■Art Pepper + Eleven (Contemporary)
これは私が初めて聴いたアート・ペッパーのレコードですが、笑えない話がついています。
まずタイトルからして、アート・ペッパーがエルビン・ジョーンズ(ds) と共演している作品だと思い込んだこと!? ひぇぇぇぇ~☆▽●◆◎
つまり「Eleven」と「Elvin」を見間違えていたわけです。いや、全くお恥ずかしいかぎりなんですが、それと言うのも当時のジャズ喫茶では只今プレイ中のアルバムと次に鳴る予定のアルバムが並んで飾られるのが定番のディスプレイで、その時はエルビン・ジョーンズの「閃光 (Atlantic)」が鳴っており、次にプレイされるのが、このアルバムだったというわけです。
もちろん、ほとんどジャズに対する知識もない当時の私は、それでも全然エルビン・ジョーンズじゃない演奏に??? となったわけですが、それも当然ですね。まあ、後年には本当にペッパー&エルビンの演奏も作られましたが……。
で、実際に聴いてみると、これが颯爽として痛快なビックバンド演奏であり、しかもステレオ立体音響の素敵な録音盤ということで忽ち現物が欲しくなり、今は無くなってしまったハンターという中古盤店で安く入手したのですが……。
帰宅して早速聴いて吃驚! あのシャープでスマートな立体音響が出てきません。う~ん、ステレオが壊れたのか!? と思っていろいろと模索していたら、なんとレコードそのものがモノラル仕様だったんですねぇ~。 またまたの☆▽●◆◎~~~、です。
まあ、今となってはこれも僥倖だったのかもしれませんが、当時はガックリ……。結局、しばらく後になってステレオ盤も買ってしまったというオチがつきました。
まあ、そんなこんなの思い出のアルバムではありますが、内容はアート・ペッパーが全盛期のセッションですから、悪いはずがありません。
録音は1959年3&5月、メンバーはアート・ペッパー(as,ts,cl) 以下、ジャック・シェルドン(tp)、ピート・カンドリ(tp)、ボブ・エネヴォルゼン(v-tb)、ディック・ナッシュ(tb)、ハーブ・ゲラー(as)、バド・シャンク(as)、ビル・パーキンス(ts)、ラス・フリーマン(p)、ジョー・モンドラゴン(b)、メル・ルイス(ds) 等々の西海岸精鋭陣が大挙して参加♪ アレンジはマーティ・ペイチが担当し、アルバムタイトルどおり、アート・ペッパーを主役にして3リズムと8ホーンという編成が楽しめます。
しかもモダンジャズを代表する名曲揃い! 告白すれば本格的にジャズを聴き始めたばかりの私は、このアルバムでそうしたヒットパレードを知ったのです――
A-1 Move (1959年5月12日録音)
元祖モダンジャズのビバップ時代から定番という楽しい曲ですが、モダンジャズ史では、そこにスマートなアレンジを持ち込んだマイルス・デイビスの所謂「クールの誕生」セッションの素材として有名です。
もちろんそのバージョンこそが、後の西海岸派ジャズの元ネタになった証明が、この演奏です。なにしろ基本となるアレンジのミソは同じと言っていいでしょう。
しかしこのアルバムを聴いた当時の私は、そんな事は知る由も無く、ただただカッコ良くて爽快な演奏にシビレていたのですから、後になって歴史的な評価が高いマイルス・デイビスのバージョンを聴いても正直、イマイチな感想でした……。
肝心のアート・ペッパーはテナーサックスで誰の真似でもないペッパーフレーズを吹きまくり♪ バックのダイナミックスなアンサンブル、歯切れの良いリズム隊とのコンビネーションも気持ち良すぎる名演になっています。
トランペットのアドリブはジャック・シェルドンでしょうか?
そして何よりも録音の素晴らしさ! ステレオバージョンを聴くとなおさらに顕著なのですが、左チャンネルにベース、右チャンネルのドラムスが強烈な存在感ですし、真中から左右に広がったホーン隊のアンサンブルもひとつひとつの楽器が明確に聞きとれるのは凄いですねぇ~。
ちなみに当時の私はロックやポップス、あるいは歌謡曲でステレオ録音を自然に楽しんでいたわけですが、ここまで綺麗な立体音響に接したのは、生まれて初めての経験でした。
A-2 Groovin' High (1959年3月28日録音)
ディジー・ガレスピー(tp) とチャーリー・パーカー(as) という2人の天才がモダンジャズを創成した記録として歴史に残る名曲を、なんとそのアドリブフレーズまでもスマートなアンサンブルに活かしてしまった稚気が憎めない演奏です。
それは聴いてのお楽しみなんですが、アート・ペッパーは殊更そこを意識することなく、自己のアドリブに専心して潔い感じです。
A-3 Opus De Funk (1959年3月14日録音)
ホレス・シルバーが書いたハードバップの聖典ブルース♪ そしてアート・ペッパーが初っ端から独特の浮遊感で泣きじゃくりのアルトサックスを存分に聞かせてくれます。
スピードがあってシャープなバンドアンサンブルも痛快の一言で、何度聴いても飽きません♪
A-4 'Round Midnight (1959年3月14日録音)
ご存じ、マイルス・デイビス(tp) の決定的な名演がモダンジャズ史に残るセロニアス・モンク(p) の代表ですから、アート・ペッパーは如何に!? というのが狙いだったんでしょう。
個人的には些か煮え切らないという感想で、深夜というより白夜というムード……。まあ、それはそれとしての魅力かもしれませんが、むしろこういう曲はバンドアンサンブル抜きでアート・ペッパーを聴きたいという欲求が湧いてきます。
A-5 Four Brothers (1959年5月12日録音)
ところが一転、これが痛快至極な大名演♪ オリジナルバージョンはウディ・ハーマン楽団がスタン・ゲッツやズート・シムズを擁したサックスアンサンブルをウリにしたスマートな快演でしたから、まさに西海岸派のジャズにはジャストミートの演目でしょう。
実際、ここでのバンドアンサンブルは最高の一言! マーティ・ペイチのアレンジも原曲のキモを大切にして冴えまくりですし、気持良すぎるサックス陣の合奏、シャープなリズム隊にビシッとキメを入れるプラス陣にシビレます。
もちろんアート・ペッパーはテナーサックスで熱演アドリブを展開していますが、まあバンドの勝利ということで♪
A-6 Shawnuff (1959年3月28日録音)
これまたガレスピー&パーカー組が書いたビバップの傑作曲ということで、猛烈なスピードで突っ走る演奏になっていますが、一糸乱れぬバンドアンサンブルが強烈!
そしてアート・ペッパーの燃えるアルトサックス! 鋭いフレーズの乱れ打ちには、ついついボリュームを上げてしまいます。
B-1 Bernie's Tune (1959年5月12日録音)
所謂ウエストコーストジャズを決定付けたとされる、ジェリー・マリガン&チェット・ベイカーのコンビが放った初ヒット曲を同じ西海岸のスタアというアート・ペッパーが演じる好企画♪ そして全くの狙いがズバリと当たった演奏になっています。
マーティ・ペイチのアレンジも気持ちが良すぎるキマリ方ですし、なによりもアート・ペッパーのアルトサックスが緩急自在、唯我独尊で冴えまくりなのでした。
B-2 Walkin' Shoes (1959年3月14日録音)
これもジェリー・マリガンの代表曲で、マーティ・ペイチのアレンジは、そのキモとなる軽妙洒脱なノリとメロディフェイクを完全に活かしきって最高です。
そして軽快なテンポで自在に浮遊するアート・ペッパーはもちろん素晴らしく、加えて意図的に作られたと思しきアンサンブルの隙間がありますから、際立つ録音の素晴らしさも堪能出来ると思います。
B-3 Anthropology (1959年3月28日録音)
ちょっと大げさな曲名ですが、原曲はジャズ史上初めて、ビバップ演奏を完璧に録音したと言われる1945年11月のサボイセッションで、チャーリー・パーカーが自作自演した「Thriving From A Riff」でしょう。もちろん後にチャーリー・パーカー自身が曲名を変更して「Anthropology」となったのではないでしょうか?
まあ、それはそれとして、ここでの演奏はシャープでスマートなアレンジをバックにアート・ペッパーがクラリネットで大名演! 温かみのある音色で哀愁と緩急自在のフレーズを綴るという、唯一無二の素晴らしさが満喫出来ます。
あぁ、何を吹いても「ペッパー節」は不滅です。これは大好きっ♪
B-4 Airgin (1959年3月14日録音)
ソニー・ロリンズが書いたハードバップの大名曲として、作者自身のバージョンを筆頭に幾多の名演がジャズの歴史には残されていますが、これもそのひとつでしょう。
とにかくアート・ペッパーの鬼気迫るアドリブのツッコミが物凄く、ビシッとキメまくりのバックの演奏がそれに引っぱられて白熱していく様が痛快至極です!
B-5 Walkin' (1959年5月12日録音)
これまたマイルス・デイビスのハードバップ宣言と言われる名曲ブルースをやってしまう潔さ! そのグルーヴィなムードを懸命に醸し出そうとするセッション参加の面々は、些か様式美に陥っている感じですが、テナーサックスを吹きながら蠢くアート・ペッパーのジャズ魂は実にリアルだと思います。
それゆえにミスマッチなアレンジが勿体無いところで、安ぽっいハリウッド映画のハードボイルドな劇伴という……。まあ、このあたりが西海岸派の限界かもしれません。
ところがこの演奏にはアート・ペッパーがクラリネットでアドリブをやった別テイクが存在し、それが黒っぽくて鳥肌もんの強烈な仕上がり! このアルバムがCD化された時にオマケとして登場したと記憶していますが、一聴してあまりの素晴らしさに絶句! 速攻でCDをゲットしたほどです。本テイクよりも私は好き♪
B-6 Donna Lee (1959年3月28日録音)
元祖モダンジャズ=ビバップといえば決して外せない定番曲に果敢に挑戦するアート・ペッパーという、まさにジャズ者だけの「お楽しみ」が満喫出来る演奏です。
当然ながら爽やかなフィーリングのアレンジとスリル満点のアドリブパートの対比は、そのまんまマーティ・ペイチとアート・ペッパーの個性が対比され、しかも見事に調和していると思います。
一言でいえば、物凄くカッコイイ演奏♪
そして脅威なのは、チャーリー・パーカーのオリジナル曲なのに、同じアルト吹きとして「パーカーフレーズ」を極力使わないアート・ペッパーの天才性です!
ということで、アート・ペッパーという稀代の天才アドリブプレイヤーの本質と協調性を上手く活かした名盤だと思います。ただし聴き方によっては、勿体ないという声も確かにあるでしょう。
それはアドリブパートが短く、流石の天才もカッコ良すぎるアレンジとスマートなアンサンブルに埋もれた感が無きにしもあらず……。
しかし逆に言えば、その天才を表看板にして西海岸の凄腕プレイヤー達が存分に実力を発揮したともいえるわけで、実際、当時からスタジオの仕事で音楽産業の歯車のひとつとなっていた参加メンバーのクレジットが、ここで明確に記載されたのは喜ばしいことでしょう。
ロックやR&B、ポップスといった一般大衆音楽の世界では、そうした裏方スタッフのクレジットがジャケットやレコードでは伏せられていることが当時は当たり前でしたし、それと同種の音がこのアルバムで楽しめ、なおかつ演奏メンバーが分かるという些かオタクっぽい楽しみの手掛かりとしても有用かと思います。
そしてアルバム全体としてはスカッとしてシャープな音を存分に楽しめる仕上がりで、個人的には圧倒的にステレオミックスが好きなんですが、モノラルミックスは当時風に言えばパンチのある音! 団子状であるにもかかわらず、直線的に向かってくる圧倒的な「音圧の矢」が最高の気持ち良さです。
それは1959年当時としては驚異的で、試しに同時期にステレオ録音で発売された他レーベルのアルバム、あるいは1960年代中頃からのロック全盛期に作られた名盤群と比べても、ここまで爽快に「音」が楽しめる、つまり音楽の素晴らしさを堪能出来る作品は稀だと思うのでした。