落穂日記

映画や本などの感想を主に書いてます。人権問題、ボランティア活動などについてもたまに。

格安の約束

2008年08月10日 | book
『血と暴力の国』 コーマック・マッカーシー著 黒原敏行訳
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80年代のアメリカ南部。
ひとりでハンティングを楽しんでいた溶接工のモスは、砂漠で蜂の巣になった3台のクルマと8人の射殺体、それに大量の麻薬と大金の詰まったブリーフケースをみつけた。
カネを持ち逃げしたモスを追うのは殺し屋シュガーと、地元の保安官ベル。出会った人間をひとり残らず殺しまくるシリアルキラーと、理解不能な凶悪犯罪の増加に苦悩するモラリスト、理由も考えずに大金を抱えて逃げ続けるベトナム帰還兵、それぞれの旅の物語。
昨年度の賞レースを席巻した映画『ノーカントリー』の原作本。

あのー。ビックリするくらい、映画そのままだね。スゴイです。
ふつう小説の映画化ったら、多少の変換はあるじゃないですか。小説でしか表現できないことは映像では形を変えて描写することになるし、だいたい映画は90分から長くて200分程度だから、分量的にも収まりきらない場合が多い。
けど『ノーカントリー』は呆れるくらい小説そのまま。カットされたパートもさすがに2〜3あるけど、ストーリーも世界観もキャラクター描写も、おそろしーくらい原作に忠実です。すごいマニアックな映画だったんだなーと、原作読んで改めて思いましたです。
マッカーシーの作品は今回初めて読んだんだけど、引用符やコンマをほとんど使わない(訳文では“「」”や“、”にあたる)文体が特徴であるらしく、擬態語や修飾詞を使った情景描写もほぼでてこない。要するにむちゃくちゃストイックなスタイルでさくさくさくさくと話が進む。
こういう文体はテンポはいいけど、うっかりすると状況が一度に把握しにくくなってしまうため、テンポ通りにたったか読み進めるというわけにはいかない。必然的に集中的に小説の中に入りこむことになり、これが読者の中に自然と臨場感を醸し出すという仕掛けになっているようだ。

だから原作にはハビエル・バルデムのオカッパ頭なんかはいっさい描かれてません(笑)。人種もわからないし、年齢もラスト近くになって目撃者の証言でだいたいこれくらい、という台詞がでてくるだけ。他の登場人物も同じで、物語の展開上にチラホラと特徴の断片らしきものが出てはきても、具体的にどういう人なのかという客観的描写はない。ぐりは映画を観てしまっているのでつい映画のキャストを想像しながら読んでたけど、観る前に読んでたらずいぶん感じ方は違ったろうと思う。
映画とひとつだけ違うなと感じたのは、アメリカという国の20世紀の背後にべったりと横たわる戦争の影。20世紀は戦争の世紀とよくいうけど、アメリカはこの間しょっちゅう戦争ばっかりやっていた。今もやってるけど。モスはベトナムに行ったし、ベルは第二次世界大戦に行っている。他の登場人物にも戦争経験者が多い。あるいはシュガーもそうかもしれない。そしてそれは単なる経験や記憶などでは終わらない。彼らは戦地で自分がしたこと、見たものによってアイデンティファイされている。いや、そこに否応なしに縛られている。
そんな男たちが背負った戦争はもちろん個人的精神的背景だけでは済まない。

登場する女性キャラクターがそれぞれに非常に魅力的。モスの若き妻カーラ・ジーンやベルの妻ロレッタはほとんど神と見紛うほど毅然として愛情深く、モスが道中で出会う家出少女は妖精のように愛くるしい。
彼女たちの知性溢れるあたたかさと美しさが、暗く渇いた物語をほんのりと照らすのが読んでて心地良かったです。

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