先月、実家で、かなり永いこと閉ざされたままになっていた引き出しから「古文書」が発見された。
それは、私にとって大変貴重な資料である。私の高等学校時代の3年間、生徒たちが持ち回りで毎日書き続けてきた学級日誌の3年分全ての原本のことである。なぜ、日誌の原本を私が持っていたのかははっきりしないが、卒業文集の資料につかった後、たまたま私が保管することになりそのままとなったのだと思う。
この日誌を読んでみると、これは宝物だ!と、思わずにはいられない。
日誌は毎日、当番の生徒が記入していた。その日の、授業、行事、そして自分が伝えたいことをかなり自由に書いている。私はこの時期に、自分個人でも日記をつけている。日誌と、自分の日記によってその当時の有様がアリアリと蘇ってくる。15~17才という青春真っ只中の時代。悩み、葛藤、怒り、喜びなどが、まだまだ狭い人間、友達などの世界の中で渦巻いている。読み進むと、息苦しくなり、疲れて、思わずページを閉じてしまいたくなることもしばしば。
おおげさかもしれないが、人生を日本の歴史に例えるなら、この高校生時代は、明治維新前後の時代にあたるように感じる。新しい時代を築こうと、若い人たちが、模索し、悩み、壁にぶつかる。成熟した今からみれば、エネルギー溢れる素晴らしい時代だった。
以前このブログでも書きました。「人生とは一日一日の積み重ねの総体である。」と。
15~17才の思春期は大人になるための大切な時期ではあるのですが、思春期そのものが記憶されるべきかけがえのない時期だと思います。それなのに、最近は、悩み多き、甘酸っぱい、青春時代であったなあ・・・などと歌の文句のように懐かしむことしかなかったのです。この貴重な「古文書」の発見でイキイキとしていた若い時代にタイムスリップし、今の自分に活をいれたいという気持ちにもなるのです。
この日誌は、私個人にとっての宝物ですが、このブログをお読みの方にも何か青春時代を甦らせてくれる宝物ありませんか?あれば大変幸せなことだと思います。
絵は、現在の、東京都立武蔵高校正門(母校) 6月1日 岩下賢治
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