すんません、また、ゴタゴタが……。
某所で鳩首協議やってます。
むむむ!?
■アリゲーター・ブーガルー c/w 愛のことば / ザ・ホワイト・キックス (東芝)
先週の土曜日の夜、学生時代の仲間が入っている某退職者バンドのライブに行って来たんですが、件の友人が実に楽しそうにドラムを敲いている姿に接し、心底羨ましさに包まれました。
そりゃ~、そ~でしょうともっ!
本人は再就職がど~のこ~のと言ってましたが、あれだけ溌剌としていたら、現在の充実ぶりは推して知るべしと思うんですがねぇ~~~。
と、恥ずかしげもなく妬んでしまうサイケおやじは卑小の塊ですよ……。
ちなみにその日、彼等が演じていたのは往年のフュージョンとかソウル&ボサノバ系ジャズインストがメインで、もちろんメンバーは学生時代に各々出身校のジャズ研で腕を競っていたそうで、サイケおやじの友人にしても、当時はハービー・メイソンとか、ジェームス・ギャドソン等々の黒人系ドラマーを目標にしていたという、そのなかなかに上手いプレイは、頑張ればプロにも行けたほどだったんですが、結果的に堅気の道を選んだわけで、だからこそ、尚更に楽しく敲けるにちがいありません。
さて、そこで本日掲載したのは、その夜のステージでも演奏されていた「アリゲーター・ブーガルー」をA面に据えたホワイト・キックスのシングル盤で、発売されたのが昭和43(1968)年ですから、当時も今も「GS」で括られる事が当たり前のような存在です。
しかしホワイト・キックスはジャズピアニストの三保敬太郎が率いていたバンドだけに、ありがちな歌謡曲のロック的な展開とは一線を画する狙いがあった事は推察に易く、この「アリゲーター・ブーガルー」にしても、オリジナルはモダンジャズ&ソウルジャズの第一人者だったルー・ドナルドソン(as) が前年に出した自作自演のヒット曲「Alligator Bogaloo」に松島由佳が綴った日本語の歌詞を附したものです。
そしてホワイト・キックスのメンバー、つまり三保敬太郎(p,key,arr) 以下、林廉吉(g)、寺尾聡(b,vo)、 河手政次(ds)、志村康夫(fl)、森野多恵子(vo) が演じているのは、基本的には前述したルー・ドナルドソンのヒットバージョンを意識しつつも、終始弾きまくられるファズギター、エコーが効き過ぎとも思えるボーカル&コーラス、薄っぺらなホーンセクションの助っ人も含めて、所謂ラウンジ系という趣とガレージ系サイケロックの折衷とでも申しましょうか、これを煮えきらないと感じるのも自由!? という感じの仕上がりかもしれません。
ですから、ここで歌っている森野多恵子が後に高中正義とのセッションで有名になる TANTAN であり、また寺尾聡と林廉吉はもちろん、サベージからの脱退移籍組という歴史(?)も、今となっては興味深いところでしょう。
ただし、残念ながら、サイケおやじの知るかぎり、ホワイト・キックスは掲載した私有シングル盤しか公式音源を残していないようなので、ライブの現場やスタジオセッション等々で実際にどのような「音」を出していたのかは知る由もなく、その意味でB面に収録された三保敬太郎の作詞&作編曲による「愛のことば」も、なかなか貴重!?
結論から言えば、A面曲「アリゲーター・ブーガルー」の焼き直しという感じではありますが、こっちはもっと素直な音作りになっていて、森野多恵子のボーカルにもストレートな楽しさがあり、個人的には、こっちの方が好きなほどです♪♪~♪
それと気になる寺尾聡の活躍については、なかなかジャズっぽいグルーヴも披露しているベースプレイと共に随所で登場するコーラスでの声質の印象も強いわけで、思わずニヤリですよ。
ということで、人は皆、好きな事をやってる時こそが至福という真実は不滅です。
あぁ~、早くそ~ゆ~境遇になりたいと願う事はもちろん、切迫緊張した日々の仕事の合間にも、例えばブログに拙文を書けるのは、なかなか苦しくも有益な時間になっています。
うむ、頑張らねばっ!
■Again / ちあきなおみ (ビクター)
昨日の出張の折、4年ほど前、ちあきなおみに会ったという人物と邂逅しました。
もちろん、現在に至るも芸能活動は休止状態の彼女ですから、その業界の人ではなく、ここでは詳らかには書けませんが、とにかくその時に面談したちあきなおみは、顔を隠すように現れたというのですから、それほど一般社会とは隔絶した生活をされているのでしょう。
う~ん、やっぱり、ちあきなおみの新曲やステージライブには、もう接する事が出来ないのかなぁ……。
そんな思いから、本日は彼女が昭和58(1983)年に出したシングル盤A面曲「Again」に針を落としましたが、サイケおやじの気分と願いは、この曲名で伝わるものと信じるばかりです。
で、肝心の楽曲は作詞:大津あきら&作編曲:木森敏之が提供した、これが如何にも当時流行のAORサウンドと書きたいところなんですが、確かにそうではあっても、ここでのちあきなおみのボーカルにはミステリアスな無国籍フィーリングが滲んでいるような気がして、なかなか深いんですよ♪♪~♪
なによりも、何時もの「ちあき節」じゃ~なくて、抑制された歌唱表現と贅沢(?)なサウンド作りのミスマッチ的な面白さがニクイんですねぇ~~♪
極言すれば、聴きようによっては、山口百恵だって、これを歌って許されるような雰囲気なんですよっ!?
しかし、だからこそ、ちあきなおみが唯一無二!
そんなレトリックを弄するのが、サイケおんじの本音であります。
ということで、もう一度だけでも、ちあきなおみに表舞台で歌って欲しいと願うファンは夥しいはずです。
この「Again」は、きっとその時にもハイライトの1曲になるのかもしれませんよ。
楽しみは捨てません。
例によって出張移動中なので、今日は近況報告というか、朝っぱら望月三起也の訃報に接したこともあり、心が弱くなっています……。
とにかく日帰り出来る事になったので、早く自分だけの世界に浸りたいですよ。
当然ながら「ワイルド7」になれなかったサイケおやじではありますが、衷心より合掌。
■ふたりの季節 c/w マイ・ロンリー・サマー / ジュディ・オング (日本コロムビア)
ジュディ・オングといえば、今では「魅せられて」ばっかりしか歌ってくれない印象なんですが、歌謡番組が全盛だった頃には様々に素敵な歌のレコードをどっさり出していて、しかもそれらをテレビでもきっちり披露していたのですから、サイケおやじと同世代の皆様であれば、アイドル時代(?)の彼女を決して忘れていないんじゃ~ないでしょうか。
本日掲載したシングル盤は昭和43(1968)年に発売された、まさにその中の1枚なんですが、サイケおやじにとってのお目当てはB面収録の「マイ・ロンリー・サマー」でありまして、当時テレビでこの歌を聴かせてくれた彼女は本当素敵だったというイメージを強く焼き付けられながら、実は肝心のレコードを入手したのは、つい先日の事でした。
もちろん、リアルタイムでは小遣いも乏しく、また他にも欲しいものが沢山あったので、つまりは後回しになった月日の積み重ねという状況もありますが、同時にこんなに良い曲がB面収録だったとは夢にも思わず、探求心が空回りしていたという真相もあったのです。
そして併せて告白すれば、このブツをゲットして初めて、件の「マイ・ロンリー・サマー」がそこに入っていたという現実に驚愕させられたと書くのも、決して何時もの大袈裟だけじゃ~ありません。
そ~ゆ~ふうにご理解いただければ、本当に幸いです。
と、苦しい言い訳を弄したところで、いよいよ「マイ・サマー・ロマンス」については、作詞&作曲:万里村ゆき子によるGS歌謡の好例作であり、加えて調子良い合の手みたいなリフを用いている河村利夫のアレンジが歌謡曲保守本流の味わいというのもニクイばかり♪♪~♪
いゃ~、何度聴いても、シビレますねぇ~~♪
これが昭和の歌謡曲! ってな魅力ですよっ!
一方、リアルタイムでは肝心のA面曲であった「ふたりの季節」は、結論から言うと、どうやらジャケ写からもご推察のとおり、皆川一男の綴った歌詞は芦屋ドライヴウェイの東六甲を歌ったご当地ソングみたいなんですが、それでも万里村ゆき子の補作詞&作曲を得てみれば、これもまた当時流行のGS歌謡になっているんですねぇ~~♪
マイナー&メジャーの混在する曲調を上手く纏める河村利夫のアレンジも流石と思います。
ということで、些か早い夏の歌という本日のご紹介ではありますが、しかし春の行楽シーズンというか、春ならではウキウキ感にもジャストミートするイメージは、ジュディ・オングならではの正統派ボーカルがあればこそ♪♪~♪
せつない歌詞であろうとも、殊更湿っぽさを強調しない節回しは、なかなか彼女の魅力のひとつでしょう。
最後になりましたが、もうひとつ告白すれば、このシングル盤を手に入れたのは「ジャケ買い」だったのが大切なポイントでありまして、ノースリーブ姿の女性もサイケおやじの大好物なのでした。
■裏庭の出来事 c/w 恋人時代 / 弘田三枝子 (日本コロムビア)
もはや「ミコちゃん」と呼ぶのは些か憚れるジャケ写の弘田三枝子ではありますが、殊更A面で歌ってくれる「裏庭の出来事」は、これが見事なロリータボイスのソフトロック歌謡♪♪~♪
発売されたのが昭和46(1971)年ですから、それも当然と言ってしまえばミもフタなんとやら、しかし、これは流石に弘田三枝子だからこそ表現しえた歌にちがいありません。
もちろん作詞:山上路夫&作編曲:村井邦彦の黄金ソングライターコンビは、そのあたりを充分に狙っての作風であったと思いますし、逆に言えばレコーディングの現場で指示されたであろうそんな諸々を弘田三枝子は自分の持ち味のひとつである洋楽フィーリングを活かし、見事に表現したとしか思えません。
ちなみにB面収録の「恋人時代」は皆様ご推察のとおり、シルヴィ・バルタンが日本語で出した同曲のカバーというよりも、ミコちゃんバージョンと呼びたい裏傑作で、A面と同系の歌唱&節回しを用いながら、シルヴィ・バルタンのバージョンよりもテンポが遅い所為もあり、ちょっぴり滲むジャズっぽさが良い感じ♪♪~♪
結論としては、これも春向きのレコードじゃ~ないかと思う1枚です。
ということで、本日はこれから花見に顔を出し、速攻でフェードアウトした後は、学生時代の仲間が入っている退職者バンドのライブに行く予定という、久々にウキウキした気分の午後♪♪~♪
そんな日ですから、弘田三枝子の歌声は尚更に心地良いのでした。
■美しい誤解 / トワ・エ・モア (東芝)
今日は午後から出張のはずが、各種交通機関の乱れがあって日延べとなり、ちょっとはゆっくり出来ると思いきや、かえって別件を仕込まれて四苦八苦しています。
そこで、こんな時こそは歌謡ボサノバで和みたぁ~~いっ!
という願いを叶えてくれたのが、トワ・エ・モアが昭和44(1969)年に出した掲載シングル盤のA面曲「美しい誤解」であります。
ちなみに、これはサイケおやじの私用PCに入れていた音源の中から、ジャンル分け検索でマシンが選んでくれた中の初っ端で鳴りだした曲だったんですが、かなりせつない安井かずみの綴った歌詞に附された村井邦彦のクールなメロディは、小谷充のツボを外さないシンプルな美徳を強く感じさせるアレンジによって、さらにボサノバの魅力のひとつであるアンニュイな心地良さに直結しているのですから、たまりません♪♪~♪
山室英美子と芥川澄夫のボーカルも必要以上に切迫感を出さず、むしろ悲しい歌詞の世界を客観的に節まわす事によって、さらにリスナーの感情移入を誘うというような相反則不軌的手法が用いられているように思います。
そう……、求め合う愛は決して結ばれず、それでいて交わる軌跡とすれちがいも、立派な愛であるという事なのかなぁ~~、なぁ~んていう青春真っ只中の気分にサイケおやじは誘われてしまいましたよ、恥ずかしながら。
それもこれも春の日の所為、現実逃避願望の現れてと、笑って許していただきとうございます。
ということで、サイケおやじにとっての新年度は、いきなりの前途多難が予感される幕開きになりましたが、だからこそ和みや享楽を求める気持ちは果てることがないのだっ!?
またまたそんな言い訳を弄しつつ、終わりなき日常を過ごしているのでした。