良い知らせがようやくウクライナから届いた。
米連邦議会で半年間の足踏みがあった末に、バイデン政権が今年4月に610億ドル規模の軍事支援パッケージを承認したことが成果を上げている。
なかでも、300キロメートルの射程距離を誇る弾道ミサイル「ATACMS(エイタクムス)」が届いたことで、ウクライナは今、ロシアの占領下にあるクリミアのどんな標的も攻撃できるようになり、絶大な効果をもたらしていると、英エコノミスト誌。
ジョー・バイデン米大統領が欧州の同盟国からの強い要請に押され、ロシア領内の軍事目標攻撃に米国製兵器を使うことへの制限(核戦争にエスカレートすることを恐れて導入していた措置)を5月30日に緩和した。
北大西洋条約機構(NATO)兵站担当シニアアドバイザーに就いているベン・ホッジス氏によれば、ウクライナは「クリミアをロシア軍が駐留できない土地に変えているところ」だという。
プーチン大統領は、2018年からケルチ橋(クリミア大橋)によってロシア本土と結ばれたクリミアを不沈空母だと考えていた。
クリミアの兵站ハブ、空軍基地、そしてセバストポリに本部を置く黒海艦隊は、ウクライナ南部を支配し、ウクライナの穀物輸出を封鎖し、人や物資を着々と送り込んでウクライナ人を北に追いやることに利用できる。
プーチン氏はクリミアの軍事インフラ整備に多額の資金を投じてきた。しかし今、そのすべてが脅威にさらされている。
第2次世界大戦の「Dデイ」のような上陸作戦でクリミア解放を目指すことはまだ考えられない。
だが、英国の戦略専門家ローレンス・フリードマン氏は、そのような見方は間違っていると言う。
クリミアは今やロシアの弱点であり、現地で守らねばならないものが多すぎる。
ウクライナが将来プーチンから譲歩を引き出すためには、クリミアがらみでプーチン氏に大きな圧力を加えるのが一番だと。
かつてドイツ国防省のアドバイザーを務めたニコ・ランゲ氏も同じ意見。
「政治的には(クリミアは)ロシアにとって最も重要な資産だが、非常に脆くもある」と。
ウクライナがやろうとしているのは、プーチン氏の資産を負債に変えることだ。
その狙いは、クリミアを孤立させ、ロシアの空軍・海軍をウクライナ南部から追い払い、兵站ハブとして利用できないようにすることだ。
ウクライナは英国の「ストーム・シャドウ」、フランスの「スカルプ」という両巡航ミサイルに加え、巧みに設計された国産の海上ドローンでロシアの軍艦を攻撃できるところをすでに見せつけていると、英エコノミスト誌。
ロシアが輸送艦として利用した大型のロプーチャ級揚陸艦はほとんど破壊されたのだそうです。
かつては手強かった黒海艦隊だが、ウクライナのドローンとミサイルによって半分の艦船が戦闘不能になった可能性がある。
残った艦船もほぼすべて、クリミアから300キロ以上離れたロシア本土のノボロシースク港への移動を余儀なくされていると、英エコノミスト誌。
そして5月17日にはそのノボロシースクも、海上ドローンと空中ドローンの両方で攻撃されたのだそうです。
今、ウクライナはATACMSとますます進化していくドローンの最強コンビを駆使し、クリミアにおけるロシア防空力を計画的に叩き、空軍基地に打撃を与え、兵站・経済関連の標的を攻撃していると。
4月17日に実行されたクリミア北東部のジャンコイ空軍基地に対するATACMSの攻撃は複数機のヘリコプター、「S-400」地対空ミサイル発射台1基、指揮管制センターに損害を与えた。
5月15日にはセバストポリに近いベルベクの空軍基地にATACMSでの大規模な攻撃が行われ、航空機4機とS-400防空レーダー1基を破壊した。
小型爆弾300個を積んだミサイルが計10本着弾して大規模火災になった。燃料貯蔵庫が爆発して火の手が広がったのかもしれないとも。
ミサイル攻撃はほとんど毎晩行われるようになりつつあり、5月30日にはロシアの巡視船2隻が破壊されたのだそうです。
ロシア自慢の高価なS-400防空システムは性能が十分でないことが明らかになっていると、英エコノミスト誌。
ランゲ氏によれば、ウクライナ軍はおとりのドローンを飛ばしてロシア軍にレーダーの照明を点灯させ、部隊の位置を暴いている。
その標的のデータは即座にATACMSの発射担当者に伝えられる。
ミサイルは高速で飛行するうえレーダー反射断面積(RCS)も低いため探知が事実上不可能で、発射担当者に情報が伝わってから6分以内に標的に着弾する。
ホッジス氏は、ロシアのS-400はクリミア内部で活動するウクライナの特殊部隊の破壊活動にも弱いと指摘。
同氏に言わせれば、ロシア軍には「隠れるところがない」。
ウクライナはNATO加盟国から衛星偵察や空中査察の情報提供を受けられ、クリミア地方のことを熟知しており、かつ秘密部隊も展開しているため、ウクライナ側に気づかれることなくこの地方の内部を移動することなど誰にもできないと。
ATACMSが供与され、ウクライナ製ドローンの性能も向上している今では、クリミア半島が隅から隅までウクライナ軍の射程に入っている。
航空機も、道路や鉄路を走る輸送部隊も標的になる。
ホッジス氏は、ウクライナは「準備ができたらケルチ橋を落とす」と確信していると、英エコノミスト誌。
だが、ロシアのロストフから占領下のマリウポリ、ベルジャンシクとアゾフ海沿岸を通ってクリミアに至る新しい鉄道を不通にすることは、ケルチ橋の破壊より難しいかもしれないのだそうです。
南部での戦闘を率いるウクライナ軍司令部のドミトリー・プレテンチュク報道官は
「主要輸送ルート沿いの鉄道は、この地域を占領するロシア側がクリミア大橋(ケルチ橋)はもうダメだと認識している証拠だ。遅かれ早かれ問題を抱えることが分かっているため、自分たちの賭けをヘッジする方法を探している」と。
通常であれば、夏には休暇を取ったロシア国民がケルチ橋を渡ってクリミアのリゾート地に押し寄せる。
英国のシンクタンク、国際戦略研究所(IISS)のベン・バリー氏は、もしロシア人がクリミアへ来ないことにしたら、それはプーチン氏にとって悪い兆候になると指摘。
昨年は宿泊予約が半分近く減少した。「クリミアは高級なプロジェクトからロシアの資源を流出させるものに変えられた」とバリー氏。
反転攻勢が低迷し劣勢にさえ見受けられたウクライナ軍。
米国の支援が再開された今、早くもクリミア奪還が優勢な情勢に転換。
大統領選を乗り切り、再攻勢をかけたいプーチンでしょうが、夏のリゾート・クリミアへ出かけられなくなったロシア国民は、戦況を実感することとなり、どのようにプーチンの政策を評価するのでしょう。
# 冒頭の画像は、米国の支援再開で届けられた、300キロメートルの射程距離を誇る弾道ミサイル「ATACMS(エイタクムス)」
この花の名前は、アジサイ
↓よろしかったら、お願いします。
遊爺さんの写真素材 - PIXTA
月刊Hanada2024年2月号 - 花田紀凱, 月刊Hanada編集部 - Google ブックス
米連邦議会で半年間の足踏みがあった末に、バイデン政権が今年4月に610億ドル規模の軍事支援パッケージを承認したことが成果を上げている。
なかでも、300キロメートルの射程距離を誇る弾道ミサイル「ATACMS(エイタクムス)」が届いたことで、ウクライナは今、ロシアの占領下にあるクリミアのどんな標的も攻撃できるようになり、絶大な効果をもたらしていると、英エコノミスト誌。
クリミア半島でウクライナがロシアを激しく攻撃、クレムリンの軍隊に対する「死の罠」に | JBpress (ジェイビープレス) 2024.6.12(水) 英エコノミスト誌
ロシア国民のリゾート地がクレムリンの軍隊に対する死の罠になりつつある。
良い知らせがようやくウクライナから届いた。
米連邦議会で半年間の足踏みがあった末に、バイデン政権が今年4月に610億ドル規模の軍事支援パッケージを承認したことが成果を上げている。
なかでも、300キロメートルの射程距離を誇る弾道ミサイル「ATACMS(エイタクムス)」が届いたことで、ウクライナは今、ロシアの占領下にあるクリミアのどんな標的も攻撃できるようになり、絶大な効果をもたらしている。
ここ2週間は、ウクライナ第2の都市ハリコフの北東に展開するロシア軍も、勢いを失ったように見える。
そしてそれ以上に重要かもしれないのは、ジョー・バイデン米大統領が欧州の同盟国からの強い要請に押され、ロシア領内の軍事目標攻撃に米国製兵器を使うことへの制限(核戦争にエスカレートすることを恐れて導入していた措置)を5月30日に緩和したことだ。
これによってウクライナは米国製兵器の一部を、国境の向こう側でハリコフ攻撃に備えるロシア軍部隊に向けて使えるようになった。
この部隊に滑空爆弾――5月25日にハリコフの大型商業施設を襲い、少なくとも18人の死者を出したタイプの爆弾――を発射する戦術航空機が配備されているかどうかは明らかでない。
プーチン大統領が「不沈空母」と見なす至宝
しかし、ウクライナ国民がひどく苛立っていることに、バイデン氏はロシア領内の軍事目標以外への攻撃をまだ容認していない。
そのような状況で何ができるのかについては、クリミアにおけるウクライナの作戦行動の効果を見れば分かる。
かつて米国の在欧州陸軍司令官を務め、現在は北大西洋条約機構(NATO)兵站担当シニアアドバイザーに就いているベン・ホッジス氏によれば、ウクライナは「クリミアをロシア軍が駐留できない土地に変えているところ」だという。
成功すれば、ウクライナにとって大きな収穫になる。
ロシアはエカテリーナ2世の時代から、クリミアを軍事上の至宝と見なしていた。
ウラジーミル・プーチン大統領は、2018年からケルチ橋(クリミア大橋)によってロシア本土と結ばれたクリミアを不沈空母だと考えていた。
クリミアの兵站ハブ、空軍基地、そしてセバストポリに本部を置く黒海艦隊は、ウクライナ南部を支配し、ウクライナの穀物輸出を封鎖し、人や物資を着々と送り込んでウクライナ人を北に追いやることに利用できる。
プーチン氏はクリミアの軍事インフラ整備に多額の資金を投じてきた。しかし今、そのすべてが脅威にさらされている。
ロシアの資産を負債に変える
第2次世界大戦の「Dデイ」のような上陸作戦でクリミア解放を目指すことはまだ考えられない。
だが、英国の戦略専門家ローレンス・フリードマン氏は、そのような見方は間違っていると言う。
クリミアは今やロシアの弱点であり、現地で守らねばならないものが多すぎる。
ウクライナが将来プーチンから譲歩を引き出すためには、クリミアがらみでプーチン氏に大きな圧力を加えるのが一番だという。
かつてドイツ国防省のアドバイザーを務めたニコ・ランゲ氏も同じ意見だ。
「ウクライナの作戦行動は軍事戦略と政治戦略の混合物だ。政治的には(クリミアは)ロシアにとって最も重要な資産だが、非常に脆くもある」と話す。
ウクライナがやろうとしているのは、プーチン氏の資産を負債に変えることだ。
その狙いは、クリミアを孤立させ、ロシアの空軍・海軍をウクライナ南部から追い払い、兵站ハブとして利用できないようにすることだ。
ウクライナは英国の「ストーム・シャドウ」、フランスの「スカルプ」という両巡航ミサイルに加え、巧みに設計された国産の海上ドローンでロシアの軍艦を攻撃できるところをすでに見せつけている。
特に、ロシアが輸送艦として利用した大型のロプーチャ級揚陸艦はほとんど破壊された。
かつては手強かった黒海艦隊だが、ウクライナのドローンとミサイルによって半分の艦船が戦闘不能になった可能性がある。
残った艦船もほぼすべて、クリミアから300キロ以上離れたロシア本土のノボロシースク港への移動を余儀なくされている。
そして5月17日にはそのノボロシースクも、海上ドローンと空中ドローンの両方で攻撃された。
海軍基地に加えて鉄道の駅と発電所に被害が出た。
ATACMSとドローン攻撃の威力
今、ウクライナはATACMSとますます進化していくドローンの最強コンビを駆使し、クリミアにおけるロシア防空力を計画的に叩き、空軍基地に打撃を与え、兵站・経済関連の標的を攻撃している。
前出のローレンス氏は、ロシアの防空ネットワークを機能不全に追い込むことは、欧州から近々供与される「F16」戦闘機の受け入れ準備に役立つと語っている。
4月17日に実行されたクリミア北東部のジャンコイ空軍基地に対するATACMSの攻撃は複数機のヘリコプター、「S-400」地対空ミサイル発射台1基、指揮管制センターに損害を与えた。
5月15日にはセバストポリに近いベルベクの空軍基地にATACMSでの大規模な攻撃が行われ、航空機4機とS-400防空レーダー1基を破壊した。
小型爆弾300個を積んだミサイルが計10本着弾して大規模火災になった。燃料貯蔵庫が爆発して火の手が広がったのかもしれない。
ベルベクはその翌日にも攻撃され、ウクライナがATACMSの供与を事前の推計(100本程度)より多く受けていることが判明した。
ミサイル攻撃はほとんど毎晩行われるようになりつつあり、5月30日にはロシアの巡視船2隻が破壊された。
これと別に行われたドローンの攻撃では、ケルチ橋の近くでフェリー2隻が損傷している。
クレムリンの苦悩
ロシア自慢の高価なS-400防空システムは性能が十分でないことが明らかになっている。
前出のランゲ氏によれば、ウクライナ軍はおとりのドローンを飛ばしてロシア軍にレーダーの照明を点灯させ、部隊の位置を暴いている。
その標的のデータは即座にATACMSの発射担当者に伝えられる。
ミサイルは高速で飛行するうえレーダー反射断面積(RCS)も低いため探知が事実上不可能で、発射担当者に情報が伝わってから6分以内に標的に着弾する。
ホッジス氏は、ロシアのS-400はクリミア内部で活動するウクライナの特殊部隊の破壊活動にも弱いと指摘している。
発射台は1基当たり約2億ドルもするうえ、取り替えは容易でない。
同氏に言わせれば、ロシア軍には「隠れるところがない」。
ウクライナはNATO加盟国から衛星偵察や空中査察の情報提供を受けられ、クリミア地方のことを熟知しており、かつ秘密部隊も展開しているため、ウクライナ側に気づかれることなくこの地方の内部を移動することなど誰にもできない。
ATACMSが供与され、ウクライナ製ドローンの性能も向上している今では、クリミア半島が隅から隅までウクライナ軍の射程に入っている。
航空機も、道路や鉄路を走る輸送部隊も標的になる。
ホッジス氏は、ウクライナは「準備ができたらケルチ橋を落とす」と確信している。
だが、ロシアのロストフから占領下のマリウポリ、ベルジャンシクとアゾフ海沿岸を通ってクリミアに至る新しい鉄道を不通にすることは、ケルチ橋の破壊より難しいかもしれない。
南部での戦闘を率いるウクライナ軍司令部のドミトリー・プレテンチュク報道官は次のように述べている。
「主要輸送ルート沿いの鉄道は、この地域を占領するロシア側がクリミア大橋(ケルチ橋)はもうダメだと認識している証拠だ。遅かれ早かれ問題を抱えることが分かっているため、自分たちの賭けをヘッジする方法を探している」
夏の休暇シーズンが試金石に
クリミアにおけるウクライナの作戦行動の戦略面の成功が広がりを見せられるか否かは、この夏にも試される可能性がある。
通常であれば、夏には休暇を取ったロシア国民がケルチ橋を渡ってクリミアのリゾート地に押し寄せる。
英国のシンクタンク、国際戦略研究所(IISS)のベン・バリー氏は、もしロシア人がクリミアへ来ないことにしたら、それはプーチン氏にとって悪い兆候になると指摘する。
クリミアはかつて、観光業に大きく依存した土地だった。
昨年は宿泊予約が半分近く減少した。「クリミアは高級なプロジェクトからロシアの資源を流出させるものに変えられた」とバリー氏は言う。
ロシア国民のリゾート地がクレムリンの軍隊に対する死の罠になりつつある。
良い知らせがようやくウクライナから届いた。
米連邦議会で半年間の足踏みがあった末に、バイデン政権が今年4月に610億ドル規模の軍事支援パッケージを承認したことが成果を上げている。
なかでも、300キロメートルの射程距離を誇る弾道ミサイル「ATACMS(エイタクムス)」が届いたことで、ウクライナは今、ロシアの占領下にあるクリミアのどんな標的も攻撃できるようになり、絶大な効果をもたらしている。
ここ2週間は、ウクライナ第2の都市ハリコフの北東に展開するロシア軍も、勢いを失ったように見える。
そしてそれ以上に重要かもしれないのは、ジョー・バイデン米大統領が欧州の同盟国からの強い要請に押され、ロシア領内の軍事目標攻撃に米国製兵器を使うことへの制限(核戦争にエスカレートすることを恐れて導入していた措置)を5月30日に緩和したことだ。
これによってウクライナは米国製兵器の一部を、国境の向こう側でハリコフ攻撃に備えるロシア軍部隊に向けて使えるようになった。
この部隊に滑空爆弾――5月25日にハリコフの大型商業施設を襲い、少なくとも18人の死者を出したタイプの爆弾――を発射する戦術航空機が配備されているかどうかは明らかでない。
プーチン大統領が「不沈空母」と見なす至宝
しかし、ウクライナ国民がひどく苛立っていることに、バイデン氏はロシア領内の軍事目標以外への攻撃をまだ容認していない。
そのような状況で何ができるのかについては、クリミアにおけるウクライナの作戦行動の効果を見れば分かる。
かつて米国の在欧州陸軍司令官を務め、現在は北大西洋条約機構(NATO)兵站担当シニアアドバイザーに就いているベン・ホッジス氏によれば、ウクライナは「クリミアをロシア軍が駐留できない土地に変えているところ」だという。
成功すれば、ウクライナにとって大きな収穫になる。
ロシアはエカテリーナ2世の時代から、クリミアを軍事上の至宝と見なしていた。
ウラジーミル・プーチン大統領は、2018年からケルチ橋(クリミア大橋)によってロシア本土と結ばれたクリミアを不沈空母だと考えていた。
クリミアの兵站ハブ、空軍基地、そしてセバストポリに本部を置く黒海艦隊は、ウクライナ南部を支配し、ウクライナの穀物輸出を封鎖し、人や物資を着々と送り込んでウクライナ人を北に追いやることに利用できる。
プーチン氏はクリミアの軍事インフラ整備に多額の資金を投じてきた。しかし今、そのすべてが脅威にさらされている。
ロシアの資産を負債に変える
第2次世界大戦の「Dデイ」のような上陸作戦でクリミア解放を目指すことはまだ考えられない。
だが、英国の戦略専門家ローレンス・フリードマン氏は、そのような見方は間違っていると言う。
クリミアは今やロシアの弱点であり、現地で守らねばならないものが多すぎる。
ウクライナが将来プーチンから譲歩を引き出すためには、クリミアがらみでプーチン氏に大きな圧力を加えるのが一番だという。
かつてドイツ国防省のアドバイザーを務めたニコ・ランゲ氏も同じ意見だ。
「ウクライナの作戦行動は軍事戦略と政治戦略の混合物だ。政治的には(クリミアは)ロシアにとって最も重要な資産だが、非常に脆くもある」と話す。
ウクライナがやろうとしているのは、プーチン氏の資産を負債に変えることだ。
その狙いは、クリミアを孤立させ、ロシアの空軍・海軍をウクライナ南部から追い払い、兵站ハブとして利用できないようにすることだ。
ウクライナは英国の「ストーム・シャドウ」、フランスの「スカルプ」という両巡航ミサイルに加え、巧みに設計された国産の海上ドローンでロシアの軍艦を攻撃できるところをすでに見せつけている。
特に、ロシアが輸送艦として利用した大型のロプーチャ級揚陸艦はほとんど破壊された。
かつては手強かった黒海艦隊だが、ウクライナのドローンとミサイルによって半分の艦船が戦闘不能になった可能性がある。
残った艦船もほぼすべて、クリミアから300キロ以上離れたロシア本土のノボロシースク港への移動を余儀なくされている。
そして5月17日にはそのノボロシースクも、海上ドローンと空中ドローンの両方で攻撃された。
海軍基地に加えて鉄道の駅と発電所に被害が出た。
ATACMSとドローン攻撃の威力
今、ウクライナはATACMSとますます進化していくドローンの最強コンビを駆使し、クリミアにおけるロシア防空力を計画的に叩き、空軍基地に打撃を与え、兵站・経済関連の標的を攻撃している。
前出のローレンス氏は、ロシアの防空ネットワークを機能不全に追い込むことは、欧州から近々供与される「F16」戦闘機の受け入れ準備に役立つと語っている。
4月17日に実行されたクリミア北東部のジャンコイ空軍基地に対するATACMSの攻撃は複数機のヘリコプター、「S-400」地対空ミサイル発射台1基、指揮管制センターに損害を与えた。
5月15日にはセバストポリに近いベルベクの空軍基地にATACMSでの大規模な攻撃が行われ、航空機4機とS-400防空レーダー1基を破壊した。
小型爆弾300個を積んだミサイルが計10本着弾して大規模火災になった。燃料貯蔵庫が爆発して火の手が広がったのかもしれない。
ベルベクはその翌日にも攻撃され、ウクライナがATACMSの供与を事前の推計(100本程度)より多く受けていることが判明した。
ミサイル攻撃はほとんど毎晩行われるようになりつつあり、5月30日にはロシアの巡視船2隻が破壊された。
これと別に行われたドローンの攻撃では、ケルチ橋の近くでフェリー2隻が損傷している。
クレムリンの苦悩
ロシア自慢の高価なS-400防空システムは性能が十分でないことが明らかになっている。
前出のランゲ氏によれば、ウクライナ軍はおとりのドローンを飛ばしてロシア軍にレーダーの照明を点灯させ、部隊の位置を暴いている。
その標的のデータは即座にATACMSの発射担当者に伝えられる。
ミサイルは高速で飛行するうえレーダー反射断面積(RCS)も低いため探知が事実上不可能で、発射担当者に情報が伝わってから6分以内に標的に着弾する。
ホッジス氏は、ロシアのS-400はクリミア内部で活動するウクライナの特殊部隊の破壊活動にも弱いと指摘している。
発射台は1基当たり約2億ドルもするうえ、取り替えは容易でない。
同氏に言わせれば、ロシア軍には「隠れるところがない」。
ウクライナはNATO加盟国から衛星偵察や空中査察の情報提供を受けられ、クリミア地方のことを熟知しており、かつ秘密部隊も展開しているため、ウクライナ側に気づかれることなくこの地方の内部を移動することなど誰にもできない。
ATACMSが供与され、ウクライナ製ドローンの性能も向上している今では、クリミア半島が隅から隅までウクライナ軍の射程に入っている。
航空機も、道路や鉄路を走る輸送部隊も標的になる。
ホッジス氏は、ウクライナは「準備ができたらケルチ橋を落とす」と確信している。
だが、ロシアのロストフから占領下のマリウポリ、ベルジャンシクとアゾフ海沿岸を通ってクリミアに至る新しい鉄道を不通にすることは、ケルチ橋の破壊より難しいかもしれない。
南部での戦闘を率いるウクライナ軍司令部のドミトリー・プレテンチュク報道官は次のように述べている。
「主要輸送ルート沿いの鉄道は、この地域を占領するロシア側がクリミア大橋(ケルチ橋)はもうダメだと認識している証拠だ。遅かれ早かれ問題を抱えることが分かっているため、自分たちの賭けをヘッジする方法を探している」
夏の休暇シーズンが試金石に
クリミアにおけるウクライナの作戦行動の戦略面の成功が広がりを見せられるか否かは、この夏にも試される可能性がある。
通常であれば、夏には休暇を取ったロシア国民がケルチ橋を渡ってクリミアのリゾート地に押し寄せる。
英国のシンクタンク、国際戦略研究所(IISS)のベン・バリー氏は、もしロシア人がクリミアへ来ないことにしたら、それはプーチン氏にとって悪い兆候になると指摘する。
クリミアはかつて、観光業に大きく依存した土地だった。
昨年は宿泊予約が半分近く減少した。「クリミアは高級なプロジェクトからロシアの資源を流出させるものに変えられた」とバリー氏は言う。
ジョー・バイデン米大統領が欧州の同盟国からの強い要請に押され、ロシア領内の軍事目標攻撃に米国製兵器を使うことへの制限(核戦争にエスカレートすることを恐れて導入していた措置)を5月30日に緩和した。
北大西洋条約機構(NATO)兵站担当シニアアドバイザーに就いているベン・ホッジス氏によれば、ウクライナは「クリミアをロシア軍が駐留できない土地に変えているところ」だという。
プーチン大統領は、2018年からケルチ橋(クリミア大橋)によってロシア本土と結ばれたクリミアを不沈空母だと考えていた。
クリミアの兵站ハブ、空軍基地、そしてセバストポリに本部を置く黒海艦隊は、ウクライナ南部を支配し、ウクライナの穀物輸出を封鎖し、人や物資を着々と送り込んでウクライナ人を北に追いやることに利用できる。
プーチン氏はクリミアの軍事インフラ整備に多額の資金を投じてきた。しかし今、そのすべてが脅威にさらされている。
第2次世界大戦の「Dデイ」のような上陸作戦でクリミア解放を目指すことはまだ考えられない。
だが、英国の戦略専門家ローレンス・フリードマン氏は、そのような見方は間違っていると言う。
クリミアは今やロシアの弱点であり、現地で守らねばならないものが多すぎる。
ウクライナが将来プーチンから譲歩を引き出すためには、クリミアがらみでプーチン氏に大きな圧力を加えるのが一番だと。
かつてドイツ国防省のアドバイザーを務めたニコ・ランゲ氏も同じ意見。
「政治的には(クリミアは)ロシアにとって最も重要な資産だが、非常に脆くもある」と。
ウクライナがやろうとしているのは、プーチン氏の資産を負債に変えることだ。
その狙いは、クリミアを孤立させ、ロシアの空軍・海軍をウクライナ南部から追い払い、兵站ハブとして利用できないようにすることだ。
ウクライナは英国の「ストーム・シャドウ」、フランスの「スカルプ」という両巡航ミサイルに加え、巧みに設計された国産の海上ドローンでロシアの軍艦を攻撃できるところをすでに見せつけていると、英エコノミスト誌。
ロシアが輸送艦として利用した大型のロプーチャ級揚陸艦はほとんど破壊されたのだそうです。
かつては手強かった黒海艦隊だが、ウクライナのドローンとミサイルによって半分の艦船が戦闘不能になった可能性がある。
残った艦船もほぼすべて、クリミアから300キロ以上離れたロシア本土のノボロシースク港への移動を余儀なくされていると、英エコノミスト誌。
そして5月17日にはそのノボロシースクも、海上ドローンと空中ドローンの両方で攻撃されたのだそうです。
今、ウクライナはATACMSとますます進化していくドローンの最強コンビを駆使し、クリミアにおけるロシア防空力を計画的に叩き、空軍基地に打撃を与え、兵站・経済関連の標的を攻撃していると。
4月17日に実行されたクリミア北東部のジャンコイ空軍基地に対するATACMSの攻撃は複数機のヘリコプター、「S-400」地対空ミサイル発射台1基、指揮管制センターに損害を与えた。
5月15日にはセバストポリに近いベルベクの空軍基地にATACMSでの大規模な攻撃が行われ、航空機4機とS-400防空レーダー1基を破壊した。
小型爆弾300個を積んだミサイルが計10本着弾して大規模火災になった。燃料貯蔵庫が爆発して火の手が広がったのかもしれないとも。
ミサイル攻撃はほとんど毎晩行われるようになりつつあり、5月30日にはロシアの巡視船2隻が破壊されたのだそうです。
ロシア自慢の高価なS-400防空システムは性能が十分でないことが明らかになっていると、英エコノミスト誌。
ランゲ氏によれば、ウクライナ軍はおとりのドローンを飛ばしてロシア軍にレーダーの照明を点灯させ、部隊の位置を暴いている。
その標的のデータは即座にATACMSの発射担当者に伝えられる。
ミサイルは高速で飛行するうえレーダー反射断面積(RCS)も低いため探知が事実上不可能で、発射担当者に情報が伝わってから6分以内に標的に着弾する。
ホッジス氏は、ロシアのS-400はクリミア内部で活動するウクライナの特殊部隊の破壊活動にも弱いと指摘。
同氏に言わせれば、ロシア軍には「隠れるところがない」。
ウクライナはNATO加盟国から衛星偵察や空中査察の情報提供を受けられ、クリミア地方のことを熟知しており、かつ秘密部隊も展開しているため、ウクライナ側に気づかれることなくこの地方の内部を移動することなど誰にもできないと。
ATACMSが供与され、ウクライナ製ドローンの性能も向上している今では、クリミア半島が隅から隅までウクライナ軍の射程に入っている。
航空機も、道路や鉄路を走る輸送部隊も標的になる。
ホッジス氏は、ウクライナは「準備ができたらケルチ橋を落とす」と確信していると、英エコノミスト誌。
だが、ロシアのロストフから占領下のマリウポリ、ベルジャンシクとアゾフ海沿岸を通ってクリミアに至る新しい鉄道を不通にすることは、ケルチ橋の破壊より難しいかもしれないのだそうです。
南部での戦闘を率いるウクライナ軍司令部のドミトリー・プレテンチュク報道官は
「主要輸送ルート沿いの鉄道は、この地域を占領するロシア側がクリミア大橋(ケルチ橋)はもうダメだと認識している証拠だ。遅かれ早かれ問題を抱えることが分かっているため、自分たちの賭けをヘッジする方法を探している」と。
通常であれば、夏には休暇を取ったロシア国民がケルチ橋を渡ってクリミアのリゾート地に押し寄せる。
英国のシンクタンク、国際戦略研究所(IISS)のベン・バリー氏は、もしロシア人がクリミアへ来ないことにしたら、それはプーチン氏にとって悪い兆候になると指摘。
昨年は宿泊予約が半分近く減少した。「クリミアは高級なプロジェクトからロシアの資源を流出させるものに変えられた」とバリー氏。
反転攻勢が低迷し劣勢にさえ見受けられたウクライナ軍。
米国の支援が再開された今、早くもクリミア奪還が優勢な情勢に転換。
大統領選を乗り切り、再攻勢をかけたいプーチンでしょうが、夏のリゾート・クリミアへ出かけられなくなったロシア国民は、戦況を実感することとなり、どのようにプーチンの政策を評価するのでしょう。
# 冒頭の画像は、米国の支援再開で届けられた、300キロメートルの射程距離を誇る弾道ミサイル「ATACMS(エイタクムス)」
この花の名前は、アジサイ
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