Casa Galarina

映画についてのあれこれを書き殴り。映画を見れば見るほど、見ていない映画が多いことに愕然とする。

サルトルとボーヴォワール 哲学と愛

2014-08-15 | 外国映画(さ行)
★★★☆ 2006年/フランス 監督/イラン・デュラン・コーエン
DVDにて観賞


巷の評は芳しくないのだけど、意外と楽しめました。
一番気に入ったのは、ボーヴォワールを演じるアナ・ムグラリス。
この女性とても美しい。意志の強い目が私の好み。
一方、サルトルがあまり素敵じゃなかったのが、何ともなあ。
まあ、ご本人も美男子というわけではないから、難しいのか。
自由恋愛といえども、サルトルの奔放な女遊びに嫉妬してしまうボーヴォワール。
それを、結局振り回されているだけ、というのはたやすい。
サルトルが自由に女遊びをしているのだから、ボーヴォワールだって自由に男遊びすればいいのさ。
それができるかどうかってのは、男とか女とか関係ないと思うね。
結局はサルトルはボーヴォワールにとっては、初恋の男で、初恋の男ってのは、
すごく特別な存在で、そんな彼の言うことは何でも受け入れてしまうものなんだろう。
ひとりの人間として、独立した存在でありたいと思う女にとって、
結婚という馬鹿げた契約でキミを縛ったりしないよ、という男の申し出はしごく全うなもので、
彼女のスタンスがそう男に言わせているのだから、それはそのまま受け入れるしかない。
そこで、苦しもうとも、女の嫉妬心よりも、女としての自立の方が生きていく上で大事なんだからしょうがないのだ。
そんなボーヴォワールを可哀想と思うのは、大きな間違い。
自分の生き方を自ら選び、その信念を貫いたことを喝采するべきなのです。同じ女性として。