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野鯉釣り
今考えても、他人が見たら可笑しな光景だったと思う。
中学生がしたり顔をして、何本かの鯉釣り竿を川に並べているのである。
今の魚野川と違いその頃は、瀬と淵がはっきりとしていて、
鯉釣りのポイントが何箇所もあった。
旧川口町と堀之内町の境界、国道の大きなカーブの下には大きな淵が渦巻いていた。
川船の船頭が竹の長い竿をさしても、そこに着かないほどの深さで、
子供心にも不気味な淵も淵だった。
他にも、宇賀地橋の右岸上手など、護岸のテトラポットが沈められ、
格好のポイントになっていたものだ。
前日から考えていたポイントに朝早くから出かけ、仕掛けを入れて態勢を整え、
土と蛹を混ぜて寄せ餌として撒く。
天候と、その日の濁り具合など水の状態と、後半分は運である。餌は竿によって、
蚯蚓、粒蛹、薩摩芋等を分けて付ける。
水の澄んでいる時は小魚から順番に寄って来るのが見える。
やがて、竿先が静かに上下する。
大きな鯉が餌を吸うように食べ始めたのだ。
他の魚とは明らかに違う当たりに心躍らせ、ぐいっと合わせる。
確かな手応えは有っても、大物はすぐには寄らず糸鳴りをさせて、川の流心に向かって走る。
鯉との駆け引きが何倍もの時間に感じられる。タモ網に納めても暫くは動悸が治まらない。
激流でもまれた野鯉の味は言うまでも無い。
我が家でも食べたが、連絡すると町の仕出屋が半切を下げ、自転車で買いに来たものだ。