落穂日記

映画や本などの感想を主に書いてます。人権問題、ボランティア活動などについてもたまに。

THE SERENITY PRAYER

2006年11月05日 | book
『ラッキーマン』 マイケル・J・フォックス著 入江真佐子訳
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先日の日記で触れた俳優マイケル・J・フォックスの自伝。前にブックオフで買って以来、読まずに放置してたのに気づいてこの機会に読んでみました。
思ってたよりもずっとずっといい本でした。すごくマジメな本。でもすごくおもしろい。ユーモアがあって、アイロニーにみちていて、愛情があふれていて、しかもためになる。
ぐりはマイケル・J・フォックスのファンでもなんでもないし、彼のことは正直よく知らない。出演作だって『バック・トゥ・ザ・フューチャー』と『再会の街─ブライトライツ・ビッグシティ』くらいしか観たことがない。それでも、俳優でありながらパーキンソン病という原因不明の不治の難病と戦っている彼が、自身の手で書いた本を、一度は読んでみたいと思っていた。
というのは、マイケルは1989〜93年当時日本で放送されていたホンダ・インテグラのCMに出演しているのだが(95年以降はブラッド・ピットが出演)、実はこのシリーズ出演中に彼は既にパーキンソン病を発病している。あとになってみれば仮面様顔貌などの身体的変化が明らかに演技に表われているのだが、この時期に彼の病を知る者はほとんどいなかった。
あれだけの大作映画やTVシリーズを抱えたスターであり有名人でありながら、あれほどの大病を抱えて、しかもそれを隠して生活するというのがどんなものなのか。以前少し触れたように、軽い運動機能障害をもつぐりにとっては、完全に他人事とはいえない話だった。

本書はかなりの割合がパーキンソン病についての記述に割かれているが、基本的にはマイケル個人の半生記というかたちになっている。
カナダでの裕福ではないが愛情ゆたかな家族との子ども時代、平凡だが尊敬すべき両親や祖母の思い出、演劇に対する目覚め、カナダのショウビジネス界での成功、ハリウッド進出と失敗などのくだりは思わず笑ってしまうような微笑ましいエピソードや、ほろりとさせられるような感動的な挿話が満載だ。なかでも『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のロンドン・プレミアで故ダイアナ妃と同席した際の話は爆笑モノだが、この夜の妃のブルーのドレスの大きく開いた背中に真珠のネックレスを長く垂らすという印象的なファッションは、ぐりの記憶にも鮮明に残っている。
また、マイケル・J・フォックスといえば身長163センチと欧米人にしてはかなり小柄な体格が個性でもあるのだが、どうもそれは生まれつきだったらしい。3歳も下の妹と双子にみられていたのは、男の子としてはそれなりのコンプレックスだったのではないかと思う。
マイケルがハリウッドでブレイクしたのはいうまでもなく85年の『バック・トゥ・ザ・フューチャー』だが、彼がパーキンソン病を発症していることがわかったのはそのたった6年後の91年。88年に結婚し翌年には長男を授かっていたマイケルは当時弱冠30歳。まさにアメリカ人がよくいうところの「have no choice」状態である。医師はあと10年は働けるという。つまりその後10年間で、妻と息子と、今後生まれてくるであろう他の子どもたちの安定した生活を一生保障するだけの収入を稼ぎださなくてはならない。もちろんごく身近な家族や関係者以外には病気のことは伏せたまま。

誰にでも予想のつくことだが、こんな難行がそうやすやすと思い通りに運ぶわけがない。当然マイケルにも何度も何度も挫折や屈辱がふりかかる。内容ではなく条件で作品を選んだことから来るストレス。アルコールに逃避したこともある。夫婦に危機が訪れたこともある。恐怖のあまり治療にさえ自ら向きあえなかったときもある。
そんな苦闘のひとつひとつが、この本には実に誠実に、丁寧にきちんと描写されている。だからといってとくに自分を卑下しているわけでもないし、病気だからといって同情を求めたり開き直ったりしているわけでもない。ただ単に、物事には必ず解決する方法があるし、もしないとしても、今の状況から前に進む方法は絶対にどこかにあるはずだし、それは自ら諦めない限りちゃんとみつかるものだと、彼はそういいたいのではないかと思う。
本文にも少し引用されているが、プロテスタントの祈りに以下のようなものがある。神学者ラインホールド・ニーバーが1943年マサチューセッツ州西部の教会で説教した祈りがもとになっていて、その後アルコール依存症患者の断酒会のモットーとして採用されたそうだ。

God, grant me the serenity
to accept the things I cannot change;
courage to change the things I can;
and wisdom to know the difference.

Living one day at a time;
Enjoying one moment at a time;
Accepting hardships as the pathway to peace;
Taking, as He did, this sinful world
as it is, not as I would have it;
Trusting that He will make all things right
if I surrender to His Will;
That I may be reasonably happy in this life
and supremely happy with Him
Forever in the next.
Amen.   

神よ お与えください   
変えられないものを受けいれる平静さと
変えられるものを変える勇気と
そして その違いを知る叡智を

一日一日を生き
一瞬一瞬を楽しみ
苦しみも 平安へ続く道として受けいれ
この罪深い世を 自分の願うようにではなく あるがままに受けいれる
あの方がそうなされたように
神の御心にわたくしを引き渡すのなら
神はすべてを正しくお導きくださると信じ
わたくしが理にかなった幸せにこの世を生き
次の世では永久に
至高の幸せを 神と共にありますように(ぐり訳)

あとこの本には、そういう個人的な話だけじゃなくて、パーキンソン病について素人でも理解可能な範囲での詳しい知識や、アメリカにおける難病患者のための支援団体活動、政治活動についても読みやすくサラッと紹介されている。問題の胚性幹細胞の技術開発についても結構ハッキリと率直に書かれてます。のリンボーさんもこの本読んでりゃあんな恥ずかしいこといわないで済んだのにねえ。ジャーナリストにとって不勉強ってホント命取りですよ。
いろんな意味でためになる本でした。読んでよかったです。