病を患い、今月5日から5日間入院した。
手術台に載ることになったが、不安ながらも、ワクワク感があった。初めてのことなので、何か貴重な経験が得られるのではないかと。初めて見る手術室。仰向けになると、周りから天井にかけ自分を取り囲む医療設備が美しい。明るい照明、精密な機器。顔に布が掛けられ、医療スタッフのキビキビした行動を感じながら、麻酔がいよいよ陶酔の世界へ誘う。
意識が薄れ眠りに入ったようだ。そして、はっきりと、絵、というか写真のように鮮明な画像が現れた。自分は現実には眠っているのだろうが、はっきりと絵をみている、楽しんでいる、という意識がある。その絵は3時間後、病室のベッドに戻るまで鮮明に、目の前、いや、頭の中にあった。真白なタイルに花か何かの植物の模様が、赤、黄、青、緑色を主に施されている。タイルは規則的に並んでいるようで、不規則である。この絵は何を意味しているのだろうか? わからないでいた。
何日か後に気がついたのだが、手術室の美しさが、僕の感覚を使ってあのような絵を、脳みそのキャンバスに描かせたのではないか。
僕は、子供の頃、熱を出し寝ているとき、天井のうねうねした木目が動き出し竜などの姿に変わっていった。形のあるようであり、ないようであり、夢うつつ幻覚の中の絵なのだ。そんな夢に出てくるものを、絵に残したいと思うことがあった。
話は飛ぶが、画家など芸術家は、夢の中で、いいアイデアがひらめく、のようなことがあるらしい。黒澤明は自分の見た夢を「夢」という映画で映像化した。世界の黒澤も夢の世界を現実によみがえらせたかったのだな。それで僕のような凡人でもそのようなことがあってもいいのではないか、と思うのだが・・・・・。
今度の夢の中の絵。上記のような画像が自分を囲むように見えていた。
2019年11月11日 岩下賢治