『サンダカン八番娼館―底辺女性史序章』 山崎朋子著
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大正時代、ボルネオ島サンダカン(現在のマレーシア)の娼館にわずか10歳で売られ、「からゆきさん」として春をひさいで生きた女性に密着したノンフィクション。第4回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。
1974年の映画『サンダカン八番娼館 望郷』(熊井啓監督)の原作本。
「からゆきさん」とは江戸時代末期から1920年の廃娼令まで、東アジアから遠くはアフリカ・北米までひろく展開されていた日本人娼館に娼婦として送られた日本人女性のこと(ただし、戦時中も日本軍が進駐したアジアの各都市には日本人娼館が依然多く存在し、当地で働く日本人女性は終戦まで絶えることはなかったといわれる)。多くの女性を世界へ送り出した長崎県島原・天草地方ではタブーとされ長く世間から忘れられた存在だったが、20世紀後半からは東南アジアから来日し性風俗産業に従事する女性を「じゃぱゆきさん」と呼ぶようになり、改めて日本の貧困が生んだ悲劇の歴史の証言者たちとして知られるようになった。
『サンダカン八番娼館―底辺女性史序章』は数あるからゆきさん研究資料のなかでも最も早い時期に女性の手で理論的に書かれた記念碑的作品。人身売買の歴史についての基本資料として欠くべからざる1冊。
いやー。スゴイ本です。参りました。
この本の中心人物はおサキさんという取材当時70代の女性。天草地方でも最下層の農家に生まれて孤児になり、貧窮した兄のために自ら進んでサンダカンに赴き、13歳で娼婦となった。20代でイギリス人ビジネスマンの現地妻になったのちに帰国、故郷で結婚したが、幼いころに母と別れて娼婦となった彼女には基本的な家事能力を身につける機会がなかったため、当然結婚生活はうまくゆかずほどなくして破綻。満州に渡りそこで知りあった男性と結ばれて長男をもうけた。引揚げ後は夫の地元である京都で生活したが、夫に先立たれ長男も自立、故郷に戻り、1ヶ月わずか4000円(昭和44年当時。大卒初任給は4万円程度)の仕送りでひとり暮らしをしていた。
彼女の半生は、20〜30万人ともいわれるからゆきさんの中では、これでも比較的「まとも」な部類に入るかもしれない。大半のからゆきさんは現地での苛酷な労働条件のもとで健康を害して20歳になるやならずで亡くなったり、あるいは各地へ転売されていく旅程で事故死したり、それこそ人間としてこれほど残酷な生涯があるものかと我が目と耳を疑うような最期を遂げては、人知れず現世から消えていった。そのほとんどは埋葬もされず、家族にもいつどこで亡くなったのか知らされることもなかったという。
そんな女性たちと比べれば、おクニさんという伝説的女傑にめぐりあい、裕福なイギリス人の家で安楽に暮らし、廃業後は紆余曲折はあったものの家庭をもつこともできたおサキさんは、誤解を恐れずにいえば、まだ「ラッキー」な方だったといえるのではないだろうか。
だからこの本でいちばんスゴイのは、そんな彼女に肉薄した著者・山崎朋子氏の情熱である。
島原・天草地方では禁忌とされたからゆきさんの研究のため、彼女は家出女を装って現地に潜入、自力でおサキさんと知りあって彼女の家に数週間居候をし、研究目的を伏せたまま、個人的な交流の中でおサキさんの体験を聞きだすことに成功した。
「数週間居候」といっても生半可なものではない。というのも、おサキさんの家は腐り果てた茅葺屋根に崩れかけた荒壁、襖障子は骨ばかりで、畳も腐敗してムカデの巣窟と化した、まさに「昔話に聞く鬼婆の宿」だったのだ。もちろんトイレやおふろはおろか、台所すらない。辛うじて電気は来ているものの電話はいうにおよばず、ガスも水道も井戸もない。今から思えば到底人の住む家ではない。
食生活にいたっては麦入り飯とじゃがいもの煮物のみ。味噌汁も漬け物もない。稀に小アジをおいもといっしょに煮るのが唯一のタンパク源だという。
著者はあくまでもひとりの女性として研究者として、おサキさんの信頼を得て心からの告白を聞きたいと熱望して、貧困のそのまた果てに暮すおサキさんの生活に入り込もうと考えて、おサキさんといっさい同じ生活をするべきだと考えたのだという。
スゴイです。こんなことできないよ。スゴイとしかいいようがない。
そうした著者の熱意が伝わったのか、おサキさんはうすうす目的を知りながらあえて糾そうとはせず、求められるままに半生を語った。
だが著者が当初の目的を果たし、滞在を切りあげて家を去るとき、「どうしてわたしの素性を聞こうとしなかったのか、知りたくなかったのか」と問うたところ、おサキさんは「そらあ、訊いてみたかったとも」としてこう答えたという。
「人にはその人その人の都合ちゅうもんがある。話して良かことなら、わざわざ訊かんでも自分から話しとるじゃろうし、当人が話さんのは、話さんわけがあるからじゃ。おまえが何も話さんものを、どうして、他人のうちが訊いてよかもんかね。」(p242)
おサキさんは一度も教育というものをうけたことがなく、取材当時もまったく読み書きはできなかった。出生届がきちんと出されなかったために支給されるはずの年金も受け取れず、長男の顔をたてるために生活保護も受けず、ぎりぎりの生活を9匹の野良猫だけを慰めにひとり孤独に暮している。イヤな言い方だが、人並みの生活水準や最低限の教養など、誰もが当り前に享受している権利を、彼女は何ひとつ手にはしていない。それでも、見ず知らずの他人を受け入れ、事情を知っても自らの体験談が本になることを拒否することもしなかった彼女の知性は、いったいどこでどのようにして育まれたものなのだろう。
嘗められるだけの辛酸を嘗めつくした苛酷な半生こそがそのような人格を形成したなどとはいいたくない。でもこの寛容さを前にして、いったい心の豊かさとはなんなのか、自分がこれまで知っているつもりでいたものの危うさを深く考えざるをえない気持ちになる。
山崎朋子氏のからゆきさん研究はこの1冊だけではなく、続編に『サンダカンの墓』もある。現在刊行されている『サンダカン八番娼館』にも収録されているが、今回読んだ版には入ってなかったのでこれから読みます。
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からゆきさんの小部屋
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大正時代、ボルネオ島サンダカン(現在のマレーシア)の娼館にわずか10歳で売られ、「からゆきさん」として春をひさいで生きた女性に密着したノンフィクション。第4回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。
1974年の映画『サンダカン八番娼館 望郷』(熊井啓監督)の原作本。
「からゆきさん」とは江戸時代末期から1920年の廃娼令まで、東アジアから遠くはアフリカ・北米までひろく展開されていた日本人娼館に娼婦として送られた日本人女性のこと(ただし、戦時中も日本軍が進駐したアジアの各都市には日本人娼館が依然多く存在し、当地で働く日本人女性は終戦まで絶えることはなかったといわれる)。多くの女性を世界へ送り出した長崎県島原・天草地方ではタブーとされ長く世間から忘れられた存在だったが、20世紀後半からは東南アジアから来日し性風俗産業に従事する女性を「じゃぱゆきさん」と呼ぶようになり、改めて日本の貧困が生んだ悲劇の歴史の証言者たちとして知られるようになった。
『サンダカン八番娼館―底辺女性史序章』は数あるからゆきさん研究資料のなかでも最も早い時期に女性の手で理論的に書かれた記念碑的作品。人身売買の歴史についての基本資料として欠くべからざる1冊。
いやー。スゴイ本です。参りました。
この本の中心人物はおサキさんという取材当時70代の女性。天草地方でも最下層の農家に生まれて孤児になり、貧窮した兄のために自ら進んでサンダカンに赴き、13歳で娼婦となった。20代でイギリス人ビジネスマンの現地妻になったのちに帰国、故郷で結婚したが、幼いころに母と別れて娼婦となった彼女には基本的な家事能力を身につける機会がなかったため、当然結婚生活はうまくゆかずほどなくして破綻。満州に渡りそこで知りあった男性と結ばれて長男をもうけた。引揚げ後は夫の地元である京都で生活したが、夫に先立たれ長男も自立、故郷に戻り、1ヶ月わずか4000円(昭和44年当時。大卒初任給は4万円程度)の仕送りでひとり暮らしをしていた。
彼女の半生は、20〜30万人ともいわれるからゆきさんの中では、これでも比較的「まとも」な部類に入るかもしれない。大半のからゆきさんは現地での苛酷な労働条件のもとで健康を害して20歳になるやならずで亡くなったり、あるいは各地へ転売されていく旅程で事故死したり、それこそ人間としてこれほど残酷な生涯があるものかと我が目と耳を疑うような最期を遂げては、人知れず現世から消えていった。そのほとんどは埋葬もされず、家族にもいつどこで亡くなったのか知らされることもなかったという。
そんな女性たちと比べれば、おクニさんという伝説的女傑にめぐりあい、裕福なイギリス人の家で安楽に暮らし、廃業後は紆余曲折はあったものの家庭をもつこともできたおサキさんは、誤解を恐れずにいえば、まだ「ラッキー」な方だったといえるのではないだろうか。
だからこの本でいちばんスゴイのは、そんな彼女に肉薄した著者・山崎朋子氏の情熱である。
島原・天草地方では禁忌とされたからゆきさんの研究のため、彼女は家出女を装って現地に潜入、自力でおサキさんと知りあって彼女の家に数週間居候をし、研究目的を伏せたまま、個人的な交流の中でおサキさんの体験を聞きだすことに成功した。
「数週間居候」といっても生半可なものではない。というのも、おサキさんの家は腐り果てた茅葺屋根に崩れかけた荒壁、襖障子は骨ばかりで、畳も腐敗してムカデの巣窟と化した、まさに「昔話に聞く鬼婆の宿」だったのだ。もちろんトイレやおふろはおろか、台所すらない。辛うじて電気は来ているものの電話はいうにおよばず、ガスも水道も井戸もない。今から思えば到底人の住む家ではない。
食生活にいたっては麦入り飯とじゃがいもの煮物のみ。味噌汁も漬け物もない。稀に小アジをおいもといっしょに煮るのが唯一のタンパク源だという。
著者はあくまでもひとりの女性として研究者として、おサキさんの信頼を得て心からの告白を聞きたいと熱望して、貧困のそのまた果てに暮すおサキさんの生活に入り込もうと考えて、おサキさんといっさい同じ生活をするべきだと考えたのだという。
スゴイです。こんなことできないよ。スゴイとしかいいようがない。
そうした著者の熱意が伝わったのか、おサキさんはうすうす目的を知りながらあえて糾そうとはせず、求められるままに半生を語った。
だが著者が当初の目的を果たし、滞在を切りあげて家を去るとき、「どうしてわたしの素性を聞こうとしなかったのか、知りたくなかったのか」と問うたところ、おサキさんは「そらあ、訊いてみたかったとも」としてこう答えたという。
「人にはその人その人の都合ちゅうもんがある。話して良かことなら、わざわざ訊かんでも自分から話しとるじゃろうし、当人が話さんのは、話さんわけがあるからじゃ。おまえが何も話さんものを、どうして、他人のうちが訊いてよかもんかね。」(p242)
おサキさんは一度も教育というものをうけたことがなく、取材当時もまったく読み書きはできなかった。出生届がきちんと出されなかったために支給されるはずの年金も受け取れず、長男の顔をたてるために生活保護も受けず、ぎりぎりの生活を9匹の野良猫だけを慰めにひとり孤独に暮している。イヤな言い方だが、人並みの生活水準や最低限の教養など、誰もが当り前に享受している権利を、彼女は何ひとつ手にはしていない。それでも、見ず知らずの他人を受け入れ、事情を知っても自らの体験談が本になることを拒否することもしなかった彼女の知性は、いったいどこでどのようにして育まれたものなのだろう。
嘗められるだけの辛酸を嘗めつくした苛酷な半生こそがそのような人格を形成したなどとはいいたくない。でもこの寛容さを前にして、いったい心の豊かさとはなんなのか、自分がこれまで知っているつもりでいたものの危うさを深く考えざるをえない気持ちになる。
山崎朋子氏のからゆきさん研究はこの1冊だけではなく、続編に『サンダカンの墓』もある。現在刊行されている『サンダカン八番娼館』にも収録されているが、今回読んだ版には入ってなかったのでこれから読みます。
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からゆきさんの小部屋