(あくまで個人の意見です)
10月2日にジャニーズ事務所が記者会見を開き、いくつかの発表をした。
・ジャニーズ事務所は屋号をSMILE-UPに変更し、被害者の救済・補償以外の業務を停止する。
・SMILE-UPはすべての被害の補償が済み次第、廃業する。
・前社長・藤島ジュリー景子氏はSMILE-UP以外の系列会社の役員をすべて退任し、被害者の救済・補償の対応に徹する。
・従来、ジャニーズ事務所に所属しているタレントのマネジメントについては、新たなエージェント会社を設立し、タレント個人もしくはグループの希望に基づいてエージェント契約を結ぶ。退社を希望する場合を含め、本人の意思を尊重する。
・新会社の社名はファンクラブで公募する。
・新会社の社長は東山紀之氏、副社長は井ノ原快彦氏が就任する。
・新会社の資本は役員及び社員の出資を想定している。
・現行、「ジャニー」「ジャニーズ」といった元社長の名前が冠されたグループ及び系列会社の名称はすべて変更する。
・9月に開設した被害相談窓口にはこれまでに478人から連絡があり、うち325人が被害を申告、補償を求めている。
・被害の立証責任を被害者に負わせることはなく、補償は11月から始める。
などなど。詳細は割愛します。
会見では東山氏、井ノ原氏両名が先月の会見の反響を踏まえ「自分たちがいかに内向きであったか」を痛感したと述べた。そしてその“内向き”姿勢を反省した上で、今回の組織改編とポリシーを決定しました。いかがでしょう。これで文句ないやろ。
という会見だったと思う。めっちゃ大雑把にいえば。
ジャニーズ事務所がやりたい会見を開いて、やりたいようにやりきった。
だけどそれでジャニーズ事務所がほんとうに「解体的出直し」ができるのか、きちんと被害に正面から向きあうことができるかどうかという点については、大きな疑問がいくつも残った。
要はジャニーズ事務所の会見が失敗だったということでもあり、出席した報道陣の敗北でもあると思う。個人的に。
「茶番だ」「茶番じゃありません」なんてアホらしいにもほどがあるやり取りがあったりしたけど、そもそもジャニーズ事務所の記者会見なんだから登壇者全員の最大の目的は当然、ジャニーズ事務所を、彼らの組織をまもることであって、史上稀にみる人権侵害事件の収拾など二の次でしかない。何ならそのプロセスすら組織をまもるための手段のひとつに過ぎない。
いくら彼らが「被害に向きあいます」「法を超えて補償します」と言葉を尽くしても、それはいまこの時点の状況を取り繕うための方便以上の意味はない。何しろ加害者張本人は死んでもういない。生きていて膨大な数のタレントを抱えた代表者たちにとって、過去の被害はどこまでいっても他人事なのだ。
この会見に集まった報道陣の多くは、この事件の当事者でもある。つまりジャニーズ事務所とは“芸能界仲良しこよしクラブ”のお友だちです。彼らは今回の件を視聴率・販売部数稼ぎのスキャンダルだとしか思っていない。真実を追及する気なんてさらさらない。
だから「一社一問で」なんていう司会進行が突きつけてきた世にも馬鹿馬鹿しいルールにさえ唯々諾々として従う。指名されない限り不規則発言なんかしないし、指名されないうちに発言するジャーナリストに野次を飛ばしたり、独立系メディアの発言を嘲笑したりする。“芸能界仲良しこよしクラブ”のお仲間じゃないから、お仲間の“お作法”をまもれない相手を嘲ることになんの恥じらいも躊躇もない。
正直聞いてられなかった。吐き気がした。
前回の記者会見で厳しい質問をしていた非“芸能界仲良しこよしクラブ”のジャーナリストたちは会見後にSNSで、開始1時間前から並んで最前列をとった。公式の記者会見は最前列から指名していく決まりなのに、自分たちはいくら挙手し続けても指名されなかったという旨の投稿をしていた。
言い分はとてもよくわかる。でも、長い長い間、年端のいかない子ども(タレント)たちを食い物に子どもたち(ファン)から好きなだけ利益を吸い上げまくり続けてきた企業にとって、公式の記者会見の“お作法”なんか知ったこっちゃないんである。真面目に必死にこの問題を追及しようとしているのに裏切られたと感じているジャーナリストの皆さんは、ジャニーズ事務所という巨大な組織の狡猾さを見誤っていたのではないだろうか。
私事になるが、私は長年メディア業界で働いていた。現場を離れてしばらくになるが、業界の人権意識の醜悪なまでのお粗末さは骨身にしみて理解している。セクハラもパワハラもやりたい放題だし、ほとんど誰もそれを問題だとは思わない。被害を訴えようとする人はあらゆる手段によってその口を封じ込められる。この状況に対して罪悪感を感じる人も中にはいるけど、大方の人は「しょうがない」「そんなもんよ」と一蹴して見なかったこと・知らなかったことにしてハイお仕舞いである。
現に私は、かつて並みの人間には到底思いつかないようなハラスメントを日常的にやっていた人物が、現在、会社の代表取締役社長という地位に就いているケースを知っている。会社はマイナーな中小企業なんかではない。傘下に数千人規模の従業員を抱える業界大手だ。他にも、取引先の某大手企業の社長がタレントに次々と手を出していたケースもあった。
彼らのハラスメントの事実を知る人は少なくないけど、どこのメディアも決して報道で取り上げようとはしない。それが“芸能界仲良しこよしクラブ”の“お作法”なのだ。何があっても最終的には「お互い様なんでよろしく、以上」である。
まったく『仲良きことは美しきかな』だよ。嘔吐感満点です。武者小路先生ごめんよ。
女性や子どもの人権をまもる組織でボランティアをしていたとき、DVや性的暴行、児童虐待や強制売春、児童買春、児童ポルノなどの問題にとりくんでいた。調査もしたし、組織が関わった事件の裁判を傍聴したこともあった。
どれだけ資料を読み漁り、当事者の声に耳を傾けても、加害者は誰ひとり反省なんかしていなかった。自分がしたことは子どもを助けるための愛の行為であり、己の愛に嘘偽りはないと、誰もが口を揃えて自らの罪を正当化する。被害者がどれだけ傷つき、苦しんでいるかなんてどうでもいいのだ。
それだけ、性的虐待の加害者たちは自己中心的で、独善的で、むしろ罪を糾弾されている自分を被害者だと考えてさえいる。
あまりの厚顔無恥に絶望しそうになるけど、それが現実だというしかない。
ジャニーズ事務所の記者会見に登壇した人にも、出席した報道陣にも、この事件に対して、誰ひとり当事者意識をもった人はいなかったのではないだろうか。
補償を申し出た被害者もいれば、断じて口を開くまいと決心している被害者も、告白したくてもできない被害者もいる。性的虐待の痛みは、彼らの人生に長く暗い影を落としたままでいるかもしれない。それは一生終わらないかもしれない。
そういう被害者の立場に立って考え、発言した人は誰もいなかったと思う。
会見に出席しなかった前社長の藤島氏は手紙で、叔父・ジャニー氏や母・メリー氏との歪な関係を告白し、健康状態から会見に出席できない事情を釈明し、「加害者の親族として」被害者の救済・補償にあたる。ジャニー喜多川の痕跡をこの世からなくしたい、と綴っていた。
彼女の気持ちはわかる。わかるけど、やっぱり他人事なんだよね。彼女は叔父と母親からジャニーズ事務所を引き継いだ経営者であって、単なる「加害者の親族」などではない。それでも彼女自身の認識は「私はとんでもないものを押しつけられた被害者」の域から一歩も出てはいない。
それに、彼女が何をどうしようとジャニー喜多川氏のしたことは消えてなくなったりなんかしない。彼のしたことは、個人として史上最悪規模の人権侵害事件なのだ。それが消し去れるなどとは思い上がりも甚だしい。
もしもジャニーズ事務所に、メディア業界の中に、被害者の立場に立って、絶対に二度とこんな被害を繰り返してはいけないと真剣に考える人がいるなら、この先ずっと何年もかけて、加害者側を糾弾し続け、現実に正面から向きあい、業界全体での再発防止のための組織を立ち上げてほしい。
ものすごく難しいことだし、苦しいことだと思う。
これだけの犯罪の解決に当事者意識をもってとりくむなどということが、並大抵の人物にできるかどうか。
それでも、いつか遠い未来に、どんな表現者も、表現者を目指す人も、人権を侵されることなく安全に活動できる日がくることを、信じたいと思う。
でないとやってられないからさ。
児童の権利に関する条約(外務省)
基本的人権(コトバンク)
ジミー・サヴィル事件(BBC)
ハーヴェイ・ワインスタイン事件(SCREEN ONLINE)
ジャニーズ事務所ウェブサイト:外部専門家による再発防止特別チームの調査報告書
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