OLD WAVE

サイケおやじの生活と音楽

このB面も熱かったですねぇ~♪

2013-04-20 15:08:26 | 日本のロック

バイ・バイ・セッション・バンド / りりィ (東芝)

歌謡フォークのシングル盤B面は要注意!

それを書いている中で本日は、もう一丁、これを出してきました。

主役はもちろん、りりィ姐さんなんですが、これは曲タイトルどおり、発売された昭和49(1974)年当時に彼女のバックバンドであったバイ・バイ・セッション・バンドが実力発揮のファンキーロックなんですから、たまりません!

今更述べるまでもないとは思いますが、リアルタイムでのりりィは同年に「私は泣いています」のウルトラメガヒットで一躍歌謡フォークの大スタアとなり、自らも危なっかしいエレキベースを弾いたりしていた頃だったんですが、バイ・バイ・セッション・バンドを率いてからは、きっちりとりりィ&バイ・バイ・セッション・バンドと名乗るようになったんですから、このトラックでも意気込みが違ったということなのかもしれません。

とにかく、これは実際に聴いていただくのが一番なんですが、それにしても尖がったリズム&ピートは通常のロックバンドと言うよりも、ジャズロックフュージョンに近いものがありますし、互いに隙間を埋めながら、縦横無尽に演奏を展開していく流れが実に怖いんですねぇ~~~♪

メンバーはりりィ(vo)、土屋昌巳(g,vo)、国吉良一(key,vo)、吉田健(b)、西哲也(ds)、斉藤ノブ(per)、木田高介(key,arr) 等々が演奏に参加していると思われます。

しかし、当然ながら作詞作曲はりりィですから、修羅場であっても姐御の貫録に揺るぎなし!

むしろ、こういうビシバシのムードは望むところなんでしょうか、まさに自分のやりたいことをやっているという、幸せな時間が繰り広げられているように思います。

ということで、A面の「風のいたみ」については、あえて触れません。

そのあたりの事情は、ここまで書いてきた拙文から、ご推察願えるものと自己満足している次第ですが、バイ・バイ・セッション・バンドはメンバーの出入りも相当に激しかったと言われている事を鑑み、それでもレコードに演奏が記録されたのは僥倖です。

激しく、厳しいのも、ロックの理想形だとすれば、バイ・バイ・セッション・ハンドは案外と唯一無二の幸せ者集団なのかもしれませんねぇ~♪ 僅か一度だけしかライプには接することが出来なかったサイケおやじではありますが、当時の嬉々として演奏する彼等の姿は、出している音以上にイキイキと躍動していた事を書き添えておきます。


この両極端もウィッシュの魅力

2013-04-19 15:36:32 | Singer Song Writer

御案内 c/w 風はきまぐれ / ウィッシュ (Atlantic / ワーナーパイオニア)

さて、昨日掲載した美樹克彦のシングル盤はA面がベタベタの歌謡フォークであるのとは逆に、B面がお洒落なシティポップスであったという、まさに裏表の別世界!?

う~ん、こういう事がありますから、アナログ盤は両面共有の意味があるんでしょうかねぇ~。

そこでもう一例、それが本日取り出しましたウィッシュのデビューシングル盤です。

まずA面「御案内」はサイケおやじの世代の皆様には、きっと耳に馴染んだヒット曲でしょう。

とにかくド頭から「今日 お葬式をします」という、衝撃的なワンフレーズに続く自虐の歌詞は、どうやら自らの失恋を永久の別れの儀式に准えたのでしょうか、これがなかなか綺麗なメロディラインで歌われていくのですから、グッと心へ滲み込んでいくわけですが、そこにウィッシュならではのコーラス&ハーモニーが介在しているとあっては、一度聴いたら忘れられない強い印象を与えられてしまうのは必然なんですねぇ。

正直、こんなに暗い歌がヒットしてしまう事は、如何にも発売された昭和47(1972)年の若者の心情、そしてそれなりに未来へ希望が持てた時代の証なんでしょうが、サイケおやじはリアルタイムで否定的な態度でした。

それは自分の感性に合っていない!

そこに尽きるわけで、当然ながら件のレコードを買うことはもちろん、借りて聴くなぁ~んてこともありえず、時が流れました。

ところがこのシングル盤B面には「風はきまぐれ」という、素晴らしすぎるソフトロック系歌謡ポップスが収められていたんですねぇ~~♪

なにしろ軽快なビート、アコースティックギターの隠し味も秀逸ですが、全篇にセンスの良いオーケストラアンレンジが施された中、ウィッシュの伊豆丸姉妹が爽やかにしてハートウォームな歌声を聞かせてくれるという、なかなかメロディアスな名曲名唱なんですよっ!

もう、全くA面の「御案内」でやっていたネクラな世界なんか、何処の国の話ってもんでしょう。

ちなみにその「御案内」は伊豆丸礼子の作詞作曲ですが、この「風はきまぐれ」は作詞:やなせたかし、作曲:吉井影興という他人の作品ですから、イメージが異なって当然なのかもしれませんが、個人的にはこっちの雰囲気が大好きです。

ということで、告白すれば「風はきまぐれ」にハッとさせられたのは極々最近の事で、それはおやじバンドの活動の中でウィッシュの「旅に出てみたら」に魅せられ、すっかり伊豆丸姉妹のファンになっているサイケおやじが、今は堂々とゲットした中古シングル「御案内」を掌中にしていればこそっ!

そういうわけですから、如何にも昭和40年代後半のムードがせつなくなるジャケ写の雰囲気にも、グッと胸が熱くなったりします。

皆様にも、そこは重々伝わっているはずとは思いますが、どうか機会があれば「風はきまぐれ」をお楽しみ下さいませ。

和みますよ♪♪~♪


美樹克彦の都会派ラブソング

2013-04-18 13:44:41 | Singer Song Writer

恋は泥棒 / 美樹克彦 (RCA)

青春歌謡の熱血スタア!

それが美樹克彦の一般的な印象かもしれませんが、それ以降にソングライターに転進しての活動も素晴らしい事は、歌謡スタアに提供したヒット曲の多さでも明らかです。

そしてもうひとつ、自らが歌ったシンガーソングライターとしての美樹克彦も同時に聴かれるべきと思っているのが、サイケおやじの強い希望なんですよ。

例えば本日掲載のシングル盤B面曲「恋は泥棒」は、全篇を彩るオルガン&エレピのサウンド作りが実に好ましい、所謂シティミュージックの大名曲♪♪~♪

もちろんそこで歌う美樹克彦は自作自演の強みを活かした、せつなくも甘い世界を往年のイメージを払拭するが如き、グッと抑えた歌唱表現で聞かせてくれるんですが、ここでクレジットを確認してハッとさせられるのが編曲を担当した、あのシング・アウトやジム・ロック・シンガーズで良い仕事をやっている惣領泰則の存在感でしょう。

当然ながら、美樹克彦が狙ったものを見事なコラボで具象化したと思うばかりであって、実はここであえて触れずにおきたかったA面曲「走馬灯」が、同じ顔合わせでありながら、如何にも発売当時の昭和50(1975)年に流行していた「かぐや姫」調なんですから!?!

極言すれば、そういうレコードの裏面に、これほどお洒落なトラックが入っているなんて、想像も出来ないでしょう。

まさに聴かずに死ねるかっ!

しかし告白すれば、偉そうに書いているサイケおやじにしても、ちょうどその頃にレコード屋の店頭で、この「恋は泥棒」を聴かなかったら、知る由もなかったはずですから、現実は相当に厳しいですよねぇ……。

ということで、機会があれば皆様には、ぜひともお楽しみいただきたい隠れた名曲にして名唱が、美樹克彦の「恋は泥棒」と繰り返し、言わせて下さい。

タイトルからして、なにか奥村チヨのヒット曲を連想させてしまうマイナスポイントも否定は出来ませんが、これは一途な男の歌!

若い頃はもちろん、すっかり中年者ど真ん中の今に至るも、こういう勘違い的恋愛フィーリングの憧れ症候群は、サイケおやじが好むもののひとつです。

笑われるかもしれませんが、本当にそう思っているのでした。


成田賢のハート&ソウル

2013-04-17 15:43:33 | 歌謡曲

愛ある限り / 成田賢 (マッシュルーム / 日本コロムビア)

近年はすっかりアニメの歌のお兄さんですから、成田賢の声もすっかり刷り込まれている皆様も大勢いらしゃるはずですが、同時に我国屈指のロッキンソウルなボーカリスト!

それが成田賢のもうひとつの真実でしょう。

あらためて言うまでもありませんが、成田賢は実力派GSのビーバーズで昭和42(1967)年に公式レコードデビューし、グループ解散後の昭和44(1969)年からはソロシンガーとして活動しながら、自身の病気によるリタイア等々により、素晴らしいレコードを出していながら、大きなヒットを出せなかった事は厳しい現実だったと思います。

しかし昭和40年代後半に発売した自らのリーダー盤、あるいはセッション参加した幾つかのグループや盟友関係のレコードは、当時の流行云々は別にして、非常にハート&ソウルな仕上がりになっていましたので、今日でも聴き継がれているのは当然なのですが……。

既に述べたように、成田賢はCMやアニソンの世界に転生(?)してからが有名過ぎるので、その前史に今日、どれだけの注目度があるのかは不明です。

そこで本日掲載のシングル盤は昭和47(1972)年に発売されたもので、特にA面「愛ある限り」は、これぞっ! 名曲名唱の決定版!

なにしろ作詞:安井かずみ、作曲:瀬尾一三、そして編曲:葵まさひこ!

いゃ~、これで良いレコードが作れなかったら、音楽の神様から天誅は必至という中で成田賢は、まさにマイペースな「成賢節」で持ち味を存分に発揮していますよ♪♪~♪

極言すればソフトロックとブラスロック歌謡の幸せな結婚とでも申しましょうか、グルーヴィな熱気とクールなカッコ良さがナチュラルに混じり合ったフィーリングは唯一無二と思うばかりです。

ちなみにこの「愛ある限り」は同じ頃に出た自身の2ndソロアルバム「汚れた街にいても」に収録のバージョンとは異なるシングル用のテイクですから、要注意! そちらはさらにソフトロック度数の高いアレンジになっていて、それゆえに十人十色の好みの問題もありますが、個人的はシングルバージョンを愛聴しています。

ところが、これほどの楽曲を出していながら、当時は歌謡フォークが我国芸能界の本流だったせいでしょうか、ここまでお洒落感覚と洋楽フィーリングが強くては、ヒットせず……。

つまり早すぎたニューミュージックという括りも出来るほどかと思います。

ということで、結果的に成田賢は所謂セッションボーカリストに転進するわけですが、ちょいと興味深いのが、「愛ある限る」をアレンジした葵まさひことの関係(?)です。

ご存じのとおり、その葵まさひこ本人はCMソングやアニメの主題歌で知られる大御所コーラスグループのハニーナイツで主にリードを担当していたわけで、例えばテレビアニメでは「妖怪人間ベム」や「サスケ」、映画サントラでは東宝特撮の傑作「ゴジラ対ヘドラ」で強い印象を残した「かえせ!太陽を」、あるいはテレビ特撮の「ウルトラマンA」等々は皆様、一度は耳にした事があろうはずです。

またCM関連ではエメロンシャンプー「ふりむかないで」が特に有名でしょうが、こちらでも夥しいセッションが残されているんですからねぇ~~。

もしかした成田賢のボーカリストとしての資質を活かすべく、葵まさひこが道をつけたと思っているのは、サイケおやじだけでしょうか?

真偽はどうあれ、とにかく成田賢の歌声が今日でも広く浸透しているのは、ファンとして嬉しいわけですし、となれば、ソロシンガーとして独立した初期の歌もぜひっ!

という願いで、本日はこれを書いているというわけです。

そして幸いなことに、その時代に成田賢が残したアルバム「眠りからさめて」と「汚れた街にいても」はCD化されています。特に「汚れた街にいても」は全篇に大野雄二のアレンジが冴えまくりですから、もう何も申しません。

聴けば一発、成田賢のボーカルに心が揺り動かされること、請け合い!


サンディー・アイ・ラブ・ユー

2013-04-16 15:04:29 | 歌謡曲

くちづけは許して / サンディー・アイ (東宝)

ちょっとこの人の事を思うと冷静でいられなくなるのが、本日掲載のシングル盤で歌手デビューしたサンディー・アイ♪♪~♪

何故ならば、この人はルパン三世でお馴染みの「ラブ・スコール」を歌ったサンドラ・ホーンであり、久保田麻琴のサンディー&ザ・サンセッツでは一座のスタアのサンディーであり、また各所で堂々と洋楽カバーを歌っているサンディー・オニールでもあり、近年はエスニック~ハワイアンをやっているらしいのですが、昭和50年代からの我国芸能界におけるセッションシンガーとしての存在感も含めれば、彼女の声もまた、みんなが聞いていたはずです。

しかしサイケおやじにとってのサンディーは、昭和40年代末頃からジワジワと人気を集めていたグラビアアイドルですから、昭和50(1975)年にレコードデビューした時も、勇んでゲットさせられたんですねぇ~♪

どうです、気にするなと言われても、彼女の着衣巨乳には、ど~しても目がいってしまうでしょう♪♪~♪

それが正直な男の気持であって、しかもハーフ特有のキュートな面立ちが、これまた、たまらないわけですよ♪♪~♪

そして実際にレコードに針を落せば、なんとも甘くて、せつない歌声の素晴らしさ♪♪~♪

もう、それだけで充分にオカズ性感度が高い事は言うまでもありません。

ただし、ここでは決してセクシー優先主義の「お色気ソング」をやっているわけではありません。

この「くちづけは許して」は、基本的にオールディズ調の爽やかな歌謡ポップスがど真ん中ですから、余計な思惑は不必要ですし、彼女の素敵なルックスやナイスバディを知らなくとも、虚心坦懐に聴いてシビれる歌の世界の桃源郷!

そういう現在にも続くサンディーの基本姿勢が、既にデビュー曲から強い印象を残しているというわけです。

ちなみに楽曲クレジットは作詞:葵ゆうじ、作編曲:葵まさひこ! とされていますが、コーラスパートのドゥーワップなフィーリングや清涼感のあるギターの使い方は、なかなか一筋縄ではいきません。しかもドライヴしまくりのエレキベースにも耳を奪われてしまうんですからねぇ~♪

ということで、サンディーに対する思いは、まさに十人十色なのが現在までの真実でしょうから、変幻自在に活動を続ける彼女のファンであり続ける事は、なかなか難しいはずです。

そこで初心に帰ってというか、デビュー時のサンディー・アイを愛でるは決して悪い事ではなく、幸運にも当時の音源が復刻CD化されている今こそ、まずは「口づけは許して」だけでも、お楽しみ下さいませ。

本当に素敵な彼女を溺愛してしまっても、サイケおやじは責任をとれないわけですが。


みんなが聞いてるアップルズ

2013-04-15 15:12:34 | 歌謡曲

ブルーエンジェル c/w 恋はミステリー / アップルズ (Atlantic / ワーナーパイオニア)

昨日は「これからはエロネタも増える」云々書いてしまいながら、本日掲載のジャケ写に色気が薄く、申し訳ございません。

しかし、このシングル盤両面収録の楽曲、そして主役たるアップルズの歌いっぷりの素晴らしさに免じて、ご容赦下さいませ。

なにしろ典型的な昭和のディスコ歌謡が、ここまで爽やかな洋楽テイストで演じられたとなれば、昭和50年代から本格化したニューミュージックと称される新しい歌謡曲の普及に彼女達が果たした役割は絶大!

タネを明かせば、アップルズは後のお洒落系コーラスグループとして今も根強い人気を集めるEVE=イヴの前身なんですから、その頃から日本で生活していれば、彼女達の歌声を聞いたことのない人は皆無でしょう。

それはアップルズ~EVEがアイドルや歌謡スタア、あるいはニューミュージックに属する歌手やグループのバックコーラスを務めたスタジオレコーディング音源が膨大に作られ、今日でも聴き継がれているからに他なりません。

もちろんEVEとしてのレコードもアルバム中心に幾枚も吹き込まれ、またCM絡みのヒット曲も幾つか放っていますから、テレビ出演も昭和50年代以降、有名歌手のバックの仕事も含めて、多数ありました。

しかしアップルズ時代は正直、泣かず飛ばず……。

公式デビューは、掲載のシングル盤による昭和51(1976)年であり、明らかに当時どっさり出ては消えていったガールグループのひとつという存在からすれば、失礼ながらルックスが決してアイドル向きではありません。

ところが歌とコーラスの実力は天下一品!

サイケおやじはリアルタイムのラジオから流れてきた「ブルーエンジェル」に即座にシビれ、レコード屋に直行し、掲載シングル盤をゲットしたんですが、告白すればアップルズのルックスには失望を隠せませんでした。

う~ん、天は二物を与えず、という神様の公平性は尊重するべきなんでしょうが、逆に言えばアップルズは歌の実力だけで芸能界を生き抜く術を持っていたわけですし、これほどの素敵なレコードを残してくれたのは、やっぱり神様の思し召しですよねぇ~♪

繰り返しになりますが、とにかくA面の「ブルーエンジェル」における冒頭からのコーラスワークの良さは、作詞:松本隆&作編曲:馬飼野康二が書いた胸キュン路線をアップテンポの流れの中で見事に歌いきる大きな原動力ですよっ!

極言すれば、楽曲的にはキャンディーズが演じたら爆発的な大ヒットになっていた可能性が充分に感じられるほどなんですが、残念ながらアップルズのレベルで歌えるガールグループは同時期の我国芸能界には存在していませんからっ!

これは必然的にアップルズでしか、有り得ない世界です♪♪~♪

そしてさらに凄いのがB面の「恋はミステリー」で、全篇でビシッとキメるコーラスワーク、リードとハーモニーの完璧な分離融合の上手さは筆舌に尽くし難いものがありますよ♪♪~♪ これには作詞:松本隆&作編曲:穂口雄右のヒットメーカーコンビもニンマリだったんじゃ~ないでしょうか。

それほど実力派のアップルズは、どうやら沖縄出身の三姉妹らしく、メンバーはレオナ、クララ、リリカとされていますが、サイケおやじにはこれ以上の事は知る由もありません。

ただし既に述べたとおり、彼女達がEVEと改名してからのセッションワークの良い仕事は、もっと絶対に評価されるべきと思っています。

ということで、昭和の芸能界は相当に厳しい選択が求められていた事は言うまでもありませんが、それゆえに表立って売れなくても、後年の再評価・再発見という楽しみが残されたと思えば、このアップルズ、また先日ご紹介したピーマン等々の実力派が多いガールグループというジャンルこそ、一番面白いのかもしれません。


これからの方針について、ちょいと

2013-04-14 15:39:45 | Weblog

昨日は久々に実家に帰りました。

と言っても、目的はプログ用のネタやネットで買って届いているブツを取りに行ったのが本当のところで、今日はまたまた家出状態……。

それでもアナログ盤LPとシングルは、どっさり車に積み込みましたし、買いっぱなしのDVDやプート、書籍等々、周囲の冷たい視線の中にあっても、手元にあればそれも我慢の子です。

問題は特にアナログ盤を何時も聴けるようにPCに入れる作業時間が、無い……。

とりあえず現在、それを鋭意進行中ということで、本日の1枚は休載させていただきますが、これからは拙ブログもエロネタが増えるかもしれません。

実は本サイト「サイケおやじ館」がソフトの不具合から更新が儘ならず、そういう次第になりそうなんですよ。

今後とも、よろしくお願い致します。


キュートすぎるぜっ! 純アリス♪

2013-04-13 15:55:15 | 歌謡曲

恋のアタック / 純アリス (フィリップス)

ハーフ系女優の中でも、特にサイケおやじの世代では人気が高かった、純アリス♪♪~♪

基本的には清純派でありましたが、しかしキュートなエロキューションゆえにナチュラルなフェロモンが濃厚だったことは、芝居や歌の表現における大きな魅力だったんですねぇ~♪

それは本日掲載したシングル盤のジャケ写をご覧いただければ、リアルタイムをご存じない皆様にも、充分ご理解いただけるものと思います。

もう、これを見て、何も感じないようであれば、サイケおやじとは住む世界が違うというよりも、男の本懐はどこにある!?

不遜にも、それを問い質したいわけですが、それは余計なお世話でしょう。

もちろん既に述べたとおり、純アリスはモデルとしての活動から現代で言うところのグラビアアイドルでもあり、さらに岡崎友紀主演の人気テレビドラマ「ママはライバル(TBS)」に出演した事により、昭和47(1972)年頃から大ブレイク!

既に述べたとおり、彼女には日本男児がハーフ美女に感じる特有のセクシーさがありましたから、それが件の劇中では岡崎友紀の父親=高橋悦史の再婚相手になる学校の同級生役とあっては、たまりません♪♪~♪

なんとっ! 物語は問題(?)の3人が同居生活する展開になるのですから、様々な妄想が引き出されたことは言わずもがな、純アリスには確かにそういう役柄が許される資質があったと思います。

そしていよいよ歌手としても昭和48(1973)年にレコードデビュー!

しかし残念ながら、最初のシングル盤2枚はそれなりに秀逸な仕上がりではありましたが、幾分清純派指向が強かった感があり、サイケおやじにはイマイチ、物足りなさが……。

ところが昭和49(1974)年春に出た3枚目となるこのシングル盤は、繰り返しになりますが、ジャケ写からして直球ストライクのど真ん中!

作詞:佐藤春生、作曲:鈴木淳、そして編曲:馬飼野康二が手を組んだブラスロック風味の典型的な当時のアイドル歌謡ポップスでありながら、イントロの中でキメになっているのは、純アリスの官能の悶え声♪♪~♪ おまけに相当にキワドイ歌詞の歌い回しが過剰なセクシー演技にギリギリまでの接近感なんですよねぇ~♪

さらに激ヤバなのが、最後の最後にやってくれる、ワザとらしいイキ声なんですから、もはやアイドル路線からの立派な旅立ちを宣言していたんじゃ~ないでしょうか。

あぁ~~、この明らかに下手くそな芝居が意図的である事が、逆に素晴らしいと思うのはサイケおやじの天の邪鬼かもしれませんが、ご存じのとおり、彼女は昭和52(1977)年頃から人気劇団の東京キッドブラザーズに入り、ヒロインとしてさらなる注目を集めたのですから、そういう路線は大正解!

それは歴史的事実であります。

ということで、当時の芸能界は人気アイドルであっても、決して甘やかされるなぁ~んてことは決してありませんでした。

純アリスは、まさにそれを体現したスタアであり、あまり幸せではなかったと言われる幼少期も含めて、ある種の根性があったにちがいありません。

そのあたりは小山ルミエルザにも共通する魅力のルーツというか、サイケおやじが彼女達にグッと魅かれる秘密だとしたら、このジャケ写に罪の意識を感じる事も無く、素直に愛でるのが一番と思っています。


ホットパンツとピーマンの幻想

2013-04-12 15:54:49 | 歌謡曲

恋のライバル3対1 / ピーマン (ワーナーパイオニア)

さて、局地的に好評なんで、本日のネタもホットパンツ♪♪~♪

とにかく掲載ジャケ写をご覧いただければ、サイケおやじが言わんとしている事は皆様、先刻お見通しでしょう。

慾を言えば、彼女達がもう少しグラマー系だったら、尚更に最高なんですが、それでもこれだけピッチピチのホットパンツにブーツという衣装は、これが世に出た昭和49(1974)年のムードにどっぷりですよ♪♪~♪

もちろん、ピーマンというグループが当時売り出し中だったキャンディーズと同じ路線に登場した事も推察が易いと思います。

しかしピーマンのメンバー、つまり鈴木ひろみ、叶正子、影山美紀は各々が実力派シンガーだったようで、ヤマハ系のライプイベントやレコーディングの現場ではコーラスを担当することもあったと言われています。

そして実際、叶正子は後年、お洒落系コーラスグループとして「Mr.サマータイム」の大ヒットでお馴染みのサーカスを結成したほど!

また、影山美紀もソロデビューしていたと薄い記憶があるんですが、まあ、それはそれとして、やっぱりこういう衣装でなければ、アイドルはやれませんよねぇ~♪ 当然ながらファン、あるいはファンになろうとしている者は野郎どもが中心ですから、そのターゲットを狙うには必須の条件というわけです。

ところが、これまた残念ながら、サイケおやじは、この衣装で動いているピーマンに接したことがありません。

それゆえに、おそらくはデビュー曲と思われる「恋のライバル3対1」も知らず、初めて彼女達を意識したのは「ラブ・タッチ」という、ディスコ歌謡がど真ん中の歌を演じていた同年秋の事で、衣装も絶対にこんなでは無かったんですよねぇ……。

それでもパフォーマンスは本当に上手く、ですからピーマンという些かトボケたグループ名が余計に印象づけられた事も確かであり、後追いで発見した掲載シングル盤のジャケ写には、思わずアドレナリンが噴出したわけですが、それをサイケおやじの何時もの大袈裟と受け取られても、言い訳は致しません。

ホットパンツ好きのサイケおやじの、それが本性というわけです。

ということで、実は仕事の新プロジェクトでは、なにやら女性スタッフのユニフォーム云々なぁ~んて議題がある以上、個人的趣味でピッチピチのホットパンツを決定してやろうかなぁ~~♪

そういう姦計も巡らせているんですが、問題(?)の「恋のライバル3対1」は作詞:千家和也、作曲:穂口雄右、そして編曲:萩田光雄が十八番を駆使した、これぞっ! ウエストコースト系カントリーロック風味が活かされたアイドルポップスの典型的な仕上がりがニクイですねぇ~~♪

サイケおやじの邪念なんか、キレイに吹き飛ばされる感じです。 


小林啓子の大人の魅力

2013-04-11 15:15:05 | 歌謡曲

比叡おろし c/w 恋人中心世界 / 小林啓子 (キングレコード)

昭和40年代に「カレッジ&歌謡フォークの女王」と称された歌手は森山良子本田路津子と並んで、小林啓子も忘れられません。

しかし彼女は決して最初っから、そういうジャンルのボーカリストで無かったような印象を受けていたのが、サイケおやじの思いでありました。

なんと申しましょうか、歌や佇まいにアダルトなフィーリングが感じられるんですよねぇ~~♪

例えば本日掲載のシングル盤は昭和45(1970)年初夏に発売され、特にA面「比叡おろし」は長らく深夜放送の秋~冬ソングの定番ヒットになっていたほどの人気曲なんですが、それは小林啓子の持ち味である、落ち着いた声の魅力によるソフトな節回しが大きな要因と思われます。

と言うのも、この歌は決して彼女のオリジナルではなく、作詞作曲が作家でもあり、文化評論家としても高名な松岡正剛!? なんとっ! 21歳の傑作記録とされる歌謡フォークの超スタンダードであって、彼女以外にも多くのフォーク系歌手やグループが当時の持ちネタにしていたんですから、その決定的バージョンをレコーディングした小林啓子の実力は侮れないでしょう。

実際、なんともネクラな歌をここまでポップなフィーリングで歌ってしまえば、それは所謂メルヘンの世界でもあり、意想外に神秘的な怖さ(?)や情念の表出さえ感じられてしまいます。

う~ん、リアルタイムのサイケおやじは、この「比叡おろし」をラジオで聴く度に、本来は好きではなかったこういう歌の魅力みたいなものを学習(?)させられましたですよ。

しかし、一番に彼女を強く印象づけられたのは、同じ頃にNHKで放送されていた、今や伝説のテレビ歌番組「ステージ101」のレギュラーとして登場し、溌剌とした歌やコーラス、そしてダンスまでも披露していた姿なんですから、こんな「比叡おろし」みたいなネクラ系を吹き込んでいた、そのギャップには何んとも言えない倒錯性(?)があったんですよねぇ~~~。

おまけに件の番組内オリジナル曲扱いだった、これまた今や我国のソフトロック愛好者が盲目的に信奉する「恋人中心世界」を最初メインで歌っていたのが、小林啓子だったんですから、いやはやなんとも! そう言ってしまえば、ミもフタもありません。

もちろん作詞:小平なほみ、作編曲:中村八大によるそれは、ボサロック歌謡の真髄でもありますから、一度聴いただけでサイケおやじは直ぐに気に入った事は言うまでもなく、しかもレコード屋の店頭で現物シングル盤を確認した瞬間、ジャケ写に登場しているミニスカワンピース姿の小林啓子にイチコロKO♪♪~♪

個人的なツボというか、後にロマンポルノで大看板スタアになる山科ゆりに感じが似ているあたりも、好きになってしまったポイントであります。

ということで、本日も往年のミニスカファッション関連でチョイスしたレコードのお話でした。

そして何故、現代にこういう雰囲気が失われてしまったのか?

世間にはミニスカファッションの女性は大勢、普通にいるのに、ど~しても昭和40年代の風情とは掛離れた存在感と思えるのは不思議ですよ……。

単純に昔は良かった、という気持は無いのがサイケおやじの立場ではありますが、ちょっと考えてしまうのでした。