落穂日記

映画や本などの感想を主に書いてます。人権問題、ボランティア活動などについてもたまに。

手紙の旅にて

2017年11月05日 | movie
『ゴッホ 最期の手紙』

郵便配達人ルーラン(クリス・オダウド)に依頼され、ゴッホ(ロベルト・グラチーク)の弟テオ(Cezary Lukaszewicz)宛ての最期の手紙を届けることになった息子アルマン(ダグラス・ブース)。パリにテオを訪ねるが彼はすでに他界した後だった。手紙を託すべき相手を探してアルル、オーヴェルとゴッホの足跡を辿り彼を知る人々に出会ううちに、謎に包まれた画家の最期が明らかになっていく。
125人の画家による手描きの油絵で表現したアニメーション・サスペンス。

たまたま去年、アムステルダムのゴッホ美術館を訪ねる機会があり。まとめて物凄い数のゴッホ作品を直に間近で目にすることができた。
考えてみればゴッホは小さいときからいちばん身近な画家だったかもしれない。親が絵が好きで、なかでもカレンダーや新聞の日曜版から切り抜かれたゴッホ作品はつねに家のなかのどこかしらに飾られていた。昔から日本で人気だったんだよねきっと。中学高校時代には何作か模写もした。とくに個人的に好きだったわけではなくて、当時のお気に入りはドラクロワとかベラスケスだったんだけど、教材としても手近だったのかもしれない。
好きな作家というよりは、もっと無自覚に生活の延長のような距離にいる画家という感覚だった。実際に会ったことはないけど、家族の話題にはちょくちょく出てくる有名人の遠い親戚のような。
だからゴッホ美術館で大量の彼の作品を目前にして、不思議な戸惑いを感じたのを印象的に覚えている。生まれてこのかた、おそらくは知っている画家の中でもっとも長い時間作品を観てきたはずなのに、初めて、「あ、この人ホントに画家だったんだ」と気づかされたような。
ええ失礼なのはわかってます。わかってるんだけど。

そのゴッホ美術館で、彼が最期につかったと思われる拳銃も展示されていた(画像)。
それをみて、あまりにもなんども何度も耳にしてきた彼の人生の物語のその端に、やっと手が触れたような心地がした。
たった8年余という短い画家生活の間に、頻繁に居を変え、オランダからフランスへと移りながら800点以上にも及ぶ作品を遺したゴッホ。現存しない作品もある(画材不足から重ね塗りで潰した絵があることがわかっている)から、単純計算で少なくとも3〜4日に1点以上も絵を描いたことになる。もちろん画材費や生活費などを支援した弟テオの献身も大きかったと思うけど、それにしても、画家としてアーティストとして表現者として、ここまで勤勉な人はなかなかいないのではないだろうか。彼ほど魂のこもった作品をこれだけコンスタントに描き続けるには、肉体的にも精神的にもすさまじい集中力をひたすら維持することがもとめられる。そんな生活を、どんな紆余曲折があったにせよまる8年以上続けた末の、その結末を一瞬にして終わらせた、黒い鉄の塊。
決して人気作家ではなかったものの独自の世界観を確立し、芸術家仲間には一目置かれ一部には高く評価もされていた37歳の作家の、あまりにも呆気ない最期は、ぜんぜんドラマでも伝説でもなく、単純にただ寂しくて悲しくて不幸なだけの出来事でしかなかった。
そのごく当たり前のリアリティが、白い展示台の上の拳銃から伝わってきた気がした。

映画は全部、ゴッホの有名作品(「星月夜」「夜のカフェ」「夜のカフェテラス」「アルルの跳ね橋」「ラ・クローの収穫」「オーヴェルの教会」「カラスのいる麦畑」など)の忠実な模写をベースに、実写の俳優の演技をゴッホ風絵画に起こしたアニメーションを加えて表現している。つまりまさにゴッホの絵が、絵に描かれた人々が動いて、ゴッホについて話している。
その映像はそのまま、ゴッホがみていたであろう世界にみえる。渦巻くような星明かり、眩しく燦然と輝く都市のナイトスポット、夏風に波打つ草原の緑、燃えているような収穫どきの麦畑、画家を見つめ返す人々の髪や頬の影に刻まれた深い筆致の一筋一筋に、彼がこめた愛と魂が伝わってくる。それは実際には、この作品に参加した125人の画家たちの愛と魂なのだろう。その愛と魂にみちたワンシーンワンカットから、どうしてこれほど芸術を愛し芸術に愛された彼が、こんな風に亡くならなくてはならなかったのかという悲しみが、胸に迫る。
理由も経緯もなにもかもどうでもよくなる。誰にどう思われていたかどうかも関係ない。ただ、死ぬことはなかったのにと、それだけを感じる。
37歳はやっぱり、どう考えても早かったよねと。

あわせて、晩年の彼をとりまく人間関係がとても繊細に描かれていたのがある意味新鮮でもありました。ゴッホの人間関係というとどうしても家族や女性関係(さっぱりもてなかった)やゴーギャンとの確執ばっかりフォーカスされがちな印象があったので、他にも絵のモデルになったさまざまな人々本人がゴッホのことをそれぞれ主観的に語るというアプローチが、アニメーションなのに却って生々しく感じた。
いまとなっては偉大な芸術家になったゴッホだけど、周囲の人々にとってはかなり厄介な人ではあったのだろうと思う。それはおそらく事実だ。だけど、短命だろうが長命だろうが芸術家なんてものは大概が厄介な人が少なくないし、厄介な人だからこそ凄絶な孤独の中から余人をもって代えがたい不朽の名作をも生み出せるともいえる。
ただそういう人生って往々にしてなかなかしんどいし、だから彼の作品は観ててちょっとしんどいのかもしれない。
すごい傑作ばっかりだとは思うんだけど。



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