OLD WAVE

サイケおやじの生活と音楽

ゴールデン・カップスのカッコイィ~~レコード

2019-11-10 18:13:46 | 日本のロック
ルシール c/w 君は僕に首ったけ ~ 悲しき叫び / ゴールデン・カップス (東芝)

昭和元禄GSブームの折、数多活動していたバンドの中でも特に本物のロックを感じさせていたのがゴールデン・カップスでした。

それはメンバー全員が混血=ハーフというウリもあり、また頭抜けた演奏テクニックにより、当時の洋楽最先端であった所謂ニューロックのスタイルも違和感無くやれたという実力にも裏打ちされていたと思うんですが、当時は中学生だったサイケおやじが一番にそれを感じていたのが、デイヴ平尾の歌い方で、平たく言えば、如何にもロックぽい英語の節回しが他のバンドと違っていたように思えたんですねぇ~~!

もちろん、英語圏本場の人達からすれば、それは確実な英語の発音ではなかったかもしれませんが、ロックの演奏におけるボーカリストの節回しとすれば、殊更英語を日頃は喋っていない日本人にとっては、カッコイィ~部分が伝われば結果オーライだったんじゃ~ないでしょうか。

昭和44(1969)年に発売された本日掲載のシングル盤は、そのあたりが最も楽しめる1枚で、A面の「ルシール」は当然ながらリトル・リチャードがオリジナルのR&R「Lucille」のカバーであり、きっちり英語でロケンロールしているデイヴ平尾ならではの節回しが堪能出来ますよ。

一方、B面収録のメドレーは如何にもそれらしい邦題が附されているので、こっちは日本語の歌詞?

と思いきや、「君は僕に首ったけ」はスモーキー・ロビンソン&ミラクルズが本家本元でありながら、ビートルズでも超有名なヒット曲「You've Really Got A Hold On Me」のカバー、また「悲しき叫び」はご存知、サム・クックというよりも、アニマルズでもお馴染みの「Bring It On Home To Me」ですから、こっちはリズメンブル~スのフィーリングで歌うデイヴ平尾♪♪~♪
 
そしてここではロッキンソウルなグルーヴを思いっきり放出するゴールデン・カップスのバンドとしての実力も流石であり、演奏のメインは「You've Really Got A Hold On Me」なんですが、後半にちょっぴり「Bring It On Home To Me」を入れ込んで、再び「You've Really ~」に戻していくという構成と展開はニクイばかり ♪♪~♪

しかし、ここまで書いていながら、実はB面に関しては絶対に日本語の歌詞によるカバーを期待していたというか、邦題「君は僕に首ったけ」が「You've Really Got A Hold On Me」のカバーとは知らず、国産の歌謡ロックじゃ~なかろうか!?

そんな本音が確かにありましたですよ。

そうです、デイヴ平尾は例え歌謡曲であろうとも、ロックっぽいフィーリングで歌えるボーカリストじゃ~ないでしょうか。

そんなこんなを思いつつ、デビュー初期のシングル曲「長い髪の少女」等々を聴き返してみるのも味わい深いかもしれません。

ということで、それにしても、ここまで英語詞のシングル盤を出せたのも、GSブームも下降線だった頃とはいえ、なかなか思い切った戦略(?)ですよねぇ~~!?!

それだけゴールデン・カップスが本物のロックに拘っていたという事ならば、リアルタイムで論争になっていた「ロックは日本語じゃ~ダメか?」「ロックはやっぱり英語だ」なぁ~んていう疑義に対する答えを模索していた結果なんでしょうか?
 
ちなみにゴールデン・カップスは、このシングル盤を出した後にエディ藩が脱退し、林恵文=リン・ケイブン(b,g) が新加入し、傑作歌謡ロック「蝶は飛ばない」を出しているんですよっ!

結局、ファンやリスナーにとっては、カッイィ~~レコードが、そこにあればOKでしょう、実際!

それが今でも残っているのが、何よりも嬉しいのがサイケおやじの偽りの無い気持ちであります。
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土曜日の希望

2019-11-09 16:13:37 | 歌謡曲
土曜日はいちばん / ピンキーとキラーズ (キングレコード)

すっかり週休二日制が定着した現在よりも、それ以前の終わりなき日常における土曜日の素敵な価値観は尚更に不滅であり、その高揚感を歌い上げてこその楽しさが、本日ご紹介のシングル盤A面曲「土曜日はいちばん」です。

それはアップテンポのボサロック歌謡であり、演じているピンキーとキラーズは、このシングル盤を出した昭和45(1970)年1月には既に人気も下降線ではありましたが、流石に元々はボサノバ系ラウンジミュージックをやっていたというキラーズに歌唱力が伸び盛りのピンキーの歌いっぷりの素晴らしさは最高 ♪♪~♪

まあ、確かにカラオケパートの演奏をキラーズがやっていたかは幾分の疑問もございましょうが、コーラスのノリの良さは本当に楽しく、問題の演奏についても澄んだ音色のギターやシンプルながらツボを押さえたフルート等々、渋谷毅のアレンジも的確と思います。

そして肝心の楽曲は作詞;岩谷時子&作曲:いずみたく ♪♪~♪

まさに高度成長期の勢いと享楽が、なかなか上手く表現されていますし、歌詞の中の登場人物の恋模様は当時も今も、憧れの男女関係の様な気がしますねぇ~~♪

ということで、実は土曜日というのにサイケおやじは朝から野暮用と仕事に追われ、それが何時もの日常と分かってながらも、せめて車の中ではこの「土曜日はいちばん」をリピートして鳴らすのが精一杯のテイタラク……。

まあ、それでもいいか、このブログを綴れる時間があるんですから。

そして明日は、いよいよ天皇陛下御即位の祝賀パレード!

日本晴れを強く望んでいるのでした。
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ロイ・ブキャナンに昇天させられる

2019-11-08 19:12:51 | Rock
Live Stock / Roy Buchanan (Polydor)

 A1 Reelin' And Rockin'
 A2 Hot Cha
 A3 Further On Up The Road
 A4 Roy's Bluz
 B1 Can I Change My Mind
 B2 I'm A Ram
 B3 I'm Evil

今や伝説となった達人ギタリストは大勢登場して来ましたが、ロイ・ブキャナンこそは、その最右翼かもしれません。

もちろん、大衆的なヒットが出せなかったので、今に至るも一般的な人気は無いに等しいわけですが、サイケおやじと同世代でロックが好きな皆様であれば、その名前ぐらいは知っていると推察する次第です。

特にストーンズが辞めてしまったミック・テイラーの後任を探す中にイニシャル「RB」というヒントが提出されてしまった所為で、突如としてクローズアップされたのがロイ・ブキャナンだったんですよねぇ~~!?

あらためて言うまでもなく、現実的にはロン・ウッドが後釜に入ったわけですが、そのおかげで普通(?)のロックファンにも名前が知れ渡ったロイ・ブキャナンは、その1975年までにリーダーアルバムも出していましたし、それ以前の古くから、プロのミュージシャンの間では既に有名な達人ギタリストとしての評判が広がっていた事は、我が国でも洋楽マスコミによって知らされたのですから、日本盤のレコードも発売され、ちょいとしたブームの主役になっていた時期もあったほどです。

で、本日掲載したのは、そのロイ・ブキャナンが1975年に出した本格的なライブアルバムで、1974年11月27日のニューヨークはタウンホールでのステージから選ばれたトラックが収められ、メンバーはロイ・ブキャナン(g,vo) 以下、マルコム・ルーケンズ(key)、ジョン・ハリソン(b)、バード・フォスター(ds)、ビリー・プライス(vo) という、おそらくは当時のレギュラーバンドの面々で正直、決して名人揃いとは言い難く、しかし実際にレコードに刻またれ演奏は、きっちり纏まっており、流石にライブの現場で築き上げた実力は侮れません。

と同時に、ロイ・ブキャナンのバンドは、あくまでもロイ・ブキャナンのギターが主役であり、確かにリードボーカリストも擁していますが、不遜ながら、それだってギターがあればこその引き立て役なのが現実でしょう。

実際、ど~したってロイ・ブキャナンのギターに耳を奪われてしまうんですよねぇ~~♪

中でもモータウンで活躍したソウルジャズのサックス奏者だったジュニア・ウォーカーが放ったヒット曲「Hot Cha」は、その枯れた味わいと歌心、さらには魂の入ったギターサウンドの響きに酔わされること必至の名演!

もう過言では無く、この演奏だけで、このアルバムの価値があると思わずにはいられません!

また、どっしり重いブルースロックの「 I'm A Ram」では、ファンキーなリズムプレイを絡ませたリフの用い方やギターソロには所謂ピッキング・ハーモニクスと呼ばれる、指とピックで一緒に弦を弾くというウルトラ高難度の匠の技が全開! 

このあたりはサイケおやじの稚拙な文章表現では、もどかしい説明しか出来ないんですが、とにかく聴いていただければ、ロイ・ブキャナンのギタリストとしての特異性と超絶技巧が納得されるはずです。

ちなみに、このあたりのテクニックはジェフ・ベックやロビー・ロバートソンがロイ・ブキャナンからの影響を公言しておりますし、使っているギターがテレキャスターという事も、要注意でしょう。

それはフレットを外れて高音域まで指を動かしていく、ちょいとケレン味の強い奏法にも共通するわけで、このアルバムの随所で堪能出来ますよ♪♪~♪

そしてもうひとつ、絶対に聴いていただきたいのが、ソウルフルな「Can I Change My Mind」におけるバンドとしての名演で、いゃ~~、これが気持ちイイィ~~の極みつき ♪♪~♪ ギターはもちろんのこと、オルガンもベースもドラムスも、さらにはビリー・プライスのリードボーカルもノリにノリまくったグルーヴは最高で、もっともっと長く聴いていたいなぁ~~♪

さて、その意味でロイ・ブキャナンがリードボーカルをやっているブルースロックの「Roy's Bluz」は、緩~い雰囲気が逆に泣きじゃくるギターを持ち上げるとでも申しましょうか、ギターソロが始まった瞬間の客席のざわめきと嬌声には思わず共感でしょう。

う~ん、このフレーズは、ど~やって弾いているんだぁ~~~!?!

ほとんど発狂ですよっ!

それがオーラスの「I'm Evil」では、さらにエグ味が強くなり、正統派ブルースロックでありながら、ここまでヒステリックにギターを泣かせなくともっ!?! ロイ・ブキャナンのボーカルが脱力しているだけに、この虐待的なチョーキングって、物凄い握力なんでしょうねぇ~~、ロイ・ブキャナンはっ!?!

ですから、ド頭にアップテンポのロッキンブルース「Reelin' And Rockin」が置かれているのは絶妙の露払いですし、エリック・クラプトンが十八番にしている「Further On Up The Road」にしても、余裕というか、両方とも軽い雰囲気でやっているんですが、それでいてギターソロが物凄いんですから、その確信犯的行動はニクイばかりですよ ♪♪~♪

ということで、ロックのライブ盤としては傑作の1枚と思いますので、殊更ギターロックに興味を抱かれている皆様には、ぜひともお楽しみいただきとうございます。

ちなみに今では、このアルバムの拡大版が2枚組CDとなって発売されていますので、それもまたサイケおやじの愛聴盤ではありますが、それゆえに幾分ダレた感じも滲んでいる気が……。

うむ、それだって、全篇が名演揃いのこのアナログ盤LPに馴染んでしまっている我儘な気紛れの感想にちがいありません。

いゃ~~、やっぱりロイ・ブキャナンは凄いギタリストと思うばかりです。
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Let It Be の真正

2019-11-07 19:26:38 | Soul
Let It Be / Aretha Franklin (Atlantic / 日本グラモフォン)

掲載したシングル盤A面収録曲「Let It Be」は説明不要、ビートルズが残したレコーディングの中でも飛び抜けてゴスペル風味が強い歌ですから、ソウルの女王であったアレサ・フランクリンがカバーするのも自然の成り行きと思いきや、実はアレサ・フランクリンのバージョンが先にレコード化され、世に出ていたという逸話には、サイケおやじも愕然とさせられましたですねぇ~~~!?!

もちろん、そんな真相が秘められていたなんてこたぁ~、ビートルズのシングル盤「Let It Be」が発売即大ヒットしていた1970年春には知る由もなく、ましてやアレサ・フランクリンのバージョンにしても、最初に聴いた記憶は同年秋頃だったのですから、てっきりカバーバージョンだと思い込んでも恥ずかしい事は無いと思うんですが、それを今更の言い訳と笑われても、それはサイケおやじの不明と自覚納得するばかりではありますが、現実的にそんなこんなの真相を知ったのは、1970年代も既に半ばを過ぎていた頃です。

そのきっかけは、やはりブートの存在で、ビートルズが後にアルバム「レット・イット・ビー」として発売することになる通称「ゲット・バック・セッション」の音源を様々に聴いている過程において、どうやらビートルズバージョンの「Let It Be」は、1969年4月末には前述のシングル盤用のテイクが完成していたらしいという実情に突き当たり、しかしながら現実的に発売されたのは、1970年3月なんですから、つまりは1年近くお蔵入りしていたわけで……。

その間には同時進行していた映画製作のあれやこれや、またメンバー間の疑心暗鬼、マネージメントや制作側との意思の疎通が混乱していた等々、諸々の事情が様々に語られておりますが、それはそれとして、主導的に楽曲を作っていたポール・マッカートニーは、ゴスペルっぽく仕上げるためにビリー・ブレストンにアドバイスを求めていたそうですし、なかなか発売が決まらない状況があった所為もあり、出来うるならばアレサ・フランクリンに歌って欲しいという願望があったというのが、今となっての伝説的逸話なんですが、さもありなんと申しましょうか、とにかくアレサ・フランクリンがレコーディングを行ったのは、1969年10~12月頃らしく、演奏パートのメンバーはジミー・ジョンソン(g)、バリー・ベケット(key)、デヴィッド・フッド(b)、ロジャー・ホーキンス(ds) という、所謂マッスル・ショールズのリズム隊がニューヨークへ出張って来てのセッションと云われています。

そして仕上がったトラックは、1970年1月に発売されたアレサ・フランクリン渾身の名盤LP「ジス・ガール / This Girl's In Love With You」に収録されたのですが、一方の本家ビートルズのシングル曲「Let It Be」が世に出たのは、既に述べたとおり、それよりも2ヶ月ほど遅れていたんですから、世の中は儘なりません。

しかし、それでも当初はアレサ・フランクリンのバージョンはシングルカットされず、ビートルズの本家バージョンが当然の大ヒットになった後に、機を見ての発売なんですが、実質的にアレサ・フランクリンのバージョンこそが、「Let It Be」のオリジナルとして、認める必要性があるのでしょう。

実際、このアレサ・フランクリンの「Let It Be」の仕上がりは素晴らしく、イントロからゴスペル丸出しのオルガンが厳かなムードを演出すれば、全くソウルフルな彼女のボーカルと盛り上げていくコーラス隊の熱き魂の噴出、そしてどっしり重いリズム隊のグルーヴは流石!

誰かは知らないんですが、間奏のテナーサックスもイイですねぇ~~♪

う~ん、聴かずに死ねるかっ!

短いながらも、そんな気分にさせられる名曲の名唱名演になっていますよ ♪♪~♪

ということで、本日「Let It Be」を取り上げたのは、様々に謎の多い末期ビートルズを象徴する同曲に対する個人的考察を書き連ねた諸々が掲載してある拙サイト「サイケおやじ館」が近々、移転する事情があり、とりあえず引っ越し先が決まるまで、その内容の一部をこのブログに転載する事を視野に入れているからでして、まずは「ザ・ビートルズ / レット・イット・ビーの謎」を改稿しつつ、こちらに移す可能性があるからでして……。

そのあたりをご了解願えれば、幸いでございます (__)
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虚無と楽観の都会

2019-11-06 19:41:30 | 日本のロック
都会 / ザ・タイガース (ポリドール)

掲載したのは、昭和45(1970)年春に発売された、ほとんどタイガースが末期のシングル盤なんですが、これがなかなか時代の空気感を閉じ込めた1枚で、殊更A面収録の「都会」は当時の勢いがあった社会全体の中で、疎外感とか喪失感とか、所謂「シラけた」感情に傾いていた若者の気分に訴えかける共感(?)が歌われていた様に思いましたですよ、当時は青少年だったサイケおやじは。

実際、作詞:山上路夫&作編曲:クニ河内が作り上げたのは、虚無的な歌詞の世界にバロック調を入れたフォークロック的なメロディを附した、まあ、確かにこれまでのタイガーズの個性のひとつでもあったセミクラシック系の歌謡ロックと言えない事もありませんが、リードを歌う沢田研二のクールな倦怠感を滲ませた歌唱表現やバックコーラスの退廃的なムード、さらにはクニ河内のグループであったハプニングス・フォーと同系のサウンド作り、つまりはオルガンやストリングスの使い方等々、ある意味ではプログレとまでは断言出来ずとも、当時としては相当に洋楽最先端の分意識が横溢しています。

そしてギターの単純なアクセントや要所でドライヴするフレーズを出してくるベースは、きっちりライブギグでも演じられる事を前提にしていたに違いありません。

確か、リアルタイムでは万博関連のタイアップ曲みたいな扱いもあったと記憶していますので、ヒットしたのも当然なんでしょうが、一応は王道の歌謡フォークとは一線を画する仕上がりは、ロックバンドとしてのタイガースが存在証明に拘ったところでしょうか。

ということで、皆様ご存知のとおり、タイガースは結局、解散への道へ突き進み……。

ですから、サイケおやじは、なんとなく……、この「都会」を聴くと、妙にタイガースの鎮魂歌に思えてしまうという不遜は、ど~かご容赦お願い致したく……。

そして「シラけ」とか「三無主義」とか、当時流行の若者思考はサイケおやじも確かに影響を受けましたが、個人的には楽観していたのも本音であり、今に続く、お気楽な生来の本性を自覚するのでした。
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ルージュリアンって、なぁ~に?

2019-11-05 18:14:31 | Singer Song Writer
星のルージュリアン / 松任谷由実 (東芝)

昭和55(1980)年秋にヒットしたユーミンのシングル曲なんですが、サイケおやじは、これを最初に聴いた時、ちょっぴり違和感に近いものを覚えました。

たって曲調そのものが重苦しくて、化粧品のCMソングにしちゃ~、聊かミスマッチ?

なぁ~んて不遜な事を思っていたのですが、しかし同時にカッコイィ~演奏パートのアレンジにはグッと惹きつけられましたですねぇ~~♪

極言すれば、アレンジとカラオケのパートがあればこそのユーミン節が冴えわたり!?!

みたいな結果オーライ♪♪~♪

もちろん、楽曲は作詞作曲がユーミンであり、アレンジは夫君の松任谷正隆という何時もの家内制手工業(?)であれば、納得するしかありません。

なにしろそれは当時流行のブラコン系AORがド真ん中であり、それゆえにミディアムテンポで演じられるカラオケにリードされたかのようなユーミンのボーカルは、時として金属的な響きさえ感じさせるんですが、いかがなものでしょう。

皆様ご存知のとおり、今となっては当時のユーミンが、このシングル曲直近に出したアルバム「時のないホテル」も、なんだか暗い色彩に満ちていた印象でしたから、もしかしたら作者本人の心象風景に陰りでもあったのでしょうか……。

正直、楽曲そのものがユーミンの諸作の中では常套的な印象で、歌詞にも新鮮味が薄い様な気がしますし、メロディラインも、また然り……。

しかし、それをサポートしている松任谷正隆のアレンジによって、暗くて重い歌詞やメロディが活かされているのは明らかだと思いますし、逆に推測すれば、最初っからアレンジの方向性が定まっていたところへ合わせるようにユーミンが歌詞とメロディを作っていたのかもしれないなぁ……、なぁ~んて、またまた不遜な妄想が!?

う~ん、この曲がリアルタイムじゃ~アルバム未収録、つまりはシングル盤オンリーの扱いだったのも、その所為なんでしょうかねぇ~?

あぁ……、ここまで書いてしまっては、御本人や関係者各位、そしてファンの皆様からのお叱りは覚悟しなければなりません。

しかし、昭和55(1980)年秋のサイケおやじのウォークマンにセットされたカセットには、この「星のルージュリアン」がきっちり入っていましたですよ ♪♪~♪

ということで、現在ではベスト盤CD等々で簡単に聴けますし、現実的にヒットしていたんですから、サイケおやじの様な者が、これ以上の戯言を述べるのは、やっぱり不遜です。

それでも最後に素朴な疑問、ルージュリアンって、なんですかぁ~~?
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人の流れに成否無し

2019-11-04 19:21:23 | 日本のロック
夜空に夢を / ザ・サベージ (フィリップス)

離散集合は人の世の常、それゆえに去る者も、残る者も、また新しくやって来る者も含めた悲喜交々は、そのまんま時の流れの中に消えてしまう事も多いと思われますが、しかし、何らかの形になって今も歴史の中に刻まれているものがあるとすれば、レコード盤は、その決定的な形態のひとつでありましょう。

本日掲載のシングル盤も、全くそのひとつの例であり、収められた音源の主はサベージと名乗って昭和40年代の初め頃には絶大な人気を集めたバンドだったんですが、学生バンドからプロ入りした当初からメンバーチェンジが多く、ほとんど発売するレコード毎にレギュラーの顔ぶれが違っていた事は、その当時のテレビ出演に接していたサイケおやじにも記憶の中の不思議な出来事でありました。

そして今に至るも、その変遷は確実に知るところもないんですが、この掲載盤のジャケ写に登場しているのは5人組であり、発売されたのは昭和42(1967)年2月とされていますが、レコーディングに参加していたと思われるメンバーの中には、その時に既にバンドを脱退していた者が確かにいたのです。

それが後に俳優となった寺尾聡(b,vo) であり、林廉吉(g) も、おそらくそうではなかったかと、推測する次第です。

で、肝心の楽曲「夜空に夢を」は佐々木勉が作詞作曲したアップテンポの歌謡フォークと申しましょうか、それが林廉吉のアレンジによって西部劇のサントラ劇伴調の演奏に仕立てられ、なかなかバンキッシュな味わいが表出した青春歌謡!?

おぉ~~、この激しいギターのリズムプレイはっ!

と、まあ、聴きながら書いているサイケおやじにも混乱させられるイメージの歌と演奏なんですねぇ~~!?!

今となってはサベージはGSブーム初期の人気バンドとして、スパイダースと同列の扱いもあったほどなんですが、一般的に知られているのは歌謡フォーク調の「いつまでもいつまでも」あたりですから、こんな感じのレコードが作られていたなんて、想像外の皆様もいらっしゃるかもしれません。

しかし、サベージにしても、アマチュア時代からプロ入りした当初は欧州系エレキインストを十八番にしていたエレキバンドでありましたから、ロック路線だってやれないはずもなく、また、このシングル盤が世に出た時には脱退していた寺尾聡と林廉吉は、揃ってジャズロック系のバンドだったホワイト・キックスに入っているんですから、さもありなん?

結局、サベージは、この後も音楽性を微妙(?)にずらしながら、シングル盤を2枚ほど残し、翌年に解散……。

以前にも書きましたが、サイケおやじにとっては、どうにも真の姿が捕えきれないバンドでありました。

でも……、この程度の人間関係の出入りなんて、外国のバンドやグループでも珍しくありませんし、実社会においても、さらに複雑怪奇な人の流れがあっての様々な仕組みや仕事が成り立っている事を思えば、例え音楽のレコードであったとしても、市井の人々を魅了する何かを残せたのは羨ましくも、素晴らしい ♪♪~♪

ということで、昨日の自室片付け失敗から、本日はとりあえずの応急処置(?)で自分の居場所だけは確保し、様々な配線も繋ぎ直しましたが、本音じゃ~、もう一度やり直したいです。

なんとか本年中には断捨離「もどき」に近づきたいものです。
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混濁の自室から

2019-11-03 17:39:54 | Weblog

日中、久々に独りだけの留守番ということで、自室の整理整頓を始めたら、完全に収拾不能に陥ってしまいました (◎_◎;)

現在、ほとんどゴミ屋敷状態というか、PCやオーディオの配線は滅茶苦茶になるし、レコードやCD、その他の映像ソフトや書籍&雑誌の類が片付ける前よりも混沌とし、先ほど帰宅して来た家族には呆れられ、しかも、これから夜は宴会の約束があるので、もう……、諦めの境地です。

本日の1枚は休載ご罹患下さい (__)

明日は、なんとかしないとなぁ~~~!

 

 

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ドラムを敲け、メル・テイラー!

2019-11-02 17:53:28 | Rock
無敵艦隊 c/w バン・バン・リズム / Mel Taylor (Warner Bros. / 東芝)

昨日は失礼致しました。

何が不調なのか、全く解せないんですが、何度投稿しても、ブログに反映されないという状況は、もしかしたらサイケおやじが何らかの原因で締め出されたのか……?

と、そんな事を思ってしまうのは、日頃の行状の悪さ故の自覚もあり、バチアタリの結果……。訪れて下さった皆々様には、心から、お詫びを申し上げる次第です (__)

そこで本日は気を取り直し、ロックのビートに酔いしれるシングル盤を出してみました。

ご存知、ベンチャーズの花形ドラマーとして、我が国に本物のロックのグルーヴを伝えた偉人のひとりであるメル・テイラーが、1966年に自己名義で出したシングル盤で、しかも本国アメリカでベンチャーズの諸作とは別会社に吹き込んだレコードですから、それだけでもメル・テイラーのスタア性は日本だけでは無かったという証明になりましょうか、今となっては、そんなこんなも様々に語られておりますが、少なくともサイケおやじにとっては、素直にメル・テイラーはロックの世界では最高のドラマーです。

実際、日本では神様のノーキー・エドワーズの評価は、アメリカでは意外なほどに低く、むしろジェリー・マギーの凄さばっかりが持ち上げられているのは、ど~にも解せませんねぇ……。

閑話休題。

で、このシングル盤は、もちろん両面共に基本はインスト曲で、まずA面の「無敵艦隊 / Spanish Armada」はタイトルどおり、ちょっぴりスパニッシュモードも感じられる曲調で、ノッケからドラムスのドンツカビートが炸裂し、オルガンとエレキーギターの掛け合い的な展開からのメロディやキメのリフ等々が完全にベンチャーズスタイルですから、たまりません ♪♪~♪

実は後に知った事ではありますが、このシングル盤のプロデューサーは、ベンチャーズを担当して幾多の名作を世に送り出したディック・グラッサーですから、それも当然!

ミディアムテンポで重心の低いグルーヴ、要所で炸裂するドラムのロールにはゾクゾクさせられますよ ♪♪~♪

一方、B面収録の「バン・バン・リズム / Bang Bang Rhythm」が、これまた素晴らしいぃ~~ですっ!

なにしろイントロからの短いドラムソロにロケンロールの定番リフ、若さ爆発の女性コーラスが熱く盛り上げ、キメのブレイクはお約束のドラムソロですからねぇ~~~♪

これまた如何にもベンチャーズでありながら、もっとアメリカ本国寄りのアレンジは名匠のアル・キャップスとくれば、浮かれ気分は保証付きってもんですよ ♪♪~♪

ちなみにバックのミュージャンは全くの不明とはいえ、当時のハリウッド周辺で活躍していた凄腕の面々であろう事は推察に易く、その点を鑑みれば、日本を含む巡業ツアーやレコーディングに明け暮れていたリアルタイムのベンチャーズに在籍しながらのリーダーセッションは、もしかしたらメル・テイラーには不可能 ?

なぁ~んていう疑問が打ち消せない評論家の先生方やコアなファンの提言では、実際にドラムスを敲いているのはメル・テイラーではない ?

とか云々もありましょうが、実はこのシングル盤と同じ年には「メル・テイラーとマジックス」名義によるLPも発売されていて、サイケおやじは聴きたくてたまらなかったんですが、経済的にも許されず、また友人知人の誰一人として、このアルバムを持っていなかったので、後々まで未練を引きずりましたですねぇ……。

そして月日が流れ、ど~にか件のアルバムのアメリカ盤「イン・アクション」をゲットした頃には、サイケおやじもアメリカの音楽産業の仕組みを少しばかり知るようになっていた所為で、その「マジックス」というバンドは実態が無かったという個人的な結論を抱く様になりました。

つまり、このレコードが世に出た時点では、あくまでもメル・テイラーはベンチャーズのレギュラーメンバーであり、だからこそ、レコード会社を変えて自己名義の活動をやるにしても、それはベンチャーズでお世話になったプロデューサーのディック・グラッサーからの誘いがあればこそっ!?

逆に言えば、ディック・グラッサーがベンチャーズ本隊の引き抜きを目論んでいた仕掛 ?

という説も有力だと言われておりますが、ど~なんでしょうねぇ~~!▼●?

しかし、それはそれとして、メル・テイラーという偉大なドラマーが、ちゃ~んとリーダーセッションを残していたという嬉しいプレゼントは素直に楽しむのが正解と思うばかりです。

そして前述したアルバム「イン・アクション」も追々ご紹介する所存ではありますが、気になる皆様には現在CD化もされておりますので、お楽しみ下さいませ。

ということで、今年もアッという間に年末モードに導かれています。

うむ、こ~ゆ~時こそ、エレキインスト&ロックドラムのレコードが恋しくなるのでした。
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