ふくい、Tokyo、ヒロシマ、百島物語

100% pure モノクロの故郷に、百彩の花が咲いて、朝に夕に、日に月に、涼やかな雨風が吹いて、彩り豊かな光景が甦る。

五万日

2012年07月11日 | 千伝。
昨日、四万六千日の御利益に関して、アップ。

八月九日参拝すれば、四万八千日分の御利益があるという観音様がありました。

西国三十三ケ所のお砂を集めて、当日、お砂を踏んで歩くようです。



もし、小生・・。

このような観音様を創建したいと思いました。

二人参拝で、御満日御利益(136年分)です。

南無観世音菩薩

四万六千日

2012年07月10日 | 千伝。
今日の地元ニュースコラムから:

「風鈴に四万六千日(しまんろくせんにち)の風」(福井市出身の芥川賞作家、多田裕計)。

東京浅草観音「ほおずき市」・・7月10日に参拝すれば、4万6千日、約126年分もの御利益があるいうお話。

この4万6千の数については「米一升分の米粒の数が4万6千粒にあたり、一升と一生をかけた」など諸説があるらしいです。


伊豆 修善寺での地域おこしのニュースから:

大きな企業に入るよりも、地域おこしの小さな起業家を目指す方が、人生面白いという若者、学生向けの講座でした。

その地域で、何かを興す起業家が、学ばなければならないのが「経営ノウハウ」。

大型バスやら巨船の乗組員になって動く人生か・・。

自転車、バイク、車、小舟の船頭になって動く人生か・・。

一生の値打ちは、御利益です。

その御利益は、いずれにせよ、社会、地域への還元、貢献です。

週末、週初め・・京都へスクーリング。

大学も日程を巧く調整して、考えるものです。

京都祇園祭見学予定無し。

百島の詩(うた)

2012年07月10日 | 百伝。
僕が、このブログに「百島物語」と名付けて変更したのは、数年前、百島中学校の生徒さんが書いた作文を読んだからです。

もう一度、読んでみました。

あらためて読むと、これは作文ではなく、百島の詩(うた)だと感じるのです。

もっと多くの方に読んでいただきたいと考えました。

紹介させて戴きます。

赤松優衣さんへ、ありがとう!

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題名: 私たちの「島おこし」  
作者: 百島中学校 赤松優衣

みなさんは百島を知っていますか?

私は、生まれてずっと、百島で暮らしています。

百島は尾道から約10キロ離れたところにある、周囲約10キロの島です。

自然がたくさんある島で、よく、タヌキがけんかをする声が聞こえたり、夕方にはカラスのにぎやかな声に驚いたりすることもあります。

現在の人口は約650人。

島の人たちはみんな顔見知りで、仲良く助け合って暮らしています。

今、百島で年ごとに深刻になっている課題は高齢化、少子化、そして過疎です。

その要因の一つに離島という不便さかあります。

百島には、コンビニやスーパーはありません。

病院もありません。

買い物や通院をするには、船で福山や尾道に渡る必要があります。

船の便数は、2時間に1本ぐらいで、尾道まで行くのに片道30分、750円かかります。

百島の人口の約65パーセントは、65歳以上の高齢者です。

私の近所に住んでいたおばあさんは、高齢のため入院する必要があり、島を離れました。

一人暮らしをされていた別のおばあさんは、子どもと一緒に生活するために大阪に行ってしまいました。

高齢化が百島の過疎に大きく影響してきています。

年々過疎が進んでいく百島を活性化させるために、私たちは総合的な学習の時間に「島おこし」の活動を実行しました。

私のグループが考えたのは「百島フォトコンテスト」です。

写真の題材はもちろん百島の美しい風景や、のどかで、温かい島の人たちの暮らしです。

これなら、島外の方に百島を訪れてもらうだけでなく、百島の良さを知り、広めてもらうことにつながると思ったのです。

私たちは、自分たちでコンテストの内容を考え、ポスターをつくり、呼びかけをしました。

取り組みを進めていくうちに、コンテストの話は島外に住んでいる方にも広がっていきました。

中でも効果的だったのは、尾道ケーブルテレビへの出演でした。

放送された8月以降、徐々に島外の方からの作品が集まってきました。

送られてきた写真には「百島を初めて訪れて美しい風景に感動した」とか「テレビを見て30年ぶりに百島に帰り、景観の良さや風土の良さを体験した」といったコメントが添えられていました。

少しずつでも、百島の存在、良さを島外の人に知ってもらえてきていると感じられるのは、とてもうれしいことでした。

そして、私たちには当たり前のことと考えていた風景を、島外の方が「美しい」と感じてくださったことで、改めて百島の素晴らしさに気付きました。

でも、これで百島が活性化されたわけではありません。

島外の方に知ってもらい、訪れてもらうだけでは、やはり百島は過疎化していく一方です。

これからの「島おこし」には、訪れてもらうだけでなく、百島を気に入ってもらい、百島に住んでもらうことが大事だと思うのです。

その理由の一つとして、高齢化と同じように進んできている少子化の問題があります。

百島幼小中学校に通う子どもの数は、30年前には小学生111人、中学生63人、幼稚園の子と合わせて、198人でした。

しかしその後、年々少なくなっていて、現在、幼小中を合わせても22人です。

このまま人数が少なくなると、百島中学校はなくなってしまう可能性もあります。

現に、4年ほど前にそのような話があったと聞きました。

私たちが百島の活性化に取り組むのは、自分たちの母校にいつまでも後輩たちの元気な声が響いていてほしいと願っているからでもあります。

現実には、百島から離れていく若い人も多くいます。

確かに百島は、離島で不便だし、交通費も高くつきます。

でも、静かでのどかで安全な、何より人と人とのつながりが温かい、とてもいい島です。

私たちは、そのことを島外の人に知ってもらい、一人でも多く百島を訪れ、そして、百島に住んでもらいたいと思っています。

住んでもらうというのはかなり大きな目標だと思いますが、百島の過疎を食い止めるには、それしかないのです。

それとともに、私にできるもう一つの島おこし。

それは、今の小さな百島にも、もっとたくさんの元気が感じられるようにすることです。

今、島の行事は、少子化の影響もあり、大きなお祭りでも以前のようには盛り上がらなくなっています。

しかし、島の伝統行事である、八幡さんのお祭りやお弓神事の時は百島出身の人たちも帰ってき、また島外からも多くの人が訪れます。

私たち島に住む者がもっともっと地域や地域の行事を大切にすることが、島の活性化のために大切なもう一つの要素だと思うのです。

私たちが今すぐできる「島おこし」として。

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小さな百島にも、もっとたくさんの元気が感じられるようにすること・・百島の詩(うた)です。

ありがとう。感謝。

ウィンブルドン

2012年07月09日 | 千伝。
今年のウィンブルドン・テニス選手権 男子決勝戦。

ロジャー・フェデラー(スイス)とアンディ・マレー(英)の闘いを最後(日本時間深夜)まで、テレビ観戦していました。

ウィンブルドン化現象・・世界的な経済用語にもなった「地元なのに活躍する地元プレイヤーがいない」。

(日本の大相撲も、英国のプレミアリーグも、だんだんとその様相を呈しています。)

それを覆すような今回のマレー選手の活躍でした。

74年ぶりの決勝進出の地元英国出身のマレー選手への観客の応援も凄かったです。

「マレー、チャチャ・・マレー、チャチャ・・」と繰り返す拍手と大声援。

涙ながらのマレー選手の敗戦インタビューの返答もヨカッタです。

観客も、また、もらい泣きです。

サッカーもゴルフもテニスも、英国は、スポーツ発祥の国・・楽しむ環境も整っているのですが、戦後、なかなか世界の頂点に立てないのです。

それでも、大会七度目の優勝を達成したフェデラー選手に対しても、どこかの国のようなブーイングはなく、大きな拍手で称えていました。

英国は、悪名高いフーリガンという暴徒化集団(サッカーファン)もいる野蛮な国民性もありますが、深夜観たウィンブルドンの観客のマナーは、英国の美しい品格を魅せつけられたような想いがしました。

奇跡を語る者がいなければ、この世界は、夢のない世界です。

ウィンブルドン化現象が、国々、民族、宗教間の壁を乗り越える・・いい意味でのウィンブルドンの誇り高きメッセージなのかもしれません。

小暑 七夕 風雅

2012年07月07日 | 百伝。
そろそろ夏休みが近づく時季の学生時代・・最も大きな問題が「夏休みをどのように過ごすか?」でした。

百島へ、いつ帰省するのか?

アルバイトを、どこでするのか?

大学生になった息子が、夏休みに、愛車で百島へ行きたいと言っています。

東京の首都高速道をぐるぐると走り廻らせた時に、運転しながら、息子は面白いことを言っていました。

「こういう大都会の真ん中を走るのも気持ちがいいけど、百島のような・・普通に行けないような所へ無性に行きたくなる」

勝手に行けばよいのですが、車高を低くしてマフラーを改造したヤカマシイ車で、金髪に、金のネックレス、ピアスの息子を、百島に行かせたくないのは、百島生まれの親の心情です。

それこそ、百島の言葉で表現すると「風(ふぅ)が悪(わ)りぃ」。

「孫でも、そんな恰好で戻って来るな」と、母が言いだしそうです。

小生が学生の頃、夏休みの間、福田桟橋で、かき氷やアイスクリームを売ろうかとアルバイト計画を立てましたが、「そんなことをしたら、風が悪りぃ」と叱られた記憶があります。

百島の人ならば、「風が悪りぃ・・ことをするな」と教えられて育ってきたはずです。

でも、百島を離れて、今思うのは「風がわりぃ」は、「悪い」のではなくて、「変わり」ならばいいのではないかと思うのです。

「風変わりのよい人材」を多く受け入れる多様性が、豊かな社会生活には必要なのです。

百島だけではなくて、時代の風も変わっているのです。

「風変わり」が、「風雅よいこと」になる時代であり、活気のある美徳な時代なるのかもしれません。

七夕に想う風雅な夜です。

サラダ記念日

2012年07月06日 | 千伝。
福井県大飯町出身の水上勉さんは、戦争体験の中で、馬になりたかったと書いていました。

城山三郎さんは、戦争体験の中で、牛になりたかったと書いていました。

父も、戦争体験の中で、鳥になりたかったと言っていました。

・・イジメは、いつの時代、いつの世でも、どこの国、どこの地域でも生まれます。

滋賀県大津市の中学生の自殺事件の問題・・自殺の練習をさせられた?

・・やりきれないね!

「このままじゃ生き地獄になっちゃうよ」・・昔、東京都中野区富士見中学校で起こった「葬式ごっこ」。

・・父親の故郷盛岡で自殺した中学生の悲しい事件を思い出しました。

あの「葬式ごっこ」に加担した先生に取材した時の遠い光景も蘇ってきました。

・・イジメは、保身という意識の中から生まれます。

この頃、NHKのEテレビ(教育)のハートネットTVをよく観ています。

広島の脳性マヒの女性 佐々木さんは、5歳の時、「死のう」と言った母に、「生きてりゃ、いいことがあるよ」と言い返したとか。

「この味がいいねと君が言ったから 七月六日はサラダ記念日」としたためた俵万智さん(福井県立藤島高校卒業)。

サラダに、いい味があるとは、思えませんが・・ドレッシング次第では?

自殺の練習は、自分でするもの・・いつでもできます。

毎日を、何かの楽しい記念日作りにするぐらい、したたかに生きてほしい。

神と福の海流

2012年07月05日 | 千伝。
思いは、物質です。

神への思いも、物質です。

それ以上の答えは、説明できません。

中国文学者であり漢字研究の第一人者であり、白川静先生という大きな人物の足跡があります。

福井市出身です。

ある意味、思想家としての巨人かもしれません。

白川先生の漢字論は、コミュニケーションの道具だけではなく、呪具として、人を呪い殺すこともできる、命の安全も祈るという呪詛や祈祷を原点とする思想展開が原点にあるような気がします。

言葉によって、人間社会、人間物語、言葉の宇宙も構築されているのかもしれません。

昨日、神の粒子と呼ばれるヒッグス粒子が、ほぼ確認されたという大ニュースが、世界を駆け巡りました。

物質は、小さな原子が集まってできているようです。

原子は、電子と原子核で構成されているようです。

原子核をさらに細かくするとクォークという極微の粒子になるようです。

電子やクォークのように、これ以上、細かく分けられない最小単位を素粒子と呼ぶようです。

新聞記事によると:

素粒子は物質をつくる12種類と、物質に力を伝える5種類の計17種類がすでに確認済みだ。
しかし、標準理論の重要な骨格となるヒッグス粒子だけが見つからず、半世紀近くにわたり大きな課題になっていた。
標準理論が完成しても、それは素粒子物理学の「第一章」の完結にすぎない。
宇宙を構成する物質のうち、標準理論で説明できるのは全体の4%だけで、残りの96%は正体不明の暗黒物質や暗黒エネルギーが占めているからだ。
ヒッグス粒子の性質を詳しく調べれば、暗黒物質の有力候補とされる未知の素粒子の手掛かりが得られる可能性があり、素粒子研究は標準理論の枠組みを超える世界へ一歩を踏み出すことになる。

そう・・、

ヒッグス粒子が確認されても、宇宙という世界の残り96%は正体不明の暗黒の物資なのだそうです。

今回の宇宙の成り立ちを予言した標準理論の完成となるかもしれないヒッグス粒子のほぼ確認という大ニュース・・福井市出身のノーベル物理学受賞者南部陽一郎博士(シカゴ大学名誉教授)が提唱した「自発的対称性の破れ」が出発点となったようです。

角砂糖ひとつの大きさからビッグバンが起こり、広がった宇宙の世界ならば、物に質量を与える海のようなヒッグス粒子は、薄まることはないのかという疑問があります。

宇宙も、ひとつの生命体ならば、膨張、縮小・・他にも、増加させる、減少させる素粒子があるのかなぁ・・と想像を膨らませたり縮めたりします。

思いは、物質です。

福に帰すという思いも、物質です。

これは、説明できます。

食べる、歩く、生きる、死ぬる。

感謝。

この空の花 五雨十風

2012年07月03日 | 百伝。
ここ数日、体調があまりよくなかったので、家に閉じこもっていました。

その間、尾道出身の大林宣彦監督が、新作「この空の花 長岡花火物語」の封切りにあわせて、先日、舞台挨拶に福井に来られていたようです。

小生、元気であれば、花束を用意して、お会いしたかった監督でした。

大林監督の代表作は、「転校生」の尾道三部作、新三部作・・故郷尾道を舞台にした映画です。

故郷尾道への貢献度は、大きなものがあります。

それでも、故郷尾道を愛し続けている映画作家 大林氏ですが、どうも、最近地元と巧くいってないようです。

尾道を離れて暮らして、尾道に意見を言うスタンスに、地元も反発するのかもしれません。

大きな対立となったきっかけが、2005年に制作・封切りされた角川春樹事務所、東映、テレビ朝日系による映画「男たちの大和/YAMATO」でした。



オープンセットとなった尾道向島の造船所に観光客が押し寄せたのです。



地元、尾道が観光の目玉にしたのも十分理解できます。

当時の新聞記事コラムから大林監督の談話:
「ロケセットは映画の中で初めて意味を持つ。人寄せのための公開は、戦争やふるさとを商売にしているようで恐ろしい」と、尾道市の観光行政を批判している。セットには予想を超える人が集まり盛況だが、大林監督は「公開中は故郷に帰らない」と宣言した。

それと、大林監督は、古いものを壊すのではなく、古いものを残すのが資源になるとおっしゃっています。

小生、小学校一年生の時、村上医院で、扁桃腺を麻酔無しで切ったもらったことがあります。

両腕を看護師さんに押さえつけられて・・それはそれは阿鼻泣喚の時間でした。

その執刀された先生が、大林監督の御父上様でした。

おかげさまで、この歳になるまで、扁桃腺が腫れるということは全く無いです。感謝。

大林監督が、よく使われる言葉「五雨十風」の繰り返しで自然が豊かになるように・・。

百島には、「五雨十風」という言葉は似合います。

ちょっと百島自慢をお話してみたかったかなぁ・・。

大林監督の今後の御活躍をお祈ります。

半夏雨

2012年07月01日 | 千伝。
昨晩は、福井駅まで東京から最終便列車で帰る家内を迎えに行った頃から雨。

今日は、七月一日。

目が覚めた朝・・大雨の半夏生でした。

今日の食事は、うどん。

それと、蛸。

そして、焼き鯖です。

日々、美味。

日々、珍味。

日々、滋味。

この焼き鯖一匹を頂くまでに繋がる過程・・個人の漁師さん、魚市場、運送屋さん、スーパーマーケットさん。

自営業、個人経営、零細企業、中小企業・・これらの経営者が、日本社会、世界の社会の大部分を支えているのです。

そして、誰もが自己管理という経営者であり、家庭経営者でもあるのです。

天から毒気が降りるという今日の夏半生の日。

誰のせいでもありません。

天と地と海から頂く恵みに感謝です。