落穂日記

映画や本などの感想を主に書いてます。人権問題、ボランティア活動などについてもたまに。

終わらないジェノサイド

2017年01月29日 | movie
『女を修理する男』

かつてザイールと呼ばれていたコンゴ民主共和国。隣国ルワンダで起こった内戦の影響で流れ込んだツチ族を排除しようとしたことがきっかけで起こった紛争は内戦に拡大、以後東部で延々と続く混乱は紛争鉱物問題や少年兵問題だけでなく、深刻な戦時性暴力を生み出した。
ノーベル平和賞有力候補といわれる産婦人科医で人権活動家のデニ・ムクウェゲ医師を追ったドキュメンタリー。

去年来日もされましたね。ものすごい行きたかったんだけど都合つかず超残念だった。今回観られて満足です。
アフリカというとどうしても想像しがちなのが乾燥した砂漠地帯だけど、コンゴはアフリカ大陸の真ん中辺り、山が多くて緑豊かで天然資源も豊富な美しい国である。
だがその豊かさがコンゴの不幸だった。部族間の抗争にグローバライゼーションが火をつけ、伝染病のように暴力が暴力をうみ、社会秩序の崩壊がそれに拍車をかけた。
初めは隣国からやってきた兵士が始めた集団レイプが地域社会でも横行するようになり、呪術師が流布する迷信によって正当化されるようになる。傷つき、病んで命を落とすのは女性や子どもばかりである。襲われるのは若い女性だけではない。幼い子どもや乳児まで犠牲になる。それは性行為ですらない。紛れもない殺人である。

そうして傷ついた被害者の治療にあたり、精神的に支え、励ますのがムクウェゲ医師だ。
膣に穴が開いて直腸まで貫通している女性。性器に鋭利な刃物を押し込まれた女性。レイプされて妊娠し出産した女性。そうして生まれて、自身もレイプされる子ども。
国連人権賞やらヒラリー・クリントン賞やらサハロフ賞やら、国際的な賞をいくつも受賞しスピーチに登壇するたび、彼はコンゴの現状を必死に国際社会に訴えかける。この現実を知ってほしいと。
彼の言葉には怒りがこもっている。この暴力は紛争を見過ごし、犯罪者を見過ごし、女性蔑視を見過ごすすべての人間に責任があるのだと。はっきりとそう明言はしない。だが紳士的な物言いの裏に、燃えるような怒りが明確に聞き取れる。
その通り、西欧社会は完全にコンゴの内戦に背を向けている。そこに供給される武器と、コンゴでとれる地下鉱物がビジネスになるからだ。紛争状態にしておけば、コンゴの人々は自分たちが貧しいことにも文句はいわない。いくら搾取されようが、殺されるよりはましと考えてしまう。

ムクウェゲ医師は女性たちに問う。
レイプされ、深く身体と心を傷つけられ絶望する彼女たちに、どうして泣くのかと問う。
何もかも奪われたから、と答える女性に再び問う。何を。純潔。尊厳。
そして語りかける。ほんとうの純潔は、人間の尊厳はあなた自身の心のなかにあって、誰にも奪えないのだと。
コンゴやアフリカの地だけではない。世界中どこでもいつの時代でも、性暴力を受けた女性は皆、純潔と尊厳を奪われ、虐げられ続けている。それがどんなに理不尽であろうと、なぜか万国共通、傷もの、汚らわしいものとして人格を否定する差別行為が堂々と正当化される。家族ですら被害者を無視するのも同じだ。
ムクウェゲ医師が賞賛される勇敢さの真の価値は、医師である以前に、男性でありながら被害者の心に寄り添い、キリスト教徒として最も虐げられた存在のなかにこそ尊いものをはっきりと見定めた、どこまでも純粋に何をも恐れないまっすぐな自信にあるのではないかと思う。

言葉でいえば簡単なことだが、政府からも軍部からも脅迫され生命の危機に瀕していながら、毅然とした態度を貫く彼の姿勢に、コンゴの人々は励まされ、立ち上がり抵抗している。
コンゴに彼がいてよかったと思うと同時に、彼の無事を祈りたい。この美しい国はいまも暴力のなかにあり、社会秩序はまだ保たれないままなのだ。そのなかで市民の希望の星となり、世界的な有名人になった彼が、政府や軍部にとって嬉しい存在だとは思えない。
一日も早くコンゴに平和が訪れることを願う。
そして誰もが彼のように、ほんとうの純潔と尊厳は心のなかにあって他人には奪えないことを、信じられる世界が来ることを願う。

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