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落穂日記

映画や本などの感想を主に書いてます。人権問題、ボランティア活動などについてもたまに。

子どもの世界

2006年11月18日 | book
『わたしを離さないで』 カズオ・イシグロ著 土屋政雄訳
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数年前、子役が何人も出演している映画の撮影に参加したことがある。
毎日現場には大体6〜7人の子役がいた。年齢は下は5歳から上は12歳くらい、男の子も女の子もいたし出身地もバラバラだったけど全員仲は良く、待ち時間はいつもみんなで鬼ごっこや隠れんぼやおままごとをして遊んでいた。ぐりも「あなたは○ちゃんの子どもね」「名前は△ちゃん」などという設定をふられてままごとに混ぜられたことがある。現場は仕事場なのでゲーム機やマンガは当然持ちこまれていなかったから、ひまなスタッフやそのへんに転がっている大工道具が彼らのオモチャだった。
そのとき不思議だったのは、遊んでいるときの彼らの会話空間や世界観が、大人のぐりたちのそれとまったく別の次元で成立していることだった。正直な話、ぐりは子どもたちが何を喋っているのか皆目理解できなかったし、会話についていくことすらできなかった。でも彼らの世界が、大人の生きている世界と同じレベルの精密さと強固な構造性をもって彼らのうちに存在していることだけはありありとわかった。彼らは子ども同士でいるときはそこに住んでいて、「撮るよ」と呼ばれたときに、大人の世界の方へさっと戻ってくるのだ。
かつてはぐりもそこに住んでいたはずの子どもの世界。いつの間にぐりはそこを抜け出し、いつその扉は閉ざされ、時間の霧の向こうに見えなくなっていったのだろうか?

「わたしを離さないで(原題:Never Let Me Go)」とは、主人公キャシーが小さいころから宝物にしていたカセットテープに入っていた曲のタイトル。といっても子どもが聴くような類いの音楽ではなくて、むしろ安手のバーで歌われるような、いわゆるムード歌謡ではないかと思われる。キャシーはこの曲のサビの部分がとくに好きで、繰り返しひとりで聴いていた。

Never let me go,
Oh baby, Baby,
Never let me go...

彼女は大人になってから、あのころあの曲の意味がわかって心を惹かれたわけではなかった、という。だが、それ以上に、幼いながら自らの運命をうすうす理解していて、そこで決して叶えられることのない夢を、歌の中に見いだしていたのだろうと回想する。
この物語は一種のファンタジーだ。キャシーという「介護人」の昔語りとして、彼女が育った「へールシャム」という奇妙な施設での子ども時代の思い出からストーリーは展開していく。へールシャムでは5歳から16歳の子どもが寄宿学校のように寮生活をしていて、外界とはいっさいのかかわりを持たずに暮している。子どもたちには家族はいない。いるのは友だちと、「保護官」とよばれる教師だけ。それでも彼らはまことに手厚く大切に育てられる。豊かな自然、静かな環境、規則正しい生活。読んでいるうちに、「なんだかこれは牧場みたいだな」という感じがしてくる。
いや、そこはまさに「牧場」なのだ。
だがキャシーたちを待ち受ける運命は決して牧歌的なものではない。その運命が、昔語りとともに、徐々に暴かれていく。

彼女たちの運命はある意味では確かに悲劇的だ。
しかしこの小説は、そういう特異な悲劇で読者を泣かせようとしているだけではない。ぐりが読んでいて激しく心を打たれたのは、子どもの心の中にしか存在しなかったはずのあの世界、霧の向こうの扉の奥に閉じられたあの世界の風景を、異様に緻密かつ精巧な描写で再現し、それを読み手の心の中にまでありありと呼び返す、物語のもつ一種独特な“声音”のそらおそろしいまでのやさしさだった。
その筆致が、初めはそっと薄皮を一枚ずつ剥がしていくように、読み手の心を裸にしていく。やがて語り手は読み手が人生を生きるうちに身につけてきた鱗を毟り、鎧をとり、終いには思いきり鈍器でたたき壊すようにして、武装した精神に潜んだ、傷つきやすい子どもの姿をあざやかに照らしだす。
キャシーたちの住んでいる世界では何もドラマは起こらない。彼女たちは自分たちがどんな人生を送り、そこで何が自分たちを待っているのかをすべて知っている。読者にもそれはわかる。物語の上で起こることは、あらかじめうっすらと伝わってきていて、起きたときにはまるで予期していたことを確認しているだけのように感じる。平和そのものだ。
でもその世界の平和は、信じがたいほど暴力的な利己主義の上に成り立っている。その利己主義はファンタジーではない。それが恐ろしいし、悲しい。
16歳を過ぎたキャシーはへールシャムを「卒業」し「大人の世界」へと足を踏み入れていくのだが、それでも心のどこかで「へールシャム」に強く結びつけられている自分を自覚してもいる。運動場の片隅にぽつんと建った体育館の情景がその象徴なのだろう。まだ「運命」から切り離され、「保護」された存在でいられた、「へールシャム」時代。誰もが二度とは戻れない世界。

衝撃的なカタストロフの連続を、筆者はとにかくやわらかく、これ以上ないくらい繊細に描いている。
初め読んでいるうちはこの繊細さがやや鼻につくのだが、だんだんストーリーがみえていくにつれて怖くなってくる。怖すぎてやさしくしか描けないのだ。言葉がやさしければやさしいだけ、恐怖がすぐ傍にぴったりと迫ってくる。世の中にはそういう種類の恐怖が存在することを、ぐりは初めて知った。
キャシーたちの運命は恐ろしいが、さりとて彼女たちを不幸だということもできない。人の幸不幸は、ひとつの価値観だけで簡単に決められるほど単純ではない。
不幸なのは、人が生きているというただそれだけのことが、そもそもどれだけ利己的であるかということがわからない、ということの方のような気がする。
感動しました。傑作です。

Landscape

2006年11月17日 | movie
『三峡好人』
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FILMeX、始まりましたー。
これはもともと今年ヴェネツィアに出品された『東』というドキュメンタリー映画を奉節で撮影していた賈樟柯(ジャ・ジャンクー)が、その土地柄や独特の風土、そこに生きる人々の魅力に惹かれて急遽劇映画として制作することにしたという作品だという。結果的にはこちらもヴェネツィアでサプライズ上映され、見事金獅子賞に輝いた。
確かにその想いは非常によく伝わる映画に仕上がっている。英題『Still Life』とは静物画を意味するが、これは本当は『Landscape(風景画?j』でもよかったかもしれない。中国の古典絵画でよくみかける緑がかった薄墨色に霞んだ山水の合間に、見渡す限り廃屋と瓦礫に埋もれた街?ェ、みるみるうちに寂れ崩壊していく。真っ黒に陽に灼けた苦力(とゆーか仲仕と呼びたい)や解体作業員たち、建設成金、ヤクザ者たち。常?ノ流れ続け、とどまることのない時間そのものの情景だ。
そこへ人探しにやってくるふたりの男女。男(韓三明ハン・サンミン)は16年前に故郷へ帰ってしまった妻子を探しに、女(趙濤チャオ・タオ)は2年間帰ってこない夫に会いに来る。このふたりのエピソードがストーリーの軸にはなっているけど、たぶんメインじゃないんだよね。映画を構成するための骨組みとして機能はしてるけど、見せたかったのはあくまでいつか水底に沈んでいく運命の三峡という土地の魅力だったのだろう。
それはわかるよ。すごく。メチャクチャわかる。ぐりも廃墟とか解体現場とか好きだしさ。映画としてはよくできてると思うし。

けどねー。
なんかイマイチはいりこみにくかったんだよね。なんでかなー。
ディテールはすごく好きよ。ウン。べたっとした蒸し暑さや解体現場のすさまじい粉塵が画面からもわーっと押し寄せてくるような、すごくリアルな情景描写とか、容赦なくがんがん壊されてく街でしか撮れないものすごいシーンの連続とか、田舎のふつうの人たちのえもいわれぬいい表情とか、荒んでるよーでどっかにほろ苦いような甘さも残ってるよーな世間の雰囲気とか、非常に味はあるんだよね。
けど、やっぱちょっとそこに流され過ぎてる感も否めない。できることなら、もう一歩か二歩踏みこんで、もっと強引に賈樟柯なりの視点をはっきりと主張してくれた方が、観客にとっては親切だったかもしれない。
ただ歴史的ともいえる規模の三峡プロジェクトの一側面を活写した映画としては、やはり充分に意義ある作品だと思う。必見であることに違いはないです。ハイ。

上映後にティーチインがあり。登壇者は賈樟柯と趙濤。ぐり的におもしろかった回答のみメモっときます。ネタバレ系回答も今回避けます。あしからず。
(劇中に登場する歌を歌う男の子について)「奉節に着いたときにクルーに話しかけてきた客引きの男の子で、ある日現場にやってきて『俳優として映画に出たい』というので、『何ができるの?』と尋ねたら『歌が歌える』と答えたので歌ってもらった。彼には好きな子がいるのだが今は別の街に住んでいて離れている。『監督、どう演技すればいいの?』と訊かれて、その彼女のために歌ってほしいと頼んだ」
「撮影は3度に分けて行った。これは解体が進んで街の風景が変わることで時間の経過を表現したかったから。最後に撮影したのは趙濤が最後に登場するダムのシーン。あそこはダムの中心部でなかなか撮影許可が下りず、2月に申請して5月に許可が出た(趙濤の髪型が尋常じゃなしに変わっちゃってるのでそこはモロバレだったですよ監督・・・)」
「常連の王宏偉 (ワン・ホンウェイ)はいつもこそ泥やちんぴらといったまともじゃない役ばっかりだったので、今度はまともな役がやりた?「と自ら志願して東明(遺跡調査員)役を演じた。このために彼は10キロもダイエットした」
(趙濤:撮影期間にタイムラグがあったことについて)「奉節はいつも暑かったので、季節が変わることではとくに違和感などはなかった。それよりも、いつも撮影現場のすぐ傍で解体作業が行われているという環境に気を使った。撮影隊の安全がいつもとても心配だった」
とかなんとか。
歌を歌う男の子はホントーに見事な歌いっぷりで、また変声期にさしかかった微妙なハスキーボイスが色っぽくて、強烈に印象的でしたです。
劇中に『男たちの挽歌』の周潤發(チョウ・ユンファ)のマネをする青年が登場したことについて、奉節の刹那的な空気の“渡世”感を象徴したモチーフとしてあの映画を採用したと監督はいってたけど、どうもあの映画の發仔はヤクザとゆーより不良少年がそのまま大人になってしまった男というようなイメージがあったので、微妙に感覚にズレがあるよーな気はしたけど、そういうのはあくまで主観の問題だろう。あれはあれで笑えたし。
ぐりは賈樟柯と趙濤は初めてナマでみたけど、監督はほんとうに若くて小柄で控えめなごく真面目そうな青年、趙濤は思ってたよりもずっと綺麗で落ち着いて、こちらは大人の女性という雰囲気でした。

今週もだまらっしゃい

2006年11月12日 | movie
『ウィンターソング』
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いろんなとこで『ムーラン・ルージュ』に似てると聞いてたけど、実はぐりはこの映画を観ていない。仕事の資料として一部分だけダビングした映像をみせられたり、レンタルして途中までみたりはしたことはあるんだけど、どーゆーワケかちゃんと通しではみていない。みんながみんなすっごくいい!っていうんだけど、そうやって褒められれば褒められるほど、ヘンな期待をしてしまいそうで怖くてみられない、というのもあるかもしれない。もともとミュージカルがそれほど好きではないとゆーのもある。
けど『ウィンターソング』はおもしろかったです。メロドラマ、ラブファンタジー、スター映画。これぞ大画面で観るべきエンターテインメント。

特に出演者の魅力を最大限に引き出す、という部分ではさすが陳可辛(ピーター・チャン)、すばらしいです。
ハッキリいって金城武の役はけっこう気持ち悪い。設定は香港のスター俳優だけど、スターらしいシーンやエピソードはほとんどない。10年前の恋にひたすら執着する偏執的な奇妙な男なんだけど、それでもちゃんとチャーミングに撮れてるのがすっごく不思議。
周迅(ジョウ・シュン)はぐりは記憶にある限りでは『小さな中国のお針子』しか観てないんだけど(爆)、正直な話、ここまで魅力的な女優だとは今まで思ってなかったです。すいません。といっても、とくにわざとらしくリスペクトしたりはしてないんだよね。撮るべき画をちゃんと撮ってるだけだし、本人も演るべき芝居を演ってるだけなんだけど、しっかり訴えかけてくるものがある。
張學友(ジャッキー・チュン)はまたしても可哀想な役(涙)なんだけど、おわってみればいちばんおいしいキャラ。しかしこの人はホントーに「歌神」の異名にふさわしい。聴かせます。泣かせます。舞台を是非一度みてみたいと思いました。 
このメインの3人は3人ともものすごくドラマっぽい極端なキャラクターでもあり、それぞれこのキャスティングでないとギリギリ成立するかしないかとゆー割りに危うい人物造形で、こういうとこも大作娯楽映画らしいなと思ったです。

ストーリーはまあよくある陳腐なメロドラマだ。
過去の恋を捨てられない男、現実をしたたかに生きる女、女の過去に囚われる男、そんな3人の三角関係を、劇中劇と回想シーンを重ねあわせて同時進行で語る。そんなシンプルな物語を退屈させずにひっぱっていくのが構成の妙。映画が進んでいくにつれて、虚実がより深く絡まりあい、境目がわかりにくくなっていく。現実のシーンも幻想的な演出が多くて、もともと見分けがつきにくくなってるんだけど。
とはいえ、回想の北京の古い風景と、現在の北京の新しい風景、現在の上海の撮影所のつくりものの風景のコントラストがきちんとしてるから、みていて混乱するということはない。作中人物といっしょに意図的に観客を心地よく惑わせる、そういう演出が非常に巧みで感心してしまう。
衣装や美術も素敵。美術の奚仲文(ハイ・チョンマン)は『アンナ・マデリーナ』の監督ですねー。ぐりこの映画ダーイスキ!なんだけど。ちょっと気になったのは、カメラワークがパートごと、シーンごとにテイストが随分違うところ。撮影監督にクリストファー・ドイルと鮑徳熹(ピーター・パウ)のふたりがクレジットされてるけど、そのせいなのかな?あれはどうもあんまりうまくなかった気がする。できれば全編思いっきりフルにロマンチック&ダイナミックに圧してほしかったかも。あと合成シーンはイタかったね・・・もったいない。
音楽は一部に激しく聞き覚えのあるよーな曲があったけど・・・『夜半歌聲/逢いたくて、逢えなくて』に使われてたのとメロディがソックリで。気のせい?

合作映画として、商業映画としてソツなく小奇麗にまとまりすぎてる印象もなくはないし、これといったサプライズもないけど、ぐり的には充分納得の出来栄えでした。
真後ろの席のカップルがずーーーーーーーーっと喋ってんのとか、ひっきりなしに画面を横切って出たり入ったりする観客がいたりとか、鑑賞条件としては今日はとことんツイてなかったです。公開2日目なのに劇場ガラガラってのも寂しい限り。なんでやねん。

ジェネレーション・石頭

2006年11月10日 | book
『レス・ザン・ゼロ』 ブレット・イーストン・エリス著 中江昌彦訳
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うーん。実は今読んでる別の本が難しくて量が多いので、小休止にどーかと思って手に取ってみたんだけど。
これ映画化もされてますがぐりは未見です。ストーリーは原作と全然違うみたいですが。
発表当時(1985年)は作者が20歳の学生とゆーこともあって大変な話題になり、“ゼロ・ジェネレーション”なんとゆー言葉も生まれたらしーけど。どーなんでしょーね?これ?もうちょっと落ち着いてじっくり読めば魅力がみえてくるのかしらん?
ただ単に好みなのかな?“なんとかジェネレーション”といえば、ぐりが学生の頃に公開された映画『リアリティ・バイツ』もえらいブームになって“ジェネレーションX”て言葉も流行ったけど、同世代のあのときでさえ「なんじゃそりゃ?」って感じだったもんなー。あの映画、今観たらどーなんだろー。おもろいのかな?

こーゆー時、あーアタシってアタマかたいなあー、と思う。わからんことはないのよ。まったくさっぱり理解不能、ってことはない。けど、心が理解することを拒否してる。たとえばぐりだって10代20代のときはライブハウスやらクラブで遊んでたこともあるし、いかがわしい友だちもまったくいないことはなかったですよ。いろいろあれこれ誘惑もないことはなかったです。けど“一線”は決して超えなかった。超えてまで快楽や好奇心や虚栄心を満たすことに価値が見出せなかったからだ。華やかだな、楽しそうだな、とは思ってはいたけれど。
ときどき、たま~に、あの頃、あの“一線”を超えてたら今ごろどーなってたかな?と想像することもなくはないけど、いずれにせよ、あっち側─快楽と好奇心と虚栄心を満たすことが尊ばれる世界─がキャラとしてぐりに向いてるかどーかはかなり疑わしいですね。
ははははは。

THE SERENITY PRAYER

2006年11月05日 | book
『ラッキーマン』 マイケル・J・フォックス著 入江真佐子訳
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先日の日記で触れた俳優マイケル・J・フォックスの自伝。前にブックオフで買って以来、読まずに放置してたのに気づいてこの機会に読んでみました。
思ってたよりもずっとずっといい本でした。すごくマジメな本。でもすごくおもしろい。ユーモアがあって、アイロニーにみちていて、愛情があふれていて、しかもためになる。
ぐりはマイケル・J・フォックスのファンでもなんでもないし、彼のことは正直よく知らない。出演作だって『バック・トゥ・ザ・フューチャー』と『再会の街─ブライトライツ・ビッグシティ』くらいしか観たことがない。それでも、俳優でありながらパーキンソン病という原因不明の不治の難病と戦っている彼が、自身の手で書いた本を、一度は読んでみたいと思っていた。
というのは、マイケルは1989〜93年当時日本で放送されていたホンダ・インテグラのCMに出演しているのだが(95年以降はブラッド・ピットが出演)、実はこのシリーズ出演中に彼は既にパーキンソン病を発病している。あとになってみれば仮面様顔貌などの身体的変化が明らかに演技に表われているのだが、この時期に彼の病を知る者はほとんどいなかった。
あれだけの大作映画やTVシリーズを抱えたスターであり有名人でありながら、あれほどの大病を抱えて、しかもそれを隠して生活するというのがどんなものなのか。以前少し触れたように、軽い運動機能障害をもつぐりにとっては、完全に他人事とはいえない話だった。

本書はかなりの割合がパーキンソン病についての記述に割かれているが、基本的にはマイケル個人の半生記というかたちになっている。
カナダでの裕福ではないが愛情ゆたかな家族との子ども時代、平凡だが尊敬すべき両親や祖母の思い出、演劇に対する目覚め、カナダのショウビジネス界での成功、ハリウッド進出と失敗などのくだりは思わず笑ってしまうような微笑ましいエピソードや、ほろりとさせられるような感動的な挿話が満載だ。なかでも『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のロンドン・プレミアで故ダイアナ妃と同席した際の話は爆笑モノだが、この夜の妃のブルーのドレスの大きく開いた背中に真珠のネックレスを長く垂らすという印象的なファッションは、ぐりの記憶にも鮮明に残っている。
また、マイケル・J・フォックスといえば身長163センチと欧米人にしてはかなり小柄な体格が個性でもあるのだが、どうもそれは生まれつきだったらしい。3歳も下の妹と双子にみられていたのは、男の子としてはそれなりのコンプレックスだったのではないかと思う。
マイケルがハリウッドでブレイクしたのはいうまでもなく85年の『バック・トゥ・ザ・フューチャー』だが、彼がパーキンソン病を発症していることがわかったのはそのたった6年後の91年。88年に結婚し翌年には長男を授かっていたマイケルは当時弱冠30歳。まさにアメリカ人がよくいうところの「have no choice」状態である。医師はあと10年は働けるという。つまりその後10年間で、妻と息子と、今後生まれてくるであろう他の子どもたちの安定した生活を一生保障するだけの収入を稼ぎださなくてはならない。もちろんごく身近な家族や関係者以外には病気のことは伏せたまま。

誰にでも予想のつくことだが、こんな難行がそうやすやすと思い通りに運ぶわけがない。当然マイケルにも何度も何度も挫折や屈辱がふりかかる。内容ではなく条件で作品を選んだことから来るストレス。アルコールに逃避したこともある。夫婦に危機が訪れたこともある。恐怖のあまり治療にさえ自ら向きあえなかったときもある。
そんな苦闘のひとつひとつが、この本には実に誠実に、丁寧にきちんと描写されている。だからといってとくに自分を卑下しているわけでもないし、病気だからといって同情を求めたり開き直ったりしているわけでもない。ただ単に、物事には必ず解決する方法があるし、もしないとしても、今の状況から前に進む方法は絶対にどこかにあるはずだし、それは自ら諦めない限りちゃんとみつかるものだと、彼はそういいたいのではないかと思う。
本文にも少し引用されているが、プロテスタントの祈りに以下のようなものがある。神学者ラインホールド・ニーバーが1943年マサチューセッツ州西部の教会で説教した祈りがもとになっていて、その後アルコール依存症患者の断酒会のモットーとして採用されたそうだ。

God, grant me the serenity
to accept the things I cannot change;
courage to change the things I can;
and wisdom to know the difference.

Living one day at a time;
Enjoying one moment at a time;
Accepting hardships as the pathway to peace;
Taking, as He did, this sinful world
as it is, not as I would have it;
Trusting that He will make all things right
if I surrender to His Will;
That I may be reasonably happy in this life
and supremely happy with Him
Forever in the next.
Amen.   

神よ お与えください   
変えられないものを受けいれる平静さと
変えられるものを変える勇気と
そして その違いを知る叡智を

一日一日を生き
一瞬一瞬を楽しみ
苦しみも 平安へ続く道として受けいれ
この罪深い世を 自分の願うようにではなく あるがままに受けいれる
あの方がそうなされたように
神の御心にわたくしを引き渡すのなら
神はすべてを正しくお導きくださると信じ
わたくしが理にかなった幸せにこの世を生き
次の世では永久に
至高の幸せを 神と共にありますように(ぐり訳)

あとこの本には、そういう個人的な話だけじゃなくて、パーキンソン病について素人でも理解可能な範囲での詳しい知識や、アメリカにおける難病患者のための支援団体活動、政治活動についても読みやすくサラッと紹介されている。問題の胚性幹細胞の技術開発についても結構ハッキリと率直に書かれてます。のリンボーさんもこの本読んでりゃあんな恥ずかしいこといわないで済んだのにねえ。ジャーナリストにとって不勉強ってホント命取りですよ。
いろんな意味でためになる本でした。読んでよかったです。