなかったし、東北も同じです。

それは「皇族」としての義務を果たす為にそうしたのではないのですか?

その「義務」に対して、押し付けがましく「体調の調整にとても気を遣った」とか

本人の努力も実り」などという言葉をちりばめる事で、

本当は行きたくなかったのに行かされた」感が満載で。

これを読んだ多くの国民は多分「そこまで大変ならいかなきゃよかった」と思うでしょう。

まして「努力が実って」オランダへ行ったはいいけど、大恥をさらして国益に

ならなかった。これは皇族としての「失敗」に他ならないのでは?

 「この訪問が実現できた事が雅j子にとっても自信」という文は、毎回

  同じような文章を組み込みますが、どこまでも「自己中心的な考え」である事に

  間違いありません。

  そもそも誰の為にオランダへ行ったのですか?誰の為に東北へ行ったのですか?

  雅子妃の「自信」の為ですか?

  これまた「本当は行きたくなかったのに・・・」という裏の言葉がある。だからこそ

  「自信」に繋がったなどと言うのだと思いました。

 小さな子供じゃあるまいし、いちいち「出来た」事を列挙しなくても・・・と思います。

 

このように,雅子は,確かに快方に向かっておりますが,

これですぐに活動の幅が広がるわけではないと思います。

お医者様からもご助言を頂いているように,体調を整えながら,

まずは,できることから少しずつ時間を掛けてやっていってほしいと考えております。

国民の皆様より私たちに対して温かいお気持ちを寄せていただいておりますことに

改めて心より感謝の気持ちをお伝えいたします。

 「出来ること」というのは何なんでしょう?

  雅子妃も50歳です。「出来る事」を始めるには遅すぎませんか?

  人と言うのは残念ながら歳を取って行き、出来る事がだんだん少なくなって

  行くものなのです。

  10年以上、何もできなかった人が今さら「出来る事を始めよう」と言われても

 出来るものなのでしょうか?

  それが唐突な「オランダ訪問」や「被災地で限られた人にだけ会う」事なのか。

 私達からみると、10年前と何も変わっていないし、むしろ退化しているように

見えるのですが。

 また、目標をどこにおいているのかさっぱりわかりません。

  目標もないのに「出来る事から」と言われて頑張れる人間はいないでしょう。

 

また,愛子が,もうすぐ初等科の卒業式を迎えるのかと思うと,

大変感慨深いものがあります。6年前,一緒に入学式に出席したことが,

昨日のことのように思い出されます。

愛子は,この6年間,多くのことを学びました。

また,勉強だけでなく,友達にも恵まれ,クラブ活動など課外活動を通じ,

幅広い経験と多くの仲間を得ることができたと思います。

昨年夏の沼津海浜教育の際には,500メートルの距離泳を完泳するなど,

随分たくましくなりました。

昨秋の運動会では,6年生が,初等科生活の集大成として全員で行った組体操に参加し,

見事なピラミッドを創り上げるなど,友達と協力して演技をやり遂げたことは,

本人にとっても良い思い出となったと思いますし,

初等科を卒業してもこのような心に残る思い出を大切にしてほしいと思います。

愛子は,この春から学習院女子中等科に進学することとなりますが,

これから,より多くのことを勉強し,社会と接する機会も多くなると思います。

愛子には,知識を吸収し,さらにそれを社会で実践していくために,

自分で考え,行動できるようになるとともに,

周囲への感謝の気持ちや配慮を大切にしながら,健やかに育ってほしいと思います。

 ここらへんは父親の感慨というより、母親の感情のように見えます。

  父親の感想としては細かすぎて不気味です。

 水泳や運動会のピラミッドなど、普通の子が普通にやってる事を殊更に

  「やり遂げた」と持ち上げるあたり、親ばかすぎるのですが、ある意味

  「障碍」の暴露のようにも見え。

  とはいえ、永遠にカミングアウトしない気なんだなと思いました。

  

両陛下には,雅子の体調をお気遣いいただき,

そして,愛子の成長を温かくお見守りいただいていることに心より感謝

申し上げております。

また,国民の皆様に温かく心を寄せていただいておりますこと,

多くの方に愛子の成長を支えていただいておりますことに心より感謝しております。

 出たーーありがたや「感謝」発言。なんでもかんでも「感謝」といえば

 いいと思って。

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雅子にとって愛子にとって外国訪問が・・皇太子54歳  1

2014-02-23 08:30:03 | 皇室報道

皇太子殿下は本日、54歳の誕生日を迎えられました。

54歳・・・54歳・・・と反芻して「皇太子にとって54歳はなんだろう」と

思わざるを得ません。なぜって、いまだ大人になれない方だからです。

 

 誕生日会見全文 

 1年を振り返って

この1年を振り返りますと,夏から秋にかけて,これまで経験のない

大雨が各地で記録され,また,台風が伊豆大島に痛ましい被害をもたらすなど,

多くの自然災害が発生したことは,大変心の痛むことでした。

度重なる台風及び豪雨により亡くなられた方々に心から哀悼の意を表しますとともに,

ご遺族と被災された方々にお見舞いを申し上げます。

被害からのできる限り早い復興をお祈りしております。

また,このところの大雪によって,地域が孤立したり,

各地で被害が出ていることも心配しております。

昨年後半には,宮城県,福島県,岩手県を雅子と共に訪問しましたが,

東日本大震災の被災者の方々が,まだまだ大変なことが多い中でも,

支援を受けながら,これらの困難に立ち向かい,前向きに生活や生産の場の

再建に取り組んでこられている様子を心強く思いました。

東北の方々は,今年も,雪の多い厳しい冬を迎えています。

厳しい環境の中ではありますが,これからも関係者の努力により,

1日も早く復興が進み,多くの被災者の方々の生活が改善され,

安心して暮らすことができるよう,被災された方一人一人の幸せとご健康を祈りながら,

雅子と共に,被災地の復興に永く心を寄せていきたいと思います。

 とても違和感を覚えるのです。この文章。

  一見、非常に「心を寄せている」かのように見えるのですが、まるで新聞記事を

  読んで感想を述べているような薄っぺらさを感じます。

 皇太子夫妻は昨年、東北の仮設住宅などを訪問した筈ですが、そこで何も

  感じなかったのでしょうか。「経験」に裏打ちされた感想とは思えません。

  さらにいうなら「地域限定」・・・例えば「東北の」などという言葉を使うと

  今回の雪害は東北だけでなく、関東甲信越にまで及んでいるし、そういう意味で

  「片より」を感じます。

 皇太子が(というより雅子妃は)被災地を訪問しても、そこの話をほとんど

  聞いてない事が明らかになったし、さらにいうなら、通り一遍の言葉でごまかして

  おけというようないい加減さを感じます。

 

現在,日本社会は,様々な意味で転機を迎えています。

この1年,国内で訪れた各地で,諸課題を克服するために,

社会の中から前向きな取組が生まれていることを実感しました。

例えば,東北の被災地において,地域ぐるみで,高齢者や子育て層などを支援している

仮設住宅を訪れ,人々の優しい心の触れ合いを感じることができました。

また,全国障害者スポーツ大会では,大会参加者を支えるボランティアの方々の

献身的な仕事ぶりに心を動かされました。

さらに,山間地域の皆さんが協力して,里山の景観や伝統的な農法を保存し,

継承しながら,努力されるなど地域活性化のために

各地で様々な取組が行われていました。

若い方々との交流でも印象深いことがありました。

昨年8月には,震災を乗り越え,自らの力で復興プロジェクトを企画・実行し,

未来を創造しようと取り組んでいる「OECD東北スクール」の中高校生にお会いし,

その熱意に強い印象を受けました。

また,昨年来約850名の青年海外協力隊員とお会いしましたが,

開発途上国での草の根協力のために派遣される,

若者たちの志気の高さを実感し,若い人たちの将来に向けた前向きで

積極的な気持ちを感じることができ勇気付けられました。

同時に,途上国の現場に入り,現地の人々を指導し,

自立できるようにするという協力隊の在り方は,日本の海外への技術協力の

良い例であると思います。

これらは,ほんの一部にすぎませんが,各地で,将来に目を向け,

社会の絆(きずな)を大切にした,多くの取組が地域に根付いてきております。

これからも,若者,女性,高齢者,障害者を始め全ての人々が積極的に社会に

参加し,しっかりと手を携えて,他者に対していたわりの気持ちを持ち,

助け合いながら,活力のある社会を構築していっていただければと思います。

 この一年を振り返って、例えば「海外青年協力隊」や「被災地のボランティア」

 の活動に目を止めた・・これまた一見、すごい事のように思えますが

  海外青年協力隊との接見は毎年行われているもので、今さら感があります。

 障碍者スポーツ大会なども毎年の公務ですね。

  今さらはっとした・・・という事になるんでしょうか。

 ここでも当然のように「東北の」と出てきますが、震災から早3年。

  あまりにも「東北の」にこだわりすぎるのはどうかと。かえって視野が狭い事を

  暴露する事になりませんか?

 OECD東北スクール」の件は、外務省小和田がらみの公務で「美談」に

 したてあげられており、わざわざこれを口にする事自体「片より」を感じます。

 

今月の初めからロシアのソチで冬季オリンピックが行われており,

連日のように放映される世界最高レベルの競技に魅了されつつ,

選手一人一人のこれまでの努力と苦労に思いをはせております。

日本の選手もよく頑張っており,これまでの健闘をたたえたいと思います。

昨年9月には,2020年の東京オリンピック・パラリンピックの開催が決まりました。

日本におけるオリンピック・パラリンピックの開催は,子どもたちに夢を与え,

日本の社会が将来に向けて活力を得ていくきっかけになればと思います。

私自身は,前回の東京オリンピックの時は4歳でしたが,

馬術競技などを観戦に行ったり,閉会式に出席した思い出がありますし,

世界各国から集う選手を見て,子どもなりに,世界との出会いを感じたことを

記憶しております。

6年後の東京オリンピックを目指して,我が国を含む世界各国の選手が,

研鑽(けんさん)を積む機会となるとともに,世界の人々から喜ばれる大会と

なることを心から願っております。

 オリンピック誘致に関しては去年、高円宮妃が誘致活動に参加した事で

  「政治に利用されたのではないか」と批判を受けたではありませんか。

  そんな微妙な話を単に「子供達に夢を与える事」だから素晴らしいと褒め称える

  のはいかがなものかと思います。

  「オリンピックは子供の夢」「オリンピックは社会に活力を与える」というのは

  どう考えても高度経済成長時代のものの見方であり、こんな事を皇太子が

  本気で考えているなら、彼の頭は昭和40年代でストップしているのか?と

  思われます。

  まあ、今さら「4歳」の記憶を掘り起こして「世界との出会い」を感じた記憶を

  語っているので、そういう「古い」事はよく覚えているのかもしれません。

 さらにいうなら「6年後」の事にここまで強調して期待を示す事に違和感があります。

  非常に政治的な印象のする言葉です。

 

また,昨年6月には,富士山が世界文化遺産に登録され,

12月には,和食が,日本人の伝統的な食文化として,

ユネスコ無形文化遺産に登録されるなど,日本の自然,伝統や文化は,

国際的にも認められてきております。

近年,外国から日本を訪れる観光客は増えていますが,特に東京オリンピックが

開催される2020年には,外国からも多くの観光客をお迎えすることになります。

くの外国のお客様に,我が国の文化や風土に親しんでいただけるよう,

国民の皆さんが力を合わせていかれることを願っております。

 無形文化遺産にならなくても、日本の食や文化は国際的に認められて

 いる・・というより「浸透」しているんですよ。

 それを「認められてきている」という言葉を使う事が、「遅れてる」って感じです。

 外国人観光客が増えている云々の話も同じ。今さら何を言ってるんだ?

  オリンピックに関わらず、震災の一時期を抜かして日本への観光客は常に

  多い状態ですよ。いや、いうなれば、あの震災の時ですら「だから日本へ行こう」

 と思ってくれた外国人が沢山いた・・という事に触れるべきではなかったかと。

 「国民の皆さんが力を合わせて・・・」という部分は政治家の発言そのものです。

 いつからそんな上から目線で国民に要求しているんだよ、と不快感が。

 それを言うなら「多くの外国人が日本を訪れる時、我が国のよさを実感される

 だろうと思います」で十分では?

 

昨年3月には,ニューヨークの国連本部で開催された

「水と災害に関する特別会合」において,国連「水と衛生に関する諮問委員会」の

名誉総裁として基調講演を行い,我が国の災害の歴史を振り返りつつ,

災害の歴史を伝えていくことの重要性とそこから導かれる教訓について

お話しいたしました。その後も,フィリピンの台風を始め各地で災害が続く中,

昨年11月,国連大学で行われた「生態系を基盤とした防災・減災」と題する

国際シンポジウムを聴講し,防災や減災を念頭において自然環境を守り,

自然と共生していくことが大切であることを改めて認識いたしました。

世界においては,地球温暖化や生物の多様性の減少,自然災害,

貧困や食糧不足などが現実の問題として進行するとともに,

一部の国や地域では武力紛争が継続し,子どもを含む多数の犠牲者や

難民が発生しております。

こうした中で,紛争を予防し,貧困を克服していくとともに,

環境破壊や自然災害を防ぎ,将来にわたって持続可能な開発を達成することが,

求められているように思います。

昨年11月には,ヘレン・クラークUNDP総裁にお会いし,これらの諸問題への

国連の対応についてお話を伺いました。

私が取り組んでいる「水」の問題は,こうした様々な課題に密接に関連し,

その解決に向けて有益な視点を提供できるものと思います。

これからも,「水」の問題を切り口として,世界が直面する諸課題に関

心を払っていきたいと思います。

 皇太子は日本の皇太子であって世界の皇太子ではないのです。

  「世界の貧困」や「水問題」に関心を示すのはいい事だけど、それはひっそりと

  心に思っておけばいいだけで、公の場で口にする事ではありません。

  日本にも「水問題」はあるし、環境破壊や自然災害による「貧困」問題は

  多々あります。

 先に皇太子は東北の震災被害や雪害について心を寄せる発言をしていますが

  この「水問題」程詳しく丁寧には考えていないと思います。

  本当の水問題を考えるなら、環境破壊や自然災害を考えるなら、まずまっさきに

  国内の被災状況をより詳しく知るのではないかと。

  たとえば、なぜ日本では水害が起こるのか・・・とか、今回の雪害において

  住宅が孤立するのはなぜなのかとか、そういう事を具体的に考えるべきです。

  でも、本来それは皇太子の考える事ではない。

  つまり、皇太子における「水問題」は受け売りにすぎず、机上の空論にすぎない

  という事です。

 そのような事を偉そうな顔をして語るのは愚の骨頂。

  恥ずかしいと思わないのでしょうか。

 

また昨年4月には,オランダ王室からご招待を頂き,オランダの

ウィレム・アレキサンダー国王陛下の即位式に雅子と一緒に参列いたしました。

6月には,日本スペイン交流400周年の名誉総裁としてスペインを訪問し,

スペイン王室及び政府の関係者から心のこもったおもてなしを頂いたのみならず,

支倉常長一行の子孫といわれるハポン姓の人が多い,

コリア・デル・リオ市では,炎天下にもかかわらず多くの市民の皆さんに

温かく迎えていただくとともに,地元の小学生から東日本大震災からの

復興の願いを込めた日本の歌の合唱をプレゼントしていただくなど,

人との温かい交流を通じ,心に残る訪問となりました。

12月には,融和の精神をもとに,長きにわたる困難な活動を経て,

平和裡(り)にアパルトヘイト廃止を果たしたネルソン・マンデラ元南アフリカ大統領の

追悼式に出席しました。

この訪問を通じ,民主主義や人権の尊重など普遍的な価値を体現した

マンデラ元大統領への尊敬の念を深めるとともに,

アフリカを始めとした各国の大統領,首相,首脳経験者,

王室の方々など多くの方にお会いすることができました。

マンデラ元大統領の自伝である『自由への長い道』には,

「あらゆる人間の心の奥底には,慈悲と寛容がある。

肌の色や育ちや信仰の違う他人を,憎むように生まれついた人間などいない。

人は憎むことを学ぶのだ。そして,憎むことが学べるのなら,

愛することだって学べるだろう。愛は憎しみよりも,

もっと自然に人の心に根づくはずだ。・・・人の善良さという炎は,

見えなくなることはあっても,消えることはない。」というくだりがありますが,

心を打つ言葉だと思います。

また,本年は,日本とスイスとの国交樹立150周年に当たり,

名誉総裁としてスイスとの交流にも携わることになります。

今年も各国との親善関係が深まるよう,国の内外で多くの方々と交流することを

楽しみにしております。

 皇室の人間であるならまず「王室」関係の話を詳しくするべきではないかと。

 オランダの招待を受け・・・というか、かなり迷惑をかけて即位式に出席した事に

  もう少し謝意を示すべきだし、スペイン訪問の事についてもまずは「王室と

  政府関係者」ではなく、まず国王陛下に謝意を示すべきでは。

  異様にマンデラ氏について長く語っているのは、まるで外務省の人みたいですね。

  マンデラ氏の言葉まで引用するとはかなり異様。

  自分が皇族である事を忘れ、外務省の一員にでもなったつもりでしょうか。

  なぜこの事をもっと問題視しないのか、政府の対応が悪すぎます。

 

最後になりますが,昨年6月には,結婚20周年を迎え,

20年前の結婚の儀を始めとする諸行事を感謝の気持ちのうちに懐かしく思い出すなど,

この1年も大変感慨深い年となりました。

この20年,国民の皆様に私たちを温かく見守っていただいていることに改めて

 

心より感謝いたします。

 

 20年間に起きた結婚生活のあらゆる思い出がたった1行程度というのは

  いかにこの夫婦の結婚生活が表面的であったかわかる例だと思います。

  20年の間に「人格否定」発言まで出して皇室を混乱させた責任を皇太子は

  一切感じていないのでしょうか?

 

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