ということで、リモートでファイルにアクセス出来ず……。
こりゃ~、古いパソコンを引っ張り出すしかないですね。
本日の1枚の休載、ご容赦下さいませ(__)
ということで、リモートでファイルにアクセス出来ず……。
こりゃ~、古いパソコンを引っ張り出すしかないですね。
本日の1枚の休載、ご容赦下さいませ(__)
■Is It Because? / The Honeycombs (pye / 日本コロムビア)
シーラEと同じくというか、1960年代中頃に人気を集めた女性ドラマーがハニ・ラントリーでした。
それは掲載したシングル盤のジャケ写からも一目瞭然、実は彼女は所謂ブリティッシュビートの大ブームから飛び出したハニーカムズのメンバーであり、当然ながらライブの現場では激しく叩きまくるアクションも華やかでしたから、当時の音楽マスコミも扱い易かったでしょうし、様々な意味でファンも多かった事は説明不要と思います。
また、バンド名の「ハニーカム」とは、彼女の芸名というか、ニックネームの「ハニー」と同じくヘアスタイルが蜂の巣=Honeycomb に起因している逸話は有名でした。
しかし、ハニーカムズは決してそれだけのバンドではなく、実はトルナドースの「Telstar」やジョン・レイトンの「霧の中のジョニー / Johnny Remember Me」等々で知られるイギリスの鬼才≒奇才プロデューサーだったジョー・ミークに認められていたという力量は、確かに残されたレコードを聴くかぎりにおいても、ジョー・ミークが想起作成した宇宙的なミステリアスサウンドをきっちり出せているのですから、侮れません。
それは1964年に公式デビュー2作目として発売された、このシングル盤A面曲「Is It Because?」でも素晴らしく、性急なビートで突っ走る歌と演奏を彩るギターの澄んだ音色と不思議系フレーズの妙は、なかなか独特の面白さがありますよ♪♪~♪
ちなみにハニーカムズのメンバーはデニス・デル(vo)、マーティン・マレイ(g)、アラン・ワード(g)、ジョン・ラントリー(b)、そして前述した紅一点のハニー・ラントリー(ds,vo) というのが通常の布陣とされていますが、レコーディングの現場はともかくも、実質的なバンドの顔ぶれは解散前後も含めて、なかなか流動的だったと言われています。
それはリーダーだったマーティン・マレイが人気沸騰時の1964年秋、ステージライブの最中に事故で手足を骨折し、そのまんま代替メンバーを起用されてからの大ブレイク、さらにはプロデューサーのジョー・ミークの急逝、そしてハニー・ラントリーばかりがスタア扱いという内外諸々のゴタゴタが重なっては、グループとしての存続は難しく……。
結局は4年ほど活動した後の1967年、解散しています。
ところがハニーカムズは本国イギリスよりも、ドイツやイタリア、そして日本での人気が高かったようで、サイケおやじは当然ながら接していませんが、来日公演もあり、その時のレコーディングも残されていたように記憶していますし、これまた自然の成り行きとでも申しましょうか、1990年代には再結成ハニーカムズをサイケおやじはドイツで見ています。
もちろん、ここで「見た」と書いたのは、書き遅れていましたが、全盛期メンバーのジョンとハニーのラントリー兄妹が中心の巡業バンドのテレビ出演だったからで、それが本当に演奏していたかは、些かあやふや……。
それでも、確かに若さは失われていたものの、ハニー・ラントリーは例のヘアスタイルで、バシバシ叩きのアクションを披露していましたですよ♪♪~♪
ということで、こんなふうに書き進めてしまうと、ハニー・ラントリーはキワモノみたいな女性ドラマーと思われる皆様も大勢いらっしゃるかもしれません。
しかし個人的には、ハニーカムズのサウンドの要はラントリー兄妹が弾き出していたリズム&ビートに重きがあると思っていますので、今日でも映像で残されているハニー・ラントリーのアクションドラミングだって、それなりに大切な意味があるはずっ!
■友だちならば c/w 明日への出発 / トワ・エ・モア (東芝)
1970年代初頭から流行った欧米からのシンガーソングライターの大ブームは、当然ながら我が国の芸能界にも影響を及ぼし、それまでのカレッジフォークや歌謡フォークとは似て非なる、ちょっぴりマイナーな活動を展開していた歌手やグループの台頭にも繋がったわけですが、どっこい!
やっぱり既に一般的な知名度を確立していた人気者達にとっては、至極当たり前の方針として、その頃に出されたレコードには、なかなかベタなブツが少なくありません。
例えば本日ご紹介のトワ・エ・モアのシングル盤は昭和47(1972)年2月に発売されたⅠ枚なんですが、そういう観点からすれば皆様ご推察のとおり、特にA面収録の「友だちならば」が、その歌詞の内容、そしてメロディの雰囲気共々に、ど~してもジェームス・テイラーやキャロル・キングでお馴染みの「きみの友だち / You've Got A Friend」を想起させられてしまうんですねぇ~~♪
もちろん、こちらは作詞:山上路夫&作編曲:川口真という堂々のクレジットがある以上、安易なパクリとはなっておらず、殊更曲メロやそれに付随する演奏パートの仕上がりは、なかなか見事なソフトロックなんですから、まさにこれぞっ! 職人技の冴えが楽しめますよ♪♪~♪
ちなみにトワ・エ・モアは、言うまでもないとは思いますか、生粋のフォークというよりも、むしろそれをも包括したポップス歌謡ユニットだったという認識がありますから、何も詮索する必要は無いでしょう。
ですから、同じソングライターコンビが提供したB面収録曲「明日への出発」が、思いっきりフレンドリーな前向きソングになっている事についても違和感が無く、しかも驚くなかれ、これは「トワ・エ・モア・ファミリー」名義の歌になっているとおり、少しずつ盛り上がっていくコーラスパートの人数の拡大率が、如何にも当時の理想として求められていた内輪的連帯の広がりを象徴しているような気がします。
そして、実は「トワ・エ・モア・ファミリー」とは、トワ・エ・モア解散後に芥川澄夫が結成したバンド名でもありますから、この時点で既にして考想があったとしたら、なかなか興味津々というところです。
最後になりましたが、如何にも冬の陽光の中で撮影されたジャケ写のイメージが、これまたなんともハートウォームな心地良さ♪♪~♪
こういう雰囲気もまた、その頃をサイケおやじに思い出させてくれるのでした。
■Imagine / John Lennon (Apple / 東芝)
言うまでもなく毎年、未だ悲しい思い出を消し去る事が出来ない日がやってきました。
特に今年は、世界各地で常態化したテロ事件、しかも根源が大規模な軍事行動を伴う地域紛争であり、そこから他所に逃れる民衆の群れ、さらには為政者や資本家達の私利私欲が渦巻く現状にあっては、宗教者や学者、あるいはマスコミなんかは偽善的な部分しか伝えられないという本末転倒……。
決して「力」だけでは、この世のゴタゴタは解決不能という真理に鑑みて、「話し合い」という行動がお気楽な夢想に過ぎないという現実は、何も今に始まった事ではないにしろ、やっぱり悲しいと思うばかりです。
つまり、今の世界には「言葉」に影響力を持つ人間がいないんじゃ~ないかなぁ……、嘗てのジョン・レノンのような!?
そこで本日は説明不要、言語の壁を越えて、これほど世界に膾炙した歌詞は奇跡とも云える「Imagine」というのは、些かありきたりの儀式かもしれませんが、しかし、もしもジョン・レノンが生きていたら、こんな世界の現状にどんな言葉を発していたかは、大いに気になるところです。
人が人である以上、因縁や恨みを抑えて棄てるというのは、とてつもないハードボイルドだと思います。
また、何かあった時の不安は、例えば単純な事故であったとしても、それが公共の場であれば、地下鉄駅の水溜りでさえも、テロという認識が優先されてしまう状況の恐ろしさ!?!
それが傷害事件から大規模災害にまで適用されてしまう、そうした心理的困窮が更なる人種迫害や疑心暗鬼に繋がるという推測が易いのであれば、世界中のあらゆる場所で、この穏やかな説得力に満ちた名曲[Imagine」を流すのは、どう?
今日であればこそ、そんな夢想を抱いてしまうのでした。
■ダンスはうまく踊れない / 石川セリ (フィリップス)
恥ずかしながら、サイケおやじは以前にダンスを習っていたことがあります。
もちろん、それは所謂社交ダンスってジャンルで、仕事上の必要に迫られての事だったんですが、つまりは外人と上手いコミュニケーションを図るための方策だったとはいえ、全く自分に似合っていないという自覚がある以上、上手くなるはずもありませんでした。
それが近々、もしかしたら再び活用(?)出来るかもしれないという、実に面映いに局面にありまして、そこで例によって口ずさんだのが本日掲載のシングル盤A面曲「ダンスはうまく踊れない」というのは、まさに発作的!?
しかし、石川セリによって昭和52(1977)年に巷間流行ったこの名曲は、我が国のシンガーソングライターの中でも、個人的にはなかなかストイックな趣味性が感じられる井上陽水の作詞作曲なんですから、ここから先を書く事には妙なぎごちなさを感じる次第です。
だって、これは今では良く知られた逸話として、井上陽水が後に妻とする石川セリを落とす(?)為の手段として作ったというんですから、う~ん、このカップルはどんなダンスを踊っていたのかなぁ~~~?
という下世話な興味は今も消せるものではありません。
ただし、それでも石川セリがレコード化した「ダンスはうまく踊れない」は秀逸な矢野誠のアレンジも効いている傑作で、空回りしたような情熱の浮遊感みたいなサウンドと石川セリならではのアンニュイなボーカルによる刹那の節回しが絶品ですよねぇ~~♪
強めのパーカッションとアコースティックギターも良い感じ♪♪~♪
ですから、丸っきり絵にならず、ど~しようもない図を演じては、お相手の女性から軽蔑されるサイケおやじにしても、この歌があればこそ、なんとかやっていられるという言い訳を弄しているのですが……。
いやはや、こんな戯言を書いていて、全く恥の上塗りでござんすよ、ふぇふぇふぇ~。
ということで、つまりは世の中、どんな言い訳も成り立つ裏には自嘲があるという事を、まあ、分かっていただきたいんですよ、誰にはとは言いませんが。
また、最後になりましたが、それにしてもジャケ写に登場している石川セリのアブナイ雰囲気も凄いですよねぇ~~♪ 当然ながら「猫顔マニア」御用達の彼女であれば、太ももからその奥までも気を持たせてくれる存在感の強さがニクイばかりでしよう。
くぅ~~っ、と呻いてしまいます。
Windows「10」 に再挑戦したら、やっぱりこれまでのファイルと相性がダメです……。
おまけに今度は、元の「8.1」に戻せなくなったような???
ど~なってんのぉ~~~!?!
■若いってすばらしい / 槇みちる (日本ビクター)
つくづく、今になって思うのは「若さ」の尊さで、もちろんリアルタイムでは、そうした事に感謝する気持ちは微塵もありませんでした。
当たり前に過ごしていた大切な時間は、当然ながら現在でも同じ尊さでありましょう。
生かされているかぎり、それは必然として自覚するべきであり、だからこそ若かった頃の諸々が痛切に思い返されるのかもしれません。
そこで急に聴きたくなったのが、槇みちるの歌う本日掲載のシングル盤A面曲「若いってすばらしい」で、しかもすっかり忘れていたんですが、レコードを取り出してみたら、ジャケ写に登場している彼女のファッションイメージがクリスマスじゃ~ありませんか!?
それでも皆様ご存じのとおり、作詞:安井かずみ&作編曲:宮川泰が提供した歌の中身はオールシーズンの明朗闊達なポップス歌謡の決定版で、これが如何にも発売された昭和41(1966)年らしいハートウォームな高揚感に溢れているんですねぇ~~♪
そしてそこには槇みちるならではの上手すぎる歌いっぷりが全開で、殊更細やかな感情表現を素直に伝える節回しや前向きな共感が迷うことなく歌われているのは、流石の一言でしょう。
また、今にしてサイケおやじが面白いと感じるところにアレンジとバックの演奏パートにおけるジャズとポップスの折衷性がありまして、言うまでもなく、既に当時は世界的に白人R&Rや黒人R&Bが大衆音楽の首座にあったわけですから、現在ではもっとロックっぽいものを求めたくなるのも自然の成り行きでありながら、実はだからこそ、槇みちるが歌う「若いってすばらしい」はエバーグリーンなのだっ!
なぁ~んていうレトリックさえ用いたくなるんですねぇ~~♪
それほど、歌良し、楽曲良しという仕上がりは老若男女が何時までも抱いていたい感傷と希望のテーマソングと思うばかりです。
ということで、何かと気ぜわしい年末も毎年の事ながら、あっという間に過ぎて行く感じです。
あぁ……、自分の寿命が何時までかは知る由もなく、それでも「寿命」と言われるだけの生き方が出来れば、それはそれは幸せに違いありません。
よし、今夜の宴会は前向きにいきますよ。
■イスラエルちゃん / Desmond Dekker (Odeon / 東芝)
現在、世界を心配というよりは呆れさせているんじゃ~ないか?
と思わせるのがロシアとトルコによる出来の悪いヤクザ映画みたいな争いで、ほとんど縄張荒らしと利権争い、代々脈々と続いてきた因縁、さらには宗教や生活様式にまで及ぶ誹謗中傷の応酬は、誰が仲裁に立っても拗れるばかりという推察が易いでしょう。
要するに双方とも自らの主張を譲れないのは、被害者意識と自尊心のバランスが悪いからかもしれず、しかし、もしもこれが我が国と某隣国の間で同様の事態となったならば、こんな物分かりの良い事を書いているサイケおやじにしても、何やら吝かではありません。
さて、そんな思いの中、不謹慎にも蘇ってきたのが本日掲載のシングル盤A面曲「イスラエルちゃん / Israelites」で、流行ったのはイギリスを中心に1969年だったんですが、今となっては元祖レゲエのポピュラーヒットの草分けみたいな評価もありますし、何よりも歌っているデズモンド・デッカーのメロディメーカーとしての才能、またライトタッチの節回しの心地良さ等々が、なかなか隠れファン(?)増殖の要因になっているんじゃ~ないでしょうか。
もちろん、こういう元祖レゲエは何もデズモンド・デッカーの発明品ではなく、つまりはレゲエのリズムやビート感を取り入れた楽曲がそれ以前は「スカ」とか「ロック・ステディ」という業界用語で括られては、様々な流行歌になっていました。
中でも一番に知られているのは、それを意識せずとも、おそらくはビートルズの「Ob La Di Ob La Da」であり、歌詞の中に出てくる[Desmond」は、このシングル盤の主役たるデズモンド・デッカーに因んだという説があるほどです。
で、そのデズモンド・デッカーはジャマイカの出身という事で、当地のジャズから派生したと言われる本物の「スカ」を体現していたのでしょうが、このシングル盤の紹介には「R&Bにカリプソを入れた云々」という解説なんですから、それが正解でもあり、また勘違いでもあるあたりに、当時の我が国の洋楽事情があったというわけです。
ただし、繰り返しますが、この「イスラエルちゃん / Israelites」には妙に和んでしまう味わいが確かにあり、なにしろ基本的にはレゲエに馴染めないサイケおやじが、なかなかにこれが好きという告白すら出来てしまうんですよっ、恥ずかしながら。
極言すれば今日まで、レゲエにもハードなものから、ラバーズとか言われる雰囲気優先の歌や演奏まで幅広くあるわけで、だからこそ、こうした歌が忘れられないのかもしれません。
ということで、最後になりましたが、それにしても「イスラエルちゃん」という邦題は噴飯物というよりも、国辱とか侮蔑にも繋がりかねない危なさがありますよねぇ~~。
一応、サイケおやじの拙いヒアリングでは、貧しく苦しいジャマイカの生活を旧約聖書に出てくるイスラエルの民に準えているみたいな歌詞があるとはいえ、それじゃ~、尚更じゃ~ないです??
いやはや、それでもこれを思い出してしまったサイケおやじは、笑ってごまかす事も出来ない心境であります……。
失礼致しました。
■The Glamorous Life / Sheila E. (Warner Bros. / ワーナーパイオニア)
古今東西、芸能史を紐解けば、何時の世にも才色兼備の女性ミュージシャンが登場していた事は言わずもがな、1984年に大ブレイクしたシーラEもまた、そのひとりとして忘れられない存在でしょう。
なにしろライブステージにおいては十八番のラテンバーカッションやソウルファンク&ジャジーなドラムスを叩きまくり、加えてセクシーな衣装で華麗なアクション、さらに艶っぽい佇まいで歌って踊るパフォーマンスには、一瞬にして虜になること請け合い♪♪~♪
本日掲載のシングル盤は、まさにその頃を代表するメガヒットで、覚えやすいキメのフリ&フレーズと例のハイキックのシンバル叩きとか、そのライブアクションも含めて、シーラEを最初に見る(?)ならば、これっ!
という人気曲です。
もちろん皆様ご存じのとおり、シーラEはサンタナでも活躍した打楽器奏者のピート・エスコベードの愛娘であり、つまりは同じくサンタナを公式デビュー時から支えたパーカッションプレイヤーのコーク・エスコベードの姪であれば、その資質と素質は説明不要でありましょう。
そして、これまた有名なキャリアとして、彼女はプリンス&ザ・リヴォリューションのスペシャルなバンドメンバーでもあり、ちょうどこの「The Glamorous Life」が大ヒットした直後の1986年、プリンスの初来日巡業に帯同しての目玉商品(?)あった事を記憶されている皆様も大勢いらっしゃると思います。
実際、サイケおやじはその時のライブに接していますが、あのプリンスに劣らない拍手喝采がシーラEの熱演に贈られていましたですよ。
いゃ~、本当に彼女には「華」があって、自己名義のバンド活動においても、死ぬほど上手いメンバーの演奏テクニックを完璧に煽り、リードしていくドラムスとパーカッションの凄さは、尚更に強烈なんですから、たまりません。
ちなみにシーラEと云えば、あの電飾スティックでの暗闇打ちのパフォーマンスが超有名でしょう♪♪~♪
ですから、当時はそれを真似っ子したアイドル、あるいは「The Glamorous Life」をパクった楽曲をやっていた女性シンガーが、我が国の芸能界にも様々に登場していたあたりも、なんだかバブル期の思い出と重なるサイケおやじです。
ということで、シーラEは流石の美女ミュージシャンであり、デビューから最初のブレイクあたりのステージ映像はネットでも容易に接する事が出来るのですから、それで虜になってしまえば、後は一直線!
途中に「見る」なぁ~んて書いてしまいましたが、彼女のレコードだって、それはそれは本物がぎっしりという名作ばかりですよっ!
また今日も、なんとなく体調がイマイチのサイケおやじではありますが、朝っぱらから彼女のレコードを鳴らして、景気をつけているのでした。